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二つの狙い

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カルヴァ・レグルスは馬に乗り城を飛び出し城下へ向かった。その後ろをサーシャの叔父と紅色の騎士服を着込む騎士らが体を屈めて馬を駆けさせた。未曾有の事態に城下に住む民らの騒ぎが視界に入ってもカルヴァは目的の場へ駆けた。紅眼がその光景を捉えたのはレオンの耳がゾルダーク邸に撃ち込まれた火砲の音を拾ったあとだった。 


「…テオ……狙いは二つだ!」 

レオンは剣を構えハインス公爵家の馬車へ走る。 

「レオ様っ!」

 ガイルがレオンの横を走る。盾を持つ騎士がレオンの周りを囲う。 

「火砲の射者は!?」 

「ギデオン様が撃ちました」

 レオンの黒い瞳にはハインス公爵家の馬車を守るハインス騎士団とその周りに群れるマントの男達、ゾルダークの騎士、カイランの戦う様子が見えた。 

「ガイル…存分に右腕を振るえ…」 

「了解っす!なかなか使えるっす」

 ガイルは右腕を振り左腕に嵌めた盾にぶつける。ガイルのたてた甲高い音と共にレオンの横を銀髪が駆けていく。 

「エゼキエル!」

 エゼキエルの銀眼がちらとレオンを映し、戦う群れに突進していく。怪我をするなとレオンはエゼキエルに言いたかった。ハインス公爵家の馬車は茶の騎士服を身に纏う騎士がぐるりと囲み応戦しているが倒れる騎士がいる。濃い青の髪を振り乱し敵と剣を打ち合うカイランの姿もある。 

「どけぇ!クレア!!クレア!!」

 カイランの悲鳴のような声がレオンに届く。そのときガキンッ!と音が鳴り見ると敵がガイルの盾に剣を振り下ろしていた。ガイルは右腕を敵に向け盾の下から払うように斬る。ゾルダークの鋼は敵の下腹部を切り裂いた。

「ははっ」

 ガイルの右腕にはレオンが作らせた特注の剣型の義肢が嵌まっている。 

「切れ味いいっす!」

 ガイルの声を聞きながらレオンは飛んだ。手に持っていた剣を捨て倒れている死体を踏み台にしハインス公爵家の馬車を襲おうとする敵の背を踏み跳ね、横倒しにされた馬車に降り立つ。 

「レオン様っ!」 

イライアスは驚く。レオンの立つ場所は狙ってくれと言っているようなところだった。矢と短剣を扱う者には格好の的だった。だがレオンと同じようにガイルとザックが馬車に飛び乗り、レオンを狙う短剣を盾で受け落とした。街道沿いの民家の上階から放たれる矢を二人が剣と盾で防ぐ。 

「ギィ!」

 レオンの声のあとガブリエルが火銃を投げた。受け取ったレオンは握っていた鉄弾を素早く詰め火銃を構える。上から狙われた敵はその姿にあわてふためくがレオンは近距離から敵に撃ち込んでいく。弾けた頭蓋が辺りに散り、それを浴びた敵は悲鳴を上げて恐慌に陥る。ハインス騎士団はその様子に理解が及ばず動きが鈍くなるが、イライアスをはじめゾルダークの騎士は慌てふためく敵の急所を次々と斬りつける。


 カルヴァ・レグルスは自身の見ている光景が信じられなかった。敵の群がる場所の上から公爵家の令息が武器を片手に敵を屠っている。その腕に持つ武器はレグルス王国でも開発途中のものに類似していた。 

「小公爵!!」

 カルヴァの声はレオンに届いていない。馬を飛び下り向かってくる敵を斬りながらレオンの近くへカルヴァは走った。その姿を馬車の上から見ていたレオンは近づいたカルヴァに伝える。 

「ゾルダーク邸が…エイヴァが狙われている!カルヴァ・レグルス!貴国の火砲だ!!」

 カルヴァの周りを紅色の騎士が囲み敵から主を守っている。 

「エイヴァ…エイヴァ!!」

 レオンの放った言葉がカルヴァに衝撃を与えた。 

「ゾルダーク邸へ!!」

 そう叫んだカルヴァは馬へと駆けた。レオンはすぐにカルヴァに向けた意識を切り替える。 

「盾!!」

 レオンの叫びに火銃の鉄弾切れを悟ったゾルダークの騎士が死体を踏みつけ馬車に上り、レオンを守るように盾で壁を作る。 

「残党を狩れ!」

 ハインス公爵家の馬車の周りの敵は全てが地に伏した。レオンを守る騎士以外の黒い騎士は盾を捨て方々へ走り出し街道沿いに建つ民家に入る。レオンはその場に屈み砕けた馬車窓から中を覗く。 

「クレア」 

「…レオ」

 小さな声が聞こえレオンは安堵の息を吐く。

「もう少しだ」 

「わかったわ」

 馬車の中は暗闇だった。だが馬車窓の近くに剣先が見えている。ルーカスが構えているかとレオンは理解した。 

「レオン!すまんが俺はレヴの元へ行かねばならん…イライアス…頼んだぞ…ってニック!?お前!邸を離れたのか!?レヴ!レヴ!」 

ガブリエルの言葉にレオンは立ち上がる。

「レオン様!」 

「ニック!」

 ニックは素早く馬車に上り盾の中へ身を滑らせる。 

「クレア様!!」 

「ニック?」 

「お怪我は…」 

「ないわ。ニック…テオは…無事?」

 レオンの声はクレアに届いていた。 

「はい」 

「…よかった…テオ…」

 ニックは闇の中から聞こえる震える小さな声に手を伸ばしたい衝動を抑える。 

「もう少し…耐えてください…敵を全て…」

 殺してくると心の中で伝えたニックは盾の隙間から滑り出る。暗闇に逃げ惑う人らの中にマントを脱ぎ捨て逃げようとする者を見つけて走り出す。 

「チェスター国王!!」 

「小公爵!!無事だ!」 

チェスターの護衛騎士はゾルダークの騎士が置いた盾を拾いエゼキエルを囲んでいる。手に持つ剣は敵の血が滴り、衣装にも顔にも敵の血がエゼキエルを汚していた。肩で息をするエゼキエルに近づく者がいた。 

「チェスター国王陛下」

 エゼキエルの護衛騎士が剣を向ける。着飾った衣装を身に纏ったサーシャの叔父、フランク・グリーンデルだった。 

「カルヴァ殿下についていかなかったのですか?」

 盾の中からレオンが尋ねる。 

「ゾルダーク小公爵、殿下についていきたかったのですが…馬が…」 

この混乱に馬を盗む者がいてもおかしくはなかった。 

「王宮の様子は?」

 レオンの問いにサーシャの叔父が答える。

「我らは火砲の音のあとすぐに出ましたが、シャルマイノス国王は王宮を閉ざすと…」

 そのとき馬の蹄の音が響いた。シャルマイノス王国騎士団の旗を掲げた一団が近づいていた。 

「援軍ですな」

 サーシャの叔父の言葉のあとエゼキエルの叫びがレオンに届く。 

「ゾルダーク公爵!!」

 エゼキエルは護衛騎士の合間から身を出し、倒れていくカイランを支える。レオンはその様子を盾の隙間から見ていた。 

「父上!イライアス!」 

倒れゆくカイランの背には矢が刺さっていた。 

「イライアス!毒!確認!」 

イライアスは地面に落ちている矢を拾い指先で触れ少量を舐め吐き出し矢を投げ捨てカイランの背に刺さる矢を抜く。懐に入れていた純度の高い酒を傷口にかけたイライアスは自身の剣を騎士服で拭いカイランの衣装を切り裂く。その背に再度、酒をかける。 

「ぐっ!あああ!!」

 カイランの叫びが辺りに響く。イライアスは変色する部位に吸い付き地面に吐いた。この場でできる処置を行う。 

「レオン様、毒あり!」 

口元をカイランの血で赤く染めたイライアスは服で口を拭う。 

「解毒できるか!?」

 毒の味に覚えのあったイライアスは頷く。それを見たレオンは黒い瞳を閉じる。ゾルダーク邸に戻ることはできない。 

「ゾルダーク小公爵様!王国騎士団の医務室へ!」 

王国騎士の言葉に王宮しかないとレオンも理解はしていたが戻したくはなかった。 

「私が共に」

 イライアスがレオンを見つめ伝える。 

「イライアス…何人も近づけるな」

 王国騎士団の騎士はレオンの言葉に眉をしかめる。 

「君、この襲撃の犯人が判明していない…小公爵が不安に思うのは当然だ」

 エゼキエルがレオンの言葉の意味を伝える。

「クレア…クレア」 

カイランは虚ろな意識でクレアの名を何度も呟く。 

「カイラン様、クレア様の無事は確認。行きましょう」

 イライアスの声が届いたのか、カイランは意識を失くした。 

「馬車を借りてきました!」

 王国騎士団の騎士が荷馬車を引いてくる。

「イライアス」 

「承知しております」

 レオンは頷き、うつ伏せに荷馬車に乗せられるカイランを見つめる。 

「レオン様」

 馬車の近くにニックが戻っていた。 

「……終わったか?」 

「はい。民家に潜んでいた者、逃げ出そうとした者…処理は完了」

 レオンは長く息を吐きガイルの背に寄りかかる。 

「……警戒解除」

 レオンの言葉に馬車に上っていたゾルダークの騎士が離れていく。 

「お疲れっす」

 レオンはガイルの体を叩き馬車窓を覗く。

「ルーカス様、安全確保…剣は下げてください。天井部位の留め具を外せますか?」 

「……ああ」

 馬車の中からガチャンッと数回鳴り、レオンが合図を送るとゾルダークの騎士が馬車の天井を掴み力を込めて開けた。エゼキエルは護衛騎士らを押し退け向かう。開いた闇の中から体を屈め、膨らむコートに腕を回したルーカスが現れる。整えられていた金髪は乱れ碧眼は険しく辺りを見回す。 

「バトー」

 目の前に立つエゼキエルは見えていないように碧眼はハインス騎士団団長を呼ぶ。 

「閣下!…血が」 

「切っただけだ…クレア…クレア」

 ルーカスは自身の膨らむコートを撫で、上の釦を外すと紺色の頭が出てきた。 

「ルーカス…レオ?」 

「クレア」

 レオンは馬車から飛び下りルーカスの前に立つ。 

「ははっ狭そうだ」

 レオンは異色の瞳を見つめ微笑む。 

「ふふ、本当に狭いの。ルーカス、下りるわ」 

「いや…このまま抱いている。君は走れないだろう?」

 バトーがルーカスのコートの釦を外していく。現れたクレアに傷は一つも見当たらずレオンは再び安堵の息を吐く。 

「ルーカス様…ありがとうございました」

 レオンは碧眼を見つめ礼を伝える。 

「礼を言うのはこちらだ。小公爵、ありがとう」

 ルーカスは紺色の頭に頬を擦り付けてから額に口を落とした。
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