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最終話

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「本当よ。カイラン伯父様が泣いていたの」 

「ふふ、夜会では無表情の伯父様が?ハインス邸は近いのに…ふふふ。お父様もそうなるかしらね」 

「なるわ。ねえ様はチェスターへ行くのよ。他国だもの…会いたいときに会えない…クレアねえ様とは違うわ」 

「エレノア、もう泣くの?」 

「だって…会いたくなるわ」 

「ええ…私も。でも未知の未来も楽しみなの。知らない土地、初めての空気や景色…」 

オリヴィアはブランコに座りながら晴れ渡る空を見上げる。エレノアも空を見上げていると草を踏む音が近づき二人は視線を向ける。 

「王太子殿下」

 二人はブランコから降りようと動くがジョセフの声が止める。 

「そのままで。普通に話してくれ」

 オリヴィアとエレノアはジョセフの言うとおりにしようと視線を合わせ頷く。 

「迷子ですの?」

 オリヴィアの問いにジョセフは首を振る。 

「君らがここにいると聞いてね」

 ジョセフの碧眼はエレノアをちらと見る。それに察したオリヴィアはブランコから降りた。 

「ねえ様?」 

「エレノア、ジョセフ様はあなたにお話があるのよ」

 エレノアの紫の瞳がジョセフに移る。 

「ありがとう、オリヴィア嬢」

 オリヴィアはエレノアの頬を撫でてからその場を去る。 

「エレノア嬢」 

「ジョセフ様」 

「手紙をありがとう」 

「ふふ、私も嬉しいです。書きすぎでしょうか?ジョセフ様は忙しいとお祖父様に聞きましたの」

 ジョセフはエレノアの座るブランコに近づき無邪気な少女を見下ろす。 

「君からの手紙が届く度に喜びを感じる。だから気を遣わなくていい」 

「よかったです」

 ジョセフはエレノアの隣に腰を下ろし懐から手紙を取り出しエレノアに渡す。 

「ふふ!ジョセフ様が配達人?」 

「これは僕から君への恋文」

 エレノアは紫の瞳を丸くしてジョセフを見上げる。碧眼は真剣だった。エレノアは手紙を撫でる。 

「私…に?」 

「そうだよ」

 エレノアの頬は赤くなり顔をうつむかせた。ジョセフは赤紫の髪に触れて撫でる。 

「君を王妃にしたい」

 驚いたエレノアは顔を上げる。 

「僕の隣には君がいて欲しい」 

「わ…わ…え…えっと…急で…」

 ジョセフは戸惑うエレノアの頬に手のひらで触れる。 

「お祖父様には…?」 

「…迷ったけれど先に君へ伝えたかった。マルタン公爵はいい顔をしないだろうけど…それでも僕は君を望む。エレノア、僕が嫌い?」 

エレノアは不安そうなジョセフの顔に微笑む。 

「そんなわけないと知っていて聞きますの?嫌いな人と文通はしませんわ」 

「僕は命令できる立場だが君にそんなことをしたくない。王妃にはやるべき仕事もあるから君に負担を強いてしまう」 

ジョセフはブランコから腰を上げてエレノアの前に立ち、片膝を曲げて地面につけた。 

「ジョセフ様っ!誰かに見られたら…」

 エレノアは王族が膝を突く場面を見られてしまうと見回す。 

「近衛に人払いをさせてある」 

ジョセフの言葉にエレノアは深く息を吐いた。 

「エレノア」

 ジョセフはエレノアの手に触れて優しく持ち上げ、その甲に口を落とした。 

「今すぐ返事をくれとは言わない。ただ知っておいてくれ。君の心のどこかに僕を置いてくれ」

 エレノアはジョセフの震える指先に本気なんだと理解した。日に照らされた金髪が光り輝く。エレノアはその髪に手を伸ばし摘まむ。 

「不敬罪?」

 王族の髪に触れることは駄目なことなのかとエレノアは聞いている。 

「君は特別」 

「特別…」 

「うん。好きなんだ」

 エレノアはジョセフの顔に触れる。 

「人の気持ちはころころ変わる」

 エレノアはぼんやりと輝く金を見つめながら呟く。 

「僕の心は変わらないと言っても信じられないとわかっている」 

「ジョセフ様のお相手は列ができるほど多いわ」 

エレノアの紫の瞳は話しているうちに大人びて、ジョセフは胸を高鳴らせる。 

「父上が集めた身上書は捨てた」 

「ジョセフ様が?」 

「うん」 

「お祖父様が駄目と言ったら諦める?」

 ジョセフはエレノアの手を掴み自身の額にあてる。 

「何度でも頭を下げる」 

「私…お祖父様の許しをもらえたら…私にもう一度…」 

「わかった」

 ジョセフは立ち上がりブランコに座るエレノアを見下ろす。二人は長く見つめ合っていた。 



「ルーカス、お祖母様が会場を出たわ」

 ルーカスはクレアに頷く。 

「一緒に行くよ」

 ルーカスは立ち上がりクレアの手を引く。 招待客に話しかけながらソルマノの向かった先に進む。 

「お祖母様」

 クレアの呼びかけにディーゼルとジュノ、ソルマノが振り返る。 

「クレア」

 ソルマノの優しい眼差しにクレアは足早に近づく。 

「ふふ!お祖父様に見せにきたの」 

クレアは空を見上げて微笑む。 

「子供のようなことを言うんだな。今日からハインス公爵夫人だろ」 

「伯父様、今日くらいその口を閉じて」 

「ハインス公爵、婚姻は早かったのでは?」 

ディーゼルはルーカスに向かい呟く。 

「僕の望みです」 

「ルーカス、伯父様は放っておいていいの。ジュノ、伯父様に困っていない?意地悪を言われていない?お祖母様とバックを連れてゾルダークでもハインスでも逃げていいのよ」 

「はい。困っておりません。私はソルマノ様のそばから離れませんしディーゼル様と話すことも特にありません」 

クレアは頷きソルマノに視線を移す。 

「ふふ、バックはテオが守っているわ。見た?」 

「ええ。あの子はいい避難場所を見つけたわ」

 笑うソルマノは空を見上げて話し始める。 

「キャスリンにやっと会える。会って話したい…そう言っていたわ」

 起き上がることができなくなったマイケルの最後の言葉をソルマノは伝える。 

「二人で見ているかしら?」

 クレアは空に手を伸ばす。ルーカスはその手を掴んでクレアを抱き上げ空に近づける。 

「ふふ!このほうがよく見えるわね。ありがとう、ルーカス」

 クレアはルーカスの金髪に口を落とす。 

「なんてもの見せる…」

 ディーゼルの呟きにジュノが微笑む。 




「ねぇ、レオン」 

「ん?」 

「ルーカスがハインスていにとまりにおいでといったわ」 

「そうか」 

「クレアたちといっしょにいってもいい?」 

レオンの膝に座るエイヴァが眉尻を下げて見上げる。 

「今日か?さっき止せと言ったろ?」 

「おねがい」

 エイヴァはレオンの服を掴み体を伸ばして鼻をめがけて口をとがらせる。その顔にレオンは声を上げて笑った。 

「ははは!エイヴァ、すごい顔だ」 

「レオン!」

 エイヴァは力を込めて服を引くがレオンは力んで抵抗する。 

「鼻に口をつけて願ったとしても許可は出さないぞ」

 レオンの言葉にエイヴァは固まる。そして紅眼を険しくして見上げる。 

「きこえた?くちびるをよんだ?それはずるいというのよ!」 

「エイヴァ、クレアは今日からハインス邸で暮らす。ルーカスはクレアが慣れたらと言ったろ?」 

エイヴァはレオンの体に顔を埋める。 

「クレアがだいすきなの…はなれたくない」 

レオンは震える背中を撫でる。 

「少しの我慢だ。ダンテとレヴと寝ていい」 

「レヴ?ギィもついてくる?」 

「ギィが寝台に寝転んだらエイヴァの寝る場所がなくなるからギィはいない」 

「うん…がまんする」 

「いい子だ。俺もテオも寂しいが我慢する」 

噴水の水音が穏やかに流れる。庭のベンチの背もたれに体を預けたレオンは空を見上げる。黙ったエイヴァから寝息が聞こえ、レオンは小さく口笛を吹く。現れたザックがエイヴァに布をかけた。 

「ギデオン様は先に帰りました」 

「くく…そうか」 

「ジョセフがエレノア様に接触しました」 

「ベンジャミン様は?」 

「近衛が周りを警戒していましたが、ジョセフの命令なのかマルタン公爵は止めませんでした」 

「聞かせたか…エレノアに乞う姿を見せたか」 

レオンはエイヴァの背を優しく叩きながらザックの報告を聞いた。 

「ソーマさんの願いは意外でした」 

「そうか?俺はいつ言うかと待っていた」 

ソーマはレオンに暇をもらいたいと願った。体が動かなくなるまでクレアの側で仕えたいと願った。 

「クレアはまだ知らない。ソーマがボーマと共に現れたらどれだけ驚くだろうな」

 レオンは声を殺して笑う。 

「…ザック、天はあると思うか?」

 ザックはレオンと同じように空を見上げる。 

「…あれば面白いとは思いますが」 

「面白いか。母上の肉体は朽ちているが…心が天にいると思うと…視線を感じる…思い込みだな」

 見上げている空はキャスリンの瞳の色だった。 

「ああ…美しい空だな」













◆長いゾルダーク公爵家三兄妹のお話にお付き合いくださりありがとうございました。
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