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奥様、お手をどうぞ
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「最後の最後でまたやられたな。さっさと帰れ、いうことやね」
そんなわけで夕日は車の中で見ることになった。駐車場から車を出し、来た道を少し引き返す。空はすでに色が変わり始めていた。
「あんた…何者なの。もしかして刑事…?」
すっかり勢いがなくなって、窓の外を見ながら口を開くのがやっとだった。
「いや…」
車は高速道路入り口に差し掛かる。日本式の料金所を通り抜ける道路だ。
バーを越えて少し行くと海の上。海上高速道路、道路が海の上を伸びている。
「曲がりなりにもボディガード任されてるんやで。ああいうときこそ貢献せな」
それにしても鮮やかな捕り物劇…。まだドキドキしてる。
本物のヒーロー並みに強い…。
(めちゃくちゃ強い…なんなの、コイツ)
あんな蹴り、初めて見た。
窓があき、静かにオープンカーに姿を変えていく。ぬるい風を浴びずっと横を向いていた。
バリの海上高速道路を、マクラーレンは心地よいエンジン音で駆け抜けていく。風が顔を撫で、道路の先に広がるバラ色の夕焼けが美しい光景を演出していた。その一方で、着陸態勢に入ったジェット機が高度を下げ、真上を通り過ぎていく。
エンジンの轟音とともに…中身の詰まった二泊三日の旅が終わりを告げる。
「あーあ、終わっちゃった」
ドラマのような幕切れだ。
「あれ? バリって左側通行?」
ふと気づいてみると片側二車線+バイク専用道。進行方向向かって左側を車列は流れている。
「え? え? えー…」
「何言うてんねん、今頃」
「気づかなかったわよ。私、免許持ってないし」
「普通気づくやろ」
「それで日本ぽく見えるのかな」
「何がや。道路が?」
あきれた声が返ってきた。
「景色が」
「お前…気が抜ける言うか、ちょうどよく緊張が解ける言うか、免許もなし…? ホンマにこれまでよう生きてこれたな」
すみませんね…。
せわしく行きかう車…すぐ近くの空港を離発着する機体…。
あっという間に空はバラ色に染まった。海の蒼さが重なり合い、絶景が広がる。
ところどころ色が濃くなり毎日そのグラデーションが変わる二度とない空色、今だけの光景だ。
頭の中で繰り返す、刑事ドラマさながらの先ほどの光景。
こんなに鮮明に、これから何度も何度も繰り返し思い出すのだろうか。
(かっこよか…)
「…ふっ、お前、鍛え甲斐がありそうやな。…まず免許でも取ろか」
それはいらんと。
「銃撃戦のあったところ!? そこにいらしたんですか? えーーー」
家に着いて、事情を伝えると目を丸くされた。
「ニュースで言ってましたが…まさか…」手が震えてる。
「ホンマになあ…トラブルホイホイやないんやで」
(ユニクロ行かんかったら遭遇してへんけどな)
やっぱり何かを引き寄せる力が働いているのだ。それも、どちらかというとマイナスの。
(バリ来てユニクロて。どんだけ日本人やねん。あの極道もな)
「本当に大丈夫ですか? お怪我は」夏目は首を振る。
「…銃撃戦はオーバーやで。テーザー銃のもんやなー。俺もスタンガン携帯しとこうかな」プライベートでも。
「そうですよねえ、こんなことがあると護身用の防具考えちゃいますよね」
「一発でダウンやからな」あんな大男でも。
「こわいですねーーー、特殊詐欺団、噴火のせいでプーケット行きからバリに変更したらしいですね」
「よう知ってんな」
「ええ。テレビとネットかじりついてましたから。怖くて」
「あちこちのアジトから集まってたんやな。あいつらもリゾートしよう思うんやな」
「日本でも報道されたみたいですね。大きな詐欺事件だったそうで」
食事はどうされます?と聞かれたので適当なメニューを言って1時間後にしてもらった。
夕食は、ダイニングキッチンの窓を全開にして、BBQスタイルで始まった。
サテをはじめとして、魚介、ステーキ、野菜の串刺しがどっさり並ぶ。
その中から好きなものを選んで焼いてもらう。
合間にサラダや前菜風の軽い一品が入り、ゆっくり夜は更けていく。
「疲れたやろ、もう寝とけ。
ゆっくり休んでな」
頬を撫でながら、それが今までの喋りと違って聞こえて、胸にずんと響いた。
最後の最後にそんな優しい言葉…。
やめてよ、ばか。
部屋のベッドで横向きになって、しばらくそのままでいた。
夏目は飲み直すと言ってとっくに降りて行った。
いつの間にか涙が伝っていた。
何で泣いてるの、私…。
わかってるのに。あの人は都筑さんと私をくっつけるために呼ばれた人。
調子いいこと言ってても、期間限定、分かってる…。
でも…。
恋人のように過ごす…いつの間にか、現実になっていた。
恋人じゃないのに、今まで付き合ったどの男よりもそれらしく、よかった。
よかったなんて初めて…。
こんなでか女に文句言うことなく…。
(別の文句はたらたら言われたけど)
もう、会えないの?
夏目…。
そんなわけで夕日は車の中で見ることになった。駐車場から車を出し、来た道を少し引き返す。空はすでに色が変わり始めていた。
「あんた…何者なの。もしかして刑事…?」
すっかり勢いがなくなって、窓の外を見ながら口を開くのがやっとだった。
「いや…」
車は高速道路入り口に差し掛かる。日本式の料金所を通り抜ける道路だ。
バーを越えて少し行くと海の上。海上高速道路、道路が海の上を伸びている。
「曲がりなりにもボディガード任されてるんやで。ああいうときこそ貢献せな」
それにしても鮮やかな捕り物劇…。まだドキドキしてる。
本物のヒーロー並みに強い…。
(めちゃくちゃ強い…なんなの、コイツ)
あんな蹴り、初めて見た。
窓があき、静かにオープンカーに姿を変えていく。ぬるい風を浴びずっと横を向いていた。
バリの海上高速道路を、マクラーレンは心地よいエンジン音で駆け抜けていく。風が顔を撫で、道路の先に広がるバラ色の夕焼けが美しい光景を演出していた。その一方で、着陸態勢に入ったジェット機が高度を下げ、真上を通り過ぎていく。
エンジンの轟音とともに…中身の詰まった二泊三日の旅が終わりを告げる。
「あーあ、終わっちゃった」
ドラマのような幕切れだ。
「あれ? バリって左側通行?」
ふと気づいてみると片側二車線+バイク専用道。進行方向向かって左側を車列は流れている。
「え? え? えー…」
「何言うてんねん、今頃」
「気づかなかったわよ。私、免許持ってないし」
「普通気づくやろ」
「それで日本ぽく見えるのかな」
「何がや。道路が?」
あきれた声が返ってきた。
「景色が」
「お前…気が抜ける言うか、ちょうどよく緊張が解ける言うか、免許もなし…? ホンマにこれまでよう生きてこれたな」
すみませんね…。
せわしく行きかう車…すぐ近くの空港を離発着する機体…。
あっという間に空はバラ色に染まった。海の蒼さが重なり合い、絶景が広がる。
ところどころ色が濃くなり毎日そのグラデーションが変わる二度とない空色、今だけの光景だ。
頭の中で繰り返す、刑事ドラマさながらの先ほどの光景。
こんなに鮮明に、これから何度も何度も繰り返し思い出すのだろうか。
(かっこよか…)
「…ふっ、お前、鍛え甲斐がありそうやな。…まず免許でも取ろか」
それはいらんと。
「銃撃戦のあったところ!? そこにいらしたんですか? えーーー」
家に着いて、事情を伝えると目を丸くされた。
「ニュースで言ってましたが…まさか…」手が震えてる。
「ホンマになあ…トラブルホイホイやないんやで」
(ユニクロ行かんかったら遭遇してへんけどな)
やっぱり何かを引き寄せる力が働いているのだ。それも、どちらかというとマイナスの。
(バリ来てユニクロて。どんだけ日本人やねん。あの極道もな)
「本当に大丈夫ですか? お怪我は」夏目は首を振る。
「…銃撃戦はオーバーやで。テーザー銃のもんやなー。俺もスタンガン携帯しとこうかな」プライベートでも。
「そうですよねえ、こんなことがあると護身用の防具考えちゃいますよね」
「一発でダウンやからな」あんな大男でも。
「こわいですねーーー、特殊詐欺団、噴火のせいでプーケット行きからバリに変更したらしいですね」
「よう知ってんな」
「ええ。テレビとネットかじりついてましたから。怖くて」
「あちこちのアジトから集まってたんやな。あいつらもリゾートしよう思うんやな」
「日本でも報道されたみたいですね。大きな詐欺事件だったそうで」
食事はどうされます?と聞かれたので適当なメニューを言って1時間後にしてもらった。
夕食は、ダイニングキッチンの窓を全開にして、BBQスタイルで始まった。
サテをはじめとして、魚介、ステーキ、野菜の串刺しがどっさり並ぶ。
その中から好きなものを選んで焼いてもらう。
合間にサラダや前菜風の軽い一品が入り、ゆっくり夜は更けていく。
「疲れたやろ、もう寝とけ。
ゆっくり休んでな」
頬を撫でながら、それが今までの喋りと違って聞こえて、胸にずんと響いた。
最後の最後にそんな優しい言葉…。
やめてよ、ばか。
部屋のベッドで横向きになって、しばらくそのままでいた。
夏目は飲み直すと言ってとっくに降りて行った。
いつの間にか涙が伝っていた。
何で泣いてるの、私…。
わかってるのに。あの人は都筑さんと私をくっつけるために呼ばれた人。
調子いいこと言ってても、期間限定、分かってる…。
でも…。
恋人のように過ごす…いつの間にか、現実になっていた。
恋人じゃないのに、今まで付き合ったどの男よりもそれらしく、よかった。
よかったなんて初めて…。
こんなでか女に文句言うことなく…。
(別の文句はたらたら言われたけど)
もう、会えないの?
夏目…。
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