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第四話 長い付き合いはここから
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城の中は広かった。廊下にはいくつもの部屋が連なり、下にはふかふかで部屋のカーテンと同じ色のワインレッドの絨毯がひかれている。明るい照明は魔力で作らているそうで、偶に立てられている蝋燭はもっぱら飾りのためのものらしい。部屋のあった廊下を抜けると、さらに大きな廊下越しに大きな窓から中庭が見えた。草木も噴水も、とてもよく手入れされている。・・・って言ったって私にはその辺の知識、皆無なのだが。
「こちらですよ。」
見慣れない景色にキョロキョロ辺りを窺う私を見て、サラが任務先でもなかなか見ない程大きくゆったりと曲がった螺旋階段の前で手招き(足招き?)していた。
「ごめん、今行く。」
階段を降りると、廊下を挟んだ先に『ダイニングルーム』と書かれたドアプレートのある扉に辿りつく。他にも沢山の扉があり気になりはしたが、今まとめて聞いても忘れてしまいそうなので止めておく。
コンコンコン
サラが三回ほどノックをし、
「メイドマモノのサラです。レイのカタをツれてきました。ハイってもヨロしいですか?」
と言った。そのまま数秒待つが、返事がない。
「タブンハイってダイジョウブです。ダメだったらヘンジがありますから。」
ほ、ほんとに大丈夫?ダメじゃなくても返事ってあるもんじゃないの?
「タブン、なんとかなりますよ。」
その『多分』が不安なんだけど・・・
「まあハイってみてください。ナニかあってもオコられるのはワタシですから。」
解決になってないよ。
「サラさん、ちょっとこっち来てもらっていいですか?洗濯用の魔道具が上手く動かなくって。」
炎を身体に纏った妖精がこちらに来て、サラの事を呼ぶ。サラは少し迷っていたが、やがて
「すみません、スコしミてきます。オソらくマオウサマとカンブのミナサマがいますから、どうぞトビラをアけてください。」
と言った。忙しそうなのに引き止めるのもなんだか気が引けて、そのまま送り出してしまう。・・・さてどうするか。もう一回ノックしてみてもいいけど返事が無いからって何度もノックするのもそれはそれでよくないかも。こんなことならもう少しマナーの勉強をしておくべきだったな。・・・まあこんなことになるなんて思ってもみなかったし、思っていたとしてもあの環境じゃ無理か。深呼吸して、扉に手をかけるとそのまま扉を少し開く。失礼しま
「ディアそれ俺のだって」
「先に取らないのが悪い」
「ちょっ・・・マナーってもんを知らないわけ!?」
「苺一つで揉めないでくださいよ。こんな朝から騒々しい。」
「レイスや、蜂蜜を取ってくれんかの?」
扉を開けるやいなや挨拶の声が掻き消えるほどの音が耳に飛び込んできた。昨日戦った悪魔・・・ディア、だっけ?と、魔王・・・仕えることになったんだから『様』付けの方がいいのかな。それに大柄な狼男と、長髪の吸血鬼が四角いテーブルを囲んで座っていた。魔王が一人端で座り(誕生日席という俗称を聞いたことがあるような気がする)、ディアの隣は空席になっている。各々パンに様々なトッピングを乗せ楽しそうに朝食をとっていた。
「その位置なら届くでしょう?」
「なんて言いながら取ってくれるじゃないか。」
「やはり朝は苺のホットケーキに限るな。」
「俺が取ったんだけどね・・・まあベーコンサンド好きだしいいけど。」
どうしよう。かなり入りずらい。でもここで待ち続けるのもあれなので、とりあえず距離を詰めて声をかける。さっきよりも大きな声で。
「失礼します!サラさんに言われてきました。」
吸血鬼と狼男がきょとんとした顔になった。
「そうじゃった、二人は知らんかったと思うが、今日から戦闘担当の仲間が増えるんじゃよ。」
二人のきょとん顔はなおらない。ディアは昨日の時点で見ていたからか、或いはいつものことだと割り切っているようで一人でパンを頬張っている。数秒たち、吸血鬼が片手を額に当てると困り顔で魔王様を見た。
「あのですね・・・そういう連絡は早めにといつも言ってるじゃないですか。どうしてそういきなり。」
「昨日ディアと戦っていたところをスカウトしたんじゃよ。安心せい、もう仲間じゃから。」
狼男が近づいてきてすんすんと私の周りを嗅ぎ始めた。ちょっと緊張するしくすぐったい。
「ふうん。確かに強そうじゃん。これからよろしくね。」
におい嗅いだだけで分かるのか・・・。とりあえず悪い人ではなさそうなので差し出された手を掴み握手する。大きくて暖かくて、少しごつごつした手だった。吸血鬼の人はまだ何か言いたそうだったが、ニコニコ笑う魔王様を前にツッコむのは止めたらしい。ディアの反応を見たときも思ったが、もしかしたらいつもこんな調子なのかもしれない。
「細かい説明は後じゃ。とりあえず自己紹介といこうじゃないか。腹減ってるじゃろうから食べながらでかまわんから、お前さんもディアの隣に座るといい。」
最後の苺を食べ終わり満足げなディアの隣に座りに行く。昨日戦っての今日だからすごくきまづいけど、これから一緒に仕事するんだからいい関係を築いた方がいいよね。『こういうときにはまず挨拶』と、誰かが話していたから試してみよう。目じりを下げて口角を上げて・・・
「よろしくお願いします。」
ディアはこちらをちらっと見たが、すぐに無言で次のパンを食べ始めてしまった。・・・それもそうか。この目がある限り、仲良くなんて無理だよね。少し暖かいものに触れていたからか、いつものことなのにどこかショックを受けている私を横目に、魔王様が喋り出す。
「じゃあジャグナから頼んでいいかの?名前以外は任せる。」
任せるって言われてもな~なんて言いつつ、ジャグナと呼ばれた狼男が話し始める。
「ジャグナ・ウルフ。ここに勤めて一年くらい。俺以外もそうだけど幹部みんなにタメ口でいいよ。年功序列って感じじゃないしな。あとは・・・肉が好きかな。正直いきなりでびっくりしてるし、君も同じだと思うけど、これからよろしく。」
気さくで話しやすい感じの先輩だった。なんだかキラキラしてて太陽みたい。続いて吸血鬼が話し始めた。少し顔を上げたことで絹のような髪が肩から落ち、幻想的な姿を作り出している。
「レイス・オルマリアと申します。種族は吸血鬼。もうご存じかもしれませんが、魔王様に仕えることは結構骨が折れるので、何かあったら早めに相談してくださいね。」
びっくりするくらい美形だ。や、他のみんなもすごくかっこいい顔だちをしているんだけれど、なんていうか全てが百点で『整っている』タイプの美形。吸血鬼だからかもしれないけど、肌も真っ白だった。ジャグナさんが太陽なら、レイスさんは月って感じかな。二人の自己紹介が終わり、ちらりとみんながディアの方を見るが、当の本人は我関せずといった感じで食事の続きをしていた。
「ディア、貴方の番ですよ。」
レイスさんにそう言われたところで、ディアはようやく食事の手を止める。パンを飲み込み、ぶっきらぼうに一言だけ自己紹介した。
「・・・ディア。」
訂正しよう、一言っていうか名前だけ。ジャグナさんが他には?というように首をかしげた。目の事もあるけれど、昨日殺しあっての今日だ、これが普通の対応なのかもしれない。・・・いい関係ってうのは、きっと普通の人が普通の出会い方をすることだけできるのかな。
「あー、ワシはご存じの通り魔王。名前がないわけじゃないが魔王で通してるからそう認識してくれ。この城の城主兼、夜の国の国王を務めておる。」
そして、私以外全員の自己紹介が終わり、魔王がこちらを見た。
「最後はお前さんの番じゃ。大きな声で頼むぞ。」
え?あっ・・・そっか、私も自己紹介しないといけないんだよね。初めましてなんだから。マナーとかはよく分からないけど、一応席から立ち上がって話し始める。
「はじめまして。私の名前は・・・」
続きが出てこなかった。思い出せなかったのだ。何か喋らなきゃと思うのに、上手く言葉にならない。生まれた時には何かあったのかもしれないが周りから呼ばれていた『竜の目』や『お前』は、名前とは言えなかった。
「忘れたのか?」
ディアが低い声で図星を言い当ててくる。名前さえ忘れた私がどうしたら自己を紹介できるのだろう。この際、何か適当な名前でも考えた方が_
「それなら考えようよ。」
ジャグナさんが言った。
「みんなで考えて、新しい名前をつけるんだよ。もし、嫌じゃ無かったら、だけど。」
すぐにレイスさんが指先をペンの様に走らせる。『議題 新人の名前を考える』空中に赤い文字がふわふわと浮かんだ。
「定番だけど・・・アリスは?普通に可愛い感じで。」
「もっと強そうな方がいいだろ。舐められるぞ。」
「クイーンなんてどうでしょう。」
いきなりの展開に脳が追い付かない。もう赤子でもなんでもない私に、ほぼ初対面の同僚(と呼んでいいのかな)が名前をつけてくれようとしている。なんだか『家族』がいるみたいだ。遠目に見ているだけだったそれに混ざっている違和感が、心地よかった。
「・・・候補、こんだけ出してどうするつもりだよ。」
少し私が感動している間に赤い文字は壁一面に、天井にまで達していた。みんな考えるの早すぎない・・・?魔王様があごに手を当てこちらを見る。
「お前さん、どれがいい?」
どれがいいって言われましても・・・
「もう少し絞らないと選びづらいでしょう。イメージに合わなそうなものを外したりした方がいいのでは?」
そういうと、レイスさんは指を弾きほぼすべての候補を消した。
「そんなに減らすことなくない!?せっかく沢山考えたのに!」
「考えすぎて九割近く貴方の意見じゃないですか。モリモリ・マルマルとか流石に巫山戯けてますよね?メモするのも大変なんですよ。」
「かわいくないかなぁ?」
「まあ名付けられる側の表情が物語ってますかね。」
考えてもらって何様ではあるけれど、その名前を聞いたとき、笑顔が少し引き攣ってしまった。
「かわいい、とは思います!」
慌ててフォローしようとしてみたけれど、それは逆効果だったみたいでジャグナさんは少し頭をかいて苦笑いをした。
「気使わせてごめんね・・・オレこういうの考えるの好きなんだけどさ、ネーミングセンスないってよく言われるんだよ。」
そんなことは・・・ないと言えなくもないというか
「お前さん、名前、どれがいいかの?」
被せるように言われて、改めて赤い文字に目を向ける。エマ、カミラ、マイ、アルファ、マリー、マリア、リリィ、ルナ。どれも私なんかが名乗っていいのか分からないくらい、素敵な名前だった。
「どれでもいいです。」
若干みんなの顔が曇ったのが見えて、言い方を間違えたことに気づく。
「違うんです、違くて、その・・・いい意味で言ったんです。どれも、素敵な名前なので。この中だったら、どれになっても嬉しいなって。」
そう言った時、ふわっと魔力が解けて、文字が消えた。ただ一つの名前を除いて。
「アルファ、で決まりじゃな。」
これってどうやって・・・?
「お前さんが一番視線を奪われた名前になるよう、魔法で細工したんじゃ。意見を口にだしたあと魔法が発動するようにな。」
そんな魔法が存在するのかとか、思ったことは色々あるけれど、今は『アルファ』という新しい名前の響きをもっと感じたいなと思った。名前があるって、地に足が付いた感じがして落ち着く。
「アルファ・・・いいじゃんいいじゃん!これから沢山呼ぼ~」
「ディア、あなたの案でしょう。恥ずかしがってないで会話に加わって下さい。」
レイスさんの言葉にディアは少しむせたようにしてせき込む。
「恥ずかしがってるわけじゃない!必要以上の会話を求めてないだけだ。」
そんな意味で言ったわけじゃ無いと思うけど・・・必要な会話だったら、してくれるってことかな?今伝えたいことは・・・
「素敵な名前をありがとう。」
多分私が初めて抱く、純粋な感謝の気持ち。・・・ってこれ私の自己満足の会話というか最早メッセージ、独り言?の類かも。必要な会話っていうのはきっともっと・・・
「ん。」
仲間になってから初めて相槌があった気がしてディアの方をみると、ミルクに口をつけているところだった。気のせいかもしれないけれど、ディアの耳はほんの少し赤く染まっていた。魔王様が満足げにグラスを持ち上げる。
「さあお前さんたち!新しい仲間の命名日を記念して、今日はデパートに行くぞ!」
・・・でぱあと?夜の国にそんな地名が?昨日会っての今日だし、部下になった私が言うのもあれだけど、この主、なんでも急に言い出すところがあるな。
「こちらですよ。」
見慣れない景色にキョロキョロ辺りを窺う私を見て、サラが任務先でもなかなか見ない程大きくゆったりと曲がった螺旋階段の前で手招き(足招き?)していた。
「ごめん、今行く。」
階段を降りると、廊下を挟んだ先に『ダイニングルーム』と書かれたドアプレートのある扉に辿りつく。他にも沢山の扉があり気になりはしたが、今まとめて聞いても忘れてしまいそうなので止めておく。
コンコンコン
サラが三回ほどノックをし、
「メイドマモノのサラです。レイのカタをツれてきました。ハイってもヨロしいですか?」
と言った。そのまま数秒待つが、返事がない。
「タブンハイってダイジョウブです。ダメだったらヘンジがありますから。」
ほ、ほんとに大丈夫?ダメじゃなくても返事ってあるもんじゃないの?
「タブン、なんとかなりますよ。」
その『多分』が不安なんだけど・・・
「まあハイってみてください。ナニかあってもオコられるのはワタシですから。」
解決になってないよ。
「サラさん、ちょっとこっち来てもらっていいですか?洗濯用の魔道具が上手く動かなくって。」
炎を身体に纏った妖精がこちらに来て、サラの事を呼ぶ。サラは少し迷っていたが、やがて
「すみません、スコしミてきます。オソらくマオウサマとカンブのミナサマがいますから、どうぞトビラをアけてください。」
と言った。忙しそうなのに引き止めるのもなんだか気が引けて、そのまま送り出してしまう。・・・さてどうするか。もう一回ノックしてみてもいいけど返事が無いからって何度もノックするのもそれはそれでよくないかも。こんなことならもう少しマナーの勉強をしておくべきだったな。・・・まあこんなことになるなんて思ってもみなかったし、思っていたとしてもあの環境じゃ無理か。深呼吸して、扉に手をかけるとそのまま扉を少し開く。失礼しま
「ディアそれ俺のだって」
「先に取らないのが悪い」
「ちょっ・・・マナーってもんを知らないわけ!?」
「苺一つで揉めないでくださいよ。こんな朝から騒々しい。」
「レイスや、蜂蜜を取ってくれんかの?」
扉を開けるやいなや挨拶の声が掻き消えるほどの音が耳に飛び込んできた。昨日戦った悪魔・・・ディア、だっけ?と、魔王・・・仕えることになったんだから『様』付けの方がいいのかな。それに大柄な狼男と、長髪の吸血鬼が四角いテーブルを囲んで座っていた。魔王が一人端で座り(誕生日席という俗称を聞いたことがあるような気がする)、ディアの隣は空席になっている。各々パンに様々なトッピングを乗せ楽しそうに朝食をとっていた。
「その位置なら届くでしょう?」
「なんて言いながら取ってくれるじゃないか。」
「やはり朝は苺のホットケーキに限るな。」
「俺が取ったんだけどね・・・まあベーコンサンド好きだしいいけど。」
どうしよう。かなり入りずらい。でもここで待ち続けるのもあれなので、とりあえず距離を詰めて声をかける。さっきよりも大きな声で。
「失礼します!サラさんに言われてきました。」
吸血鬼と狼男がきょとんとした顔になった。
「そうじゃった、二人は知らんかったと思うが、今日から戦闘担当の仲間が増えるんじゃよ。」
二人のきょとん顔はなおらない。ディアは昨日の時点で見ていたからか、或いはいつものことだと割り切っているようで一人でパンを頬張っている。数秒たち、吸血鬼が片手を額に当てると困り顔で魔王様を見た。
「あのですね・・・そういう連絡は早めにといつも言ってるじゃないですか。どうしてそういきなり。」
「昨日ディアと戦っていたところをスカウトしたんじゃよ。安心せい、もう仲間じゃから。」
狼男が近づいてきてすんすんと私の周りを嗅ぎ始めた。ちょっと緊張するしくすぐったい。
「ふうん。確かに強そうじゃん。これからよろしくね。」
におい嗅いだだけで分かるのか・・・。とりあえず悪い人ではなさそうなので差し出された手を掴み握手する。大きくて暖かくて、少しごつごつした手だった。吸血鬼の人はまだ何か言いたそうだったが、ニコニコ笑う魔王様を前にツッコむのは止めたらしい。ディアの反応を見たときも思ったが、もしかしたらいつもこんな調子なのかもしれない。
「細かい説明は後じゃ。とりあえず自己紹介といこうじゃないか。腹減ってるじゃろうから食べながらでかまわんから、お前さんもディアの隣に座るといい。」
最後の苺を食べ終わり満足げなディアの隣に座りに行く。昨日戦っての今日だからすごくきまづいけど、これから一緒に仕事するんだからいい関係を築いた方がいいよね。『こういうときにはまず挨拶』と、誰かが話していたから試してみよう。目じりを下げて口角を上げて・・・
「よろしくお願いします。」
ディアはこちらをちらっと見たが、すぐに無言で次のパンを食べ始めてしまった。・・・それもそうか。この目がある限り、仲良くなんて無理だよね。少し暖かいものに触れていたからか、いつものことなのにどこかショックを受けている私を横目に、魔王様が喋り出す。
「じゃあジャグナから頼んでいいかの?名前以外は任せる。」
任せるって言われてもな~なんて言いつつ、ジャグナと呼ばれた狼男が話し始める。
「ジャグナ・ウルフ。ここに勤めて一年くらい。俺以外もそうだけど幹部みんなにタメ口でいいよ。年功序列って感じじゃないしな。あとは・・・肉が好きかな。正直いきなりでびっくりしてるし、君も同じだと思うけど、これからよろしく。」
気さくで話しやすい感じの先輩だった。なんだかキラキラしてて太陽みたい。続いて吸血鬼が話し始めた。少し顔を上げたことで絹のような髪が肩から落ち、幻想的な姿を作り出している。
「レイス・オルマリアと申します。種族は吸血鬼。もうご存じかもしれませんが、魔王様に仕えることは結構骨が折れるので、何かあったら早めに相談してくださいね。」
びっくりするくらい美形だ。や、他のみんなもすごくかっこいい顔だちをしているんだけれど、なんていうか全てが百点で『整っている』タイプの美形。吸血鬼だからかもしれないけど、肌も真っ白だった。ジャグナさんが太陽なら、レイスさんは月って感じかな。二人の自己紹介が終わり、ちらりとみんながディアの方を見るが、当の本人は我関せずといった感じで食事の続きをしていた。
「ディア、貴方の番ですよ。」
レイスさんにそう言われたところで、ディアはようやく食事の手を止める。パンを飲み込み、ぶっきらぼうに一言だけ自己紹介した。
「・・・ディア。」
訂正しよう、一言っていうか名前だけ。ジャグナさんが他には?というように首をかしげた。目の事もあるけれど、昨日殺しあっての今日だ、これが普通の対応なのかもしれない。・・・いい関係ってうのは、きっと普通の人が普通の出会い方をすることだけできるのかな。
「あー、ワシはご存じの通り魔王。名前がないわけじゃないが魔王で通してるからそう認識してくれ。この城の城主兼、夜の国の国王を務めておる。」
そして、私以外全員の自己紹介が終わり、魔王がこちらを見た。
「最後はお前さんの番じゃ。大きな声で頼むぞ。」
え?あっ・・・そっか、私も自己紹介しないといけないんだよね。初めましてなんだから。マナーとかはよく分からないけど、一応席から立ち上がって話し始める。
「はじめまして。私の名前は・・・」
続きが出てこなかった。思い出せなかったのだ。何か喋らなきゃと思うのに、上手く言葉にならない。生まれた時には何かあったのかもしれないが周りから呼ばれていた『竜の目』や『お前』は、名前とは言えなかった。
「忘れたのか?」
ディアが低い声で図星を言い当ててくる。名前さえ忘れた私がどうしたら自己を紹介できるのだろう。この際、何か適当な名前でも考えた方が_
「それなら考えようよ。」
ジャグナさんが言った。
「みんなで考えて、新しい名前をつけるんだよ。もし、嫌じゃ無かったら、だけど。」
すぐにレイスさんが指先をペンの様に走らせる。『議題 新人の名前を考える』空中に赤い文字がふわふわと浮かんだ。
「定番だけど・・・アリスは?普通に可愛い感じで。」
「もっと強そうな方がいいだろ。舐められるぞ。」
「クイーンなんてどうでしょう。」
いきなりの展開に脳が追い付かない。もう赤子でもなんでもない私に、ほぼ初対面の同僚(と呼んでいいのかな)が名前をつけてくれようとしている。なんだか『家族』がいるみたいだ。遠目に見ているだけだったそれに混ざっている違和感が、心地よかった。
「・・・候補、こんだけ出してどうするつもりだよ。」
少し私が感動している間に赤い文字は壁一面に、天井にまで達していた。みんな考えるの早すぎない・・・?魔王様があごに手を当てこちらを見る。
「お前さん、どれがいい?」
どれがいいって言われましても・・・
「もう少し絞らないと選びづらいでしょう。イメージに合わなそうなものを外したりした方がいいのでは?」
そういうと、レイスさんは指を弾きほぼすべての候補を消した。
「そんなに減らすことなくない!?せっかく沢山考えたのに!」
「考えすぎて九割近く貴方の意見じゃないですか。モリモリ・マルマルとか流石に巫山戯けてますよね?メモするのも大変なんですよ。」
「かわいくないかなぁ?」
「まあ名付けられる側の表情が物語ってますかね。」
考えてもらって何様ではあるけれど、その名前を聞いたとき、笑顔が少し引き攣ってしまった。
「かわいい、とは思います!」
慌ててフォローしようとしてみたけれど、それは逆効果だったみたいでジャグナさんは少し頭をかいて苦笑いをした。
「気使わせてごめんね・・・オレこういうの考えるの好きなんだけどさ、ネーミングセンスないってよく言われるんだよ。」
そんなことは・・・ないと言えなくもないというか
「お前さん、名前、どれがいいかの?」
被せるように言われて、改めて赤い文字に目を向ける。エマ、カミラ、マイ、アルファ、マリー、マリア、リリィ、ルナ。どれも私なんかが名乗っていいのか分からないくらい、素敵な名前だった。
「どれでもいいです。」
若干みんなの顔が曇ったのが見えて、言い方を間違えたことに気づく。
「違うんです、違くて、その・・・いい意味で言ったんです。どれも、素敵な名前なので。この中だったら、どれになっても嬉しいなって。」
そう言った時、ふわっと魔力が解けて、文字が消えた。ただ一つの名前を除いて。
「アルファ、で決まりじゃな。」
これってどうやって・・・?
「お前さんが一番視線を奪われた名前になるよう、魔法で細工したんじゃ。意見を口にだしたあと魔法が発動するようにな。」
そんな魔法が存在するのかとか、思ったことは色々あるけれど、今は『アルファ』という新しい名前の響きをもっと感じたいなと思った。名前があるって、地に足が付いた感じがして落ち着く。
「アルファ・・・いいじゃんいいじゃん!これから沢山呼ぼ~」
「ディア、あなたの案でしょう。恥ずかしがってないで会話に加わって下さい。」
レイスさんの言葉にディアは少しむせたようにしてせき込む。
「恥ずかしがってるわけじゃない!必要以上の会話を求めてないだけだ。」
そんな意味で言ったわけじゃ無いと思うけど・・・必要な会話だったら、してくれるってことかな?今伝えたいことは・・・
「素敵な名前をありがとう。」
多分私が初めて抱く、純粋な感謝の気持ち。・・・ってこれ私の自己満足の会話というか最早メッセージ、独り言?の類かも。必要な会話っていうのはきっともっと・・・
「ん。」
仲間になってから初めて相槌があった気がしてディアの方をみると、ミルクに口をつけているところだった。気のせいかもしれないけれど、ディアの耳はほんの少し赤く染まっていた。魔王様が満足げにグラスを持ち上げる。
「さあお前さんたち!新しい仲間の命名日を記念して、今日はデパートに行くぞ!」
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