タイムリミット

シナモン

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タイムリミット

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 店に戻ると、珍しく全員そろっていた。

「よっしゃ、全員そろったな。ちょい質問なんだけど――」

 取っ手の施主支給のことを伝える前に、所長はぐるっと見回して、言った。

「この中でバリ島行ったことある人いる?」

 ……。みんなきょとんとして、首を横に振る。

「んんー――、バリ島って、もしかして」

 一人、吹田川さんというこの中では新人の女の子が声を上げる。
 もしゃもしゃの髪に高そうなデザインフレームの眼鏡をかけたインテリ芸術家風の所長は、彼女の方を向き大きく頷いて、

「そうーーー。西越さんね、ついに白紙に戻っちゃってね」
「あーー、そうですか。所長でもダメですか」

 全員声なきため息。

「九鬼ちゃん、どうよ、バリ島」

 何故か私に振られる。この狭い事務所、女子は私と彼女だけなのだ。女子旅で行きそうな場所だって思われてる?

「……プーケットならありますけど」建築科の仲間との卒業旅行だけど。
「ああ、そうかあ、プーケットって、タイだっけ」
「はい」
「所長、そんなに難航してるんですか」
 元々担当してた久石さんていう男性がすまなそうに尋ねた。
「ああ、困ったよ」
「バリ島って、ちょっと独特ですよね」楠原くんが気の毒そうに顔をしかめた。
「そうなのよー。お店の方はあれで、家は別にそこまではこだわらなくても、って言われてたのにねえ、外構を含めて全部見直してくれだって」

 所長は頭を抱えて、まあまあ洒落てる丸椅子に腰かける。「プーケットかあ……」たそがれる中年男子。しばらくみんな彼の姿を見つめていた。

「九鬼ちゃん、悪いけど西越様の話聞きに行ってもらえないかな。きっと女子の方が分かりやすいと思うんだよね」

 え、私?

「バリ島とプーケットは少し違うような」
「いいから、いいから。コンセプトは家でリゾート気分を味わう、だってさ。九鬼ちゃん、今の現場もう終わりでしょ? 近いうち行って来てくんない? やっぱ美容院と自宅じゃニュアンス違うんだよねえ」

 いきなり担当替えかい。
 所長、和モダンや北欧風は得意だけど、アジアンはごく無難にまとめるくらい。
 それでもお客様には好評だ。
 重厚な建具と柱と専用の(カエルとか仏像とか)雑貨を飾っておけば、タイでもマレーシアでもそれ風に仕上がるのだから。

「じゃあ、お願いしますわ」

 しかしそれでは納得いかないらしい、今回のクライアント、西越様。
 最初の担当から所長に変わって、次は私?大丈夫かしら(笑)

「ええ、じゃあ、行ってみます」

 せっかくカフェがほぼ完成だってのに……その話一言もすることなく、帰宅となった。


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