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クレアとルーカス

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夕暮れ時のディーター侯爵家のホールには着飾ったルーカスとクレアの姿があった。 

「伯父様」 

「クレア、ハインス公爵」

 祝いの会に出るために豪華な衣装を身に纏ったディーゼルが出迎えた。 

「忙しいのに悪いな。クレア、一体お前の価値はどのくらいだ?」 

ディーゼルはクレアの頭から足まで見つめ尋ねる。髪飾りには紺色に映える白いパールとイエローダイヤモンドが使われ輝き晒された首周りにはブラックダイヤモンドが連なっている。光沢のある黒の生地の上に重ねるように金糸で鳥の羽模様が描かれたレースが下地の黒を際立たせるように腰から裾に広がるドレスは金も手間もかけたとわかるものだった。ルーカスはクレアと揃いを願い黒を纏っている。空色のダイヤモンドをあらゆる箇所に着けた衣装にはルーカスの想いが込められている。 

「ふふ、馬車より高いかしら?」

 異色の瞳が碧眼を見上げ微笑む。 

「馬車以上だ」

 ルーカスの答えを聞いたディーゼルは二人の甘い雰囲気を無視し寝室へと体の向きを変える。クレアはルーカスの曲げた腕に手を乗せディーゼルのあとに続く。 

「バック」 

「クレアねえ様」

 向かう途中にバックが佇んでいた。 

「着飾ったクレアねえ様は初めて見る…すごい綺麗だ」 

「ふふ、ありがとう。メイドが大変なの。ルーカス様を待たせてしまうほど手間がかかるのよ」 

「女性の準備が大変なのは承知している。いつまでも待てる」

 バックはルーカスに初めて会う。近くにいる金髪碧眼に緊張している。 

「ハインス公爵様、はじめまして」 

「はじめまして、バック・ディーター小侯爵」 

「行くぞ、クレア」 

ディーゼルに促された二人はバックを通り過ぎマイケル・ディーターの自室に向かう。 

「母上も部屋にいる」 

ディーゼルの言葉にクレアは頷く。扉を叩いたディーゼルは返事を待たず大きく開ける。クレアのドレスは裾が広がり幅をとる。 

「お祖父様」 

「クレア」

 マイケル・ディーターは寝台ではなく車椅子に座りクレアとルーカスを待っていた。優しく微笑む祖父に駆けそうになるクレアはぐっと我慢する。見舞いに来たときよりも痩せている姿に心が痛むがルーカスの腕に寄り添いながら近づく。 

「ハインス公爵様」 

「ディーター前侯爵、久しぶりです」

 空色の瞳はルーカスからクレアに移る。 

「ああ…クレア…立派な令嬢だ。黒が似合う」 

「ふふ、ありがとう。皆が磨いてくれたのよ」 

マイケルは眩しいものを見るように空色の瞳を細めクレアを見つめる。ルーカスの隣で幸せそうに微笑む姿に心が安らいでいる。 

「ハインス公爵」 

「はい」 

「こんなところまで付き合わせて申し訳ない」 

ルーカスは腕に触れているクレアの手を外しその手を握り片膝を床に突いた。それをマイケルとディーゼル、ソルマノが驚きながら見つめる。 

「私はクレアを生涯守ります」

 ルーカスは視線を合わせマイケルに向かい発する。そしてクレアを見上げる。 

「クレアが私の全てです。悲しい思いはさせない」 

「ルーカス…」 

見つめ合う二人の姿にマイケルは心を打たれた。ルーカスが本心で言っているとわかり空色の瞳からは涙が流れる。それをソルマノがハンカチで押さえる。 

「あの子が遺した子らの行く末が…心配でした…貴方が大切にしてくれるならクレアは幸せなのでしょう」

 マイケルの言葉にクレアはルーカスから離れ、車椅子に座る祖父を見下ろす。クレアは網目の手袋越しにマイケルの涙を払う。 

「お祖父様、私は幸せよ…とても…ふふ、シャルマイノス王国で一番」 

「はは、国一番の幸せ者かい?」 

「そうよ。私がルーカスを選んだの」 

婚約者を選べる貴族令嬢などマイケルの代では皆無だった。 

「お前が幸せなら…いい。なにも悩まずに過ごせる」 

「ふふ、額に口を落としたいのだけど紅が着いちゃうわね」 

「着いてもいい」

 クレアはマイケルの願いに笑い少し屈んで蟀谷に口を落とす。 

「大好きよ、お祖父様」 

「ああ…私も」 

「また会いに来るわ」 

「ああ…嬉しいよ。新国王を祝ってきなさい。臣下は国王を支える務めがある」 

「ええ、ジェイド国王陛下…まだ言い慣れないわ」 

立ち上がったルーカスはクレアの隣に並ぶ。 

「ご自愛ください」

 ルーカスの言葉にマイケルは頷く。 

「ありがとうございます」

 クレアはソルマノの茶の瞳を見つめ頷く。 

「クレア、行くか」

 扉の近くで見ていたディーゼルが声をかける。 

「伯父様はハインス公爵家の馬車に乗せないわよ」 

「…誘われても断る。ハインス公爵の惚気顔は見ていられん」

 クレアはディーゼルの言い方に笑いルーカスを見上げる。 

「惚気顔ですって。いつもと同じ優しい顔よね?」 

ルーカスは異色の瞳を見つめ微笑む。
 
十六の少女と三十を越えたルーカス、二人の雰囲気が無理をしているように見えずマイケルは深く息を吐く。

 「じゃあ、お祖父様、お祖母様…行ってくるわね」 

少し体を傾け振り返るクレアの姿が亡きキャスリンに重なり、マイケルとソルマノは自然と手を繋ぎその姿を見つめる。 

「行っておいで」

「気をつけてね」

 閉められた扉を二人は無言で見つめる。それからソルマノは車椅子を押し窓辺へ向かう。窓から馬車は見えなくても二人は外を見つめる。 

「似ていたな」

「ええ…仕草も性格も」 

「見たかったろうな」 

「そうね。あんなに美しく成長したわ」 

「キャスリンよりも小さいか?」 

「ふふ、まだ伸びるわ」

 マイケルは暗くなった庭を見つめ窓硝子に映る空色の瞳を見る。 

「会いたいな…キャスリン」 

「ええ、先に会ってくださいな」 

「ああ」 

ソルマノはマイケルの肩を撫でる。 




「ルーカス、お祖父様はまた痩せていたわ」 

「うん」

 クレアはルーカスから顔を傾け馬車窓から流れる景色を見ている。ルーカスはそんなクレアを見つめている。 

「喜んでいた」 

「ええ…ふふ…緊張していたわ。貴方が膝を折るから驚いてもいた」 

「見下ろしてはいけないと思った」

 クレアはルーカスに背を向けたままに黙る。 

「祝いの会は遅れてもいい。まだ伯爵家辺りだよ。ディーゼル様が侯爵家の最後に入るだろう…延ばしてくれと頼んだ」

 クレアはルーカスの言葉に耐えられなくなり振り返る。 

「ルーカス」 

クレアの顔は涙を堪えるために歪んでいた。 

「泣いていい…おいで」

 ルーカスはクレアの腕を掴み引き寄せる。小さな体に腕を回し包む。 

「ゾルダークの馬車にジュノが乗ってる」

 ルーカスの言葉の意味を理解したクレアはとうとう涙を落とした。 

「大切な人に会えなくなる悲しみは慣れないわ」 

「君を案じていると伝わった」 

「ええ…お祖父様は愛情深いわ…今でも母様を想って泣くの」 

「君も癒えてない」 

クレアはルーカスの服を掴む。 

「ルーカス…離れたくないわ…いなくならないで」 

「ああ」 

ルーカスが腕を緩めると異色の瞳が見上げる。 

「お祖父様の空色は母様と同じ…」 

クレアはキャスリンが恋しくなる。時折悲しみの波がクレアを襲うが最近はエイヴァやダンテの存在によって悲しみが紛れていた。 

「また会いに行こう」

 忙しいルーカスには難しいことだったがクレアの悲しみが減らせるならなんでもできるとルーカスは口にした。 

「ふふ、エイヴァとダンテも」 

「うん」 

頬を伝う涙はルーカスが吸った。




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