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奥様、お手をどうぞ
6田園地帯でお茶を
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緑豊かな田園地帯に到着した。
田んぼカフェ…文字通り、田んぼに囲まれた、田んぼを楽しむcafe、らしい。牧によれば。
「パンケーキもあるんだ…」
青々と稲が茂る水田の周りにパラソルとソファが点々とした、オープンスタイルのカフェの棚田の段差のある席に座りメニューブックをめくった。
「あんた生春巻き好きなの」
「バリ料理ちょっと脂っこいやろ、焼き物や揚げ物が多いねん」
「そうだったっけ」それと南国フルーツをくりぬいたパフェをオーダーした。
「俺はどっちか言うとマレー料理がええな」
「マレー? マレーシア?」
「そうやな。マレー半島あちこちの料理が混ざったのとかやね」
「へえ、そうなんだ」
色々詳しそうな男だ。
田んぼカフェなんてあるからどんなカフェかと思ったら普通に洒落た映えメニューが並ぶ。
一時間ほど走っただろうか。もうすっかり山間部で、こんなところ、一人で来ようと思ったら相当な労力だろう。
「田んぼカフェなんてはじめて。グランピングの田んぼ版?」
広い敷地内は若い男女でにぎわっている。
「田舎の景色は日本に似てるな」
「そうなのよ! さっきの道の途中なんて湯布院みたい」
「ゆふいん!?」
夏目はきょとんとした。
「飛行機が…」
音に気付いて見上げると上空に飛行機の機影が見えた。さっきから旋回してるように見える。
「着陸待ちやね。滑走路混んでんのやろな。欠航やら振替やら、バリ島て海外の直行便以外に国内線も多いからな」
「もしかして今日も帰れないの」
「さあ…、まず島を脱出せんことにはな」
2日目。2人ははまだ現地にいるという。
「よしっ、見てきていい?」
一段下の池のような田んぼをのぞき込むと、「あ、めだかがいる」水草の茂る水の中をおなじみの小さな魚がすいすい泳いでいる。
(めだか?)夏目も立ち上がる。
「かわいー。飼ってるのかな」
「そりゃおるやろ。元々こっちの魚やで」その横で前かがみに膝に手を置いた。
「えっ、そうなの?」
「ライスフィッシュ言うやんか。田んぼの魚やで。原種は湿地帯の小魚やろ」
「そうなんだ」
「かわいい、ゆうとくんよろこびそう」とスマホを向けている。
「やれやれ…。しょげてた思うたら、めだか? なんやねん」
覗き込んで動かないので黙って席に戻った。
資料だというスクラップブックを手に取り、めくってみる。
「こんなん、一日じゃ無理やろ」
狭いエリアに山ほどの書き込みがしてある。二日に分けるとなると一度戻ってまた出直しか。
「ナビ通り回ったらこの辺で終わりやな。…あとはバトンタッチか。…の前にうまいこと帰ってこれるんかいな」
空港も混んでるようだしかなり厳しそうだ。バリに今日中は無理だろう。
そのうち食事がやってきた。
「おおい、きたで」
声をかけてもそこに姿はなかった。
「あれ、どこ行ったんや」
立ち上がって見まわすと、ハスが浮かぶ中央の池にいた。
「またあんなとこに」
男二人組がそばにいて何か話してるように見える。
ヤバ…。
「おい、塔子!」
近づきながら絶対に聞こえる声で呼んだ。
「はよ食べな、溶けるで」
「あ、そうだった」
のんきに振り返る。
「も―あんな大声で呼ばないでよ」
しっかり肩を抱いて席に戻ると、しかめっ面で返された。
「男がいてたやんか」
「ふんふん聞く振りしただけだもん。言葉通じないから」
「そういうの困るわ」
「…別にそこまで気使ってくれなくていいんだけど? 狙われるわけないし」
(はっきり言ってくれるわ)
「あのなあ!」
大きな声を出すと女はびくっとした。
「これは仕事なの。男連れの振りした方が手っ取り早い」
そばに男がいればまず誰も近づかない。
「は、はい」
「あんた、自分の立場わかってんのか」
そんなつもりじゃないんだけど…。心の中のボヤキがおもむろに顔に出ていた。
「隣にあいつがいたとして同じことするんか?」
(困った女やで)
「…まあ、先に食べなさい」気温は上昇中、テーブル上のアイスはすでに溶けはじめている。
「キャー、溶ける溶ける」
「ほらな。はよせな写真も撮れへんで」
「もしかして…日本の方ですか?」
「そうやけど」
春巻きも届いて、小皿にシェアして食べてると声をかけられ顔を向けると女子3人組が立っている。
「わーそうなんだ、カフェ巡りですか?」
「まあそんなとこやね。お宅らも?」
「田んぼカフェ巡りでーす。前、プーケットの蓮カフェ行ってはまっちゃって。今回はバリの田んぼカフェ巡り」
「フライト乱れてちょっとドキッとしましたね。大丈夫でした?」
「間一髪やね。何や便が乱れとるみたいやけど」
「私らも間一髪だったんですよー。煙、飛行機から見えるくらいすごかったらしいですよ」
「へえ」
「お兄さん、大阪の人?」
「ああ。ごらんのとおり」
3人はくすくす笑って、
「じゃあ、関空から?」
「あ、いや、いろいろやね」
「あ、そっか」ちらっと女の気配を伺う。
「お泊りはどこですか」
「南の方」
「あー、そうなんだー」
「どうやって回ってるん?」
「レンタカーでーす。ウブドで3泊して、最後スミニャックで2泊」
そうなんだ―…。
あはははは…。
3人は目いっぱい喋って、去っていった。
(ウブド3泊か…やっぱりそれくらいいるねんな)
と夏目はまたガイドブックに目を落とす。のどかな田園風景だが各所を回るには車でもそのくらいかかるだろう。
「あんた、ノリがいいね」
女はパフェを平らげ、頬杖をついて冷めた目でこちらを見ている。
「え?」
「私なんか、知らない男と喋ることすらないわ」
シラーーーー…。(何やその目)
「…そのくらいの方がいいんちゃう?」
「どうやって男と知り合ったのか忘れちゃうくらいよ。こんなことになってるなんていまだに信じられないわ」
「あんたなあ…」
(そういう女をこんだけ手間かけて追っかけまわしてるんやで)
「こんな女、結婚に向いてると思う?」
「はあ?」
酔っぱらって迫ってきた勢いはどこへやら。夏目は呆れた。
(なんやコイツ。痴女化の次はサバサバ。あの車かてなんぼや思うとるねん、新車やで。どんだけ金つぎこむねん)
冷めているというか、自虐的というか…。 ノ リ が 悪 。
田んぼカフェ…文字通り、田んぼに囲まれた、田んぼを楽しむcafe、らしい。牧によれば。
「パンケーキもあるんだ…」
青々と稲が茂る水田の周りにパラソルとソファが点々とした、オープンスタイルのカフェの棚田の段差のある席に座りメニューブックをめくった。
「あんた生春巻き好きなの」
「バリ料理ちょっと脂っこいやろ、焼き物や揚げ物が多いねん」
「そうだったっけ」それと南国フルーツをくりぬいたパフェをオーダーした。
「俺はどっちか言うとマレー料理がええな」
「マレー? マレーシア?」
「そうやな。マレー半島あちこちの料理が混ざったのとかやね」
「へえ、そうなんだ」
色々詳しそうな男だ。
田んぼカフェなんてあるからどんなカフェかと思ったら普通に洒落た映えメニューが並ぶ。
一時間ほど走っただろうか。もうすっかり山間部で、こんなところ、一人で来ようと思ったら相当な労力だろう。
「田んぼカフェなんてはじめて。グランピングの田んぼ版?」
広い敷地内は若い男女でにぎわっている。
「田舎の景色は日本に似てるな」
「そうなのよ! さっきの道の途中なんて湯布院みたい」
「ゆふいん!?」
夏目はきょとんとした。
「飛行機が…」
音に気付いて見上げると上空に飛行機の機影が見えた。さっきから旋回してるように見える。
「着陸待ちやね。滑走路混んでんのやろな。欠航やら振替やら、バリ島て海外の直行便以外に国内線も多いからな」
「もしかして今日も帰れないの」
「さあ…、まず島を脱出せんことにはな」
2日目。2人ははまだ現地にいるという。
「よしっ、見てきていい?」
一段下の池のような田んぼをのぞき込むと、「あ、めだかがいる」水草の茂る水の中をおなじみの小さな魚がすいすい泳いでいる。
(めだか?)夏目も立ち上がる。
「かわいー。飼ってるのかな」
「そりゃおるやろ。元々こっちの魚やで」その横で前かがみに膝に手を置いた。
「えっ、そうなの?」
「ライスフィッシュ言うやんか。田んぼの魚やで。原種は湿地帯の小魚やろ」
「そうなんだ」
「かわいい、ゆうとくんよろこびそう」とスマホを向けている。
「やれやれ…。しょげてた思うたら、めだか? なんやねん」
覗き込んで動かないので黙って席に戻った。
資料だというスクラップブックを手に取り、めくってみる。
「こんなん、一日じゃ無理やろ」
狭いエリアに山ほどの書き込みがしてある。二日に分けるとなると一度戻ってまた出直しか。
「ナビ通り回ったらこの辺で終わりやな。…あとはバトンタッチか。…の前にうまいこと帰ってこれるんかいな」
空港も混んでるようだしかなり厳しそうだ。バリに今日中は無理だろう。
そのうち食事がやってきた。
「おおい、きたで」
声をかけてもそこに姿はなかった。
「あれ、どこ行ったんや」
立ち上がって見まわすと、ハスが浮かぶ中央の池にいた。
「またあんなとこに」
男二人組がそばにいて何か話してるように見える。
ヤバ…。
「おい、塔子!」
近づきながら絶対に聞こえる声で呼んだ。
「はよ食べな、溶けるで」
「あ、そうだった」
のんきに振り返る。
「も―あんな大声で呼ばないでよ」
しっかり肩を抱いて席に戻ると、しかめっ面で返された。
「男がいてたやんか」
「ふんふん聞く振りしただけだもん。言葉通じないから」
「そういうの困るわ」
「…別にそこまで気使ってくれなくていいんだけど? 狙われるわけないし」
(はっきり言ってくれるわ)
「あのなあ!」
大きな声を出すと女はびくっとした。
「これは仕事なの。男連れの振りした方が手っ取り早い」
そばに男がいればまず誰も近づかない。
「は、はい」
「あんた、自分の立場わかってんのか」
そんなつもりじゃないんだけど…。心の中のボヤキがおもむろに顔に出ていた。
「隣にあいつがいたとして同じことするんか?」
(困った女やで)
「…まあ、先に食べなさい」気温は上昇中、テーブル上のアイスはすでに溶けはじめている。
「キャー、溶ける溶ける」
「ほらな。はよせな写真も撮れへんで」
「もしかして…日本の方ですか?」
「そうやけど」
春巻きも届いて、小皿にシェアして食べてると声をかけられ顔を向けると女子3人組が立っている。
「わーそうなんだ、カフェ巡りですか?」
「まあそんなとこやね。お宅らも?」
「田んぼカフェ巡りでーす。前、プーケットの蓮カフェ行ってはまっちゃって。今回はバリの田んぼカフェ巡り」
「フライト乱れてちょっとドキッとしましたね。大丈夫でした?」
「間一髪やね。何や便が乱れとるみたいやけど」
「私らも間一髪だったんですよー。煙、飛行機から見えるくらいすごかったらしいですよ」
「へえ」
「お兄さん、大阪の人?」
「ああ。ごらんのとおり」
3人はくすくす笑って、
「じゃあ、関空から?」
「あ、いや、いろいろやね」
「あ、そっか」ちらっと女の気配を伺う。
「お泊りはどこですか」
「南の方」
「あー、そうなんだー」
「どうやって回ってるん?」
「レンタカーでーす。ウブドで3泊して、最後スミニャックで2泊」
そうなんだ―…。
あはははは…。
3人は目いっぱい喋って、去っていった。
(ウブド3泊か…やっぱりそれくらいいるねんな)
と夏目はまたガイドブックに目を落とす。のどかな田園風景だが各所を回るには車でもそのくらいかかるだろう。
「あんた、ノリがいいね」
女はパフェを平らげ、頬杖をついて冷めた目でこちらを見ている。
「え?」
「私なんか、知らない男と喋ることすらないわ」
シラーーーー…。(何やその目)
「…そのくらいの方がいいんちゃう?」
「どうやって男と知り合ったのか忘れちゃうくらいよ。こんなことになってるなんていまだに信じられないわ」
「あんたなあ…」
(そういう女をこんだけ手間かけて追っかけまわしてるんやで)
「こんな女、結婚に向いてると思う?」
「はあ?」
酔っぱらって迫ってきた勢いはどこへやら。夏目は呆れた。
(なんやコイツ。痴女化の次はサバサバ。あの車かてなんぼや思うとるねん、新車やで。どんだけ金つぎこむねん)
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