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旅立4
しおりを挟む「もう少ししたら出発しますよー。」
「「おー。」」
サイモンの掛け声で各々片付けを始める。それを手伝っていた香織は、ぷるりと身体を震わせた。
(ん、トイレ…村を出てからまだ一度も行ってないもんな。でもどこでするんだろ。)
「あ、あの…」
「む、なんだ?」
「えっと、あのー…ト、トイレに行きたいんですけど…」
「あ、ああ…皆森に少し入った所でしているが…」
(やっぱそうなるよね…)
「じゃあ、ちょっと行ってきます…」
「あまり奥に入るんじゃないぞ。魔物が出るかもしれないから気をつけるんだ。俺が着いて行ってもいいが…」
「だ、大丈夫です!索敵くらいはできますから…!」
「む、そ、そうか…」
香織は駆け足で森の茂みに入って行った。女の子のトイレを待つと言うのは男所帯の冒険者達には気まずい事のようで、皆何となく香織が去って行った方向から顔を背けた。そんな中、キース達だけは、お互いに目配せしあってニヤリと笑った。
ーーーーーーーーー
「それでは今夜はここで一泊しますのでよろしくお願いします。」
日が落ちる少し前、一行は野営地に辿り着いた。そこは土が剥き出しになった広い空き地で、火を起こした跡や、その周辺にはテントを張った跡と思われる穴がいくつか開いていた。
まずはテントを張り、それから夕飯の支度だ。一同はそれぞれのグループに分かれてテントを張り始めた。香織のテントは骨組となる棒4本とそれを覆う大きな布でできていた。キャンプをした事のない香織は、アイの指示の下、なんとか一人でテントを完成させた。
(ふう…結構大変だったな。毎晩やってれば慣れるかな…)
『このまま収納してしまえば次からは組み立ては必要ありませんよ。』
(て、天才!)
『テントの周囲に結界を張る事をお勧めします。』
(結界?)
『悪意ある者を弾く結界です。マスターが望めば作れますよ。』
(つまりオリジナルの魔法ね。確かにテントだと防犯面で不安が残るから、やろう。どうせなら野営地全体に張ろうかな?)
『それですと『ドラゴンスレイヤー』は野営地から弾き出されることになりますが。』
(あ、そっか…じやあ自分の陣地だけ…)
香織は木の枝でテントの周りに円を描いた。
(この円の中は絶対安全、悪意のある者や魔物は入ることはできないし、どんな攻撃にも耐えられる。『結界』!)
香織が心の中で魔法を唱えると、描かれた円が淡く発光し、すぐに消えた。
(これでできたのかな?よく分からないや。石ぶつけてみよう。)
香織は足元にあった小石をテントに向けて投げつけた。すると小石は見えない壁にぶつかり、コロリと地面に落ちた。
(よし、成功~。これで夜も安心だね!)
下に毛布を敷き、ランタンを上から吊す。夜に備えてテントの中を整えると、香織は野営地の中心に戻って行った。
「ああカオリ、今夜は君がスープを作るんだって?ここにある食材は好きに使って良いから、よろしくね。美味しいものを期待してるよ!」
「ありがとうございます。あまり期待はしないでくださいね…」
目の前には干し肉、干し野菜、硬いパン。牛乳や卵なんかも言えば出してくれるらしい。干し肉は美味しかったが、干し野菜がイマイチだ。戻し方が悪いのか、ちっともボリュームが戻らないのだ。干し野菜を使った料理など、インスタント味噌汁くらいしか知らない。
「あの、自前の食材使っても良いですか?実は村の人達に野菜をたんまり、それはもうたんまりともらっていまして。」
「構わないけど…いいの?」
「一人では食べきれないので…」
「なら好きにすると良いよ。なんなら買い取ろうか?あそこの野菜はよく売れるから。」
「いえ、貰い物ですので、自分で消費します。」
サイモンに許可をもらうと、香織はどんどん野菜を出していった。
(何作ろうかな…出汁がないんだよなあ、あの塩スープ。でも私コンソメ顆粒とか出汁の素しか使ったことないし…とりあえず野菜切りながら考えよう。味付けは後でいいか。)
玉ねぎ、人参、トマト、キャベツ…どういうわけか、香織の元いた世界とこの世界の野菜はほとんど同じだ。香織は野菜を適当な大きさに切っていった。
(うま味うま味…うま味って何から出てくるの…)
とりあえず大鍋に薄切りにした玉ねぎとにんにくを入れ、グレートベアの油で良く炒める。しんなりしてきたら残りの野菜を入れ、軽く馴染ませると、魔法で水を注いだ。
(そうだ、干し肉入れてみよう!料理漫画でビーフジャーキーで出汁をとるシーンがあったはず!)
香織は干し肉を小さく千切ろうと力を入れたが、中々千切れない。
「ぐぬぬ…」
「カオリ、何してるんだ?」
「あ、アレクシスさん。干し肉をスープに入れたいんですけど、千切れなくて…硬くて包丁でも切れませんし。」
「干し肉をスープに…?ああ、では俺が千切ろう。」
「ありがとうございます!」
首を傾げながらも、アレクシスとジェイスは渡された干し肉を全て千切った。その様子を見ていた他の者達も見慣れぬ調理法に少し心配そうだ。
香織は干し肉を受け取ると、それをスープに投入し、蓋をした。
(こういうスープはたくさん煮込んだ方が美味しいけど、野営で時間をかけて料理なんてしたら皆待ちくたびれちゃうよね…圧力鍋にしたら時短になるかな?)
香織は鍋に魔力を注ぎ、魔法を唱えた。
(密閉して蒸気で圧力高めて時短調理!『圧力鍋』!)
すると沸騰してカタカタと揺れていた鍋の蓋が静かになり、漏れ出ていた湯気も見えなくなった。
一仕事終えた香織は釜戸の側に腰掛け、パチパチと鳴る焚火をボーッと眺めていた。
「おーいカオリ!これも焼いてくれ!」
見回りから戻ってきたエドワードが香織に声をかける。その両手には三匹のホーンラビットの死骸。
「アレク、解体手伝ってくれ。」
「ああ。」
スイスイと見事な手捌きで、ただの死骸だった物はあっという間にお肉になった。
「ほら、美味く焼いてくれよな。」
「責任重大ですね。」
(うーん、鍋は火から下ろして余熱調理して、お肉は…網焼きかな?塩胡椒して…あ、胡椒がない。)
『特に貴重な物でもないので、すぐに取って来れますよ。』
(じゃあ、お願い!ハーブも地球と同じ名前かな?ローズマリーが欲しいんだけど。)
『ありますよ。どうぞ。』
アイの収納魔法で胡椒とローズマリーを手に入れた香織は、早速肉に揉み込もうと腕まくりをしたが、はたと手を止めた。
「エドワードさん。」
「なんだ?」
「このお肉、スパイス効かせて焼こうかと思うんですけど…獣人の方って、香辛料とかハーブは大丈夫ですか?」
「あー。食べられないこともないが、苦手な奴は多いな。鼻が効く奴が多いから。」
「じゃあ『ビースト』の皆さんの分は塩だけにしておきますね。エドワードさんはどうしますか?」
「ん?俺は大好きだ!たっぷり効かせてくれよな!」
「ふふ、分かりました。」
収納魔法で胡椒を粗挽きにして取り出し、ローズマリーは手でしごいて香りを出す。それを塩と共にホーンラビットの肉に擦り込めば下準備は完了だ。『ビースト』用に塩だけで味付けしたものと、スープに使った残りのニンニクと塩胡椒で味付けしたものも準備して、いざ網焼きだ。
「カオリ、何か手伝うことはあるか?」
「じゃあこのお鍋を火から下ろしてもらえますか?」
「分かった。」
「あ、蓋はまだ開けないでくださいね。多分爆発しますから。」
「ば、爆発?カオリ、何を作ったんだ…?」
「スープですよ?」
頭にはてなマークを浮かべる面々はとりあえず無視して、香織は網を釜戸の火の上に設置し、肉をどんどん並べていった。しばらくすると、辺りに食欲をそそる良い匂いが立ちこめ始めた。
「う、うわあ~。カオリ、お腹空いたよ!まだ?ねえまだ!?」
「すみません、もう少しで焼けますから。」
「良い匂いだなあ。屋台みたいだ。」
「俺のとって来た肉だぜ!」
焼き上がった肉を味別に大皿に盛り、ピクニックシートの上にドンドンと並べる。鍋の魔法を解いて蓋を開けてみると、スープもいい具合に煮えている様だ。味見をし、塩で味を整えれば、完成だ。
「よし、できました!ホーンラビットのスパイス焼きとミネストローネです。」
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