【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

文字の大きさ
上 下
21 / 57

フェリシア

しおりを挟む
真夜中にレイモンドの部屋の扉が鳴り、許可を得た女は薄く開け、身を滑らせ中へと入る。 

「なんだ?」 

「レイモンド様」

 レイモンドは眉間にしわを寄せて女を見る。ケリーは頬を染めながら懐から手紙を出した。 

「フェリシア様からです」

 レイモンドは手紙を受け取りテーブルに置いた。 

「最近は…いつもの時間にいらっしゃらないですね。欲は溜まっていませんか?」 

顔も見ずに犯した使用人がフェリシアの専属使用人だと知ったレイモンドは驚いたが、上級使用人を抱くための金もなく下級使用人に手を出すしかなかった。抱かれたことをフェリシアに告げていない女に安堵した。 

「そんな気分じゃない」

 フェリシアの顔がちらつき萎えてしまうなどとは言えず、残念そうな顔をする女から視線を逸らして手紙を広げる。

 手紙からはフェリシアの甘い匂いが漂い存在を主張するようだった。 

「返事を待っています」 

「フェリシアには静かに過ごすよう言っただろう?それは数日の話じゃない…数か月の話だ」 

「とても不安そうです」 

「わかっているが…これ以上エルマリアをぞんざいに扱うとシモンズへ戻ってしまう。結婚したといっても純潔なんだ…次の相手に証明書を渡せる…エルマリアはフローレンを出ていったって構わない…そんな感じだ。シモンズは爵位に興味がないとは聞いていたがエルマリアまで……このままではフローレンは落ちぶれる。お前だって職を失いたくはないだろう?」

 レイモンドには考える時間が必要だった。愛するフェリシアから聞き続けた嘘の話を自身のなかでどうにもできなかった。少し距離を置きたかった。 

「シモンズ子爵令嬢とは離婚されないのですか?」 

「今はできないと言っている」 

「フェリシア様に待てと…」 

「そうだ。今はエルマリアの機嫌をとり…許可を得たら…閨も共にして次の嫁ぎ先のことなど考えられないようにしたら…いいなりだろう…傷物で嫁ぐのは令嬢の恥になる。フローレンにはエルマリアの持参金が必要なんだ」

 レイモンドは愛を語る手紙を畳み、女に出ていくよう手を振った。そのとき扉が叩かれアプソが顔を出した。 

「おや?ほお…レイモンド様、フェリシア様の使用人になんの用で?」 

「手紙のやり取りも禁止か?…渡されただけだ」

 アプソはレイモンドに近づき手紙をとりあげ広げる。 

「アプソ…やめろ」

「…ふむ…読んでいて恥ずかしいな…必死か。レイモンド様がはっきりと拒絶しないから仕方ないのですが」 

「拒絶などできるか…フェリシアだぞ…お前だって長い付き合いだろう?」 

「ええ…離れた位置から観察していました。ケリー、手紙は受け取ったが…なぜまだいる?」 

「あ…失礼します」

 アプソは閉じられた扉を見つめる。 

「レイモンド様、いくら金を渡せないからとケリーに手を出すとは」 

「なんの話だ」 

「とぼけるとは…無駄なことをするのですね」 

「…たまたま見つけた女があれだった…顔も見ずに吐き出したんだ…わからないだろう」

「戯れもいいのですが、エルマリア様と仲は深められそうですか?旦那様が気にしています。もちろん我らも」 

「職を失うからか?」 

「ちゃんと理解しているじゃないですか。なぜ初日からしてくれなかったのかと責めたいくらいです」

 レイモンドはアプソに対してなにも言い返せなかった。 

「エルマリア様はフローレンに見切りをつけて他家へ嫁ぎたいでしょうね。シモンズの至宝と言われ、滅多に表に出なかったエルマリア様の人気は高い。白い肌にたわわな乳房は…令息の申し込みは多いでしょう」 

「アプソ、意地悪を言うな。エルマリアがこの邸を出ていかないよう気を遣う。大切にする…フェリシアは…ランドから返信は来たか?」 

「旦那様は早馬を出しましたがあちらは急いでいないでしょう…ですが問題がなければそろそろ到着します。ランドが受け入れるならば旦那様をどう説得してフェリシア様をこの邸に置くのですか?」

 アプソの意地悪そうなつり目がレイモンドを見る。 

「フェリシアは…ランドに戻す」 

レイモンドの返事が予想と違いアプソは細目を見開き眼鏡の位置を直す。 

「やっと現実を理解されましたか。フローレンは生き残れるのかと不安でしたよ」 

「冷たいやつだな、アプソ」 

「私はフェリシア様よりフローレン侯爵家のほうが大切ですよ」 



「ケリー!レイは?なんて?」

 フェリシアの部屋に戻ったケリーは困ったように眉尻を下げる。 

「数か月、我慢をしてほしいと…シモンズ子爵令嬢の持参金が失くなってはフローレンは終わりだと…」 

「そんな…数か月…おじ様はその間に私をランド領に戻すわ…嫌よ!」 

「ですがフェリシア様、このままではフローレン侯爵家が没落してしまいます…奥様が集めた高額な絵画も売りに出したそうです」

 廊下の絵画は安いものに代えられただけだったとフェリシアはフローレン侯爵家の窮状を理解しはじめたがレイモンドを想う心は止められなかった。 

「それでも…レイがあの女と閨をするのは耐えられない!本当の夫婦になってしまうわ…」 

「子爵令嬢は未だ純潔です。離婚してもフローレン侯爵家が有責…持参金も戻り次の家に嫁ぐ…レイモンド様はそれを阻止しようとしているのでしょう」 

「純潔…でも子爵令嬢はレイと楽しそうに話していたわ…レイは国で一番の美男子と言われるほどなのよ…彼女がフローレンから離れると思えないわ…私がいなくなるのを待っているのよ!」 

「…子爵令嬢が純潔ではなく…その相手がレイモンド様でないなら」 

「ケリー?なにを言っているの?」 

「子爵令嬢がそばに置いている男は風呂の世話までしているようです。洗濯女だったカイナ一人では難しいですから…あの男は金で寂しい女を抱くような男…そんな男を近くに置くなんて…穢らわしい…貴族令嬢の考えることではないです」 

「子爵令嬢は知らないのかも」 

「いえ…レイモンド様がその事実を伝えたそうですが気にする素振りはなかったと聞きました」

 フェリシアは両手で口を覆う。 

「…彼女は知っていて?やっぱり…純潔はその男に捧げてレイに責任を取らせるつもり?結婚したもの…誰でもレイが相手と思うわ…まさか…もう?」 

「わかりません。子爵令嬢の部屋にはカイナがいるか鍵を閉めてしまいます。情事の汚れなどカイナに任せればいい…だからカイナを選んだのでしょうか?」 

「そんな女にレイを取られるの?私は…ランドに戻されて…?」 

「フェリシア様」

 フェリシアはケリーに抱きつき、本格的に泣き始めた。 

「いや…いや…う…皆と離れたくない…ここが私の…居場所なのにぃ…うぅ…」

 ケリーはフェリシアの背中を撫でる。 

「フェリシア様…シモンズに有責があれば持参金の返金もなく離婚ができます…」 

「…ケリー…なにを言っているの?」 

フェリシアはケリーの胸で小さく呟く。 

「純潔の検査をもう一度受けさせ…旦那様も…子爵令嬢が純潔でなかったら…黙ってはいられないでしょう」 

「…そんなことできるの…?」 

「疑惑を作ればいいだけです…フェリシア様…ずっと…ずっと…フローレンで暮らせます」

 フェリシアはケリーの言葉に希望を持つ。 

「そうよ…私はずっとレイのそばにいたの…これからもそうよ…」






しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

処理中です...