タイムリミット

シナモン

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タイムリミット

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 アガツマ建築デザイン事務所。一級建築士の吾妻所長(42歳。男。既婚)の下、私は主に店舗内装を担当している。この不況でかえって店舗の入れ替えが激しく、尚且つ予算を値切る客が多く、熾烈な戦いに勝ち抜くためには根性も体力もなければやっていけない。
 ヒールでつかつか、なんて気取れるのはせいぜい小さな取材の時くらいで、普段はもっぱらジーンズに履き古しのミュールって格好で頭くしゃくしゃにしながら図面引いたり、工務店のおじちゃん連中と一緒に角材相手に格闘してる。

 昨日は久しぶりにヒール履いて疲れたわ。
 ――電話しなくちゃ。私は時折彼の名刺をチラチラ指で遊びながら躊躇っていた。
 お昼を過ぎ、3時を回り……。中々電話番号をプッシュできない。

「九鬼ちゃ~ん、お客様」
「はい~」

 所長に呼ばれて行くと、応接スペースにはなんと、昨日の彼が立っていた。きちんとスーツ姿で。ビジネスモード。

「あ! いけない」

 まさか昨日の今日、あちらから訪ねてくるなんて。驚いて挨拶するのを忘れる私に彼は言った。

「こんにちは。お仕事中申し訳ありません。先日、お忘れになった靴をお届けに伺ったのですが」

 ――え? 靴?

「つ、都筑さん。すみません、こちらから伺わなくてはなりませんのに」

 慌ててやっと私は頭を下げた。

「いいえ。ちょうどこの辺りに来る便があったので。昨日のこと、お気に障ったようでしたら謝ります」
「と、とんでもない」

 昨日の私の態度のこと言ってるのね。正しく言うと気に障るのではなく、あんなパーティで男を探してるなんて思われたくない、更に男にただで高価なものをもらうのはプライドが許さない、って話なのに。

「ーーーまあ、すみません。どうしましょ、謝らなければならないのはこちらの方ですのに。おいくらでしたか。すぐにお支払いいたします」

 ここからコンビニすぐだもの。ダッシュよ。

「まさか! その話はもうよしてください。今日は靴をお返しに来たんですから」

 といって彼はすっと靴箱を差し出した。開けると包み紙の中に新品同様に再生された私の靴が。ぴっかぴかに磨かれて。ヒールも元通り。シルバーのラメがきらきら光を反射する。

 ――なんだかこれって。

「シンデレラのようですね」

 彼は感じよく笑った。
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