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最終章5

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「顔は老けたけどさ、本気で衰えを感じてないのか?」

 ドイルはカヌオーレを一口含みガブリエルに尋ねる。 

「真面目に答えるならば衰えてはいるな。なんて言うかな…勘…いや…あれは二ヶ所だったからな…だが…若い俺ならむずむずではなく…こう…辺境の時のような…ピキン…とな…俺は自然の中にいるほうが冴えるのか…?」 

「意味わかんないよ!むずむず?ピキン?辺境?前年の話だろ…俺はそんなことを聞いてない。俺と同じ年のくせに筋肉が保たれているだろ!それがおかしいんだよ」 

「そんなことを言われてもな。毎日の鍛練の成果としか言えんぞ。ドイル、酒は終わりだ。こんなに弱かったとは知らなかったな」 

ガブリエルはカヌオーレをドイルから遠ざける。 

「あ!それっ端に置くなよ…離宮に持って帰るんだ!」 

「俺の記憶では残りはまだある。ゆえにこれはお前にやるから…旨いからと飲みすぎだ」 

「なにが…ゆえにだ…やる…?レオンの酒を自分の物のように言うなんて…何様なんだ…なぁルシル」

 ガブリエルはルシルの手に果実水の入った器を握らせる。その意図を理解したルシルはうつむくドイルの背を撫でる。 

「ドイルさん。こんなに酔うなんて初めて見るわ。ふふ、新しいあなたを知れて嬉しい」 

「ルシル!」

 ドイルはルシルを抱きしめようと動くがガブリエルが襟首を掴み止める。 

「ぐっ!」 

「ふふ、ほら果実水よ。飲める?」

 ルシルは手を伸ばしてドイルの頬に触れ唇を探して器をあてる。 

「冷たくて美味しい…ルシル…くちう」 

「ドイル、いつまでも甘えるな。いくつになった?年下の女に甘えるなどまるでゾル……」 

ガブリエルは険しい濃い紺色を思い出すが口に出すことを止めた。ドイルは机に突っ伏しルシルの手を握る。 

「金髪碧眼を持って生まれて、つまらん人生を送るしかないと諦めていたのにな…あの子のおかげで俺は今…満足している…もう羨ましくなんかないもん…ぐす…俺は幸せな生を生きてるって言える…ルシル…いい匂い…すき」

 ドイルはルシルの手に頬擦りをしながら呟いた。 

「…小さい…と出会わなかったら俺はここにはいないな」 

ガブリエルの呟きはルシルにだけ届いた。




「疲れたろう?」 

「ふふ、座って挨拶しているだけよ」

 会場には邪魔にならない程度に音楽が流れている。 

「オリヴィア嬢たちと話さなくていいの?」 

「エレノアが飽きて庭に行ってしまったみたい…ねぇ…陛下は寝てしまったの?」

 クレアから見えるドイルは机に突っ伏している。 

「まさか…違う…と思うけど…ルシル様が背を撫でている…どうしたんだろう?」 

「レオがカヌオーレを置いたのよ。陛下は飲みすぎたのね」

 ルーカスは碧眼を見開きクレアを見つめる。 

「カヌオーレ?そんな…まさか」 

「ふふ、ルーカスも知っているのね。そんなに名酒?変な匂いなの」 

「そうか…なら飲みすぎもあり得るね」

 一通りの挨拶が終わり、二人は肩の力を抜いて体を寄せて話す。

「ふふ」 

クレアは近くに侍るノアを呼ぶ。

「ノア、陛下を休憩室に案内して」 

「承知しました」

 ノアに声をかけられルシルと寄り添い会場から離れていくドイルの後ろ姿をクレアとルーカスは見つめる。 

「落ち着いた頃に行こう」

 ルーカスは休憩室に会いに行こうと伝える。ドイルとガブリエルは主役の近くに来てはいなかった。ルーカスの言葉に微笑んだクレアは残されたガブリエルに視線を移すとその背後からマイラが近づく姿が見えた。ガブリエルの困ったような表情に笑いを堪える。 



「お父様」

 ガブリエルはマイラの近づく気配がわかっていたが足音を消して近づくマイラに椅子から腰を上げることは不自然だと考えていたら声をかけられた。 

「お父様」

 ガブリエルは振り返りたくなかった。 

「寝ているのかしら?」

 ガブリエルは諦め体を傾ける。 

「マイラ」 

「ほほ」 

「はは」 

ガブリエルの蟀谷が力む。 

「死にそうだったと聞いたのはそう昔ではないのに元気そうだわぁ」 

「ああ、皆の献身のおかげでな。不味い薬も飲んだしな」 

「ほほ、お母様の国葬にも帰らず親不孝をしたわ。お母様の晩年はどんな風でしたの?」 

どんな風と問われてもセーラの晩年は近くにいなかったガブリエルには答えられない。 

「寝たきりだ」 

「…寝台で政務をこなしていたとか…」

 マイラは銀眼を細めてガブリエルを見る。 

「セーラは仕事が好きだったな」 

「ほほ、ゼキがお父様に似なくてよかったわぁ」 

ガブリエルは口を閉ざしどこへ向かうか視界に入る会場を見て考える。 

「ん?テオが俺に手を振って呼んでいる。ではな」 

マイラは振り返りゾルダーク公爵家の場所を見るが険しい顔のテオが静止画のように座っているだけだった。 

「本当に呼んでますの?おとうさ…ま」

 マイラがガブリエルに視線を戻すとすでに銀髪の姿はなかった。 



テオはクレアを見ていた。
招待客の挨拶を受け微笑む顔やルーカスと見つめあい話す顔を見ていた。その視線がガブリエルに向かいそれからテオに移り異色の瞳と視線が絡んだ。 

『ギィが困っている』

 赤い唇はテオに告げた。テオはクレアを見つめながら視界に入るガブリエルの動きを確かめ、振り向いた時に唇を動かした。 

『こっちにこい』 

ゾルダーク公爵家の席にはテオしかいなかった。カイランはジェイドと会場を出て、レオンとエイヴァも庭へ向かった。一人残されたテオは微動だにせず話しかける者はいなかった。 

「テオ」 

「座れ」

 テオはクレアを見つめながらガブリエルに伝える。 

「ああ、助かったぞ。なあ、もう帰っていいだろ?ドイルは盲目の女と休憩室で楽しんでるだろうし、ベンとは話せん。クレアも見たし俺は帰りたいぞ」

 ガブリエルは首を締める衣装を崩したかった。 

「好きにしろ」 

「よし!」 

ガブリエルは目立たぬよう静かに立ち上がりテオから離れた。 

『限界』 

クレアの唇がそう動いて首を傾げた。テオはガブリエルのことだと理解し頷く。 

『疲れてないわ』

 テオはクレアの唇を読んで頷く。今日からゾルダークを離れるクレアに不安は感じていなかった。アマンダ・アムレを始末するために離れた月日はテオを成長させた。 テオはルーカスの視線も感じていた。黒い瞳を碧眼へと移して唇を動かした。ルーカスには読めるとわかっている。 

『命にかえても』

 ルーカスの返事にテオは口角を上げた。 

「テオ兄様」 

テオの近くにバックが立っている。テオはその気配に気づいていたが無視をしていた。 

「座っても?」 

ゾルダーク公爵家の席にはテオしか座っていない。テオは首を傾け許可を出す。 

「ありがとう」 

バックは小さく礼を口にして椅子に座る。 

「逃げてきたのか?」

 ディーター侯爵家の近くにユアンの姿があった。 

「はい。母上の考えていることはわかっています。僕を使って欲しいものを手に入れようとする」 

今や有力貴族家となったディーター侯爵家と繋がりを欲している家は多い。欲望に弱いユアンに声をかける者がいることをゾルダークは把握していた。 

「利用されるな」 

「…母親なんだ」 

「それでもだ」 

「僕はディーター侯爵家の後継だから頑張らないと。父上ほどの大人の人が僕に媚びるんだ。褒めるところを探して…」 

「人を信じるな。相手の本心からの言葉か悩むなら嘘と思え。どんな人にも残酷さがある。バック、残酷になれとは言わんが冷酷になれ」

 バックはこれだけ長くテオと会話をしたことがなかった。そして驚いていた。話すテオの唇の動きが僅かだった。 

「お前は大きな力を持つ。学び続けろ。知識を得たら想像力を駆使しろ。何通りもの先を予想するんだ。それが無駄に終わっても意味のないことじゃない」 

「テオ兄様…」 

「全てを投げ出したくなるほど限界を迎えたら助けてやる。ディーターは任せろ」

 テオの言い方にバックは笑う。 

「クレアねえ様もそう言ったんだ」 

「そうか。バック、害のある母ならば切り捨てろ。あれより母らしいことをしてくれた人がそばにいるだろ」

 テオはユアンからソルマノに視線を移す。隣に座るジュノと楽しそうに話している祖母を見つめる。 

「はい。お祖母様はお祖父様の死に耐えて僕の心を守ろうと思いやってくれる。母上よりお祖母様との優しい思い出の方が多いんだ」 

「命は続かん。伝えたい言葉は伝えろ。墓地で悔やむことがないようにな」 

「テオ兄様!…お祖母様はまだまだ…」 

「ああ、レオが不味い薬を渡しているから死なん。だが、いつか消える」

 テオは空色の瞳を垂らすキャスリンを思い出す。伝えたい言葉はたくさんあったが照れて言えなかった。して欲しいことがあっても踏み出せなかった。叶わぬ未来が来ると知っていても動かなかった自身を情けなく思った。 

「見ているだけではなく手を繋ぎたいと言いたかった」 

「叔母上に?」 

「ああ。バック、この場の会話は誰にも言うな」 

テオは黒い瞳をバックに向ける。 

「はい」 







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