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出立

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「イライアス、長い留守になる。火銃の許可を与える…侵入者は撃っていい」 

たとえそれが悪戯心を持った民とて関係ない。 

「クレア」 

俺はテオから離れないクレアに向かう。 

「レオ…」

 テオもクレアを抱きしめ離していない。異色の瞳がテオの腕の中から俺を見上げる。 

「必ず戻る」 

「わかっているの…寂しいだけ…」

 一月は戻れないと伝えたときからクレアの表情が陰を持った。俺達は寄り添って生きてきた。寂しいよな。 

「俺も寂しいが…終わらせる」

 俺は腕を広げてテオごとクレアを抱きしめ紺色の頭に顔を埋める。 

「愛してる…クレア…お前のためならなんでもできる」

 テオは黙しているが同じ思いだろう。 

「さあ…額に口を落としてくれ」

 俺は離れ額を指差す。テオもクレアを放し屈んだ。 

「ふふ…」

 目尻に涙を溜めながら微笑むクレアは俺の額に口をつけた。そしてテオにも同じように口をつけ二人は額を合わせている。 

「テオ…レオを守ってね」 

「…ああ…異変を感じたらボーマに続け…道は知ってる」 

「ふふふ…エイヴァに聞いたわ…私に斜面を登れる?」 

「イライアスが背負う」 

「…わかったわ。愛してる…テオ…」

 クレアが俺の胸に飛び込む。 

「レオ…レオ…愛してるわ…待ってる」 

「ああ…お前が生きていないと意味がないほど俺達はお前を必要としている。誰を盾にしても自身を守れ」

 これは必ず守ってほしい俺の願いだ。 

「王国騎士とゾルダークの騎士…使用人まで見回るのよ…敵が現れたらボーマに乗るわ」

「ははっ落とされるなよ」

 愛しい妹の額に口を落とし、また紺色の頭に顔を埋める。 

「…僕は何を見せられてるんだろ…」

 ベンジャミン様の呟きが聞こえるが今は無視をさせてもらう。 

「ルーカスは会いに来る。ゾルダークはいつものように日々を過ごすが厳戒態勢は維持する」

 柔い頬を両手で包み異色の瞳を見つめて伝える。 

「ええ」 

「ガイル…不貞腐れずにクレアとエイヴァを守れ」

 俺の背後に影のように張り付くガイルに伝える。 

「…離れないって言ったっす」 

「今回は待っていろ」

 紺色の頭を撫でながらガイルに話す。 

「……っす」 

「ほらほら行くよー。僕を巻き込んでるんだからさぁ…さっと行ってきゅっと殺してびゅんって帰ろう」 

「ふふふ、ベンジャミン様はお茶目ね」

 お茶目…そんなことを言うのはお前だけだ。俺はクレアに背を向け茶の瞳を見つめる。

「頼んだぞ、ガイル」 

「……っす」 

拗ねるガイルの肩を叩きマルタン公爵家の馬車に乗り込む。テオはクレアの髪を掴み口を落としてから乗り込んだ。 

「行こっか」 

ベンジャミン様が天井を叩き馬車が動き始める。クレアは紫色の馬車が見えなくなるまで動かないだろう。微笑んでいても不安は隠せてなかった。 

「ハインス公爵家の荷馬車が先に向かったけど何が入ってるのさ」

 俺は垂れ目を見つめて微笑む。 

「ベンジャミン様、探らない約束です」 

「レオンはけちだ。テオ、教えてごらん」

 テオは腕を組み瞳を閉じた。 

「ちぇ…」

 俺達はマルタン公爵家の馬車に乗りゾルダークの騎士は紫色の騎士服を纏い、マルタンの騎士に紛れて目的地へ向かう。 

「無事に終わったら約束通りもう二つ渡します」 

「同じ特級の紫サファイアだよね?」

 嬉しそうに垂れ目を垂らすベンジャミン様が対面に座っている。 

「もちろん。ベンジャミン様の貴重な時を借りるのです」

 ゾルダークが見張られているのならマルタン公爵家に扮装して向かえばいい。マルタン公爵領はちょうど通り道だ。アマンダ・アムレの残した見張りはベンジャミン様を追わないだろう。 

「僕は領地を視察しながらのんびり待つよ。アマンダ・アムレにはもう会えないのか…ふはっマルタンに興味はないってさ。僕だってないよぉーだ。あのサファイアが四つかぁ…くふ…ミカエラ…ドロテア…オリヴィア…エレノア…レオン?」 

「はい」 

ベンジャミン様は眉尻を垂らして困り顔をしている。 

「ベアトリスの分がないよ…」 

「ははっエレノアの分を夫人に渡しては?まだエレノアには早いと思います」

 納得していない顔で俺を見てくれる。口まで尖らせるとは… 

「そんな顔しても渡しませんよ」 

「あるんじゃないか!まだ持ってるんだろ!けち」 

「ははっ」 

「静かにしろ、ベンジャミン」

 テオの言葉に馬車内は静まる。走行音だけが聞こえる。 

「…ハンクは黙れって言うんじゃない?…黙れ、ベンジャミン…ね。ハンクっぽいでしょ?言ってみてよ」

 じゃれるベンジャミン様をテオは無視して再び瞳を閉じた。アマンダ・アムレがシャルマイノス王宮を発ってから半月が過ぎた。兄は体も回復し体力を戻すだけとなった。だが世間には未だ床に伏していると噂を流している。王宮にいるエゼキエルも起き上がれるまで薬傷が落ち着いた。それでも湯に入ることはできず皮膚が再生するまでは長くかかると医師の見解を聞いた。 

「僕はさ…マチルダ王女なんて忘れていたんだよ。いきなり現れてレディント辺境へギデオンを迎えに来たって…マルタンからも護衛の騎士を貸したからさ…どんな王女だったの?って聞いたんだよ…男装がよく似合うエゼキエルに似た女だって」

 エゼキエルの抜かりない準備は臣下にマチルダを認めさせ存在を頷かせた。チェスターは臣下の力が強いがそれは貴族家同士が緊張状態だと言える。エゼキエルの不在に他家を牽制せずに静観できるマチルダの存在は想像よりも受け入れやすかったようだ。 

「ガブの口からマチルダの名は聞いたこともない…」

 ギィは興味がないんだろう。自ら共に行くと言ったくせにレヴと離れると泣き言を言って出立直前まで離れずイライアスに引きずられながら御者台に乗っていた。マルタン領に到着後、俺達は馬に乗り駆ける。昼夜、駆けるだけ駆け目的の場へ向かう。風呂に入れない日々を思うと憂鬱だ。



 王都を出た辺りからアムレの一行に体調を崩す者が現れ始めた。それは単なる腹下しであり持参した薬で治るものだったが使用人の数が多く足りなくなり休憩を多く取らざるを得なくなっていた。この事態にアマンダは毒を盛られたと勘繰ったが自身の身に異常はなく、下人の腹下しと聞いて警戒を解いた。できる限り歩かせ早くに回復した使用人と交代で馬車に乗せ移動を続けた。一晩の滞在では使用人の体力も戻らず腹下しの影響も加わり倒れる者が出始めた。行きよりも空いた荷馬車には多くの使用人が重なるように横たわる。 


「そろそろフォード辺境に到着します」

 配下の声に馬車内で寝転ぶアマンダはあくびをしながら板を叩いて返事にした。使用人のせいで予定より十日も遅れた辺境入りにアマンダは苛ついていた。 

「ゾルダークの宴場に仕掛けがあったかぇ…?じゃが腹下しはようあるもんと言うがなぁ…なんじゃかのぉ…」 

アムレ国内ならば体調を崩した者を斬り捨て先に進めたが、ここはシャルマイノスの民の目が注がれている。他国の居心地の悪さもアマンダは気に入らなかった。 

「仕方ないかのぉ…下人の盾じゃもんなぁ…いくら火銃を放っても妾に届かんよ。やっと砦かぁ」

 結局フォード辺境砦に着いたのは予定よりも半月ほど遅くなった。アマンダはフォード辺境砦に到着した朝、自身の乗る馬車の警護をしていたフォード辺境伯を呼んだ。 

「辺境伯なぁ…ここまで長く妾に付き合ってくれたのぉ…感謝しているぞ」 

「いいえ、我らの仕事ですから」

 馬車の扉の隙間から覗く金眼がフォード辺境伯を見つめる。アマンダは数回板を叩き配下を呼ぶ。 

「…感謝の気持ちゆえ…受け取ってくれるかのぉ」 

アマンダの言葉のあとフォード辺境伯の背後にいたアムレの男が腕に抱える木箱を差し出し蓋を開ける。中には輝く金貨が詰められていた。 

「…受け取るわけには…」

 視線を金貨に奪われながらも受け取れないと言うフォード辺境伯にアマンダは笑む。 

「頼みがあってなぁ」

 アマンダの言葉にフォード辺境伯は扉の隙間に視線を移す。 

「妾の一団が辺境砦を出たら…半日門を閉めてくれるかのぉ…何人たりとも通さんでほしいんじゃあ…」 

「…それは…」 

「ほらな…王都で破落戸が火砲を放ったろう…?ここまで無事に着けたといえなぁ…妾は怖くてなぁ…砦を出た途端…襲われてもなぁ…辺境伯も困るじゃろ?」

 フォード辺境伯の一存で決められることではなかったがアマンダの発した言葉に頷く理由を見つけた。 

「…わかりました…半日、門を閉ざします」

 フォード辺境伯の言葉にアマンダは頷き畳んだ扇を振って渡せと合図を送る。差し出された木箱をフォード辺境伯は受け取り馬車から離れていく。 

「見張りを置け…タイ砦まで警戒を緩めるな…腹が痛いと泣いても歩かせぇ」 

アマンダはフォード辺境砦からアムレのタイ砦までの境を最も警戒していた。遅れの出た道程、馬を駆け遠回りをしたなら追い付けると考えた。馬で駆ければ半時の距離の境をアマンダは歩みの速度で進む。半日はかからずとも三刻は要する。日が暮れるまでにはタイ砦に着く。それまでは倒れる者がいようと進めと命じた。
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