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奥様、お手をどうぞ
7ぞんざいな扱い
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「なあ……、はよせな日が暮れるで」
それから。道順途中で何度も何度も車をストップさせて、写真をパシャパシャとること数時間…。
「ちょっと止めてっ」
「あんたここで待っててよ」
こんな調子で寄り道ばかりで予定は早くも崩された。
食事を…と提案したら、
「いちいちカフェでオーダーしてたらお腹パンパンになっちゃうわ」
と言われてしまい、食べる間もなく付き合うしかなかった。
観光名所でもなんでもない山に囲まれた田園地帯の真ん中で時間をとっている。
「まーた田んぼ…何もないやんか…」
することがないので車に寄っかかって見ているだけである。
さすがに観光客も少なく、たまに外国人の乗った自転車がのんびりとあぜ道を通りすがる。
「こんな田んぼを観光資源にするんやからなあ。マジで田んぼやで。日本じゃ考えられんやろ。何十万も金出して田んぼ見に来るて…」
遠くに見える山の斜面にグレーの屋根が並んでいる。高級リゾートのヴィラ棟だ。
そこから見れば自分のいる水田や背後の渓流や山が絶景となって客の目を癒すのだろう。
「調子狂うわー…、腰重い思うたらめだか見て騒ぐし、ド田舎連れまわすし…」
「俺、単価高いんやで?」
ポケットから煙草を出し一本咥え火をつけた。強烈なクローブの匂いがくせになりここへ来ると買ってしまう。虫よけにもなる。ふうっと煙を吐いて視線を変えたら、女が戻ってきた。
「まだ行くん?」
田んぼのあいだの狭いあぜ道を戻ってくる。
「お腹すいたー」
「そうやろ」
とりあえず食事だ。
「何やこの辺にあったよな、料理もまあまあのホテル…」とスマホであさる。
「ここ、いい感じね。イメージ沸きそう」
「イメージ言うてどんなやねん」
「だからーここの感じよ。この感じ、鄙びた色合い」
「ううん?」
道路沿いのバリ風の飾りのついた家よりも素朴な造りが多く、茅葺屋根の民家もあるが…。
「普通の家がもっと見たい」
「それ、はよ言えや。カフェなんか行かへんかったのに」
「カフェはカフェでよかった。庭の参考にする」
「めんどくさっ」
「うるさいわねっ。そういう家もあるって言われたんだもん、どこのことか知らないけど」
「あーそー。わからんで悪かったな!」
「だからここでいいって!」
あーうるさ。変な女やで。
「ねえ、このホテルの部屋とれないかな」
多くの人でにぎわうホテルのダイニングでやっと食事にありつけた。
バリらしい曲線のインフィニティプールの向こうに田園と山が広がる。ピンクとパープルの夕焼けと相まってこれまた絶景である。もう夕方だ。
「え?」
食事はバリ料理を今風にアレンジした洒落た無国籍料理が並ぶ。
また春巻き…ではなくかつら剥きにした野菜で魚介をくるんだ一品にフォークを立てようとしたところだった。
また酔っぱらってもらっては困るので度数の低いアルコールを入れた。
「ここを拠点に自転車で回れないかな。なんとなく、お客様の家の周りの雰囲気に似てる」
「……自転車」
「レンタサイクルみたいなの乗ってる人、いっぱいいたじゃん。あれで回りたいんだけど。車だと行けない所にも行けるじゃん」
「帰らんの?」
「もうまとめてしまいたいのよ。iPad持ってきてるからホテルの部屋にこもってCGにしときたい。あとちょっとでイメージできそうなの」
「……経過を聞いてみなあかんやろ」
「う~ん」
難しい顔。どうしても譲りたくないらしい。
「今から言うて空いとるんかいな」
(まあええわ)
メインは観光ではなく仕事。自分には拒否権もないし、他に代替案もなし。手を上げスタッフを呼んだ。
伝えるとタブレットを持ってきて空室の説明をされた。
「部屋はどこでもええ?」
聞いても返事はなかった。
もぐもぐしながら景色を眺めてる。
「部屋…」
どこもほぼキングサイズのベッド一台だ。
部屋は広くても2ベッドの部屋はなし。
(あーあ、これが普通のデートやったらこんなん気にせんでええのにな。逆に不思議がられるで)
リゾートホテルで男女別々のベッド。どこまでもやる気の出ない任務だ。
「ああ、今な、宿とってデザイン仕上げたい言われたんやけど。 …そう。ウブドでな、一応2ベッドルームの部屋とったから。連絡来たら伝えといてや。ああ。明日…? わからん。自転車で回りたいんやて。フライトの時間決まったら教えてや。んじゃ、頼むわ」
広めの部屋にエキストラベッドを入れてもらうことにした。ついでに席を離れて連絡を済ませる。
「言うといて?」
電話で風吹に伝えると最後に、
「かしこまりました。
……夏目さん、ごゆっくり」
スマホの向こうで微笑まれてる気がした。
「……俺に任せた言うくらいやし、別にええやろ」と自分を納得させる。外泊となるとやっぱり気が引けないわけじゃない。
「あんたも大胆やな。一応俺も男なんやけど」戻ってきて食事を続ける。ホテルともなればかなり万国向けにアレンジされたバリ料理で食も進んだ。
「そんなのかまってられないわよ、とにかくある程度仕上げないとバリに来た意味ないじゃん」
「何や、ホンマに色気ないな」それだと完全に男を利用しているように聞こえるが?
「だからそういうんじゃないから。申し訳ないけど、本当に困ってたのよ、上手くまとまらなくて。あんたも協力してよ。別にデートじゃないから」
「そういわれてもなあ…」
(男はどうでもええ、言うこと? すごいこと言うな、この女)
「あんた、まさか交際断るつもりやないやろな」
思い切って聞いてみた。
「…わからない、実際、一緒に回ってるのはあんただしね。今は今よ。何も考えてない」
「わからんて、それじゃ俺の立場ないやんか」
「だって、まだ付き合い始めたばっかりだもん、どうしろって言うのよ」
「……仕事が目的やったんか」
「まあ、極端に言えばそうなるよね、…悪かったって思ってるわよ!」
「あんた、付きおうてる男いる言うてたやんか? あれって、あいつのことやろ?」
「……そ、そうだった…わね…だけど…」
「じっさい、どうなん」
「いいじゃないの、いろいろ事情が重なってこうなっちゃったのよ」
「あのな、断ってもろたら俺困るんやけど…」
「そこまで考えてないから! はっきり断るって決めてないし」
「嘘やろ、拒む理由ないやん、大金持ちやで」
「面倒くさそうじゃん」
その言葉に驚いた。こんな言い草、ある?
(なんや、マジで様子見なんか)
(表情がね、好きってふうに見えんよな)
むしろ嫌っ…
「あんた、中々こじらせてんなあ。男とディズニーとか行かへんの」
「そんな対象いないし」(は? ディズニー? 何それ)
「今はおるやん」
「…。悩んでんの。これ片付けたら話聞いてよ。話せる人がいなくて」
「何や、悩みて」
「だから…酒癖よ」
恥ずかしそうに顔をゆがめる。
(…酒癖てアレか)
「酒飲まなええやん」
「そうなんだけど…」
何やねん、こいつらツンデレ同士かいな。
おもろな。何で俺が付き合わなあかんの。
はよ帰って来いや、俺に襲われても知らんで?
それから。道順途中で何度も何度も車をストップさせて、写真をパシャパシャとること数時間…。
「ちょっと止めてっ」
「あんたここで待っててよ」
こんな調子で寄り道ばかりで予定は早くも崩された。
食事を…と提案したら、
「いちいちカフェでオーダーしてたらお腹パンパンになっちゃうわ」
と言われてしまい、食べる間もなく付き合うしかなかった。
観光名所でもなんでもない山に囲まれた田園地帯の真ん中で時間をとっている。
「まーた田んぼ…何もないやんか…」
することがないので車に寄っかかって見ているだけである。
さすがに観光客も少なく、たまに外国人の乗った自転車がのんびりとあぜ道を通りすがる。
「こんな田んぼを観光資源にするんやからなあ。マジで田んぼやで。日本じゃ考えられんやろ。何十万も金出して田んぼ見に来るて…」
遠くに見える山の斜面にグレーの屋根が並んでいる。高級リゾートのヴィラ棟だ。
そこから見れば自分のいる水田や背後の渓流や山が絶景となって客の目を癒すのだろう。
「調子狂うわー…、腰重い思うたらめだか見て騒ぐし、ド田舎連れまわすし…」
「俺、単価高いんやで?」
ポケットから煙草を出し一本咥え火をつけた。強烈なクローブの匂いがくせになりここへ来ると買ってしまう。虫よけにもなる。ふうっと煙を吐いて視線を変えたら、女が戻ってきた。
「まだ行くん?」
田んぼのあいだの狭いあぜ道を戻ってくる。
「お腹すいたー」
「そうやろ」
とりあえず食事だ。
「何やこの辺にあったよな、料理もまあまあのホテル…」とスマホであさる。
「ここ、いい感じね。イメージ沸きそう」
「イメージ言うてどんなやねん」
「だからーここの感じよ。この感じ、鄙びた色合い」
「ううん?」
道路沿いのバリ風の飾りのついた家よりも素朴な造りが多く、茅葺屋根の民家もあるが…。
「普通の家がもっと見たい」
「それ、はよ言えや。カフェなんか行かへんかったのに」
「カフェはカフェでよかった。庭の参考にする」
「めんどくさっ」
「うるさいわねっ。そういう家もあるって言われたんだもん、どこのことか知らないけど」
「あーそー。わからんで悪かったな!」
「だからここでいいって!」
あーうるさ。変な女やで。
「ねえ、このホテルの部屋とれないかな」
多くの人でにぎわうホテルのダイニングでやっと食事にありつけた。
バリらしい曲線のインフィニティプールの向こうに田園と山が広がる。ピンクとパープルの夕焼けと相まってこれまた絶景である。もう夕方だ。
「え?」
食事はバリ料理を今風にアレンジした洒落た無国籍料理が並ぶ。
また春巻き…ではなくかつら剥きにした野菜で魚介をくるんだ一品にフォークを立てようとしたところだった。
また酔っぱらってもらっては困るので度数の低いアルコールを入れた。
「ここを拠点に自転車で回れないかな。なんとなく、お客様の家の周りの雰囲気に似てる」
「……自転車」
「レンタサイクルみたいなの乗ってる人、いっぱいいたじゃん。あれで回りたいんだけど。車だと行けない所にも行けるじゃん」
「帰らんの?」
「もうまとめてしまいたいのよ。iPad持ってきてるからホテルの部屋にこもってCGにしときたい。あとちょっとでイメージできそうなの」
「……経過を聞いてみなあかんやろ」
「う~ん」
難しい顔。どうしても譲りたくないらしい。
「今から言うて空いとるんかいな」
(まあええわ)
メインは観光ではなく仕事。自分には拒否権もないし、他に代替案もなし。手を上げスタッフを呼んだ。
伝えるとタブレットを持ってきて空室の説明をされた。
「部屋はどこでもええ?」
聞いても返事はなかった。
もぐもぐしながら景色を眺めてる。
「部屋…」
どこもほぼキングサイズのベッド一台だ。
部屋は広くても2ベッドの部屋はなし。
(あーあ、これが普通のデートやったらこんなん気にせんでええのにな。逆に不思議がられるで)
リゾートホテルで男女別々のベッド。どこまでもやる気の出ない任務だ。
「ああ、今な、宿とってデザイン仕上げたい言われたんやけど。 …そう。ウブドでな、一応2ベッドルームの部屋とったから。連絡来たら伝えといてや。ああ。明日…? わからん。自転車で回りたいんやて。フライトの時間決まったら教えてや。んじゃ、頼むわ」
広めの部屋にエキストラベッドを入れてもらうことにした。ついでに席を離れて連絡を済ませる。
「言うといて?」
電話で風吹に伝えると最後に、
「かしこまりました。
……夏目さん、ごゆっくり」
スマホの向こうで微笑まれてる気がした。
「……俺に任せた言うくらいやし、別にええやろ」と自分を納得させる。外泊となるとやっぱり気が引けないわけじゃない。
「あんたも大胆やな。一応俺も男なんやけど」戻ってきて食事を続ける。ホテルともなればかなり万国向けにアレンジされたバリ料理で食も進んだ。
「そんなのかまってられないわよ、とにかくある程度仕上げないとバリに来た意味ないじゃん」
「何や、ホンマに色気ないな」それだと完全に男を利用しているように聞こえるが?
「だからそういうんじゃないから。申し訳ないけど、本当に困ってたのよ、上手くまとまらなくて。あんたも協力してよ。別にデートじゃないから」
「そういわれてもなあ…」
(男はどうでもええ、言うこと? すごいこと言うな、この女)
「あんた、まさか交際断るつもりやないやろな」
思い切って聞いてみた。
「…わからない、実際、一緒に回ってるのはあんただしね。今は今よ。何も考えてない」
「わからんて、それじゃ俺の立場ないやんか」
「だって、まだ付き合い始めたばっかりだもん、どうしろって言うのよ」
「……仕事が目的やったんか」
「まあ、極端に言えばそうなるよね、…悪かったって思ってるわよ!」
「あんた、付きおうてる男いる言うてたやんか? あれって、あいつのことやろ?」
「……そ、そうだった…わね…だけど…」
「じっさい、どうなん」
「いいじゃないの、いろいろ事情が重なってこうなっちゃったのよ」
「あのな、断ってもろたら俺困るんやけど…」
「そこまで考えてないから! はっきり断るって決めてないし」
「嘘やろ、拒む理由ないやん、大金持ちやで」
「面倒くさそうじゃん」
その言葉に驚いた。こんな言い草、ある?
(なんや、マジで様子見なんか)
(表情がね、好きってふうに見えんよな)
むしろ嫌っ…
「あんた、中々こじらせてんなあ。男とディズニーとか行かへんの」
「そんな対象いないし」(は? ディズニー? 何それ)
「今はおるやん」
「…。悩んでんの。これ片付けたら話聞いてよ。話せる人がいなくて」
「何や、悩みて」
「だから…酒癖よ」
恥ずかしそうに顔をゆがめる。
(…酒癖てアレか)
「酒飲まなええやん」
「そうなんだけど…」
何やねん、こいつらツンデレ同士かいな。
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