【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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レイモンド

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「陛下の提案…?」 

「そうだ」 

「俺を隣国の女王の王配に…」 

「五番目のな」

 レイモンドは目蓋をきつく閉じて叫び出したい気持ちを抑える。 

「お前の顔が役に立つ…話を進めていいかと手紙がきた…から了承した」

 ソロモンの勝手な決断にレイモンドは怒ることができなかった。それほどフローレン侯爵家は財政も評判も落ちぶれ、その原因がレイモンドにあると理解していた。 

アンジェルは他家の茶会に行くことも止めて、無気力に部屋に閉じ籠ったり、時折思い出したように癇癪を起こしてレイモンドを責め立てた。 シモンズとの離婚からフローレン侯爵家は使用人を解雇した。自ら辞めた者も多く、食事は質が落ちた。 

「では…フローレン侯爵家はジェイコブが?」 

「そうなる。幸い領地はある…贅沢をしなければ…名は残せる」

 ソロモンはそう言いながら女王の姿絵をレイモンドに差し出す。ベルザイオ王国の北側にある隣国の女王は四十近いふくよかな女性だった。 レイモンドはその姿絵を呆然と見つめながら白い肌を持つ元妻を想った。 

「…エルマリアの行方は…?」

 レイモンドの言葉にソロモンはハウンドに手を振った。 

「レイモンド様…首都の外れの川辺に金色の髪を持つ遺体が見つかりました」 

「…な…」

 レイモンドはソロモンの隣に立つハウンドを見つめ姿絵を握りしめる。 

「エルマリア…じゃないだろう?」 

「…シモンズ子爵は認めていない。未だ諦めずに捜索は続けている」 

ソロモンの言葉に足の力が抜けていくレイモンドは床に膝をつき拳を叩きつける。 

「奴は!エルマリアを傷つけない!」 

「エルマリアが抵抗したらどうなるかわからないだろう」 

「父上!」 

「レイモンド、エルマリアのことは子爵に任せろ。フローレンは捜索にあてる金がない…エルマリアもフェリシアも忘れるんだ。半年後、お前はこの国にいない」 

「半年…後…」 

「ああ。女王はお前が気に入ったようだ…盛大な結婚式にしたいと準備のための半年だ。こちらは身一つで向かっていいと…両国の友好のためだ…レイモンド…」 

「…はい」 

レイモンドは膝をついたまま返事をした。国王からの命令に近い婿入りに行きたくないなど言えなかった。

 レイモンドはソロモンの執務室を離れ庭園に出た。庭師を減らした庭園は進むにつれ雑草が増え、エルマリアと茶会をした木の周りは二月の間に様変わりしていた。それでも雑草を踏んで椅子に座り、あの時眺めた庭に向かって顔を上げた。 

「エルマリア」 

長年愛したフェリシアの嘘はレイモンドを苛んだ。自分の運命だと信じていたものに裏切られ、内に秘めていた醜悪さを目の当たりにしてしまった心は連れ去られたエルマリアに向かった。 

「すまない」 

レイモンドの濃緑の瞳から幾筋も涙が流れる。 

「フェリシアねえ様を第二夫人にしておけばこんなことにはならなかったよ」 

レイモンドは突然かけられた声に涙も拭えず顔を傾ける。 

「ジェイコブ…」 

「なんだよ…守る力って…結局…こんなことになってるじゃないか!フランセーの従兄弟になんて言われたと思う?阿呆な兄を持ったなって言われたよ!」

 ジェイコブは雑草の中に立ち、険しい顔でレイモンドを睨んでいる。 

「…傲っていたんだ…王孫の侯爵令息だぞ…叶わないことなんてないと思っていたんだ。困ったことになっても後ろには国王がいる…それは幻だったけどな。俺は隣国に行く…ジェイコブ…すまない」 

「謝ったって遅いよ!フェリシアねえ様は本当に…あんな酷いことをしたの?エルマリアを傷つけるように使用人を唆したって…皆が言ってる!」 

「ジェイコブ…フェリシアは…フローレン侯爵家に残りたくて必死だった…善悪もわからないほど必死だった」 

「…うっ…エルマリアは…僕の頭を撫でてくれたよ…優しく撫でて…くれたよ…あの男は僕を肩に乗せてくれた…悪い人じゃないよ…エルマリアは逃げたんだ…この邸から…兄上から…」

 レイモンドは立ち上がりジェイコブに近づき頭を撫でようとしたができなかった。その代わりに抱き上げて泣き続ける弟とその場を離れた。 



「はぁー…やっとフェリシア様が下りた」 

「ああ…なんだか…近くで見ていたらお前より子供に見えた」 

「発言だね…子供みたいな発言…嘘ばっかり!僕は襲われたってーのって言いたかったよ」 

「兄さん…襲われたの?」 

「いや!アベル!違うよ。やり返したからなにも怖くなかった!」

 フェリシアが下りた馬車のなかにはダダとカイン、アベルとセツがベルザイオ王国の北に向かうため揺られている。 

「…でも首都からかなり離れたのに…フェリシア様の噂が広がっていたな…」

 ダダの言葉を聞いたカインは頷いた。 ただの男爵令嬢の噂が人の多い首都を離れた田舎でも同じ話がいき渡っていた。 

「そのせいで宿じゃあ食堂にも下りてこなかったよね。僕らも聞かれたし」 

「ああ、知り合いか…平民でも抱けるのかって…な…」 

「金貨が二枚必要だよって言ったら驚いてたね」 

「ああ…フェリシア様…薄汚れたな…」 

「ね…なんか憐れに思って…ハンカチ返してって言えなかった」 

「まだ残ってるのか?」 

「うん。楽園のお姉さんがずいぶん買ってくれたけど…エルマリア様は暇だって言ってよく…刺していたから…今…どこだろ…もう着いているよね?無事だよね?」

 カインは震える唇を結びダダを見上げる。 

「…旅の間…見つかったなんて話は聞こえてこなかった…無事だ」 

「うん…フローレン侯爵家はどうなるんだろうね…」 

「さあな…俺もザザも十年過ごした家だが…なんの未練もないなぁ」

 ザザとダダは奴隷解放直後からフローレン侯爵家に雇われた。邸に入る仕事はできない下人としてはじまり、ダダは見目の良さを生かして騎士団長に取り入りザザより早く騎士に昇格した。 

「十年働いて月に銅貨五十…今は…恐ろしいものを持ってる」

 ダダは足元に置いた鞄に視線を移す。 

「なんか…怖くて使いづらいよ…」 

「な…金無しが染み付いているからか…金貨って怖いな」 

「僕も!はじめてエルマリア様が見せてくれた箱いっぱいの金貨に震えたよ」 

「…てかなんで女装して働いたんだ?バレたら騎士隊送りか…ビズラにヤられてたぞ」 

「…下女のほうが多かったんだ…洗濯女…給金は下男三十、下女三十三」

 カインはアベルの頭を撫でる。 

「数年は誤魔化せると思ったけど…エルマリア様の食事をもらって急に身長が伸びたから驚いたんだ。侯爵家の洗濯物を洗ってた日々が懐かしいな…まさか…こんなことになるなんて」 

「後悔しているのか?」 

「…アベルの薬は十分買えたし…お腹を空かせることもないんだ…後悔なんてないよ。北の辺境で邸が買えるね」 

「そんな目立つことはできないな。俺はどうかわからないがザザは確実に罪人として追われている。辺境の村の端に家を建てるか」

「部屋数が多くなるよ」 

「…皆で一緒に住まないだろう?これだけある…」 

ダダはつま先で鞄をつつく。


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