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大広間の貴族院3

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はじめは冷静に難癖をつけていたケイトンの顔面が青くなったり赤くなったりしている様を冷ややかに見ていた。火銃を融かすと言ったがあれは嘘だ。多くの当主らの顔を眺めながら俺の頭は先のことを考えた。最終的に融かせと言われたら爵位と領地を国に返上しシャルマイノス王国を出ていく。山ほどある輝く石と毒と薬の知識、計り知れないほどの武力を持ってチェスターに渡り生きていくことは可能だと想像できた。陛下とジェイドが背信だと責めることはないだろうこともわかっている。そんな未来も面白いかもしれないがゾルダーク領邸の母上と父上の墓を掘り返し連れていくのは大変な作業だなと想像し口元が緩みそうになるのを耐える。ルーカスとベンジャミン様の視線を感じる。ゾルダークがケイトンごときに振り回されるわけがない。弱みを握っているのは俺なのだから。 

「興奮しすぎだよ、アーニム・ケイトン」

 隣からベンジャミン様が声を発した。俺の真意に感づいたかと思うほどだ。 

「勝手に武器の開発製造はよくない、それには同意。けれどさぁ君は知らないだろうけど僕は知ってるんだよ。ゾルダークに迫った危険をね。このベンジャミン・マルタンは地獄耳でね。ハンクが塀に鋼を取り付けたのは過去に侵入者がいたからだし、シャルマイノスは他国に比べて平和だけどアムレやレグルスには傭兵がわんさといるんだよ、知ってるよね?そいつらを警戒するのは頷けるんだよ。貴族院でこんな武器を作ろうと思ってるって言えば騒ぐ家が出て完成が遅れる。きっと間に合わなかった」

 ベンジャミン様の話にケイトンは落ち着きを取り戻す。 

「ですが、だからといって無条件に許せと?」 

「許せ…か。よく考えてよ。ゾルダークを罰するならどんな罰?罰金?……爵位を取り上げる?はは、ゾルダークの財産没収?」 

ケイトンの表情を見るにそこまでは考えていなかったようだ。ただゾルダークを困らせ少し懲らしめたかった。そんな顔をしている。 

「皆」 

陛下が後ろから声を発した。 

「私は国王として持ってはいけない感情を持ったのかもしれないな。ゾルダーク公爵家を…ハンク・ゾルダーク亡き後も寵愛した。全ての臣下を愛してはいるが、只人になれるゾルダークの側は居心地がよかった。私は国王失格なのかもしれない」

 陛下の悲しそうな声が聞こえるが本心は早くこの場をおさめたいと思っているんだろう。 

「火薬の使用を許可した私に責任がある。火銃の件については私が責を負い…この座から下り王太子へ譲位する。皆に謝る」 

陛下が椅子から立った気配がした。そして頭を下げたんだろう、皆が驚いた顔をして見ている。これで陛下は休むことができる。俺達のせいで汚点を残す退位となったが陛下はそんなことを気にする小物ではない。 

「父上…もういい」

 ジェイドの声が聞こえた。 

「皆、シャルマイノス国王が許可を与えた火銃だ…陛下の心情を考えてはくれないか?友に託された稀有な瞳を持つ令嬢を守りたい一心だった…と私は思う」

 陛下が椅子に座る音が聞こえた。 

「火銃はレグルス王国も開発した。次の年には使えると言う。火砲の売買も始まるだろう。王家としては国を守るため必要な武力は揃えたいと思う。いつ…どんな悪意が暴力が訪れるかわからない。私は民の亡骸を見た。そのなかに幼子もいた。もう二度とあんなことは起こしたくはない。防げるならなんでもしようと思った」

 当主らの視線は未来の国王に向けられている。ケイトンの顔色だけが悪い。未だ背後で指示を出す父親に怒られてしまうことへの恐怖だろうか。ロバート・ケイトンと違いアーニム・ケイトンは凡庸だ。そして父親ほど金髪碧眼に固執はしていない。 

「臣下と民を守るために防衛を強める意味で火砲そして火銃を使いこなしシャルマイノス王国を守りたい」

 ジェイドは高位貴族家よりも民に目を向ける。この場にいる多くの下位貴族家はジェイドが即位することになにも言わず成り行きを見ているようだ。高位貴族家の一部だけが陛下の譲位という落としどころに納得していない。いつ譲位してもおかしくない年齢の陛下が退位を利用してゾルダークを守ったと理解している。そんな顔が俺を見ている。 

「…火銃は売ります」

 俺の言葉はジェイドの話を中断させたろうか。まだ続いていたか? 

「保管場所に職人、火銃を持つに必要なことは指南します。暴発などの危険もありますが管理を徹底したなら問題は起きません」

 火銃は貴族家だけではなく国も変えるだろう。それだけの武器だ。狩猟を趣味とする貴族も多い。弓矢より威力も速さもある火銃を手にしてしまえば撃ちたくなる。 

「ゾルダークの意向はこれだけです。あとの判断は王家に任せます」

 火銃は手放せない。クレアとエイヴァを守るためには必要な武器だ。 


大広間の貴族院はジェイドの即位を決定することで閉会となった。扉に近い位置の下位貴族家当主らから出ていく。俺はその姿をぼんやりと見つめる。 

「疲れたかい?」 

ベンジャミン様が椅子から立ち上がり俺の側で立ち見下ろしている。 

「そう見えますか?」 

ベンジャミン様は微笑み俺の肩に手を置いた。 

「離さないぞ」 

「ははっ」

 ベンジャミン様の言葉に吹き出してしまった。周りの当主らの視線を集めた。 

「ベンジャミン様、一緒に邸へ帰りますか?ははっ」

 垂れ目が垂れて微笑む。

「火銃を見せてよ」

 その言葉に周りの喧騒が消えた。 

「僕は森で狩りをするんだよ、付き合いでね。兎や鳥ではなく鹿を捕まえたい」

 矢で鹿を射ても殺せない。大物を仕留めたいとベンジャミン様は言っている。 

「わかりました。オリヴィアとエレノアを連れてきてください。エイヴァと仲良くなってくれると嬉しい」

 俺はベンジャミン様を見上げ微笑む。 

「エレノアは妹を欲しがっているとか…エイヴァはお転婆ですが甘え上手ですから、姉気分を味わえる」 

「ほんと?喜ぶよ。エレノアはなんだか…最近元気がなくてね」

 ベンジャミン様は背後にいる金髪碧眼に聞こえるような声量で話を続ける。 

「背がなかなか伸びなくてさ。クレアねえ様を越すのは気が引けるとか言ってるから」

 ベンジャミン様の言葉を遮るような音が背後から聞こえた。振り返るとマイラが手のひらで顔を覆っている。俺はベンジャミン様と視線を合わせる。 

「クレアの呪いじゃない?って言ったらぽかぽか僕を叩くんだよ。痛くないから可愛いだけなんだけどさ」 

「はう!」

 マイラの奇声は無視する。 

「クレアはさ、オリヴィアに越されて悲しげだったろう?エレノアに会う度に自分と背を比べてさ。ふはっこっそりやっているから可愛いんだけどね…オリヴィアには隠せないんだよ」 

「ははっオリヴィアは鋭い。くく…気にするなと言っているのに」

 ベンジャミン様のおかげで場の雰囲気が和んだ。ディーゼル伯父上は口元を引くつかせて笑いを堪えている。 

「エイヴァにエレノアとオリヴィアの話をしたんです。どんな子かと興味深く聞かれました。エレノアはエル、オリヴィアはオリーと愛称まで考えていました」 

「ふは、そうか。ならば会いに行かなきゃ。とても愛らしい子だと聞いているよ」

 どこから聞いたかは問い詰めないが。 

「はい。エイヴァはこれからも外出は最低限の暮らしを送りますから…友がいてくれると僕も嬉しい」

 聞いているだろう?ジョセフ。俺はエレノアを甘やかし信頼させる。すでに従妹らは俺に懐いているが。エイヴァの立場などゾルダークにいる限りなんでもいいが十五にデビューをしたとき、どんな視線を浴びるかわからない。俺は気にしないがエイヴァは気にするかもしれない。先に社交界にデビューするエレノアにはエイヴァと親しくする姿を周りに印象付け、なにも言えなくしたい。そのときエレノアはジョセフの婚約者として立っているだろうからな。



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