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名もなき村1
しおりを挟む香織が辿り着いたのは木製の簡素な柵で覆われている、素朴な印象の小さな村だった。柵の一角に門があり、門番が一人暇そうに立っている。
「やっと着いたよー!一文無しだし、とりあえず治癒師として仕事してみよう。武者修行中の流れの治癒師ってとこかな?」
『それは良いですね。』
香織は今後の方針を決めると、なるべく自然を装って門番に話しかけた。
「こ、こんにちは。」
「おや、こんにちはお嬢ちゃん。こんなさびれた村に旅人なんて珍しい。しかもこんな女の子だなんて。どうかしたのか?親とはぐれたか?」
「あの、私流れの治癒師なんです。修行の旅をしていて…。」
「なに?お嬢ちゃんが…?見たところかなり若いようだが…」
「え?」
門番は訝しげに香織を眺める。
香織は自分の外見を確認するのをすっかり忘れていた。花道香織は24歳だったので、この世界の自分もそれくらいのつもりでいたのだ。視界の高さは元の香織と変わらなかったので、恐らく155センチ前後だろう。すっかり大人だと思い込んでいたが、もしかして見た目は子供なのだろうか?
(ア、アイ~!)
『はい、なんでしょう。』
(私って何歳くらいに見えるの?)
『マスターは身長が低いため子供だと勘違いされているようです。肉体年齢は15歳前後と推測します。』
(子供じゃない!)
『こちらの世界では成人年齢は15歳ですので大人です。』
(な、なるほど…)
「み、見た目は子供に見えるかもしれませんけど、ちゃんと成人してます。治癒の腕にも自信があります。(人に掛けたことはないけど)」
「お、おう、そうだったか。すまねえな。てっきりまだ子供かと…。」
「よく言われますので大丈夫です。」
「いや、失礼した。実は今この村には治癒師がいなくてな、しばらく滞在するつもりなら少し診ていってくれないか?」
「手持ちも少ないので、仕事としてでしたら喜んで。」
「勿論、無料でとは言わんさ。ただ、この通りの寂れた村だからな、金がなく物で払う奴も多い。」
「問題ありません。」
「そうか!よかった。治癒師が来たと、村長に知らせなければ。お嬢ちゃんもついてきてくれ。」
「はい。」
そうして香織は異世界で初めての人里に無事入ることができた。香織は澄ました顔をして門番の後をついて歩いていたが、内心は不安でたまらなかった。
(アイ~!急に不安になってきたよ、私にちゃんと人を治せるかな…)
『マスター程の魔法の才能の持ち主でしたらどの病も傷も治せましょう。既存の治癒魔法が使いこなせなければご自身で新たな治癒魔法を作る事を提案します。』
(そっか…分からなかったら作ればいいんだもんね。自信出てきた!私やってみるよ!)
『応援してます。』
ーーーーーーーーー
香織が連れて来られたのは小さな村役場だった。数人しかいない役所の職員は、旅人の格好をした少女を珍しげに眺める。門番の男は彼らに軽く挨拶をすると、奥の部屋に香織を連れて入った。
「村長!村に治癒師が来ましたよ!」
「おお…!それは本当か!こんな寂れた村に旅人が訪れるだけでも珍しいというのに…して、そのお方はどちらに?」
「あ、この方ですよ。」
「…?まだ子供ではないか。その子のご両親が治癒師なのか?」
「…いえ、私が治癒師です。このような見た目ですが、きちんと成人しておりますし、治癒も問題なく出来ます。」
「君が…?失礼だが、子供にしか見えんのだが…。もし金に困ってそのような嘘をついているのであれば感心しないぞ。」
(私ってどんな見た目してるのよ!村に来る前に確認すればよかったー!)
『大変可愛らしい外見をしております。』
「疑うのであれば、実際にお見せしましょう。一人目はお試しということで無料で診させていただきます。どなたか治癒が必要な方はいませんか?」
ここで言い争いをしても意味がない。そう判断した香織はならば実演して見せようと提案した。村長は未だ信用しきれない様子だったが、村はずれにある一軒の家に香織を案内した。
「ババア、入るぞい。」
「勝手に入ってきておくれ。」
村長の不躾な挨拶に特に気分を害するでもなく普通に答えた声の主は、ベッドに横たわったまま顔だけをこちらに向けた。
「このババアは見た通り老いぼれでな。数日前に転んでから、ずっと寝たきりだ。どこかの骨でも折れたのかもしれんがワシらのヒールでは痛みを和げる事しかできん。」
「お前さんだってジジイだろうが。いいのさ、そろそろ寿命という事なんだろう。それで何の用だ。この可愛らしいお嬢さんはどうしたんだい?」
「ああ、なんでも流れの治癒師だそうだ。だがこの通りの見た目でな…とても信じられん。だから試しにアンタを治してもらおうと思ってな。」
「ふん…なるほどね。失敗して老いぼれ一人くたばったところで大した被害にはならんという事か?随分と失礼なやつじゃ。私にもその子にもね。」
ババアと呼ばれた老人はベッドから起き上がろうとしたが、痛みがあったのか顔を歪め、再び枕に頭を乗せた。
「いたた…すまないね、お嬢さん。こんな格好のままで。私はアデナ。見た通りの老いぼれさ。ジジイに何を言われたのかは知らんが、よろしく頼むよ。なに、気負う必要はないさ。アンタが来なかったら死ぬだけだったんだからさ。」
「…初めまして、カオリです。では少し見させてください。どこが痛みますか?」
「脚の付け根のあたりが痛くてね。」
香織は掛け布団を剥ぐと、診察を始めた。
(あっちの世界のCTをイメージして…『スキャン』)
するとアデナの身体がみるみる透けていき、骨が見えるようになった。香織は脚の付け根を中心に、骨折がないかを確認していく。教科書の知識しかなかった香織はきちんと骨折部位が見つけられるか不安だったが、鑑定魔法を併用すれば勝手に異常を見つけてくれた。
「大腿骨頸部骨折と、腰椎圧迫骨折ですね。」
「は?」
「脚の付け根の骨と、腰の骨が折れています。腰の骨は最近の事ではないようですが、ずっと腰が痛かったりしましたか?」
「あ、ああ…最近腰が痛くてね、それをかばいながら歩いていて転んだんだよ。」
「なるほど。ではどちらも治しますね。」
香織は闇雲に回復魔法を使うこの世界の常識には抵抗があった。魔法は想像力、ならばきちんとどこをどう治すのか、それを具体的にイメージして治療していきたかった。それはこの世界には存在しない医者という職業を目指していた香織独特の感性だろう。
診察という、普通の治癒師とは違う香織の行動を見て、村長は香織が偽の治癒師であると早々に結論付けた。患部に包帯を巻いたり薬草を塗り付けたり。そういう民間療法は普通の人間だってできる。恐らく香織は「傷の手当て」で日銭を稼ぐ孤児か何かだろう。もう結構だ、と村長が香織を止めようとしたその時。
『ハイヒール』
香織はアデナの下腹部あたりに手をかざし、魔法を唱えた。香織の放った白い光は主に負傷部位に集中し、しばらくすると消えていった。
あまりの驚きに、村長は香織の肩を掴んだまま動けなかった。
「どうですか?」
「痛みはだいぶ良くなったよ。どれ…」
「あ、おいババア無理するな。いくら本物のハイヒールだからって何回か掛けてもらわないと治らんだろ。」
「え?そうなんですか?」
「は?いや、骨折だったらあと2、3回は治療するだろう?」
「いや…ちゃんと治しましたけど…」
「なんだって?」
「おお、脚の付け根も、腰の痛みもなくなっとる。動きに違和感もない。こりゃ、ほんとに治ってるんじゃないなかい?なあジジイよ。」
「本当か?いやしかし…」
「ジジイ、私らは村の外には殆ど出ないだろう。昔この村にいた治癒師がそうしていたってだけで、優秀な治癒師は一回の治癒で全快させることができるのかもしれん。なあお嬢さん?」
「え?は、はい。私の師事していた治癒師は一回で終わらせていました。だからそれが一般的なのかと…」
「そうかい。優秀なお師匠さんに教わったんだね。すっかり良くなったよ。ありがとう。お嬢さんの実力は、このアデナが保証するよ。」
「ありがとうございます!」
(口から出まかせも案外スラスラ言えるものね。空気読みながら適当に話合わせてみたけど大丈夫だったみたい。)
『素晴らしい機転でした。』
(それにしてもハイヒールを使っても大きな怪我は一度では治せないのか…私の知識にはなかったけど…)
『治癒師にも優秀な者とそうでない者がいます。マスターが上位の治癒師だったと言うだけで特に不自然なことはありません。』
(そっか。じゃあいいか!)
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