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レオン

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起こせぬゾルダーク公爵を横たわらせたまま運ぶためゾルダーク公爵邸から棺を乗せるために作られた馬車が王宮へ入った。黒い騎士服を纏う大勢の騎士が馬に乗りその馬車を囲う。うつ伏せのまま担架に乗せられたカイランはゾルダークの騎士に運ばれ王宮を発った。重症を負ったカイランを乗せる馬車はとてもゆっくりとゾルダーク邸へ向かい進んだ。 ゾルダーク公爵邸の庭からは陽が暮れるまで庭師や使用人の働く声が響いた。早馬の報せを聞き出迎えに現れたクレアがカイランの乗る馬車の到着を待つ。 

「父様!」

 大きな馬車の後部から騎士の手を借りて下りるカイランにクレアが駆け寄る。トラウザーズとシャツだけの簡素な服装のカイランは愛しい声に微笑み痺れのない右腕を広げる。

「クレア」

 クレアはカイランの体に負担のかからないようにその腕の中に入る。消毒の匂いをさせるカイランの体にクレアの胸は痛む。 

「クレア…怪我はないな?心配していたんだ」 

「父様が怪我をしたのに…心配したのは私よ」

 カイランは自身の腕の中で見上げる空色の瞳を見つめる。額に口を落として強く抱き締める。クレアはカイランの胸に顔を埋める。

「…怖かったろう?」 

「ふふ、少し…父様の声が聞こえたわ…私を守ろうと馬車を出たのね」 

「ああ…籠ってなど…無理だ」 

「ふふふ…ハロルドは籠っていたのよ」

 カイランはシャツが微かに濡れている感覚に気づく。 

「格好悪いな…怪我を負った」 

「父様…左腕が痛いの?」 

右腕はクレアを包むが左腕は下ろされたまま動いていない。 

「毒が少し回っただけだ。快復する」 

「本当?」

 ルーカスと婚約してから大人びていたクレアが少し幼くなったとカイランは感じた。 

「ああ。愛しているよ…クレア」 

「ふふ、私も大好き。おかえりなさい…父様」

 腕の中で動いたクレアを見下ろしたカイランは潤む空色の瞳を見つめる。そして右腕を放し自身の額に指を差す。クレアは異色の瞳を見開いてから笑い手招く。屈んだカイランの濃い青の髪を掴んで引っ張り額に口をつけた。 

「食事は父様の部屋に用意してあるの…顔色が悪いわ…食べられるかしら」 

「ああ…クレアが一緒に食べてくれるか?」

「ふふ、甘えているの?」 

カイランは黒い瞳を垂らして微笑む。 

「いいわ」

 クレアはカイランの腕に手を添え上階へと向かい足を進める。二人の背をため息を吐きながら見つめるトニーが続く。 




「おかえりなさいませ」 

「ん…」 

レオンが王宮からゾルダーク邸に戻ったのは陽が暮れてからだった。 

「食事は?」

 コートを脱ぎながら歩きハロルドに渡す。

「クレア様はカイラン様の自室で共にとるそうです。テオ様とエイヴァ様は先に食堂で召し上がっています」 

「我が儘を言ったか?」 

「姑息なカイラン様です」

 ハロルドの言いようにレオンは微笑む。 

「流れ矢が名誉の負傷か」 

「私と共に馬車で待てばこんなことには」

「その通りだけど…無理だろう」

 カイランがクレアを溺愛していることは誰もが知っている。 

「破落戸相手に負けていなかった。斬られるよりいい。俺の食事は部屋に運んでくれ。湯に浸かりたいな…」 

レオンとハロルドが執務室へ向かっていると扉の前に親子が立っていた。レオンは眉間が力んでしまう。 

「疲れてるんだけどな」 

「食事は後に?」

 ハロルドの問いに首を振り、銀眼を見つめる。 

「呼ぶまで待てないのか?」 

「暇なんだ」

 ガブリエルの返答に首を傾げ扉を開けろと合図する。ハロルドは使用人に食事の準備を命じレオンと共に部屋へ入る。レオンはソファに腰かけシャツの釦を外し深く息を吐いた。

「マチルダ、お前は座るな…立ってろ」 

「レオンは怒っているぞ、マチルダ」

 ガブリエルはレオンの対面に腰かけハロルドに酒を頼む。 

「レオン・ゾルダーク、エゼキエルの様子はどうだった?」 

「…背の薬傷のせいで熱を出しているが死ぬことはない」 

「ほう…薬品は浴びたことがないからなぁ…今度ゼキに聞いてみるか」 

扉が叩かれザックがワゴンを押して部屋へと入った。レオンはハロルドの差し出す濡れた布で手を拭きザックの並べる食事を口に放り込む。咀嚼し飲み込んだあとマチルダを見つめる。 

「アムレの様子を細かく話せ」

 レオンは肉を刺し口に放り込む。黒い瞳はマチルダにある。 

「私がアムレに着いたのは女王が旅立つ前だった。アムレ王宮から先頭が出て最後尾が出るまで一刻弱だ…大きな馬車に多くの荷馬車を数多の人が行列のように囲み進む…異様な光景だった」 

レオンはマチルダを見つめながらどんどん口に放り込む。 

「閉ざされた王宮には入れず見張っていたが…使用人扉が開き…人が出たんだ。女王が旅立った十日後のことだ」 

それまでアムレの王宮から人は出ていなかった。食料や衣類、必要なものは兵士が調べ中へ入れていた。 

「それからは何度もその扉から人が出た。その者のあとをつけると民家に入った。話し声を拾ったが…前年…アダムの帰還後アムレは王宮を閉ざし使用人の出入りも禁じた。私があとを追った者は使用人だった。数ヵ月ぶりに家に帰ったんだ」

 レオンは口の中のものを飲み込みマチルダに尋ねる。 

「盗み聞いたんだろうな?」

 マチルダは頷く。 

「アダムが後宮から出た…使用人を集め労い順番に家族の元へと向かわせたと」 

「労う?アムレの王族がか?それは嘘だな。あの国の王族は使用人など視界にも入れん。爵位を持たぬ者は簡単に殺す」 

ガブリエルの言葉にマチルダは首を振った。

「一人ではない。何人もそう言っていた。彼らは一晩家族と過ごし王宮に戻る。そんなことが続き、今度は商人を中へ入れ始めた…」

「商人から何を聞いた?」

 レオンはマチルダに尋ねる。 

「…アダムが妃らに宝飾品を買い与えた。妃らは全て腹が膨らんでいたそうだ。赤子の品も多く頼まれたと…ただ…アダムが使用人の女らにも欲しいものを与えていたと」 

「は!アダムが使用人にだと?信じられん」

「ギィ、アムレの王宮では使用人の地位はそれだけ低いの?」 

「ああ…俺は皿をぶつけ音を出したという理由で殺される使用人を見た。アダムが気を配るとは思えん」

 レオンは果実水を飲みぼんやりと皿を眺める。 

「マチルダ…王宮に入った荷馬車を覚えてないよな」

 レオンの小さな呟きにマチルダは首を傾げる。 

「紋章…商会の…ハロルド」

 ハロルドはレオンの前に並んだ空の皿を重ね空いた場所に紙を広げ筆を差し出す。レオンは筆を取り簡単にカルバン商会の紋章を描いた。 

「ああ…見た…幌に大きく縫われていた」

 レオンは口角を上げる。 

「ギィ、レヴを連れてきて」 

ガブリエルは指笛を鳴らす。 

「レヴになんの用だ?まだ訓練途中だ」 

「ボーマより大きくなるよな」 

「ああ!ボーマとレヴの遊びは豪快だぞ!ボーマは賢いんだな…レヴの死角から攻撃するんだ…まったく…だがな、弱点の前足は噛まん…狼とは賢いな」

 器の酒をちびりちびりと飲みながら語る声のあと扉から鈍い音が聞こえザックが開くとレヴが隙間からするりと体を入れた。灰色の狼は主のもとへ向かい尻を床につけ座る。 

「レヴ!偉いぞ!爪を使わず体を当てたか!利口な奴だ」

 ガブリエルは灰色の頭を撫でて褒める。騎士棟にあるガブリエルの自室の扉は狼の爪痕だらけになっている。 

「マチルダ…跪け」

 レオンの低い声が命じる。 

「なぜ?」 

「ザック」

 レオンは躊躇を許さなかった。マチルダの背後にいたザックは足を振るう。マチルダは背後から蹴られ膝を突く。 

「レヴ」 

ガブリエルがマチルダを指差すとレヴが飛びマチルダの横に立ち口を大きく開け、晒された首を咥える。 

「またか…」 

マチルダは灰色の狼に視線を移しため息を吐く。 

「ザック、連れてこい」

 ザックが執務室から消える。レオンはソファから腰を上げマチルダに近づく。 

「情報は役に立った。マチルダ」 

「…ならばなぜこの扱いなんだ?」

 レオンはマチルダの問いに答えない。 

「お前はこれから表に立つんだろう?こうして責めることも難しくなる」 

「責める?何を言っている?」 

そのとき扉が開きダンテを抱いたザックが部屋へ入る。マチルダは背を向けていて見えていない。レオンは黒い瞳を見つめる。 

「どうする?」 

ダンテの視線がマチルダに向かうが表情に変化はなかった。 

「そうか」

 レオンは頷いた。それを見たガブリエルは声を上げる。 

「マチルダ!目を閉じろ!ザック、寄越せ」

 ザックはレオンの頷きを確認し立ち上がったガブリエルにダンテを渡す。 

「よし…いいぞ。開けろ、マチルダ」 

ガブリエルはダンテの脇に手を差し込みマチルダの前にぶら下げる。 

「…なぜここにいる?ウィンターは一緒なのか?」 

「もっと驚け、マチルダ。つまらん奴だ…ドイルは腰を抜かしたのにな」 

マチルダはレオンを見つめる。 

「ウィンター・ヘドグランが連れてきた。ダンテがゾルダークを指差したと言って…マチルダ…ダンテの声を聞いたことがあるのか?」 

レオンの問いにマチルダは頷く。 

「赤子は泣く」 

「…泣き声だけか?」 

「ああ…言葉を覚える前にウィンターに渡したからな…レオン・ゾルダーク…なぜそんなに怒っている?」

 レオンの表情はなんら変化を表してはいない。 

「なぜそう思う?」 

「…感じる」 

「そうか…お前はギィの子だったな……なぜウィンターに渡した?」 

「…あいつの子供だからだ」 

「母親はお前だ。女は捨てたと言ったろ…捨てていないぞ」 

「酔いつぶれて起きたら裸だった。そのときにできたんだろうな…腹が膨れはじめておかしいと」 

「もういい」

 レオンは立ち上がりマチルダの前でぶら下がるダンテを受け取る。 

「ダンテ」 

レオンは黒い瞳を見つめる。 

「お前が話せないのか話したくないのか俺にはわからないが…特に困ることじゃない。もう二度とマチルダには会えないがかまわないか?」

 ダンテは迷わず頷いた。レオンは銀色の頭を撫でる。 

「ウィンター…ヘドグラン?ヘドグランと言ったか?」 

マチルダは思い出したように呟く。

 「奴はヘドグラン王族の末端だ…知らないとはな…阿呆め」

 レオンはダンテを抱いたままソファに腰を下ろす。皿に載っている菓子をダンテの口に放る。 

「知らなかった…ただのウィンターだと…」

 マチルダはダンテを見つめる。そして口を閉ざした。 

「ヘドグラン王族は黒い瞳だそうだ…シャルマイノスではゾルダークの血筋と言われる…せめて髪が銀でなかったら養子にしても…染料を開発している…ダンテ…養子になってもいい。背景はどうにでもなる」 

レオンは黒い瞳に尋ねるがダンテは首を振った。 

「そうか…理解できているのか?はは」

 頷くダンテにレオンは微笑む。 

「お前のおかげでエイヴァがカルヴァの話を笑顔でするようになった…クレアもお前を大切にしている…ここにいるほうが幸せだ」

 マチルダは慈愛に満ちた感情をダンテに注ぐレオンに驚く。
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