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タイムリミット
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「朝食をどうぞ」
豪華な対面キッチンにモダンクラシカルな猫足のダイニングセット、給仕に椅子を引かれ着席した。
硬質なえんじ色とブラウンのテーブルの上に白い皿、金のカトラリーが並びセンターに季節の花が溢れる。
「・・・塔子さん、旅行に行きませんか」
ええ?
「近々スマトラに行く予定があるのですが、どこかへ足を延ばそうかと思っているんです」
スマトラ? 東南アジアだっけ。
給仕が静かに最初の皿を置いた。
「冷めないうちにどうぞ」
「はい」
ゆっくりナイフを入れた。
とろーんハニーたっぷりのパンケーキ。
「美味しい」
「それはよかったです」
相変わらず彼はうっとりするほどお上品にお食べになる。
いつものモードなのがちょっと惜しいけど。
「…5日ほどどうですか。連休を挟むので、休暇が必要なのは2日です」
「私、暑いところ苦手でして。以前タイに行ってバテてしまいました」
湿度のねっとり重い感じがダメなのよね…。
「タイは今そうでしょうね。乾季に行けばそうでもないのですが」
そうなの?
「……用事は一日目だけなので。行先はあなたの好みでいいですよ。ジャワ島、バリ、ゴールドコースト・・・オンシーズンで言えばこんなとこでしょうか。勿論少し遠くでもいいです。セーシェルも乾季ですね」
「・・・」
すらすら言われても。まずスマトラってどこ。このレベルだから。
ゴールドコースト・・・。
ん?
の前になんて言った?
バリ?
「えっ、バリ?」
びっくりして思わず叫んでしまった。
「バリって、バリ島ですか?」
「ええ」
嘘…空耳じゃない?
「私、行ってみたかったんです。今ちょうど仕事抱えてて」正直に言った。
「お仕事?…ですか」
「ええ。イメージがわかなくて」
これはタナボタ。現地に行って確かめる、これほどの救いの手はないわ。
「パンフレット集めて悩んでいたんです。だけど土地勘もないし、ツアーだと観光地ばかりだろうし…。やっぱり一人だと色々大変そうだし」
まるで祝福の色みたいな鮮やかなイエローグリーンの、ピューレのようなパプリカのスープがやってきた。
「そうですね…バリでお仕事とは、どんな感じの?」
「…お客様の別宅なのですが、バリの田舎風をご希望で。私、勉強不足でわからなくて」
「ああ、そういうことですか」
「早速有給休暇をお願いしてみます。旅行代金をお教えくださいね」
「はい。料金なんて、…いいんですよ。気にしないでください」
えっ、まさかの…。
「服も靴も用意しますから、軽装でいらしてください」
着の身着のままでいい?
「でもそれじゃ…」
「大丈夫です。バリには家があるので。部屋もいくつかあるので、ご心配は無用です」
というと彼はにっこり微笑んだ。
ええーー…、いいのかしら。
「家のデザインの参考に、という意味ですね?」
「ええ、こんな感じで進んでいるのですが」
スマホに落とした例のCGを見せてみる。
「なるほど、こういう家、確かに見かけますよ」
またまた前向きな返答が。自分で漁ったネット画像も差し出してみる。
「ウブド周辺かな? それなら僕がご案内できますよ」
えっ!
「本当ですか」
「ええ。よく行くので」
ウブドというエリアにはこういう素朴な家というかホテルというかヴィラが多いらしい。芸術村のような観光地なのだと。この人、アジアフリークなのかしら。
「世界中のジャングルリゾートのさきがけのようなものですね、森の中にバリ建築のリゾートホテルがあちこちにあります。コテージもカフェも」
「そうなんですね」
ガイドブックは見てないのでそういうのは全然知らなかったわ。
「この水田の跡のような池を眺める位置に建屋を建設するわけです。ライステラスといいますが、この画像のような店もいくつかありますよ」
そうなんだ!
「お詳しいのね」
「ええ、多少はね。母が建築家なので。興味はあります。図面は描けませんが」
「そうなんですか?」
これも驚き。
「…その母にも会っていただきたいのですが」
あとの言葉にうっと詰まらせそうになる。
「もう父とは離婚しているのですが、僕とは頻繁に会っているんです。言っておいてもいいですか?」
…そんな。もう? お母さまに?
「ええ」
いいの? 安易に返事しちゃって。
いいえ!
現実問題、118000円×2が浮くし、何より私ひとりじゃどこ回っていいかわかんない、一人でハイヤー予約して回るしかない、かなりハードル高いわ。それがなくなるんだもん、お願いするしかない。
「いい家が完成するといいですね」
「はい」
100%結婚するって決まったわけじゃない。
最悪、醜態さらしてお断りされることもありうるわけで…。
行くわ、バリ。
お母さまとのご対面、結婚云々は、それからの話よ。
利用できるものは利用しなくちゃ。
豪華な対面キッチンにモダンクラシカルな猫足のダイニングセット、給仕に椅子を引かれ着席した。
硬質なえんじ色とブラウンのテーブルの上に白い皿、金のカトラリーが並びセンターに季節の花が溢れる。
「・・・塔子さん、旅行に行きませんか」
ええ?
「近々スマトラに行く予定があるのですが、どこかへ足を延ばそうかと思っているんです」
スマトラ? 東南アジアだっけ。
給仕が静かに最初の皿を置いた。
「冷めないうちにどうぞ」
「はい」
ゆっくりナイフを入れた。
とろーんハニーたっぷりのパンケーキ。
「美味しい」
「それはよかったです」
相変わらず彼はうっとりするほどお上品にお食べになる。
いつものモードなのがちょっと惜しいけど。
「…5日ほどどうですか。連休を挟むので、休暇が必要なのは2日です」
「私、暑いところ苦手でして。以前タイに行ってバテてしまいました」
湿度のねっとり重い感じがダメなのよね…。
「タイは今そうでしょうね。乾季に行けばそうでもないのですが」
そうなの?
「……用事は一日目だけなので。行先はあなたの好みでいいですよ。ジャワ島、バリ、ゴールドコースト・・・オンシーズンで言えばこんなとこでしょうか。勿論少し遠くでもいいです。セーシェルも乾季ですね」
「・・・」
すらすら言われても。まずスマトラってどこ。このレベルだから。
ゴールドコースト・・・。
ん?
の前になんて言った?
バリ?
「えっ、バリ?」
びっくりして思わず叫んでしまった。
「バリって、バリ島ですか?」
「ええ」
嘘…空耳じゃない?
「私、行ってみたかったんです。今ちょうど仕事抱えてて」正直に言った。
「お仕事?…ですか」
「ええ。イメージがわかなくて」
これはタナボタ。現地に行って確かめる、これほどの救いの手はないわ。
「パンフレット集めて悩んでいたんです。だけど土地勘もないし、ツアーだと観光地ばかりだろうし…。やっぱり一人だと色々大変そうだし」
まるで祝福の色みたいな鮮やかなイエローグリーンの、ピューレのようなパプリカのスープがやってきた。
「そうですね…バリでお仕事とは、どんな感じの?」
「…お客様の別宅なのですが、バリの田舎風をご希望で。私、勉強不足でわからなくて」
「ああ、そういうことですか」
「早速有給休暇をお願いしてみます。旅行代金をお教えくださいね」
「はい。料金なんて、…いいんですよ。気にしないでください」
えっ、まさかの…。
「服も靴も用意しますから、軽装でいらしてください」
着の身着のままでいい?
「でもそれじゃ…」
「大丈夫です。バリには家があるので。部屋もいくつかあるので、ご心配は無用です」
というと彼はにっこり微笑んだ。
ええーー…、いいのかしら。
「家のデザインの参考に、という意味ですね?」
「ええ、こんな感じで進んでいるのですが」
スマホに落とした例のCGを見せてみる。
「なるほど、こういう家、確かに見かけますよ」
またまた前向きな返答が。自分で漁ったネット画像も差し出してみる。
「ウブド周辺かな? それなら僕がご案内できますよ」
えっ!
「本当ですか」
「ええ。よく行くので」
ウブドというエリアにはこういう素朴な家というかホテルというかヴィラが多いらしい。芸術村のような観光地なのだと。この人、アジアフリークなのかしら。
「世界中のジャングルリゾートのさきがけのようなものですね、森の中にバリ建築のリゾートホテルがあちこちにあります。コテージもカフェも」
「そうなんですね」
ガイドブックは見てないのでそういうのは全然知らなかったわ。
「この水田の跡のような池を眺める位置に建屋を建設するわけです。ライステラスといいますが、この画像のような店もいくつかありますよ」
そうなんだ!
「お詳しいのね」
「ええ、多少はね。母が建築家なので。興味はあります。図面は描けませんが」
「そうなんですか?」
これも驚き。
「…その母にも会っていただきたいのですが」
あとの言葉にうっと詰まらせそうになる。
「もう父とは離婚しているのですが、僕とは頻繁に会っているんです。言っておいてもいいですか?」
…そんな。もう? お母さまに?
「ええ」
いいの? 安易に返事しちゃって。
いいえ!
現実問題、118000円×2が浮くし、何より私ひとりじゃどこ回っていいかわかんない、一人でハイヤー予約して回るしかない、かなりハードル高いわ。それがなくなるんだもん、お願いするしかない。
「いい家が完成するといいですね」
「はい」
100%結婚するって決まったわけじゃない。
最悪、醜態さらしてお断りされることもありうるわけで…。
行くわ、バリ。
お母さまとのご対面、結婚云々は、それからの話よ。
利用できるものは利用しなくちゃ。
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