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異世界1

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「ん…」

仄暗い森の中。木々に囲まれ、少女が目を覚ます。

「ここが…異世界…」

グーパー、ぷらぷら。少女はあたりを見回しながら、まるで初めて身体を動かすかのように、手足の動きを確認する。

「もっと違和感があると思ったけど…普通ね。見た目は…後で確認しよう。取り敢えず、森を出た方がいいよね…」

簡素なワンピースに、茶色のマント。フードを目深く被り、少女は新たな世界へ一歩を踏み出した。


ーーーーーーーーー


「はあ~やっと終わったよ。」
「お疲れ!模試どうだった?」
「まあまあかな。」


12月24日。世間はクリスマス一色。しかし医学生の花道香織には忌々しい時期でしかない。6年生の香織は、2月に行われる医師国家試験に向け猛勉強中なのだ。

「わざわざクリスマスにやらなくても…私たちになんの恨みがあるのよ。」
「え~香織、予定あったの?」
「あるわけないでしょ!彼氏もいないし、実家も遠いし。」
「だよね!まあ私はこの後茂野くんとデートなんだけど~。」
「あーはいはい。お幸せにー。」

正直勉強は好きじゃない。国家試験に向けて勉強ばかりしていたここ数ヶ月は、苦痛でしかなかった。しかし香織は、どうしても医者になりたかった。いや、ならなければならなかった。
彼女の両親は共に医師であり、花道医院というクリニックを営んでいる。代が変わることで科が変わることはあったが、漢方を煎じたりするような時代からずっと続く由緒ある医院だ。香織はその花道家の一人娘。つまり跡取りなのだ。いずれは婿をとり、花道医院を継がねばならない。
両親は多忙ながらも愛情たっぷり香織を育ててくれたし、裕福で何不自由なく暮らしてきた。しかし香織の将来は生まれた時から決まっていたのだ。敷かれたレールをただ進むだけの人生。不満がなかったわけではないが、医者に囲まれ育った香織は、外の世界を知らない。他の職業に就くといっても、皆目見当がつかないのだ。
決められた将来に向けて好きでもない勉学に励む日々は楽しいとは言えなかったが、後数ヶ月もすれば念願の医師になれる。医師になれば、実際に患者と接し、治療することができる。試験でしか結果を出せない学生の頃よりはやりがいがあるはずだ。

「まあ、それも試験に合格してからね。」

彼氏と合流すると言って別れた友人を見送り、香織は傘をさして駅までの道をゆっくりと歩き出した。
みぞれがポテポテと降る中、香織は滑らないよう慎重に歩みを進める。

「ホワイトクリスマスも、こんなみぞれじゃねえ。雰囲気も出ないわ。」

独り言ちながら、ふと空を見上げる。灰色の雲に覆われた空から大粒のみぞれが降るのを、何となしに眺めながら歩き続けた。

ずるっ

「うぎゃっ!」

足元への注意を疎かにしていたせいか、香織は雪で濡れたマンホールで足を滑らせ、どしんと尻餅をついて転んだ。

「いたたた…最悪…お尻びしょびしょ…」

羞恥に顔を赤らめ、香織は急いで立ち上がり、目撃者が少ないうちに足早にその場を立ち去った。

座り込んだままの、彼女を置いて。

「え?え?まって、え…?」

残された香織は立ち去る香織を呆然と見送った。
頭がついていかない。あれは、私。じゃあ、ここにいる私は?

『魂の染色はうまくいきましたね。』

混乱する香織の頭に不思議な声が響いたかと思うと、彼女の身体は眩い光に覆われた。


ーーーーーーーーー


『おかえりなさい、新しき魂よ。既存の色に染めてみましたが、おかしなところはありませんか?』

あまりの眩しさに思わず目を閉じた香織が恐る恐る目を開けると、目の前には神々しい何かがいた。キョロキョロと辺りを見回しても、白以外の色は見えない。

「え、は?ここどこ?あれ?」
『…おや?新しき魂よ、私が誰かわかりますか?』
「…分かりませんけど…」

怪しさ満点の神々しき何かに問われ、香織は恐る恐る返答した。分からないと答えはしたが、香織の直感が、この「何か」は神なのだと伝えている。

『おやおや、染めすぎてしまいましたか…。そのものになってしまいましたねえ。』
「えっと…よく分からないんですが…神様、ですか…?」
『そうですよ、新しき魂。いえ…今はもはや、花道香織、ですかね。』
「あの、私、どうしてここに…」

死んでここに連れられたわけではない。何故なら、花道香織はまだ生きているのだから。転んだ彼女が起き上がり、足早に去っていくのをこの目で見ていた。そうなのだ。香織は生きている。では、ここにいる私はいったい何なのだ。香織(仮)?
混乱して次の言葉が出ない香織(仮)を暫し眺めた神は、彼女にこれまでの経緯を説明した。

神の世界は停滞していた。もう500年は停滞している。代わり映えのしない世界をただ眺めるのに飽いた神は、文化の起爆剤となる新たな魂を作り上げることに決めた。
しかし作り立ての魂は何の経験も積んではいない。このまっさらな魂ではヒトの魂としては成り立たない。魂というものは、虫、魚、動物、様々な生物として魂に経験を刻んでいき、やっとヒトと成ることを許されるのだ。
しかしそこまで気長に待つつもりは神にはなかった。手っ取り早く魂に経験を刻むために、既存の魂の経験を写しとることにしたのだ。

『折角なので別の世界の魂から経験を写せばより起爆剤たるかなと思ったんですよ。ですから地球の神にお願いをして、貴方の魂を写し取らせていただいたんです。』
「はあ…」
『ところが予想外な事に、新たな魂は完全に貴方に染まってしまったようだ。』

白と赤を混ぜてピンクにしようとしたら、赤になってしまった。要はそういう事だろう。

「じゃあ私は私じゃないんですか?じゃあ私って一体…」
『あまり深く考えすぎると気が狂ってしまうよ。君は分身して二人になった。片方は元の世界で暮らしもう片方は新天地へ。それでいいじゃないか。』
「はあ…」
『そういうわけで君には私の世界で暮らしてもらうよ。』
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