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ルーカス

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さりげなく会議場を出された。中には小公爵と父上、兄上そしてカルヴァ・レグルスがいる。僕はテレンスに手を振り会議場から離れた馬車留まりまでの廊下で待つことにした。僕の間者は今朝、フォード辺境から戻った。アマンダ・アムレ一行の通過後フォード辺境砦が閉ざされたと報告を聞いた。

 エゼキエル・チェスターがシャルマイノス王国を発つ少し前に僕は彼に会った。


 爛れた背はシャツを羽織れるまで回復しておりチェスターからきた医師が付き添い旅発つと言う。 

「そんなに睨まなくても」

 そう言うエゼキエル・チェスターに対し、あの夜の眼差しが思い出された。小公爵に動くなと言われていなければ背を向けられたのにと今でも悔やむ。僕の眼差しが険しくなるのは仕方がない。 

「貴方の想いは執拗なんだな」 

「ははっその通りだ。瞼を閉じると燦々と煌めく彼女が浮かぶし乱れた髪に潤んだ異色の瞳、震える唇で私の名を呼び見上げていた姿も浮かぶ。どう絵師に伝えようか…再現できるか?どう思う?ハインス公爵」

 銀眼を閉ざし微笑みながら語る男に寒気がする。気味が悪い。 

「私に用とは?」 

僕の言いたいことは伝えてある。僕から用はない。銀眼が現れ僕を見つめる。 

「おやすみを…言えなかった」 

「は?」 

「あの日、父に会ったら眠る前に挨拶をしたいと願った。小公爵は了承したんだ」

 僕は最後の言葉に疑いを持つ。 

「アマンダ・アムレの襲撃と金眼の謎を教えた礼だよ」 

「小公爵が礼の代わりにクレアの嫌がることを?信じられないな」

 エゼキエル・チェスターは片眉を上げて鼻で笑った。 

「いつか…叶えたい」 

「チェスターに戻ってから夢のなかで叶えたらいい」

 当分シャルマイノスに来ることはないだろう。他国で勝手に負傷した王は自国で責めを受ける。彼の長引いた滞在中にチェスターから何度も早馬が来ている。第一王女が現れ代理をしていると聞いたが重大なことは彼に尋ねる必要がある。ぽっと出の王女では無理なことが多いだろう。 

「ふ…今回は踊ることを叶えた。次回は夜の挨拶を叶えたい」 

「次に貴方がシャルマイノスに来るときクレアはハインス公爵夫人だ。永遠に叶わないな」 

「やはりけちだな。私は彼女を渡してくれなんて頼んでいない。私のかわいい小さな願いなのに…一国の王の願いを君は叶えてくれない?」 

「用がないなら出ていく」

 僕はソファから腰を上げるとエゼキエル・チェスターは冗談だと笑った。僕はため息を吐きながら腰を下ろす。

「貴方は…会っているだろう?」 

「ええ」 

エゼキエル・チェスターは額を隠す銀髪を指先でかく。 

「…痩せてしまったか?」 

心配そうな顔をして僕に尋ねるこの男に苛立つのは仕方ない。小公爵とテオ君の不在をこの男が知っていることは父上に聞いた。 

「なぜダンテの存在を知っている?」

 僕の質問は意外だったようだ。銀眼が見開かれた。 

「シャルマイノス国王から聞いたのか…ダンテを見たのか?…ならばわかるだろう…ダンテは…ややこしい存在だ」

 エゼキエル・チェスターの言葉に僕の知らないダンテの背景を知っていると悟る。僕は銀眼を見つめたまま表情を変えない。 

「私のもとへ来ていたら…幽閉か…始末していたろうな」

 銀眼は空を見つめ呟いた。ダンテはチェスター王族の血を受け継いでいることは理解しているが何故黒い瞳を持っているのか。だが、この男が始末するとまで言うのだからゾルダークの血筋ではない。それは確信した。黒い瞳と知ればそれを理由にゾルダークとなんらかの関わりを持ち近づこうと考えそうだ。 

「答えないのか?」

 僕の問いに困ったような顔をしても答えないならこの男の知りたいことは教えない。エゼキエル・チェスターは人差し指で自身の銀眼を指差す。 

「チェスター王家に受け継がれる銀眼に隠し事はできない」 

「ふざけているんだな?」 

「ははっアマンダ・アムレに言い当てられてね。さすがに動揺したよ…真似てみたんだ」 

クレアがそんなことを言っていたな。エゼキエル・チェスターは長く息を吐いたあと困り顔のまま答える。 

「…ダンテを産んだのは第一王女のマチルダだ。本人から子がいると聞いた」

 この事実には驚く。表情には出さなかったが鼓動が速まった。だがクレアならいつかダンテの出生についてなんでもないことのように僕に話してくれたろう。そんな経緯で知ったなら警戒する必要はない。 

「ダンテは孕ませた男に託していたそうだが、なぜかゾルダークにいると言う…言うはおかしいかな…手紙に…書いてあった」

 チェスターからこの男に届く手紙は多い。この男の口からダンテの瞳の色は出ていない。知っているのかそれとも黙っているだけか……エゼキエル・チェスターはなぜダンテがゾルダーク邸にいることを知っているのか不思議だったが、母親からの報告なら理解できる。 

「少し窶れた」 

僕の答えにエゼキエル・チェスターは眉間にしわを寄せた。 

「そうか…彼女はとても軽かったがさらに…」 

そうだ、この男はクレアを抱き上げていた。致し方ないといえ嫉妬はするし気分は悪い。 

「もう踊りは断る。貴方は足を踏むから…」 

僕の言葉に彷徨っていた銀眼が戻り見つめる。 

「踏んでいないと知っていてそんなことを言うのか?大人げない。私より年上だろう?」 

「用は済んだか?私は忙しい」 

「ハインス公爵、許しが欲しい」

 なにを言い出す…許し?僕の眉間が力む。 

「チェスターは落ち着いてきた。私は絵画を集めて彼女に贈りたい」

 それはクレアがハインス公爵夫人になってもと言っているんだろうな。父上を通してまで僕に接触したのはクレアと関わり続けることに目をつぶれと言うためか。 

「自室に飾ってくれるほど私の贈った絵画を喜んでいるんだ」

 よほど僕に嫉妬をさせたいらしい。僕はクレアの自室に入ったことはないからその絵画を見たことはない。礼状にでも書いてあったのか。 

「好きにしたらいい」

 僕の返答が意外だったか?片眉が上がった。 

「寛大だな…けちだと言ったことを詫びる」 

詫びなどいらない。この男がどんなにクレアの気を引こうと足掻いても彼女の心は僕にある。この尊大な男に言ってやりたい。クレアが漏らした本音を僕の口から聞かせてやりたい。 

「いいものは飾る。趣味が悪いと思えば焼く」 

クレアは揺れるブランコの上で僕の腕に凭れながら呟いた。僕が浴びなくてよかったと、僕が痛みに耐える姿は悲しくなる苦しくなると。そしてこの男の容態を僕に一度も尋ねない。クレアのなかのエゼキエル・チェスターの大きさが知れた。銀眼が不審そうに僕を見つめ部屋には静寂が流れる。そのとき扉が叩かれる音と共に扉が開かれた。

「ゼキ」 

「…姉上…返事を聞いてから扉を開けてくれ」 

王太子妃マイラ様がジョセフと共に部屋に入った。 

「あら、ハインス公爵…私ったら…お邪魔をしたかしら?」 

「王太子妃殿下」

 マイラ様はそう言いながら近づいてくる。 

「叔父上」 

「ジョセフ殿下」

 僕がいると知っていて入ったんだろうな。弟を心配したのか? 

「ハインス公爵、愚弟が困らせることを言ってないかしら?」 

マイラ様はエゼキエル・チェスターの隣に腰を下ろす。ジョセフは僕の隣に座った。 

「困ってなどいませんよ。医師から旅立つ許可を得たと聞きました。チェスター国王は私と婚約者を庇ってくれた。礼を伝えていたところです」 

「ほほほほほ!頼んでもいないのに勝手に負傷して愚かな弟だわぁ」

 マイラ様は高らかに笑いエゼキエル・チェスターの背を叩こうと手を上げたがその細腕を大きな手が掴んだ。 

「…姉上…どれほどの痛みか教えてあげたいですね」 

銀眼同士が見つめ合う。 

「ふんっ…冗談が通じないなんて…クレア様相手ならもっと叩いてくれと願うでしょうに」

 マイラ様の言葉に反応してしまう。銀眼が僕に向けられる。 

「ほほ…この子の想いは知っておりますの。私と一緒…ね…ふふ」

 マイラ様は小さく可愛いものを好むと兄上から聞いている。クレアを気に入っていることは知っていたがエゼキエル・チェスターはクレアの体格が小さいから…? 

「ハインス公爵…誤解をするな…私は姉上のような変態ではない」

 険しい銀眼が僕を見ている。 

「ふん…似たようなものよ」 

「姉上、初恋の男の現在の姿を話してしまった私が悪かったと何度も謝った。暇だからと私のいる部屋に訪れる姉上も悪いと思うが」 

マイラ様は拳を作りエゼキエル・チェスターの腕を叩いている。 

「貴方と昔話なんてするんじゃなかったわ!」 

「姉上、体が揺れると傷に響くんだが」

 仲のいい姉弟だなと思う。黙っているジョセフに体を傾ける。 

「ジョセフ、サーシャ王女は残念だったな」 

微笑みながら二人を見ていた碧眼が僕に移る。 

「仕方がないと受け入れています」 

「…新しく婚約者を決めねばならないな。貴族家はサーシャ王女との解消を予想して…令嬢の婚約を遅らせ…解消する家も出ている」 

これは調べさせたから事実だ。 

「二代続いて他国出の王妃では…と僕は考えていました。陛下にはシャルマイノス王国貴族家の中から精査し決めてもらいたいです」 

若い碧眼から強い意思を感じる。 

「…ケイトン…コンラド…エリクタル…ジョーンズ」

 僕はジョセフと年頃の近い令嬢のいる侯爵家を口にしたがジョセフの表情は変わらない。誰でもいいのかと思うが… 

「ヒューズ……は少し年が離れている…から除外だな」 

ジョセフの表情に僅かな変化を見た。ヒューズ侯爵家の令嬢を望みたいのかと碧眼を見つめる。 

「ケイトン、コンラドが声を上げるだろうな」

 僕の言葉にジョセフは首を傾げた。 

「決めるのは陛下です」 

「ああ…だがケイトン侯爵家は過去、王妃を出せなかった無念がある。瑕疵があったわけではなく病死…致し方ない理由だ。今度こそと陛下に願い出る」

 僕はケイトン侯爵家から令嬢を娶ることが順当だと思うが…ヒューズ…ジョセフと接点がない。ヒューズ侯爵令嬢は王宮庭園に訪れたことがない…いや…セドリックの相手として茶会に…そこでか…?あれは一度しか開催されていないが。ジョセフの碧眼は微笑みを絶やさず僕を見ている。 

「ほほほほ…ジョセフはサーシャ王女のせいで傷ついておりますのよ」

 声に視線をマイラ様に向けると銀眼が僕らを見ていた。 

「サーシャ王女は側妃でいいからシャルマイノスに残りたい、レグルスに戻りたくないと駄々を捏ねまして…ジョセフが諌めても…ほほ…今度はジェイド様の側妃にとすがりましたの…見苦しかったわぁ…見苦しいわぁ…醜いわぁ」 

「王太子妃から隔離された修道女に転落だ。必死にもなる」

 マイラ様の言葉のあとエゼキエル・チェスターが言う。王宮には未だカルヴァ・レグルスとサーシャ王女が滞在していた。そしてフランク・グリーンデルも牢にいる。 

「ジェイド様はサーシャ王女を憐れんでいましたの…頷いたら困るわぁ…と」 

「母上、父上はそこまで愚かじゃない」 

ジョセフの言葉を聞いて心配になる。確かに兄上はサーシャ王女を憐れんでいた。だが父上が許さないだろう。 

「私もジョセフと同意見です」

 兄上の度量は小さい。サーシャ王女という問題を受け入れられない。



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