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ダンス

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「シャルマイノスは豊かよのぉ…道中…下層の民に飢えたのは見当たらんとなぁ」

 カイランは女王の手を取りながら背筋に鳥肌が立っている。女王は唇を動かさず話しかけている。赤い唇は弧を描いたままで声だけが届き気味が悪い。 

「…陛下のおかげでしょう」 

「そうか…?ゾルダークのではなくてかぁ?」 

「一臣下ごとき平民まで手は及びません」

 カイランはどんな会話をしているか伝わるよう話を続ける。 

「そうかのぉ…お前の祖父はやり手の男じゃったろう」 

「祖父…ギース…」 

カイランの黒い瞳は見開かれる。女王の口から祖父のことが出るとは思わなかった。 

「面識が?」 

「いんや…遥か昔…妾に異色の男をくれたんじゃ」 

「お…とこを…」 

カイランの知らない話だった。レオンなら知っているかと尋ねたい思いを堪え金眼を見つめる。 

「ほほ…冗談よぉ…奴は仲介程度よ…シャルマイノスの辺境を通るにな…妾に恩を売りたかったのかのぉ」

 通行証の発行に手を貸したのかとカイランは思い至るが女王の話は鵜呑みにできないと表情を崩さぬよう力を込める。 

「長旅は辛くなかったのですか?」 

「妾は寝ているだけじゃ…黒に空色の筋とは稀有よのぉ…いらんがなぁ」

 突然のクレアの瞳の話に奥歯を食い縛る。 

「いらんが…近くで見てみたいのぉ」

 一国の王の願いは断りにくいとわかっていて願う女王にカイランは腹を立てる。 

「後程…紹介します」

 そう言うしかなかった。母親よりも年が上とは思えないほど足取り軽く踊る女王をカイランは見下ろす。回る度に金が舞い自身の黒い衣装に張り付く。払いたい思いが湧くが堪える。 

「嫌な色じゃ…黒は好かん…息子も黒となぁ嫌じゃ嫌じゃ」 

「こればかりは仕方がなく」

 好かないと言いながらも視線を逸らさない女王の気味悪さのせいでカイランの粟立つ肌は治らない。 

「アムレは輝くものを好むんじゃ…黒はのぉ闇のようでなぁ」

 しつこく黒を嫌だと言う女王の言葉を流しながら踊る。 

「空色はいいのぉ」 

「それには同意します。妻の色を受け継いだ娘は私の自慢です…奪おうとする者は許しません」 

「ふぁほほほ…奪うとは…非道な奴らがいるのかぇ…命を懸けて守らんとなぁ」

 カイランは白々しいと呆れ言葉を返さない。




 銀眼の視線が注がれていることを彼女は気づいているだろうか。 

「少し背が伸びたね」 

「本当ですか?嬉しいです」

 僕は小さくても可愛いと思う。僕の体で隠してしまえる君が愛しい。 

「次は誰と踊るの?」

 彼女と繋いだ手を持ち上げるとドレスを揺らし回転する。 

「ふふ、父様の予定ですけど…忙しそうですわ」 

ゾルダーク公爵はアムレの女王の相手をしている。どんな会話をしているか。唇を読もうとちらと視線を向けたが女王の唇は結ばれ笑んだままだった…がゾルダーク公爵は動いていた…公爵から話しかけるだろうか… 

「ルーカス様、オリヴィアとギデオン殿下…ふふ、とても楽しそうですわ」

 僕らの近くで踊る二人を異色の瞳が追いかける。 

「ギデオン殿下は優しそうな少年だね」 

「ふふ、そうですわね。オリヴィアを大切にしてくれると嬉しいです」 

いつかチェスターに会いに行きたいと君は言うだろうか。そのときは僕も共に行く。 

「ルーカス様、光ってます?」 

クレアは女王のことを聞いている。陛下への挨拶のあと貴族らの塊に光る存在を発見した。僕はそれから彼女を隠すように場に向かった。ありがたいことに彼女の異色の瞳を見ようと当主と令息、令嬢が集まってくれた。小さな彼女は着飾る貴族らに埋もれ金眼から逃れた。 

「気になる?」 

「ええ。光ってるなんて王太子様が仰っていたから」 

「王太子殿下は事実を言ったよ。金箔を肌や髪に張り付けてる」 

「まあ!ふふふ」 

「踊る度に舞って床に落ちてる。使用人は我先にと掃除をするだろうね」 

「ふふ」 

僕は細い腰を支え軽く持ち上げる。浮かせた彼女と共に回る。 

「綺麗だよ」 

「何度も言ってるわ、ルーカス」

 君はその度に頬を染める。

「何度も思うんだ」 

「もう…ふふ。ここでは口を合わせられないのに」 

合わせたいと思ってくれるのか。 

「馬車まで我慢する」 

「ふふ」 

音楽が終わり彼女を床に下ろす。 

「クレア!」 

「オリヴィア、上手に踊れていたわ」

「ふふ、ギデオン様の足を踏んでしまうか不安だったわ」

 二人の公爵家令嬢に皆の視線が集まる。ゾルダーク小公爵と視線が合い唇を読む。 

「クレア、ゾルダーク公爵が呼んでる」 

僕は屈み耳に伝える。

「オリヴィア、ベンジャミン様が待ってるわ。ほら手招きしてる」

 クレアはマルタン公爵を見つめ微笑む。 

「ふふ、結局お祖父様が勝ったのよ」 

「オリヴィア嬢、僕は兄上と共にいるよ」

 ギデオン殿下がオリヴィア嬢の手の甲を持ち上げ口を落としたあと離れていく。チェスター国王の周りには多くの令嬢がダンスを誘ってくれないかと群がっているがチェスター国王は微笑み歓談するだけで動く気配はない。

「はい、ギデオン様。あとで庭園を歩きましょう」

 オリヴィア嬢はそう言ってマルタン公爵へ向かい離れていく。僕の腕に触れている彼女の手に自身の手のひらを重ねる。 

「行こうか」 

「はい」 

ゾルダーク公爵の側にはアムレの女王がいる。紹介を願ったのだろう、断れば父上に文句がいく…了承するしかない。 

「きっと…君を不躾に見るだろう」 

「心配しないで。この場で私に傷はつけないでしょう?」 

「そうだね」

 君は伯母上に瞳を侮辱されても気にしていなかった。貴族らから注がれる視線にも微笑んでいた。 

「クレア」 

ゾルダーク公爵が常より優しい声で彼女を呼ぶ。 

「お父様」

 彼女は僕の腕を掴んだまま離れない。 

「アマンダ・アムレ女王陛下だ。陛下、クレア・ゾルダーク…私の娘です」 

黒い衣装に金をつけられたゾルダーク公爵がクレアを女王に紹介する。扇を広げ鼻と口を隠した女王の金眼がクレアを見つめる。 

「はじめまして、女王陛下。クレア・ゾルダークです。こちらは私の婚約者ルーカス・ハインス公爵です」

 僕は軽く頭を下げる。女王は僕に興味がないようでちらとも見ずにクレアに近づき異色の瞳を見つめる。 

「ふん…極端な配色じゃ…アダムは嘘を吐いとらんかったか」 

「アダム王太子殿下はお元気ですの?」

 クレアは物怖じせず首を傾げて女王に尋ねる。 

「アダムの顔は気に入らんかったか?そちに断られたなど言うから…顔を溶かしてやったわ」

 女王の声は小さく、加えて扇のせいでその場にいる者にしか届いていなくても随分なことを言っている。 

「まあ!ふふふ。薬品ですの?」 

「……ああ…そうじゃ…肌を溶かす酸をかけてやったわ…可哀想じゃろぉ?」 

「お顔が自慢だと聞いておりました。気落ちしていらっしゃるかしら」

 クレアの言葉に女王は金眼をすがめ笑った。 

「ほほほ…涙が滲みると言ってなぁ…笑うてやったわ」 

「残念ですわ。今回はダンスの誘いを受けようと思っておりましたのに」 

クレアが冗談を言っている。貴重だ。 

「まことに小さき女は踊りにくいぇ」 

「ふふ、私の欠点ですの。ルーカス様に申し訳ありませんわ」 

彼女は臆すことなく女王と会話をしている。僕の助けなどいらないほどに。父上も助けようと近づいていたが立ち止まって見守っている。それは正しい判断だと僕は思う。僕らだけでも目立つのに父上まで加わっては… 

「君に欠点なんてない」

 僕の言葉に異色の瞳が垂れて見上げる。 

「ふふ、ありがとうございます」 

信じているだろうか、お世辞などではないのだが。 

「アマンダ陛下」

 馴染みのない声が横から現れる。彼も令嬢らに囲まれていた。ひょろりと高い背に鮮やかな青い髪を流したカルヴァ・レグルスは意味深な紺色を使った衣装を身に纏っている。 


「ふ…カルヴァかぇ…シーヴァに会いたかったのぉ」 

「父は次回にと…お元気そうですね。いつものように目立つ」 

「…欲しいのか…?やろうか?」 

女王は腕に張り付く金箔を指先で摘まむ。 

「結構…剥がさないでください。貴女の歩いた跡が光っていますよ」 

「ふ…貴様の地味な顔に張り付けてやろうかぇ…?」 

女王の言葉を無視したカルヴァ・レグルスは体の向きを変えクレアの前に立ち手を差し出した。 

「よろしいか?」 

カルヴァ・レグルスの細い紅眼は僕に尋ねている。断れるわけがない。ゾルダーク公爵家と縁戚になるレグルス王族をここで断ってはクレアの立場もない。僕は頷く。クレアは僕の腕から手を放しカルヴァ・レグルスの手を取った。チェスター国王のような他意はないと信じたい。
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