タイムリミット

シナモン

文字の大きさ
上 下
22 / 81
タイムリミット

22

しおりを挟む
「先輩、じゃ、僕行きますね」
「ええ」

 月曜日。西越さんの美容院前で車を降り、他のクライアントへ向かう楠本君を見送った。

「おはよーございます!」

 中に入るなり元気な西越さんの声。「おはよう!」ゆうと君も。

「おはようございます。ゆうとくんも」

 にっこり笑って頭の上をなでなでした。ん? なんで。疑問が。

「今日は振替なんですー。昨日、学校行事があって」
「ああ、そうでしたか」ゆうとくん、ほっぺがふにふにしててかわいー。
「ゆうと、楽しみにしてて、6時には起きてたんですよ」
「へえ、ゆうとくん、熱心ねーー」
「ええ、早く行きたいって。私もはりきってお弁当も作っちゃいました」ん?
「じゃ、いきましょーか、田舎」
 ・・・・・・?
「あ、言ってませんでしたね、今日は田舎の家で過ごしませんか?」



 天気も良く、パパさん運転のミニバンは高速を抜け、北関東の山間の道路をすすむ。助手席には奥様、私は後ろの席でゆうとくんのお相手だ。「ゆうとくん、新しいおうち、楽しみだねー」「うん!ぼく一杯めだか飼うんだ。あとね、かえるもいるんだよ」「そうなんだー。楽しいお家だねー」…何も決まってないのに調子いいな。どうしようか…。

 広い敷地に車は停車し、ゆうと君はドアが開くなり走り出した。敷地の少し下が段々畑の名残のような湿地で、近づくとちょろちょろ水が流れこんでいてちょっとした池だ。その中をのぞき込んで目を輝かせる。「ねえ、おねえちゃん、みてみて」「なあに」
 すでにめだかが泳いでいた。たくさん浮草が浮いて、水草も茂りいい感じ。
「ゆうとがめだかめだかってうるさくって。絶対みんなお腹すいてるーって」
 ああ、そうか……。餌やりができないもんね。毎日いるわけじゃないから。早速餌をパラパラしてる。群がる群がる。
「川でとってきたんだよ。川のメダカは他のと混ぜたらだめなの。だからおうちのめだかと分けてるの」ゆうとくん、詳しくなってるな。
「……原種と交配種混ぜたらいけないらしくて。結局家のベランダはそのままです」
 めだか事情を知らない私に奥様は説明してくれた。苦笑交じり、早くも思い通りにはいってないわけだ。
「でもこれはこれでバリっぽくていいかなって。このあいだはアナカリスの花が咲いてて、すごーくかわいいんですよ」
 この池……いい感じだ。バリ風かどうかわからないけど、やっぱり雰囲気壊したくないわ。
 古民家と物置が広い敷地に佇んで、古民家カフェでも開けそう。
 その古民家のドアを開け、大きな硝子戸をあけ放つそばから、「わーーーい」ゆうとくんが靴を脱いで駆け上がり、広々とした畳の間を嬉しそうにぐるぐる回る。
 かわいいなあ……。やっぱおこちゃまはこうなるよね。比較的新しい畳の匂いがする。
「大事に住まれていたんですね」
「そうですね。法事やちょっとした集まりも多かったらしいし」
 ……襖を開けて大広間がとれるのは畳ならではよね。
「窓枠が木のままってすごいです。玄関の開き戸も」
 でももろに和風……。これもバリ風にしなくてはだめかしら。
 奥様の希望はバリ風家具を入れて、ベッドは絶対欲しいとのこと。天蓋付きの大きなベッド。
 それなら畳の間でもいけそうだが、この開放感が家具でつぶれるのも惜しいような。だけど口にできない。やっぱりお客様の要望第一だから。
 いつもはあちこち写メしてるうちにアイディアが沸くんだけど、ぴんと来ない。

「おおい、ゆうと! ちょっと休憩しようや」

 パパさんの声で庭に集合。丸太のテーブルに奥様のお弁当が並んでる。

「ゆうとのヤツ、すっかり家主気分ですわ。めだか一杯育てるって張り切ってて。あとは畳をゴロゴロ、やっぱ畳っていいですね」奥様がもう一度キッチンに引っ込んで、パパさんが箸と皿を並べてる。
「……ご希望は全部フローリングでよかったんですよね」
「そうなんだけど」パパさんの声が小さくなる。
。俺とゆうとは正直畳の方がいいんですよ。畳だと何人も泊めれるでしょ。嫁さんの親戚の家なんで何も言えませんけど」少し困った顔をして囁いた。
 そうか。そうよねー、おこちゃま、あんなにうれしそうだもん。
「実は家でも俺とゆうとは床に寝てるんで」
「そうですか……」
 それはよくある話だ。子供部屋や個室をフローリングにとご希望されても、完成後布団暮らしをやめられない家庭が意外と多い。
「よっしゃ、ゆうと、手洗ったか」
「うん!」
「じゃあ、いただきまーーす」
 奥様お手製の三角おむすびと卵焼きとウインナ―、総菜。美味しくいただきながら頭は巡る。
 …ようは奥様だけなのね、バリ風ご希望なのは。天蓋ベッド…お姫様ベッドよね。うむむ…。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

夫は帰ってこないので、別の人を愛することにしました。

ララ
恋愛
帰らない夫、悲しむ娘。 私の思い描いた幸せはそこにはなかった。 だから私は……

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

処理中です...