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ロドルグ伯爵3

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コールはテーブルに置かれた硬貨に目の色を変えて話し出した。

「えっと…写真はありません。本人に断られて…何度か隠し撮りもしようとしたんですが、どれもブレていて使い物になりませんでした。名前はカオリ。栗色の髪を後ろで一纏めにしていて、瞳の色は…青だったかな。とにかく美人で人目を惹きます。背丈はかなり小柄ですね。スタイルは抜群でしたけど。」
「ふむ。続けて。」
「えーっと…そうだ、クレール商会に滞在しているようです。僕もそこで声をかけましたから。それと彼女の護衛を名乗る男がそりゃもうおっかなくて…」
「護衛のことは何か知っているか?」
「クレール商会の行商の護衛に付いてる男ですよ、確か。Bランクパーティーの…名前はなんだったかな。顔が怖い奴です。」
「カオリは昨日ギルドに行ったか?」
「はい。隠し撮りのチャンスをうかがってずっと後をつけていましたから。午後三時ごろにギルドに行きましたよ。」
「そうか…」

これでドルチェが伯爵側の人間でないことが分かった。香織本人の意向か、ドルチェの独断かは定かではないが、ギルドに行ってもこれ以上の収穫は期待できないだろう。冒険者ギルドは貴族に逆らう権利を持つ。故にドルチェを不敬罪で罪に問うこともできない。

(思う存分、逃げるが良い。主人の命にて、私はそれを追うだけだ。彼女が私の一枚上手である事を願おう。)

ローガンはコールに金貨の詰まった革袋を差し出すと、人のいい顔でにこりと微笑んだ。


ーーーーーーーーー


「突然お伺いして申し訳ありません。」
「いえいえ、領主様の使いともなればいつでも歓迎しますよ。」

翌朝、ローガンはクレール商会を訪ねた。商会の跡取りだと言うサイモンに案内され、ローガンは店内にある貴人用の応接室に入った。

「それで、今回はどういったご用件で?何かご入用ですか?」
「ああ、申し訳ありません、買い物ではないのです。実は少々お尋ねしたいことがございまして。」
「なんでしょう?私に答えられることでしたらなんなりと。」
「カオリと言う名の治癒師をご存知ですか?」
「ええ、彼女には随分お世話になりました。彼女が何か?」
「実は主人に仕えるメイドの一人が魔物に襲われ重傷を負いまして。そのことに心を痛めた主人はこの辺りで評判の治癒師を探しているのです。トルソンの街に優秀な治癒師がいるとたまたま新聞で知った主人が私を使いに走らせました。」
「なるほど…ロドルグ伯爵は良い評判ばかりだとは思っていましたが、そこまで素晴らしいお方だったとは。是非協力せてください。」
「そう言っていただけると助かります。件の治癒師がこちらに滞在していると言う噂を聞きつけ、こうして足を運んだのですが…」
「ああ、やはりそうでしたか。彼女は今朝ここを発ったのです。いや申し訳ない、入れ違いでしたね。」
「そうでしたか…どちらに行かれたかご存知ですか?」
「確か、王都に向かうとか…細かい行き先まではちょっと…ただ、新聞で注目されたのが嫌だったようで、早めにこの街を出るとは言っていましたね。ここに滞在していることが新聞記者にバレたので、私達に迷惑を掛けないように出て行ったようです。」
「そうですか…」

ローガンは向かいに座るサイモンを窺い見た。人の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、その仮面は随分と厚そうだ。彼が信頼に値する人物なのか、まだ見極める必要があった。

「ああ、申し訳ありません。お茶もお出ししないで。」
「いえ、お気になさらず。」

サイモンがテーブルのベルを鳴らすと、しばらくしてから一人の少女がお盆にティーセットを乗せて入室した。

「し、失礼します。」

少女は不慣れな手つきでティーポットから紅茶を注ぎ、ローガンの前に置いた。

「ありがとう。」

ローガンは笑顔で礼を言った。少女は緊張した面持ちのまま、ぺこりと頭を下げた。

(青い目…)

「失礼、こちらは?」
「ああ、不慣れで申し訳ない。彼女は私の行商の旅に同行している見習いの少女でして、まだ子供なんですが収納魔法が使えるので同行させているんです。料理もできますしね。色々と経験させてやりたくてここでも雑用をさせているのですが…貴方の相手はまだ早かったようですね。」
「いえ、そんなことはありませんよ、第一私は貴族ではありませんし。誰でも初めは緊張するものですからな…私も見習い時代を思い出しました。」
「はは、そう言ってもらえると助かります。ほら、君も挨拶しなさい。」
「は、はい。見習いのフローラと申します。」

サイモンに促され、フローラと名乗る少女はもういちど深くお辞儀をした。お茶の入れ方はまだまだだが、歳の割に礼儀正しいのは高評価だ。少女は長い黒髪を耳の上で二つに絞り、ブカブカの制服を着ていた。大人の働くこの職場に、彼女に合うサイズの制服がなかったのだろう。何重にも巻いた袖が可愛らしかった。

「君はいくつかな?」
「は、はい。12になりました。」
「そうか。親元を離れて働いて偉いな。」
「いえ…」
「お茶をありがとう。もう少し蒸らしの時間を取るともっと美味しくなるはずだ。」
「っ、ありがとうございます!」

フローラは最後ににこりと笑い、一礼して部屋を出て行った。

彼女の姿が見えなくなった後、治癒師カオリの話に戻った。ローガンがサイモンから得た情報は記者のものよりも詳しかった。

「旅の途中、私の護衛が負傷した時に偶々行き合って、治療してくれたのです。行先が同じトルソンの街だと言うので、お礼に馬車に乗せ、ここの独身寮に滞在してもらっていたのですよ。」
「彼女に護衛がついていたと言う話を聞いたのですが。」
「ああ、それはうちの護衛のアレクシスの事でしょう。怪我を治してもらったのは彼でして、恩義を感じてこの街にいる間は彼女の護衛をしていたのですよ。」
「なるほど。新聞では見目麗しいと書かれていましたが…容姿や年齢などを教えていただけますか?」
「ええ、確かにとびきりの美人でしたね。栗色の髪に青い目をしていました。歳は…そうですね、二十歳前後じゃないでしょうか。本人から聞いたわけではありませんが。」
「ふむ…冒険者ギルド内で出張治療院を開いていたと聞きましたが、昨日、その治癒師はギルドに行きましたか?」
「ええ、行ったんじゃないでしょうかね。いつも通り午後3時前にここを出て行ったとうちの者から聞きましたよ。」


ローガンはその後も情報集めに走ったが、これ以上の収穫はなかった。夕暮れ時、宿に帰ったローガンは部下に指示を出した。

「門の兵士に伝えろ。この街から出ていく者の顔は全て確認し、馬車の中も検めるようにと。治癒師カオリと思しき人物がいたら直ちに私に伝えろ。」
「かしこまりました。」
「クレール商会の馬車は特によく検分するように。」
「はっ!」
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