上 下
50 / 51
緑川、人類の運命を背負う

青天の霹靂

しおりを挟む
 それからヘパイストスとペルセポネの家を行ったり来たりして過ごした。

 東京でせかせか暮らしてたのが遠い昔のことのよう。

 なんたって危機感がない。いつもいい天気だし、仕事というものがない。
 テレビやゲームもなく文化的なことといえばヘパイストスの作業を観察するくらい。

 作業と言ってもあっという間に形になって手品を見てるみたいだ。


「おい、釣りに行かねえか」


 久しぶりに下界に降りた。
 岩場にキュクロプスのキューと並んで針と糸の原始的な釣竿を垂らし、獲物がかかるのを待つ。
 キュー…初対面こそ驚いたが、おとなしいいい奴だ。ちょっと吃ってゆっくり喋る。鍛治の腕前も超一流で神の武器を奉納したこともあるそうだ。

「きれーだなー」

 透き通った海。魚が泳いでいるのが見える。

 ……ここってエーゲ海なんだよなあ?
 実感ねえな。どこもかしこも綺麗すぎて感動もなくなる。

 ピチョン、水が跳ねて、むしろを編み込んだようなカゴに魚を入れる。

 日差しはキツイがキューの巨体が光を遮り、ちょうど良い陰をつくっている。
 ランチにその辺の木の実を採ってきて食べ、しばらく寝っ転がっていた。

 ゴオオオオ……。

 キューの体の向こうから音がした。

 ひょいと顔を向けると、雲に乗ったヘパイストスがすごい形相でこっちへ来てる。


「オイ、キュー逃げろーーー」

 ーー!?

「アポロンがお前を探してる」

 血相変えてキューの腰に手を当てて。

「ゼウスが…アスクレピオスをやったらしい。雷霆でな。……それを知ったアポロンが怒り狂って………お前を殺してやるって!!」
「なんだと?」
「早く!」

 ひゅううううう……。
 また風を切る音がして、雲が光を遮った。「!?」


「こんなところにいた!」

 その雲からストッと降りてきた。輝くばかりの美青年---。

「アポロン!」

「お前のせいで、私の息子が殺された!くたばれーーー」

 光の剣のようなものを振りかざしてきた。「!?」

「やめろーーー」

 とっさにミドリカワは間に入って手を広げた。


「ちょっと待ってよ、何言ってんの、いきなりやってきて」

「なんだ、お前は」

「何言ってんだよ、お前のせいで殺された? は? 意味わかんないんだけど」

 こんな善人の塊みたいな奴を。見た目はちょっとグロいかもしれねえけど。

「うるさいっ!!」

「アポロン…」

「冷静になってよ。何でこいつがやられなきゃならねえの」


「だから……こいつの作ったケラウノスでアスクレピオスが殺されたのさ」

「誰に」

「ゼウスだ」

「はあ? それって逆恨みじゃん!」

「なんだと? さかうらみ? お前は誰だ」

「…俺のことはいいからさー、ちょっと話聞かせてよー……」

 ものすごい美青年だ。金髪、碧眼…ハリウッドか!…て、あの木の下で竪琴を弾いていた男じゃないか。


「……アスクレピオスはアポロンの息子で、この地上で人間の病を治してやってたんだ。聞くところによると死んだ人間を蘇らせちまったらしいな。それが大神の怒りに触れたんだ」

 ヘパイストスが代わって説明した。


「お前があんなもの作らなければ!!」

「やめろって。だからそれを逆恨みって言うんだ。こいつが殺したわけじゃないじゃん」

「くっ……」

「…の前にいきなり殺すって……。あんたの息子を?」問題はそこじゃん。「なんでそうなるわけ。そこんとこ先にゼウスに聞けよ」

 アポロン……有名な神ですよね? 見た感じ二十代の若者にしか見えないが、そんな立派な息子がいるのかよ。

「…………」

 青年に先ほどの勢いがなくなる。

「言えるわけねえ」

 なぜかキューが擁護するように呟いた。

「なんでだよ」

「そりゃあ、あれさ……。誰もゼウスに逆らえないのさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

会長にコーヒーを

シナモン
恋愛
私、市川香苗26歳は派遣社員として働きながら、日々を過ごしていた。ある日、ひょんなことから、会長のコーヒー係に任命される。会長は会社を立て直すために5年の任期で会長職に就任したという。なぜかその正体は社内ではあまり知られていない。気難しく、人を寄せ付けない雰囲気を持つ彼に早速コーヒーを入れるよう命じられ…。 **タイトル変更 旧密室の恋

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

ドS王子の意外な真相!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……その日私は。 見てしまったんです。 あの、ドS王子の課長の、意外な姿を……。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

俺様カメラマンは私を捉えて離さない

玖羽 望月
恋愛
【もう誰も私の心の中に近づかないで。そう思っていた。なのに……出会ってしまった。あの人に】 家と職場を往復する毎日。そんなつまらない日常。傷つくくらいなら、ずっと殻に閉じこもっていればいい。そう思っていた。 なのに、私はあの男に出会ってしまった。 体から始まった関係に愛などいらない。ただ、身体だけ満たして。 *長森 瑤子(ながもり ようこ) 35歳 マネジメント事務所で働く。 *長門 司(ながと つかさ) 39歳 ニューヨーク帰りのファッションカメラマン 自作品「One night stand after」(アルファ版にはこの作品と同じタイトルを付けていましたが別サイトと同名に統一しました)を大幅変更した改稿版です。最初からまた書き直しております。 別シリーズとは繋がっていないパラレルワールドの話だと思ってください。 すでにOne nightをお読みいただいた方も楽しんでいただけたら嬉しいです。 (同じエピソードが出てくる可能性はあります) ※作品中に登場する企業、団体等は全て架空です。フィクションとしてお楽しみください。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

処理中です...