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火の花
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アマンダを守る一行がタイ砦を無事に通過したのは日が暮れる前だった。夕暮れが空を彩るアムレ王国に入ったアマンダは馬車窓を開き懐かしい空気を吸い込む。
「帰ってきたのぉ…金の匂いがするわ」
「陛下、動けぬ使用人はタイ砦に置いておくよう指示を出しました。見張りの報告を伝えます。半月以上ゾルダークに変化はなし、追ってもないと合図が上がりました。フォード辺境砦は開けられていないと偵察隊から報告」
「よいよい…迎えも来るじゃろ…そうさなぁ…夜には町が見えよるわなぁ速度を上げろ」
「は!」
配下の男が馬を操り前方へ駆ける。ここからは馬車と馬、荷馬車が走り歩く使用人には走れと命じた。それでも百近くの馬に乗る騎士と使用人、合わせて二百近くの人間が山間を移動する。土道の不快さに耐えていたアマンダは轟音と衝撃を感じ飛び起きた。
「なんじゃ!?なんの音じゃ!?」
外は夜に入り松明を掲げた騎士がアマンダの馬車を取り囲んでいるが皆が一斉に速度を落とす。完全に馬車が停止したあとアマンダの耳には爆発するような音が続けざまに聞こえた。
「火砲か!?」
馬車窓を開けたアマンダに騎士が空を指差す。
「…火の花を打ち上げています…この時期に祭り…?でしょうか」
アマンダは騎士の指差す方向に視線を移す。夜空に大きな火の花が止まることなく打ち上がりアマンダ一行まで照らしている。
「祭りじゃと…?ならばあの揺れはなんじゃ?」
「陛下!」
前方を駆けていた騎士がアマンダの馬車へと向かってくる。
「なんじゃ!?どうした!」
「山が!山が崩れ道を塞いでいます!」
「なんじゃ…と…あの揺れはそのせいか…どかせるか?」
「大きな岩がありますが見えますか?人手は十分です。お待ちください」
先頭を走っていた十数名の騎士が馬から下り岩へと近づく。その間も離れた町の空には火の花が上がり爆ぜる。火の花が見せる岩に苛立つアマンダは深く息を吐いてから馬車窓を閉め横たわる。
「一眠りするかのぉ」
敷き綿に向かい呟くアマンダの耳に火の花の音と小さな音が届いたが気になるほどのものではなかった。断続的に打ち上がる火の花は一定の拍子で打ち上げられ、誰もが違う音を拾えなかった。騎士らが岩を動かそうと剣を下ろし集まり押していたとき、アマンダ一行の後方側の山が動いた。それを最初に見たのは後方を守る騎士だった。小さな落石に顔を上げた騎士は小高い山の斜面に何かを振るう人を見た。火の花が照らす度に腕を上げて斜面を叩く男を認めたときには大きな岩が騎士に落ちていた。
先の揺れより大きな揺れがアマンダを襲った。再び飛び起きたアマンダは馬車窓を開け声を上げる。その声は騎士の怒号と岩に潰された人々の悲鳴と叫びに消され誰にも届いていない。阿鼻叫喚の場にそぐわない火の花が夜空に輝き混乱する使用人と騎士を照らす。アマンダは異様な状況に全身が震え発汗し馬車窓を閉め留め具をした。
「なにが起きておる…?」
アマンダは理解したくなかった。前方を塞いだ岩のすぐあとに後方を塞いだ岩に嫌な予感しかしなかった。
「違う…違う…ここはアムレぞ…フォード辺境砦は閉ざされたままだ…ゾルダークのわけがない…変化はないと合図まで上がった…公爵は動けん…が…話せる…かも…しれん」
燭台が照らす馬車の中で身を縮めるアマンダの耳に新しい音が聞こえ始めた。何かを潰すような重く鈍い音が火の花の爆ぜる音と悲鳴の合間に届くようになった。
「なんの…音じゃ…これは…」
気になっても馬車窓を開けることがアマンダにはできなかった。嗅ぎなれた血の匂いが馬車の中にまで漂い始めアマンダを震えさせた音らはどのくらい奏でられていたのか人の悲鳴も徐々に少なくなり火の花の音だけになった。断続的に光る外に人の足音さえなくなったとき、馬車が叩かれアマンダは悲鳴を上げた。その悲鳴に答えるように届いた声は若かった。
「開けなくても開けられるけど…どうせ潰すからな。振れ」
馴染みのない声が命じた直後、アマンダの馬車が大きく揺れて何かが馬車を破壊しアマンダの横を通り過ぎ再び戻った。
「動くな。当たるぞ」
それはアマンダに対して放たれた言葉だった。黒い塊は再び馬車を打ち破り車輪を破壊したのかアマンダの体が敷き綿ごと落ちた。弾ける火薬がアマンダを照らす。前後を破壊された馬車は木が飛び散りアマンダの頬に傷をつけたが本人は気づいていない。
「ベルベ、上もいけるか?」
その声のあと、ブゥンブゥンと空気を揺らす重い音が何度も聞こえたと思った瞬間、馬車の上部が消えた。アマンダの体の上には馬車の破片が降り注ぐ。
「な!なんじゃ!」
アマンダの叫びのあと、窓部分が外側へ倒れた。金眼に映ったのは火の花に照らされたレオン・ゾルダークだった。夜会の場でカイランの背後に影のようにいた青年の姿に金眼を見開く。
「き…貴様…」
アマンダの視線はレオンの隣に立つ筋肉質な男が持つ異様なものに奪われる。丸い鉄の塊が太い鎖で繋がれ男に続いている。周りを見渡すと立っている男らが皆、似たようなものを手にしていた。
「よお!アマンダ」
場にそぐわない軽快な声がアマンダを呼び久しぶりに見る短い銀髪がアマンダの凭れていた箇所を引き倒した。即座に体勢を立てたアマンダは倒れることを免れた。
「ガ…ガブリエル…か…?貴様…なにをしとる…気でも狂うたか…」
「狂っているのはお前だ!俺がいるのを知っていて襲わせるとはな!非道な女だ!ははは!久しぶりだ!老けたな!元気そうだな!」
最後に会ったときよりもよく喋るガブリエルにアマンダは気味の悪さを感じる。
「妾の騎士…」
呟くように騎士を呼ぶが見える人影は全てが敵だとアマンダは感じた。
「ははっ全て潰してやったぞ!これでな!腕がだるいぞ」
ガブリエルはアマンダに見えるよう武器を上げる。馬車を破壊したものと同じ形状で一回り小さい武器には滴る血と付着する肉片、頭髪を火の花の灯りが照らしアマンダに見せた。
「かわいそうにな、使用人は馬車ごと岩の下敷きだ。運よく免れた者はこれでな…屠った」
「…それ…運はよくないじゃろ…阿呆…」
火の花が作る灯りが凄惨な場を金眼に見せる。アムレの騎士服を纏う者は全てが地面に伏し頭がなかった。頭があった部分の地面が染みのように濡れ砕けた頭蓋が散っている。おかしな武器を持つ男達は誰も剣を持っていなかった。
「山が崩れてお前達は圧死した」
レオンはこの状況に思考を停止させているアマンダに近づき白い衣装を掴み引き破り上体を晒す。突然のレオンの行動に二つの乳房が晒されても理解できずアマンダは首を傾げるが伸ばされた手があるものに向かっていると知り仰け反る。だが背後にいるガブリエルの体に当たってしまう。
「これが王の証…玉璽…」
アマンダの首から下げた金の鎖に繋がるアムレの玉璽をレオンは掴み引き千切るとアマンダの体がつられて倒れる。
「返せ!貴様…なぜ…」
玉璽を掲げたレオンは鎖を揺らし微笑む。
「なぜ知るか?か…ゾルダークは色々なことを知っている」
「はは!それを手に入れたとて意味はない!」
アマンダははだけた姿も気にせず喚く。
「そうだ…これは半分だからな…」
レオンは懐に手を入れ取り出したもう半分の玉璽をアマンダに見えるよう掲げる。
「…は?なぜ…なに…?王宮を…襲ったのかぇ…」
「アマンダ、この玉璽で全てを終わらせることができる」
「玉璽を盗むなど…戦争ぞ…シャルマイノスとアムレの開戦じゃあ!」
アマンダの叫びに鉄球が飛ぶ。強い衝撃がアマンダの足を襲い血飛沫が敷き綿を赤く染めた。
「ぎゃああああ!」
「お前はここで死ぬ…シャルマイノスの関与を証明する者はいない」
潰された足先は跡形なく血が流れ出ている。
「テオ、出血多量で死んでしまうぞ」
鉄球を放ったのはテオだった。鎖に繋がれた鉄の塊を振り子のように振りレオンの隣に立った。
「ニック、縛れ」
テオの指示にニックはアマンダの潰された足に縄を巻き付け血止めをする。
「きっ貴様ら…フォードを突破したのかっ許さんぞぉ!王宮から援軍が来るじゃろ!ただではすまさんぞぉ!」
アマンダは痛みに耐えながらレオンに向かい吠える。簡素な黒い装束の若者を睨み付ける。
「王宮から援軍…来ているだろ?」
レオンは空を指差し火の花を示す。
「あれはアダムが打ち上げさせている。お前の帰還を祝う火の花。長旅を終えたお前を労おうと…優しい跡継ぎだな」
レオンの言葉にアマンダはアダムの身を案じる。帰還を祝う催しなど予定にはなかった。すぐ近くの町にいるというアダムがすでに敵によって殺されたのかと怒りが沸く。
「貴様!アダムになにをしたぁ!?」
アマンダの問いには答えずレオンは合図を送り火銃を受けとる。火銃を見たことがなかったアマンダは向けられた銃口を見つめ金眼を丸くするだけだった。その銃口は上へと向かい空を撃った。発砲音が火の花の爆ぜる音の合間に響く。
「なにを…しておる…それが火銃か…妾を撃つのか?」
火の花が打ち上がる度に見える黒い深淵はアマンダを見つめ離れない。火銃を下ろし騎士に投げ渡すときも底なし穴のような闇が注がれ続けアマンダは自身の体が震えていることにさえ気づいていない。
「簡単に死ねると思っているなら案外馬鹿だな。打ち上げ弾はどうしても光る…火銃なら音だけ届くんだ…合図だ」
レオンの言葉に理解が追い付かないアマンダの耳に声が届いた。
「援軍だ」
レオンはそう呟き手を振り合図を送る。ゾルダークの黒い騎士らが動き、先に道を塞いだ岩に向かって縄梯子を投げる。騎士が押さえ固定した縄梯子をアマンダは呆けたように見つめる。いつの間にか火の花の打ち上げが終わり、暗闇のなかゾルダークの騎士によって松明が作られ始めた。
「貴様…傭兵を雇ったか…?」
「帰ってきたのぉ…金の匂いがするわ」
「陛下、動けぬ使用人はタイ砦に置いておくよう指示を出しました。見張りの報告を伝えます。半月以上ゾルダークに変化はなし、追ってもないと合図が上がりました。フォード辺境砦は開けられていないと偵察隊から報告」
「よいよい…迎えも来るじゃろ…そうさなぁ…夜には町が見えよるわなぁ速度を上げろ」
「は!」
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「なんじゃ!?なんの音じゃ!?」
外は夜に入り松明を掲げた騎士がアマンダの馬車を取り囲んでいるが皆が一斉に速度を落とす。完全に馬車が停止したあとアマンダの耳には爆発するような音が続けざまに聞こえた。
「火砲か!?」
馬車窓を開けたアマンダに騎士が空を指差す。
「…火の花を打ち上げています…この時期に祭り…?でしょうか」
アマンダは騎士の指差す方向に視線を移す。夜空に大きな火の花が止まることなく打ち上がりアマンダ一行まで照らしている。
「祭りじゃと…?ならばあの揺れはなんじゃ?」
「陛下!」
前方を駆けていた騎士がアマンダの馬車へと向かってくる。
「なんじゃ!?どうした!」
「山が!山が崩れ道を塞いでいます!」
「なんじゃ…と…あの揺れはそのせいか…どかせるか?」
「大きな岩がありますが見えますか?人手は十分です。お待ちください」
先頭を走っていた十数名の騎士が馬から下り岩へと近づく。その間も離れた町の空には火の花が上がり爆ぜる。火の花が見せる岩に苛立つアマンダは深く息を吐いてから馬車窓を閉め横たわる。
「一眠りするかのぉ」
敷き綿に向かい呟くアマンダの耳に火の花の音と小さな音が届いたが気になるほどのものではなかった。断続的に打ち上がる火の花は一定の拍子で打ち上げられ、誰もが違う音を拾えなかった。騎士らが岩を動かそうと剣を下ろし集まり押していたとき、アマンダ一行の後方側の山が動いた。それを最初に見たのは後方を守る騎士だった。小さな落石に顔を上げた騎士は小高い山の斜面に何かを振るう人を見た。火の花が照らす度に腕を上げて斜面を叩く男を認めたときには大きな岩が騎士に落ちていた。
先の揺れより大きな揺れがアマンダを襲った。再び飛び起きたアマンダは馬車窓を開け声を上げる。その声は騎士の怒号と岩に潰された人々の悲鳴と叫びに消され誰にも届いていない。阿鼻叫喚の場にそぐわない火の花が夜空に輝き混乱する使用人と騎士を照らす。アマンダは異様な状況に全身が震え発汗し馬車窓を閉め留め具をした。
「なにが起きておる…?」
アマンダは理解したくなかった。前方を塞いだ岩のすぐあとに後方を塞いだ岩に嫌な予感しかしなかった。
「違う…違う…ここはアムレぞ…フォード辺境砦は閉ざされたままだ…ゾルダークのわけがない…変化はないと合図まで上がった…公爵は動けん…が…話せる…かも…しれん」
燭台が照らす馬車の中で身を縮めるアマンダの耳に新しい音が聞こえ始めた。何かを潰すような重く鈍い音が火の花の爆ぜる音と悲鳴の合間に届くようになった。
「なんの…音じゃ…これは…」
気になっても馬車窓を開けることがアマンダにはできなかった。嗅ぎなれた血の匂いが馬車の中にまで漂い始めアマンダを震えさせた音らはどのくらい奏でられていたのか人の悲鳴も徐々に少なくなり火の花の音だけになった。断続的に光る外に人の足音さえなくなったとき、馬車が叩かれアマンダは悲鳴を上げた。その悲鳴に答えるように届いた声は若かった。
「開けなくても開けられるけど…どうせ潰すからな。振れ」
馴染みのない声が命じた直後、アマンダの馬車が大きく揺れて何かが馬車を破壊しアマンダの横を通り過ぎ再び戻った。
「動くな。当たるぞ」
それはアマンダに対して放たれた言葉だった。黒い塊は再び馬車を打ち破り車輪を破壊したのかアマンダの体が敷き綿ごと落ちた。弾ける火薬がアマンダを照らす。前後を破壊された馬車は木が飛び散りアマンダの頬に傷をつけたが本人は気づいていない。
「ベルベ、上もいけるか?」
その声のあと、ブゥンブゥンと空気を揺らす重い音が何度も聞こえたと思った瞬間、馬車の上部が消えた。アマンダの体の上には馬車の破片が降り注ぐ。
「な!なんじゃ!」
アマンダの叫びのあと、窓部分が外側へ倒れた。金眼に映ったのは火の花に照らされたレオン・ゾルダークだった。夜会の場でカイランの背後に影のようにいた青年の姿に金眼を見開く。
「き…貴様…」
アマンダの視線はレオンの隣に立つ筋肉質な男が持つ異様なものに奪われる。丸い鉄の塊が太い鎖で繋がれ男に続いている。周りを見渡すと立っている男らが皆、似たようなものを手にしていた。
「よお!アマンダ」
場にそぐわない軽快な声がアマンダを呼び久しぶりに見る短い銀髪がアマンダの凭れていた箇所を引き倒した。即座に体勢を立てたアマンダは倒れることを免れた。
「ガ…ガブリエル…か…?貴様…なにをしとる…気でも狂うたか…」
「狂っているのはお前だ!俺がいるのを知っていて襲わせるとはな!非道な女だ!ははは!久しぶりだ!老けたな!元気そうだな!」
最後に会ったときよりもよく喋るガブリエルにアマンダは気味の悪さを感じる。
「妾の騎士…」
呟くように騎士を呼ぶが見える人影は全てが敵だとアマンダは感じた。
「ははっ全て潰してやったぞ!これでな!腕がだるいぞ」
ガブリエルはアマンダに見えるよう武器を上げる。馬車を破壊したものと同じ形状で一回り小さい武器には滴る血と付着する肉片、頭髪を火の花の灯りが照らしアマンダに見せた。
「かわいそうにな、使用人は馬車ごと岩の下敷きだ。運よく免れた者はこれでな…屠った」
「…それ…運はよくないじゃろ…阿呆…」
火の花が作る灯りが凄惨な場を金眼に見せる。アムレの騎士服を纏う者は全てが地面に伏し頭がなかった。頭があった部分の地面が染みのように濡れ砕けた頭蓋が散っている。おかしな武器を持つ男達は誰も剣を持っていなかった。
「山が崩れてお前達は圧死した」
レオンはこの状況に思考を停止させているアマンダに近づき白い衣装を掴み引き破り上体を晒す。突然のレオンの行動に二つの乳房が晒されても理解できずアマンダは首を傾げるが伸ばされた手があるものに向かっていると知り仰け反る。だが背後にいるガブリエルの体に当たってしまう。
「これが王の証…玉璽…」
アマンダの首から下げた金の鎖に繋がるアムレの玉璽をレオンは掴み引き千切るとアマンダの体がつられて倒れる。
「返せ!貴様…なぜ…」
玉璽を掲げたレオンは鎖を揺らし微笑む。
「なぜ知るか?か…ゾルダークは色々なことを知っている」
「はは!それを手に入れたとて意味はない!」
アマンダははだけた姿も気にせず喚く。
「そうだ…これは半分だからな…」
レオンは懐に手を入れ取り出したもう半分の玉璽をアマンダに見えるよう掲げる。
「…は?なぜ…なに…?王宮を…襲ったのかぇ…」
「アマンダ、この玉璽で全てを終わらせることができる」
「玉璽を盗むなど…戦争ぞ…シャルマイノスとアムレの開戦じゃあ!」
アマンダの叫びに鉄球が飛ぶ。強い衝撃がアマンダの足を襲い血飛沫が敷き綿を赤く染めた。
「ぎゃああああ!」
「お前はここで死ぬ…シャルマイノスの関与を証明する者はいない」
潰された足先は跡形なく血が流れ出ている。
「テオ、出血多量で死んでしまうぞ」
鉄球を放ったのはテオだった。鎖に繋がれた鉄の塊を振り子のように振りレオンの隣に立った。
「ニック、縛れ」
テオの指示にニックはアマンダの潰された足に縄を巻き付け血止めをする。
「きっ貴様ら…フォードを突破したのかっ許さんぞぉ!王宮から援軍が来るじゃろ!ただではすまさんぞぉ!」
アマンダは痛みに耐えながらレオンに向かい吠える。簡素な黒い装束の若者を睨み付ける。
「王宮から援軍…来ているだろ?」
レオンは空を指差し火の花を示す。
「あれはアダムが打ち上げさせている。お前の帰還を祝う火の花。長旅を終えたお前を労おうと…優しい跡継ぎだな」
レオンの言葉にアマンダはアダムの身を案じる。帰還を祝う催しなど予定にはなかった。すぐ近くの町にいるというアダムがすでに敵によって殺されたのかと怒りが沸く。
「貴様!アダムになにをしたぁ!?」
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「なにを…しておる…それが火銃か…妾を撃つのか?」
火の花が打ち上がる度に見える黒い深淵はアマンダを見つめ離れない。火銃を下ろし騎士に投げ渡すときも底なし穴のような闇が注がれ続けアマンダは自身の体が震えていることにさえ気づいていない。
「簡単に死ねると思っているなら案外馬鹿だな。打ち上げ弾はどうしても光る…火銃なら音だけ届くんだ…合図だ」
レオンの言葉に理解が追い付かないアマンダの耳に声が届いた。
「援軍だ」
レオンはそう呟き手を振り合図を送る。ゾルダークの黒い騎士らが動き、先に道を塞いだ岩に向かって縄梯子を投げる。騎士が押さえ固定した縄梯子をアマンダは呆けたように見つめる。いつの間にか火の花の打ち上げが終わり、暗闇のなかゾルダークの騎士によって松明が作られ始めた。
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