【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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レイモンド・フローレン

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「食事を終えてから行けばいいものを…」 

「でも…レイ…私が我が儘を言ったから…」 

「フェリシア!泣くな…」 

レイモンド・フローレンは離れた場所に座るフェリシアに向かう。懐から出したハンカチで柔らかな頬を押さえる。 

「嬉しい我が儘だった…フェリシア…この結婚は俺の望んだものじゃない…鉱山採掘の出資が目的だった…シモンズ子爵との約束は守ったんだ…問題なんてないさ」

 レイモンドはフェリシアの頭を撫でて青い瞳を見つめる。 

「俺は君を愛してる。昔からだ」 

「レイ…」 

フェリシアはレイモンドに抱きつき首に顔を埋める。 

「おじ様は私達を許さないわ」 

「次期侯爵は俺だぞ?父上は鉱山の件が落ち着けば話を聞くさ…時期をみて…子爵令嬢とは離婚する…待てるだろ?俺は君を守る力もある…」

 フェリシアはレイモンドの首で頷く。 

「兄上、父上がそれでも駄目だと言ったら?」 

「子爵令嬢と息子、どちらが大切かなど父上だって理解しているだろ。母上もあの女は気に入ってなかった」 

「私…余計なことを言ったかしら?」

 レイモンドはフェリシアの背を撫でながら首を振る。 

「気になることを母上に言っただけだろ?」 

「でも…戻らないわ」 

「父上も母上も戻らないね。食事はおしまいかな?」

 抱き合う二人を横目で見ながらジェイコブ・フローレンは呟く。 

「子爵令嬢はなにも悪いことしてないのにね…僕はかわいそうだと思うよ」

 ジェイコブの言葉にフェリシアは再び泣き始めた。 

「やめろ、ジェイコブ。フェリシア…シモンズは富豪だからと調子に乗りすぎだ…俺は好きになれない」 

「富豪じゃないよ。大富豪だよ。財産は公爵家に負けないと聞いたよ」 

「アイザック・シモンズは悪どく賢い…その娘だぞ…あの男が溺愛して社交もごく僅かにするほどだ…あの微笑みの下は醜い心が隠されているのさ」 

「でも肌が透き通るほど白くて綺麗だったね。金色の髪も少し垂れた紫の瞳も」 

フェリシアは腕に力を込めた。 

「あれを綺麗だと言うお前の神経がわからない。白すぎて幽霊みたいだぞ。紅も塗りすぎるから唇は赤い…気味が悪い」 

 使用人らは抱き合う二人とジェイコブの会話を微笑みながら聞く。 

「…今夜は?…おじ様はきっと…」 

「フェリシア…今夜も部屋に行こうか?」 

「ふふ!またソファで寝るの?侯爵令息が?レイ、体を壊すわ」 

「君のためなら床でも寝る」

 甘い雰囲気の食堂に荒々しい音が響く。

「レイモンド!」

 憤怒の表情をしたソロモンが抱き合う二人に近づき自身と同じ色の若草色の髪を掴み二人を引き離す。 

「おじ様!やめて!レイ!」 

「父上!なにをする!」

 レイモンドは引きずられ椅子に座るフェリシアから離された。 

「昨夜はフェリシアの部屋にいただと?」

 フェリシアの体が揺れる。 

「…あの女が父上に何を言ったのか…」 

「答えないのか?」

 ソロモンはレイモンドの髪を放し見下ろす。 

「フェリシアの部屋で過ごしましたが触れていません。貴族令嬢に純潔は必須…わきまえて」

 レイモンドが言い終わらないうちにソロモンが頬を殴った。 

「レイ!おじ様!やめて!」 

「黙っていろ!フェリシア!ランドに戻すぞ!」

 ソロモンの言葉にフェリシアはなにも言えなくなる。 

「何を言う!フェリシアをランド領地に!?父上!子爵令嬢が何を言ったんだ!」

 ソロモンは再びレイモンドを殴った。 

「ぐ!父上!」

 濃い緑色の瞳の中には常の優しいソロモンはいなかった。レイモンドはその眼差しに怯む。 

「その子爵令嬢が嫁いでくれたおかげで…彼女の持参金でこの侯爵家を維持できるとわからないのか?」 

「シ…シモンズは侯爵家と縁戚になれた…その見返りだろ!」 

「私はエルマリアを大切に扱えと何度も言ったぞ…」 

「…短い婚約期間は優しく接しましたよ」

 ソロモンは状況を理解していないレイモンドに腹が立ち再び拳を振り上げる。 

「やめて!おじ様!」

 悲鳴のような言葉と共にフェリシアがレイモンドに覆い被さる。 

「どきなさい。フェリシア…君には関係ない話だ」

 それでもフェリシアは首を振りレイモンドを覆う。 

「そこの者…フェリシアは邪魔だ…連れていけ」 

 痛ましい二人を引き離せない使用人は動けないでいた。その様子にソロモンはため息を吐き言い渡す。 

「お前は主の命令に背いた。解雇だ…出ていけ…」 

「旦那様!」 

「おじ様!」

 使用人とフェリシアの声が重なる。 

「黙れ!!」

 ソロモンのここまでの怒声ははじめてで皆は口を閉じた。 

「解雇は決定だ。荷物を纏めろ…ハウンド!…はここにいない…アプソ!」

 食堂の隅に控えていたソロモンの従者が動く。 

「名など知らないがこの使用人をフローレン侯爵家から出せ…推薦状も退職金も渡すな」 

「おじ様!名はルイスです!お願いします!こんなことしないで…」

 フェリシアは果敢にソロモンの前にひざまずき許しを乞うように両手を組み濃緑の瞳を見上げる。 

「フェリシア…私は黙れと言った…お前も私に逆らうか?」 

「もう…やめて…」

 フェリシアの震える声にもソロモンの心は動かされなかった。今回の行動はそれほど許せなかった。 

「やめてか…私が言いたい!お前たちの馬鹿げた恋愛のせいで!」 

ソロモンはすべてを打ち明けたかった。侯爵家の財政も鉱山の契約もすべてがシモンズ子爵家を頼らなければならない状況を話したかったが、契約に違反することに加え自身の無能を晒すようでグッと耐える。 

「そこの…ルイス…退職金は渡す…だが…首都を離れろ…二度と近づくな!」

 この事態を知る使用人が首都に残りシモンズ子爵に内情が漏れることをソロモンは怖れた。 

「ルイス…」 

「フェリシア様…お気になさらず」

 どちらが主かわからないやり取りにもソロモンは腹が立った。 

「フェリシア、ここは君の住む邸だが…君の邸ではない…私を後悔させるな」

 フェリシアはソロモンの言葉に寂しさと悔しさを感じひざまずいたままうつむく。 

「レイモンド、私の執務室へ来い」 

「フェ…」 

「レイモンド!」

 フェリシアに近づこうと動いたレイモンドは立ち上がりソロモンのあとに続き食堂を出ていく。 

「う…う…ひっく…レイ…」

 床に腰を下ろしたままのフェリシアは顔を覆い泣き出した。食堂に残る使用人とジェイコブがフェリシアに近づく。 

「フェリシアねえ様」 

「ジェイコブ…私…私のせいで…ルイスが…レイが…」 

「泣かないで…」 

「フェリシア様のおかげでルイスは退職金をいただけます…」 

「でも…でも…おじ様…どうしてあんなに怒って…」 

「シモンズ子爵令嬢は何を話したんだろうね…兄上が来なかったことに腹を立てたのかな?」 

食堂にいる使用人はエルマリアのされたことを知らなかった。 

「いつも父上の後ろを歩いていたハウンドもいない」



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