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タイムリミット
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「先輩、じゃ、僕行きますね」
「ええ」
月曜日。西越さんの美容院前で車を降り、他のクライアントへ向かう楠本君を見送った。
「おはよーございます!」
中に入るなり元気な西越さんの声。「おはよう!」ゆうと君も。
「おはようございます。ゆうとくんも」
にっこり笑って頭の上をなでなでした。ん? なんで。疑問が。
「今日は振替なんですー。昨日、学校行事があって」
「ああ、そうでしたか」ゆうとくん、ほっぺがふにふにしててかわいー。
「ゆうと、楽しみにしてて、6時には起きてたんですよ」
「へえ、ゆうとくん、熱心ねーー」
「ええ、早く行きたいって。私もはりきってお弁当も作っちゃいました」ん?
「じゃ、いきましょーか、田舎」
・・・・・・?
「あ、言ってませんでしたね、今日は田舎の家で過ごしませんか?」
天気も良く、パパさん運転のミニバンは高速を抜け、北関東の山間の道路をすすむ。助手席には奥様、私は後ろの席でゆうとくんのお相手だ。「ゆうとくん、新しいおうち、楽しみだねー」「うん!ぼく一杯めだか飼うんだ。あとね、かえるもいるんだよ」「そうなんだー。楽しいお家だねー」…何も決まってないのに調子いいな。どうしようか…。
広い敷地に車は停車し、ゆうと君はドアが開くなり走り出した。敷地の少し下が段々畑の名残のような湿地で、近づくとちょろちょろ水が流れこんでいてちょっとした池だ。その中をのぞき込んで目を輝かせる。「ねえ、おねえちゃん、みてみて」「なあに」
すでにめだかが泳いでいた。たくさん浮草が浮いて、水草も茂りいい感じ。
「ゆうとがめだかめだかってうるさくって。絶対みんなお腹すいてるーって」
ああ、そうか……。餌やりができないもんね。毎日いるわけじゃないから。早速餌をパラパラしてる。群がる群がる。
「川でとってきたんだよ。川のメダカは他のと混ぜたらだめなの。だからおうちのめだかと分けてるの」ゆうとくん、詳しくなってるな。
「……原種と交配種混ぜたらいけないらしくて。結局家のベランダはそのままです」
めだか事情を知らない私に奥様は説明してくれた。苦笑交じり、早くも思い通りにはいってないわけだ。
「でもこれはこれでバリっぽくていいかなって。このあいだはアナカリスの花が咲いてて、すごーくかわいいんですよ」
この池……いい感じだ。バリ風かどうかわからないけど、やっぱり雰囲気壊したくないわ。
古民家と物置が広い敷地に佇んで、古民家カフェでも開けそう。
その古民家のドアを開け、大きな硝子戸をあけ放つそばから、「わーーーい」ゆうとくんが靴を脱いで駆け上がり、広々とした畳の間を嬉しそうにぐるぐる回る。
かわいいなあ……。やっぱおこちゃまはこうなるよね。比較的新しい畳の匂いがする。
「大事に住まれていたんですね」
「そうですね。法事やちょっとした集まりも多かったらしいし」
……襖を開けて大広間がとれるのは畳ならではよね。
「窓枠が木のままってすごいです。玄関の開き戸も」
でももろに和風……。これもバリ風にしなくてはだめかしら。
奥様の希望はバリ風家具を入れて、ベッドは絶対欲しいとのこと。天蓋付きの大きなベッド。
それなら畳の間でもいけそうだが、この開放感が家具でつぶれるのも惜しいような。だけど口にできない。やっぱりお客様の要望第一だから。
いつもはあちこち写メしてるうちにアイディアが沸くんだけど、ぴんと来ない。
「おおい、ゆうと! ちょっと休憩しようや」
パパさんの声で庭に集合。丸太のテーブルに奥様のお弁当が並んでる。
「ゆうとのヤツ、すっかり家主気分ですわ。めだか一杯育てるって張り切ってて。あとは畳をゴロゴロ、やっぱ畳っていいですね」奥様がもう一度キッチンに引っ込んで、パパさんが箸と皿を並べてる。
「……ご希望は全部フローリングでよかったんですよね」
「そうなんだけど」パパさんの声が小さくなる。
「嫁さんはね。俺とゆうとは正直畳の方がいいんですよ。畳だと何人も泊めれるでしょ。嫁さんの親戚の家なんで何も言えませんけど」少し困った顔をして囁いた。
そうか。そうよねー、おこちゃま、あんなにうれしそうだもん。
「実は家でも俺とゆうとは床に寝てるんで」
「そうですか……」
それはよくある話だ。子供部屋や個室をフローリングにとご希望されても、完成後布団暮らしをやめられない家庭が意外と多い。
「よっしゃ、ゆうと、手洗ったか」
「うん!」
「じゃあ、いただきまーーす」
奥様お手製の三角おむすびと卵焼きとウインナ―、総菜。美味しくいただきながら頭は巡る。
…ようは奥様だけなのね、バリ風ご希望なのは。天蓋ベッド…お姫様ベッドよね。うむむ…。
「ええ」
月曜日。西越さんの美容院前で車を降り、他のクライアントへ向かう楠本君を見送った。
「おはよーございます!」
中に入るなり元気な西越さんの声。「おはよう!」ゆうと君も。
「おはようございます。ゆうとくんも」
にっこり笑って頭の上をなでなでした。ん? なんで。疑問が。
「今日は振替なんですー。昨日、学校行事があって」
「ああ、そうでしたか」ゆうとくん、ほっぺがふにふにしててかわいー。
「ゆうと、楽しみにしてて、6時には起きてたんですよ」
「へえ、ゆうとくん、熱心ねーー」
「ええ、早く行きたいって。私もはりきってお弁当も作っちゃいました」ん?
「じゃ、いきましょーか、田舎」
・・・・・・?
「あ、言ってませんでしたね、今日は田舎の家で過ごしませんか?」
天気も良く、パパさん運転のミニバンは高速を抜け、北関東の山間の道路をすすむ。助手席には奥様、私は後ろの席でゆうとくんのお相手だ。「ゆうとくん、新しいおうち、楽しみだねー」「うん!ぼく一杯めだか飼うんだ。あとね、かえるもいるんだよ」「そうなんだー。楽しいお家だねー」…何も決まってないのに調子いいな。どうしようか…。
広い敷地に車は停車し、ゆうと君はドアが開くなり走り出した。敷地の少し下が段々畑の名残のような湿地で、近づくとちょろちょろ水が流れこんでいてちょっとした池だ。その中をのぞき込んで目を輝かせる。「ねえ、おねえちゃん、みてみて」「なあに」
すでにめだかが泳いでいた。たくさん浮草が浮いて、水草も茂りいい感じ。
「ゆうとがめだかめだかってうるさくって。絶対みんなお腹すいてるーって」
ああ、そうか……。餌やりができないもんね。毎日いるわけじゃないから。早速餌をパラパラしてる。群がる群がる。
「川でとってきたんだよ。川のメダカは他のと混ぜたらだめなの。だからおうちのめだかと分けてるの」ゆうとくん、詳しくなってるな。
「……原種と交配種混ぜたらいけないらしくて。結局家のベランダはそのままです」
めだか事情を知らない私に奥様は説明してくれた。苦笑交じり、早くも思い通りにはいってないわけだ。
「でもこれはこれでバリっぽくていいかなって。このあいだはアナカリスの花が咲いてて、すごーくかわいいんですよ」
この池……いい感じだ。バリ風かどうかわからないけど、やっぱり雰囲気壊したくないわ。
古民家と物置が広い敷地に佇んで、古民家カフェでも開けそう。
その古民家のドアを開け、大きな硝子戸をあけ放つそばから、「わーーーい」ゆうとくんが靴を脱いで駆け上がり、広々とした畳の間を嬉しそうにぐるぐる回る。
かわいいなあ……。やっぱおこちゃまはこうなるよね。比較的新しい畳の匂いがする。
「大事に住まれていたんですね」
「そうですね。法事やちょっとした集まりも多かったらしいし」
……襖を開けて大広間がとれるのは畳ならではよね。
「窓枠が木のままってすごいです。玄関の開き戸も」
でももろに和風……。これもバリ風にしなくてはだめかしら。
奥様の希望はバリ風家具を入れて、ベッドは絶対欲しいとのこと。天蓋付きの大きなベッド。
それなら畳の間でもいけそうだが、この開放感が家具でつぶれるのも惜しいような。だけど口にできない。やっぱりお客様の要望第一だから。
いつもはあちこち写メしてるうちにアイディアが沸くんだけど、ぴんと来ない。
「おおい、ゆうと! ちょっと休憩しようや」
パパさんの声で庭に集合。丸太のテーブルに奥様のお弁当が並んでる。
「ゆうとのヤツ、すっかり家主気分ですわ。めだか一杯育てるって張り切ってて。あとは畳をゴロゴロ、やっぱ畳っていいですね」奥様がもう一度キッチンに引っ込んで、パパさんが箸と皿を並べてる。
「……ご希望は全部フローリングでよかったんですよね」
「そうなんだけど」パパさんの声が小さくなる。
「嫁さんはね。俺とゆうとは正直畳の方がいいんですよ。畳だと何人も泊めれるでしょ。嫁さんの親戚の家なんで何も言えませんけど」少し困った顔をして囁いた。
そうか。そうよねー、おこちゃま、あんなにうれしそうだもん。
「実は家でも俺とゆうとは床に寝てるんで」
「そうですか……」
それはよくある話だ。子供部屋や個室をフローリングにとご希望されても、完成後布団暮らしをやめられない家庭が意外と多い。
「よっしゃ、ゆうと、手洗ったか」
「うん!」
「じゃあ、いただきまーーす」
奥様お手製の三角おむすびと卵焼きとウインナ―、総菜。美味しくいただきながら頭は巡る。
…ようは奥様だけなのね、バリ風ご希望なのは。天蓋ベッド…お姫様ベッドよね。うむむ…。
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