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エゼキエル

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カルヴァ・レグルスは灯りの少ない街道を上体を屈ませ馬を走らせる。向かう先は夜を白く色つける煙が立ち上り、火砲と異なる発砲音が耳に届く場所。 

「殿下!!巻き込まれます!」

 護衛騎士の声はカルヴァに届いているが速度を落とす気配はない。見知らぬ土地の街道を煙と音を頼りに走るカルヴァは悲鳴を上げながら逃げる男を視界に捉え手綱を強く引く。速度の落ちた馬から飛び下り地面に着地した瞬間、男に向かい突進する。腰から抜いた剣の刃先を変え男の腹部を叩く。苦悶の呻き声を上げた男が地面に伏した。 

「殿下!」 

「縄はあるか?」 

「…しかし無関係の民かもしれません」 

「…縛れ…」 

カルヴァは護衛騎士を睨み男が逃げ出した場を見つめる。抜いた剣をそのままに辺りを見回すと暗闇の中、燭台に照らされたゾルダーク公爵家の家紋が細い紅眼に飛び込んできた。 

「ここは…門だ…エイヴァ…エイヴァ」

 閉ざされた門に門番の姿は見えなかった。カルヴァは漂う血に向かい走る。濃い血の匂いにカルヴァは走るのを止め足を忍ばせ現場に近づく。いつの間にか発砲音は止んでいたが耳を澄ますと悲鳴の中を口笛がいくつも聞こえた。 

「ゾルダーク公爵家の騎士は黒を纏う…胸に空色の家紋…どちらかわからなければ気絶さ」

 カルヴァが後ろを歩く護衛騎士にゾルダークの騎士を傷つけるなと命じていたとき暗闇から飛び出した男がカルヴァの首に剣先を添えた。目の前から現れたのにカルヴァは自身の持つ剣を振るうこともできず、ただ呼吸を止めた。 

「…その容貌…カルヴァ・レグルス」 

「…そうだ……お前達…動くな」

 カルヴァは自身の護衛騎士らに伝える。男の持つ剣は皮膚に触れている。 

「ゾルダークの騎士か?」

 喉を動かす度に冷たい剣先を感じ背筋に汗が流れる。 

「…騎士…ではないがゾルダークの者だ」

 カルヴァは男の姿を見つめる。黒い騎士服とは違う、どちらかと言えば執事のような格好の男に尋ねる。 

「エイヴァ…エイヴァは?奪われたのか?」

 ノアはカルヴァ・レグルスの細い眼を見つめながら後ろで殺気を放つ護衛騎士に意識を向ける。 

「貴方以外…信用しない…あれはレグルスの火砲…意味はわかるな?」

 レグルス王国内に火砲を売った者がいる。それはカルヴァも認めざるを得なかったかった。

「私の護衛騎士を疑うか?」 

「……貴方は疑っていないのか?」 

ノアはカルヴァ・レグルスの言葉に首を傾げる。 

「彼らの背景の全てを把握しているのか?一人残らず…?細部に至るまで…」 

カルヴァは答えられなかった。彼らの家族構成は知っていても今何をして過ごしているかまでは調べていない。それはカルヴァの仕事ではなかった。 

「貴様…一国の王太子に剣を抜くとは…シャルマイノス王国に抗議を」 

「してくれて構わない…我らは敵を屠るのみ…」 

カルヴァは片手を上げて護衛騎士に話すなと合図を送る。 

「頼む…エイヴァは?」

 ノアは口笛を聞き剣を下げた。 

「ここにはいない」 

ノアの言葉にカルヴァはきつく目蓋を閉じる。その表情を見たノアは護衛騎士をちらと見てカルヴァが目蓋を開くのを待った。細い紅眼が開かれ、その視線はノアの動く唇を読んだ。 

『エイヴァ様は避難済み。貴方は王宮に戻れ』

 暗闇に近い夜、おぼろげに見えた言葉にカルヴァは剣を強く掴んだ。 

「敵は?」 

「…レオン様の報告を待て」

 ノアの言い方にカルヴァの背後にいた護衛騎士が声を上げる。 

「貴様っ!どこの出だ!?王族に対する態度ではないぞ」 

「出…?そんなものは知りません…孤児ですので」

 ノアはカルヴァに剣を向けるまで多くの敵を殺していた。剣を伝う敵の血が自身の手を染めても逃げる敵を追った。冷静沈着なノアでさえこの状況に荒ぶる心が抑えられなかった。 

「こ!孤児…」

 信じられないものを見るような瞳をノアに向ける護衛騎士の視界にカルヴァが立った。

「我らは消える…邪魔をした」

 ノアに背を向けたカルヴァは護衛騎士に指示を出すこともせず馬の元へ歩いていく。ノアは離れていくレグルスの一団を見ながら彼らが置いていった男の足を掴み口笛を吹きながら路地を戻った。 カルヴァはエイヴァの無事を知り冷静さを取り戻しつつあった。馬に乗り上げ王宮の方角に向きを変えてもゾルダークの男のことを口汚く罵る護衛騎士を近くに呼び、拳を振り上げその頬を殴った。馬上で体をふらつかせた護衛騎士は目を丸くしカルヴァを見つめる。 

「あの男の態度、出自などどうでもいい…エイヴァが狙われた…レグルスの火砲が使われた…その方が重大だ!」

 カルヴァは、ふとある考えが過り自身を囲う騎士らを見回す。 

「フランクはどこだ?」




 血の匂いが濃く漂う街道に馬車を背にルーカスの抱くクレアを銀眼が見つめる。腕を伸ばせば触れることのできる愛しい人は神秘的な異色の瞳をエゼキエルに向けてはくれない。それでもエゼキエルにはクレアの震える指先が、色を失くした唇が心情を物語り、どれだけ怖かったろうかと考えていた。涙を流すまいと兄を見上げる健気な姿に安堵を感じながらもこの異様な状況の中、不可解な動きをしている男にエゼキエルの意識が向かう。互いの無事を確かめ合う兄妹と現場の惨状の中、その男だけは落ち着き払い無表情のまま懐に手を差し込み瓶を出す様子がエゼキエルの視界に入り、クレアに近づき瓶を振り上げる様がまるで時を遅めたように映り自然と大柄な体は身をすべらせレオンを押し退け倒れた馬車の前に立つ二人を覆った。 

「チェスター…国王…陛下…?」

 やっと異色の瞳がエゼキエルを見つめ、震える唇で名を呼んだ。こんな間近でクレアを見下ろしたことがなかったエゼキエルは微笑む。 

「取り押さえろ!!」

 レオンの命にザックが飛び出しサーシャの叔父の足を払い地面に倒し両腕を拘束する。エゼキエルの背を見たレオンは液体の正体を知る。 

「チェスター国王!!水を!大量の水だ!持ってこい!」

 ゾルダークの騎士がレオンの指示に動き民家に消える。レオンは二人を覆うエゼキエルの体からコートを剥がすため剣で切れ目を入れて裂く。 

「ルーカス!動かないでくれ!」

 レオンの声にルーカスは何かが起きたと理解するが自身とクレアを覆う銀眼は垂れたままクレアを見下ろしている。 

「クレア…怖かったろう?どこかぶつけていないか?」 

エゼキエルの穏やかで優しい声がクレアに尋ねる。紺色の頭を振りぶつけていないと答える。 

「…怖かったです…私…ルーカスのコートに隠れて」 

クレアの異色の瞳からとうとう涙が落ちた。

「…もう終わりだ…君を襲う者は消えるよ」

 エゼキエルの額から汗が流れはじめた。背中を襲う激痛に耐えていたエゼキエルは口を閉ざし歯を食い縛る。 

「チェスター国王!!流すぞ、動くな」

 倒れた馬車に両手をついた状態のエゼキエルの背に運ばれた水が何度もかけられる。その事態にクレアもエゼキエルの身に何かが起こったと悟る。 

「ぐ!…く…」

 何度もかけられる水が跳ねルーカスの頭や肩を濡らし地面に溜まる。 

「チェスター国王…何を…」 

「ハ…ハインス公爵…守れ…私の…」 

エゼキエルは言い終わる前にその場に崩れ落ちる。開けた視界には憤怒の表情をしたレオンが立っていた。 

「チェスター国王!」

 ルーカスとレオンが声を上げる。クレアはルーカスの腕の中で倒れるエゼキエルを見下ろしていた。大柄な体は地面に伏し赤く爛れた背をクレアに見せた。そして転がる瓶が松明の灯りを反射し照らしザックの押さえ込む男が言葉にならない声で叫ぶ。チェスター王国の護衛騎士はエゼキエルを取り囲み、背に触れないよう持ち上げ運んでいく。 

「あ…エゼキ…エル様が…ルーカス…私のせいで…死んで…しまう」

 ルーカスはクレアをきつく抱き締める。クレアの我慢していた渦巻く感情が決壊した。

「うぅ…ふぇ…」 

幼子に戻ったようなクレアの泣き声にルーカスの胸が痛む。 

「誰も見ていない…僕は君を包んでる…泣いていい」 

クレアはルーカスのジャケットを強く掴み胸に顔を埋める。クレアの熱い吐息がルーカスの胸に広がる。しゃくりあげ泣くクレアをルーカスは包む。 

「ザック!黙らせろ」

 猿轡を持っていなかったザックはサーシャの叔父の首を締める。 

「クレア…」 

レオンは嘆くクレアに近づく。 

「ふぅ…うっうっ…レオ」

 空色の瞳が歪み止めどなく涙を流している。

「エゼキエルは生きてる…クレア…」

 レオンは手を伸ばし流れる涙を拭おうとするが自身の手が赤く染まってると思い出し、流れる涙に口を落とす。 

「死なせないで…」 

クレアの小さな呟きを拾ったレオンは紺色の頭に自身の頭をくっつける。 

「エゼキエルはギィの子だ…簡単に死ぬもんか」 

正確には甥になるがその事実をクレアに教えていなかった。 

「レグルスの…サーシャ王女の叔父がなぜ…」

 ルーカスは気を失い縛られているフランク・グリーンデルを見つめる。 

「サーシャ王女の体調不良は嘘だ…」

 レオンの言葉に碧眼が見開かれる。
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