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グレートベア2

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「オリバー君に触らないで!」
「な、なん…」
「出血がひどい。とにかく止血しないと…」
「嬢ちゃんあんた何者だ?に、人間か?」
「近くの村でお世話になってる治癒師です!オリバー君を治療するので邪魔しないでください!」
「じ、じゃああんたがアリーナを…」

「『診察』!」

香織は話しかける男を無視して診察を始める。

(ひどい…動脈も内臓も損傷してる…出血量も多すぎる。死んじゃったらどうしよう、怖い…)

実際に医師として臨床の場に立ったことのない香織は、死を目の当たりにしたことはない。救急科の臨床実習でだってこんな重症患者を見たことはなかった。香織は突然の状況にパニックになり、次にどうしたらいいのか分からず手を止めてしまった。

(ダメ、何かしないと、オリバー君は死んじゃう…でも…)
『マスター、落ち着いてください。オリバー少年はまだ生きています。生きてさえいれば、マスターの魔法で治す事ができます。まずは動脈の損傷を直し、出血を止めます。動脈も内臓も、裂傷を縫い合わせるイメージで治療してください。魔法を行使する前に内蔵は腹部に戻してください。取り残される可能性があります。』
(ひえっ。わ、分かった。ありがとうアイ、少し落ち着いた。)

香織は腹部の傷から飛び出た腸管をしまい、傷口に手を添えた。

「すべての傷よ、塞がれ!『ハイヒール』!」

すると香織の手のひらからいつもより強い光が放たれると、オリバーの腹部に集まり、少しの時間をかけてやがて消えた。傷のあったところを見ると、うっすらと傷跡は残っているものの綺麗に塞がっている。診察魔法で状態を見てみると、体内の傷も全て塞がっている。しかしオリバーは意識を取り戻すことはなく、その体温もいまだ低くまるで死人の様だ。

(傷は塞がったけどこれまでの出血が多すぎた。アリーナさんの比じゃないくらい血が足りない…)

「あ、あの傷を一瞬で…」

呆然と見守る男を無視し、香織は鞄から造血剤を取り出した。香織は一瞬のためらいの後造血剤を自身の口に含むと、それをオリバーに口移しで飲ませた。

「おええぇ…ど、どうだ…」

あまりの不味さに衝撃を受けながらも、オリバーを見てみると顔色はだいぶ良くなっている。体温も徐々にだが上がってきた。

『流石です、マスター。完璧な治療です。オリバー少年は助かりましたよ。』
「よ、良かった…おえ、おええ」
「お、おい君、大丈夫か?」
「み、水…水ください…」
「わ、分かった。神よ我に恵の水を『ウォーター』」

男は近くの葉をくるくる巻いて簡易コップを作ると、魔法で水を注ぎ香織に渡した。

「あ、自分で出せばよかっ…ヴォエエ」
「き、気にするな、ほら早く飲め。」
「どうも……っぷは!あー生き返った…。アレ本当に不味いんだ…口に入れて良いやつの味じゃないよ、身体が拒否する。」
「だ、大丈夫か…?」
「あ、はい、ありがとうごぞいます。さっきは失礼な態度を取ってすみませんでした。」
「いや、治療の邪魔をしてすまなかった。俺はゲイリー。君が治してくれたアリーナの夫だ。」


ーーーーーーーーー


「カオリ!昼過ぎになっても帰ってこないから心配したんだよ、門番が森に行ったって言うから探しに行こうかと…なんだ、ゲイリーと一緒だったのか…オ、オリバー!!!」

意識が戻らないオリバーをゲイリーが背負い、安堵に泣き噦る子供達を宥めながら森の中を戻っていたらすっかり時間がかかってしまった。村の入り口で子供達と別れ、香織はオリバーを背負ったゲイリーと共に村長宅に戻った。
香織の帰宅の声を聞いて玄関までやってきたサリサは、ゲイリーの背に血だらけの我が子を見つけて悲鳴を上げた。

「オ、オリバー!オリバーはどうしたんだい!?ま、まさか…!」
「あ、血だらけのままでした。すみません、今綺麗にしますね。『クリーン』」
「サリサ、落ち着いてくれ。オリバーは大丈夫だ、生きている。危ないところだったが、カオリが治してくれた。」

洗浄魔法で綺麗になったオリバーの顔を覗き込むと、スースーと規則正しい寝息を立てている。サリサは取り敢えずホッと肩を撫で下ろすと、オリバーをベッドに寝かせるために彼の部屋に香織達を案内した。

「それで何が…」

サリサがオリバーの顔を見ながら事情を聞く。香織も状況が分かっていなかったので、ゲイリーを見上げた。

「俺はいつもの通り、アリーナの治療費を稼ぐために朝から森の奥地で魔物を狩っていたんだ。すると子供達の声が聞こえて…どうやら度胸試しに森の奥地まで来たらしいんだ。俺が駆けつけた時には既にオリバーは瀕死の状態で、目の前にはグレートベアがいた。」

グレートベアの名を聞いて、サリサはヒュッと息を飲んだ。グレートベアは獲物に対する執着心が非常に強い。獲物を横取りされたとなれば、きっと奴はこの村までオリバーの匂いを辿り襲ってくるだろう。ゲイリー1人でグレートベアの相手をするのは荷が重い。恐らく子供達を抱えて逃げ帰ってきたのだろう。道中香織と行き合い、治療した。そう考えるのが妥当だ。ならば今度はこの村が危ない。息子の軽率な行動で村が危機に陥った。サリサは体の震えが止まらなかった。

「落ち着け、サリサ。大丈夫だ。オリバーを襲ったグレートベアは死んだ。」
「死んだって…?ゲイリー、アンタ一人でそんな…」
「いや、倒したのは俺じゃないんだ、恥ずかしながら。俺は何も出来なかった。倒したのはカオリだ。」
「カオリが…?」
「奴の威圧で俺は動けず、死を覚悟した。その時カオリが突然現れて、グレートベアを瞬殺した。」
「なんだって…」
「いや、あの、まぐれです。人と魔物の気配がしたので様子を見に行くと、大きな熊がいて驚いて魔法で殺しちゃったんです。ほんと偶々で…」
「偶々でグレートベアを瞬殺…カオリ、あんた一体…」
「いえ、あの…魔法が得意なだけの治癒師ですけど…」
「聞けばカオリはここまで一人で旅をしてきたって話じゃないか。それならば戦闘に長けていても不思議ではない。」
「そうか…そうだったね、見た目でつい騙されちまうよ。一人で旅ができるだけの強さはあるんだったね。」
「はい…」

ゲイリーからも森を出る途中聞いていたが、本来グレートベアは村の男が総出でかかって、たくさんの犠牲のもとやっと討伐できるような危険な魔物らしい。森の奥地はグレートベアの縄張りがあって、森を熟知した村の男達はその範囲内には決して立ち入らない。今回子供達は初めて森の奥に入ったようで、その事を知らなかったのだろう。
香織が駆けつけていなければ、ゲイリーも子供達も食い殺されていた事だろう。サリサは再びオリバーの寝顔を覗き込み、生きていることにホッと安堵した。

「…さて、この馬鹿は起きてからこってりしぼるとして、この後はどうするんだい?折角グレートベアを狩ったんだ。男共を集めて死体を運ぶかい?」
「あ、それなら大丈夫です。ちゃんと持ってきましたよ。」
「え?」

サリサがキョトンとした顔で香織を見返す。香織はにこりと笑って鞄をポンと叩いた。

「収納魔法がありますから!」
「はあ~…呆れるくらい便利だねえ、アンタの魔法は…」
「えへへ…」
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