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コーヒーとCEOの秘密
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陽気な人だった。
家族の話も聞かされたことがある。
外国の大学を目指している息子の学費を稼ぐために生きているとかなんとか。
よくある話だがこうなった今では眉唾だ。
口ではいくらでも言える。
「もう済んだことですわ。私なんかに言われても何の足しにもなりません」
「話をするだけで少しでも楽になったりするんだよ」
「では今は苦しんでらっしゃるの?」
「思い違いにね。馬鹿な男だよ」
後悔してるの?まさか。
「ご家族がいらっしゃいましたよね。お元気ですか」
何気なく、世間話程度に口にした言葉が何らかの琴線にふれたようだ。みるみる表情が険しくなった。
「・・・どうだろうねえ。とっくに音信不通だ」
え?
「君はあいかわらずきれいだねえ」
険しい表情からむりやり笑顔を起こしたように思えた。
「意気揚々として、仕事が乗って人生バラ色と謳歌していてもね、ふとしたきっかけに転がり落ちてしまうもんだよ、君も気を付けてね」
それは自業自得でしょ。
「たわいのない話だよ。悪い薬を飲んだような」
それは比喩かしら。それとも事実?うまくセリフが回らなくてそのままやり過ごすしかなかった。
いつの間にか村上のグラスは空になって、氷が小さく崩れていた。
一方こちらは皿もカップも中途半端に残ったまま。もう口に運ぶこともなさそうだ。
「僕が何を話してもいいように解釈されないよね」
当時のニュースでスキャンダラスに報道され、まるでこちらが悪の権化でもあるかのような論客の言い回しに、簡単に流れる世相と知りもしないことを言いふらすアジテーター。別に問題を起こしたわけでもなく、今思えばおかしいのは全部S物産だったのだと見る人が見ればわかることだ。
メディアの印象操作ほど恐ろしいものはない、そしてそれこそが最強の手段なのだ、会長は決して口にはしないけれど。
まったく共感などなく、逆に社にとって余計なことを言わないようにと気をつかう時間だけが過ぎた。
「…申し訳ありません、お先にお暇しますわ」
もう8時。彼も帰宅するというので仕方なく一緒に席を立った。
西新宿のオフィス街…日の光があれば雰囲気のいい洒落た場所だが、暮れると大きな公園もあってか緑の多い=死角の多い危険な場所だ。言葉もなく並んで歩いていると、グッと腕をつかまれ茂みに連れ込まれた。
「何を・・・」
するっと肩に伸びた手が落ち、薄いフレンチスリーブのトップスの隙間に。
「抜け目がないねえ、あいかわらず。突然のお誘いに備えているのかな」
下着の黒レ―ス生地に村上の太い指が触れた。
「やめて・・!」
手がそれ以上の動きを仕掛けたとき、思い切りひじてつをくらわせた。
「うっ」くぐもった声。
そのすきに人目のある場所をめがけて駆け出す。
数歩走って腕をつかまれた。すごい力だ。
「やめてください!」
あと5mほど…。ちらほら歩いている人はいてもみんなスマホを見ている。しかも何人かはワイヤレスイヤホンでもしているのだろう、誰もこちらを見ない。
「…僕のことを調べていたらしいな。上の差し金かい?」
え!?
瞬時に凍り付いた。
知っていたの?
力が緩み、また引き戻されそうになる。
「やめなさい!!」
女性の声がした。
その声が村上の腕の力を弱めた。
振り返って驚いた。
樫木…マヤ!?
家族の話も聞かされたことがある。
外国の大学を目指している息子の学費を稼ぐために生きているとかなんとか。
よくある話だがこうなった今では眉唾だ。
口ではいくらでも言える。
「もう済んだことですわ。私なんかに言われても何の足しにもなりません」
「話をするだけで少しでも楽になったりするんだよ」
「では今は苦しんでらっしゃるの?」
「思い違いにね。馬鹿な男だよ」
後悔してるの?まさか。
「ご家族がいらっしゃいましたよね。お元気ですか」
何気なく、世間話程度に口にした言葉が何らかの琴線にふれたようだ。みるみる表情が険しくなった。
「・・・どうだろうねえ。とっくに音信不通だ」
え?
「君はあいかわらずきれいだねえ」
険しい表情からむりやり笑顔を起こしたように思えた。
「意気揚々として、仕事が乗って人生バラ色と謳歌していてもね、ふとしたきっかけに転がり落ちてしまうもんだよ、君も気を付けてね」
それは自業自得でしょ。
「たわいのない話だよ。悪い薬を飲んだような」
それは比喩かしら。それとも事実?うまくセリフが回らなくてそのままやり過ごすしかなかった。
いつの間にか村上のグラスは空になって、氷が小さく崩れていた。
一方こちらは皿もカップも中途半端に残ったまま。もう口に運ぶこともなさそうだ。
「僕が何を話してもいいように解釈されないよね」
当時のニュースでスキャンダラスに報道され、まるでこちらが悪の権化でもあるかのような論客の言い回しに、簡単に流れる世相と知りもしないことを言いふらすアジテーター。別に問題を起こしたわけでもなく、今思えばおかしいのは全部S物産だったのだと見る人が見ればわかることだ。
メディアの印象操作ほど恐ろしいものはない、そしてそれこそが最強の手段なのだ、会長は決して口にはしないけれど。
まったく共感などなく、逆に社にとって余計なことを言わないようにと気をつかう時間だけが過ぎた。
「…申し訳ありません、お先にお暇しますわ」
もう8時。彼も帰宅するというので仕方なく一緒に席を立った。
西新宿のオフィス街…日の光があれば雰囲気のいい洒落た場所だが、暮れると大きな公園もあってか緑の多い=死角の多い危険な場所だ。言葉もなく並んで歩いていると、グッと腕をつかまれ茂みに連れ込まれた。
「何を・・・」
するっと肩に伸びた手が落ち、薄いフレンチスリーブのトップスの隙間に。
「抜け目がないねえ、あいかわらず。突然のお誘いに備えているのかな」
下着の黒レ―ス生地に村上の太い指が触れた。
「やめて・・!」
手がそれ以上の動きを仕掛けたとき、思い切りひじてつをくらわせた。
「うっ」くぐもった声。
そのすきに人目のある場所をめがけて駆け出す。
数歩走って腕をつかまれた。すごい力だ。
「やめてください!」
あと5mほど…。ちらほら歩いている人はいてもみんなスマホを見ている。しかも何人かはワイヤレスイヤホンでもしているのだろう、誰もこちらを見ない。
「…僕のことを調べていたらしいな。上の差し金かい?」
え!?
瞬時に凍り付いた。
知っていたの?
力が緩み、また引き戻されそうになる。
「やめなさい!!」
女性の声がした。
その声が村上の腕の力を弱めた。
振り返って驚いた。
樫木…マヤ!?
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