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【前日譚】都筑家の事情
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いや、驚いた。
これがフィクションであればどんなにかいいだろう。
だが違う。
今目の前での出来事なんだ。
「おとうさん…さすがにこれは倫理的にアウトでしょう。バレたらどうするんです」
「はは、それには及ばん。世の中には治外法権というものが存在してな」
「治外法権?」
「この国で言えば北緯=度=分、東経=度=分。つまりここだ」
「えっ…―ーー」
さらに驚いた。国に認められているというのか。つまり小さな領事館のようなものであると。
誰も罰せられないとなるとまさに父のやりたい放題の園である。
「僕は知りませんよ、何があっても」
「ははは、お前に迷惑は掛けんよ。この子はいざという時の保険だ」
相手を探すにとどまらず作るとは…とんでもない話だ…。
「こんなことに資金をつぎ込むなんて…」
いつも小言を食らうが父もたいがいではないか?
父こそ現場を見た方がいいのではないだろうか。
「フフ、それがな、興味を持つ者が後を絶たなくてな」
…それに群がる連中も。完全に自分の世界を逸脱している。
「まあ、遺伝子婚とでも言っておこうか。遺伝子レベルの相性だ」
「い、遺伝子婚!?」
もう食欲どころじゃない、上海に戻る気もなくなって香港にとどまった。もちろん父の城ではない。
香港で過ごしていると南国のクリスマスもいいものだと思えてくる。
気力を失い、年末年始の予定はすべてキャンセルし、クリスマスも一人で過ごす気でいたが、このタイミングで友人から連絡があった。
『…断られるの覚悟で聞いてみるけど、お前、クリスマスイブ空いてる?』
父の友人の息子、茂木である。
どう答えようか迷ったが、予定がないのは確かなので、空いてると答えた。
すると、例のショーのチケットが手に入ったので一緒に行かないかと言われた。
行きたいわけではないが、行くことにした。マカオのカジノが会場だというのだ。
キャンセル待ちをかけていた分が手に入ったらしい。
「あれ、リッツ? 部屋空いてたんだ」
当日。香港は温かく、時間合わせに九龍を歩いた。
「空いてるよ。クリスマスは家で過ごすものだぞ」
「そうだけど、パリピはイブはホテルじゃん。カジノも混んでるぞ~」
パリピ?
茂木は同じ境遇の友人の中ではかなり砕けた性格で、言葉遣いもそうだ。子供のころは二人で野山を駆け回っていた。
「お前こそよく取れたな。チケット取れなくてしょげていたのに」2シートセット売りだという。通常のライブだとカップル席のところ、男二人並んでみるのは気が引けるが、どうせ周りも男ばかりだ。
「そうなのよ!…やっぱり一般人は家で過ごすか大切な人と一緒にいるのかな。そう思うと嬉々としてマカオまで行くのはわびしい気もするが」
「僕も同じだよ」
「どうして? 何かあったの?」
茂木は170cm届かないくらいの平均的な身長だががっちりして肩幅も広く、黒縁眼鏡がよく似合う学校の人気理科教師という雰囲気だ。実際、野山の生き物全般にかなり詳しい。今はなぜか女の子を追っかけている。
「…個人的にな。ついに結婚をせかされた」
「お前もかあ。実は俺もな、このショー終わったら親が香港まで来るんだよ」
「何で」
「見合い話に決まってるだろ。けじめをつけろって説教しに来るんだよ」
「見合い…。もう断り切れないか」
茂木は元気なく頷く。
「言ったんだよ。俺の趣味を理解してくれて、ライブ巡りに文句を言わない女性なら考えるって」
「…どんな女性だろうな」
「そうなんだよ。そんな子いるわけないでしょ、ってはねられた。で膠着状態になってるとこにこの知らせがきたもんだから…」
「呆れられた?」
「ああ。でもなあ、やめられないよなあ」
若い女性の芸能人…。シンイーとはタイプの違う、小柄で幼い顔の、エプロン姿だったり、フリルのドレス姿だったり、そういえばいつからこの趣味に走り出したんだろう。
これがフィクションであればどんなにかいいだろう。
だが違う。
今目の前での出来事なんだ。
「おとうさん…さすがにこれは倫理的にアウトでしょう。バレたらどうするんです」
「はは、それには及ばん。世の中には治外法権というものが存在してな」
「治外法権?」
「この国で言えば北緯=度=分、東経=度=分。つまりここだ」
「えっ…―ーー」
さらに驚いた。国に認められているというのか。つまり小さな領事館のようなものであると。
誰も罰せられないとなるとまさに父のやりたい放題の園である。
「僕は知りませんよ、何があっても」
「ははは、お前に迷惑は掛けんよ。この子はいざという時の保険だ」
相手を探すにとどまらず作るとは…とんでもない話だ…。
「こんなことに資金をつぎ込むなんて…」
いつも小言を食らうが父もたいがいではないか?
父こそ現場を見た方がいいのではないだろうか。
「フフ、それがな、興味を持つ者が後を絶たなくてな」
…それに群がる連中も。完全に自分の世界を逸脱している。
「まあ、遺伝子婚とでも言っておこうか。遺伝子レベルの相性だ」
「い、遺伝子婚!?」
もう食欲どころじゃない、上海に戻る気もなくなって香港にとどまった。もちろん父の城ではない。
香港で過ごしていると南国のクリスマスもいいものだと思えてくる。
気力を失い、年末年始の予定はすべてキャンセルし、クリスマスも一人で過ごす気でいたが、このタイミングで友人から連絡があった。
『…断られるの覚悟で聞いてみるけど、お前、クリスマスイブ空いてる?』
父の友人の息子、茂木である。
どう答えようか迷ったが、予定がないのは確かなので、空いてると答えた。
すると、例のショーのチケットが手に入ったので一緒に行かないかと言われた。
行きたいわけではないが、行くことにした。マカオのカジノが会場だというのだ。
キャンセル待ちをかけていた分が手に入ったらしい。
「あれ、リッツ? 部屋空いてたんだ」
当日。香港は温かく、時間合わせに九龍を歩いた。
「空いてるよ。クリスマスは家で過ごすものだぞ」
「そうだけど、パリピはイブはホテルじゃん。カジノも混んでるぞ~」
パリピ?
茂木は同じ境遇の友人の中ではかなり砕けた性格で、言葉遣いもそうだ。子供のころは二人で野山を駆け回っていた。
「お前こそよく取れたな。チケット取れなくてしょげていたのに」2シートセット売りだという。通常のライブだとカップル席のところ、男二人並んでみるのは気が引けるが、どうせ周りも男ばかりだ。
「そうなのよ!…やっぱり一般人は家で過ごすか大切な人と一緒にいるのかな。そう思うと嬉々としてマカオまで行くのはわびしい気もするが」
「僕も同じだよ」
「どうして? 何かあったの?」
茂木は170cm届かないくらいの平均的な身長だががっちりして肩幅も広く、黒縁眼鏡がよく似合う学校の人気理科教師という雰囲気だ。実際、野山の生き物全般にかなり詳しい。今はなぜか女の子を追っかけている。
「…個人的にな。ついに結婚をせかされた」
「お前もかあ。実は俺もな、このショー終わったら親が香港まで来るんだよ」
「何で」
「見合い話に決まってるだろ。けじめをつけろって説教しに来るんだよ」
「見合い…。もう断り切れないか」
茂木は元気なく頷く。
「言ったんだよ。俺の趣味を理解してくれて、ライブ巡りに文句を言わない女性なら考えるって」
「…どんな女性だろうな」
「そうなんだよ。そんな子いるわけないでしょ、ってはねられた。で膠着状態になってるとこにこの知らせがきたもんだから…」
「呆れられた?」
「ああ。でもなあ、やめられないよなあ」
若い女性の芸能人…。シンイーとはタイプの違う、小柄で幼い顔の、エプロン姿だったり、フリルのドレス姿だったり、そういえばいつからこの趣味に走り出したんだろう。
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