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始まりの夜会2

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「クレア」

「オリヴィア、エレノア」

 薄暗いマルタン公爵邸の庭に高価な衣装を纏った少女らがクレアを見つけ近づいてくる。

「ルーカス様、オリヴィアとエレノアです」

 僕を見上げ微笑む顔は上気し、とても楽しそうだ。 

「こんばんは。オリヴィア嬢、エレノア嬢」

 僕は軽く会釈する。

「こんばんは、ハインス公爵様」

 二人の声が同時に発せられる。

「オリヴィア、とても綺麗ね。ふふ、所々に銀色…会ったことがないのに」 

「ふふふ、姿絵は毎年送ってくれるのよ。チェスター国王の銀髪は見たからマダム・オブレでこの銀糸でってお願いしたの」

 チェスター国王の名にいちいち心が反応してしまう。 

「王宮の夜会で踊るのでしょう?楽しみね」

「ええ、ギデオン様は私より年下だけど特別に参席できるの。お祖父様が陛下に頼んだんですって」

 クレアとオリヴィア嬢は手を取り合って話している。オリヴィア嬢を見上げる彼女の紺色の髪に金が輝く。笑う度に灯りを反射し輝く。 

「ハインス公爵様」 

下から聞こえる幼い声が僕を呼ぶ。

「はい。エレノア嬢」 

「ハインス公爵様はセドリック様とお会いできますの?」

 小首を傾げて尋ねる少女に頷く。

「王宮に赴いたとき王太子の兄に会います。ジョセフ殿下とセドリック殿下の話し相手になることもありますよ」

 僕は膝を曲げ少し屈みながら話す。

「セドリック殿下にご用ですか?」

 ミカエラ夫人に面差しが似ているエレノア嬢は少し眉間にしわを寄せて頷く。 

「伝えましょうか?」

 幼い少女は潤んだ瞳で僕を見上げる。 

「えっと…お手紙の返事が来ませんの」

 マルタン公爵はエレノア嬢とセドリックを婚約させたい。オリヴィア嬢はチェスターへ行ってしまうからエレノア嬢が婿を取る。王家としてはマルタン公爵家にセドリックを入れたいだろう。両家の思惑が合う婚約。エレノア嬢とセドリックの仲もよかった…だが、セドリックは無理な想いを抱いてしまった。この事は外部では僕しか知らない。

「セドリック殿下には教師が増えました。シャルマイノスの王子として学ぶことが多いのです…短くてもエレノア嬢は許してくれますか?」 

僕の言葉に笑顔になる少女に胸が痛む。 

「はい!すごく短くても嬉しいです」

 垂れ目を細めて喜ぶ少女の願いは叶えようと赤紫の頭を撫でる。

 「伝えます」

 頷いたエレノア嬢は談笑する二人に向かい離れていく。 

「ハインス公爵」

 突然の声に振り返る。足音は聞こえなかった。草を踏む音をここまで消せる令息がいるだろうか。 

「ゾルダーク小公爵」

 微笑む黒い瞳は仲良く話す三人を見つめている。 

「エレノアの心配をしてくれてありがとうございます」

 僕の声が届いていたのか。

「いや…」 

「王家はセドリック殿下のお気持ちを持て余していますか?」

 奥歯に力が籠る。父上が話したのか?そんなことは言っていなかったが。 

「はは、謁見のときエイヴァに見惚れていましたから…かまをかけました。僕は表情を読むことに長けていますから」

 長けていると言っても僕は僅かに力んだだけだが。 

「今度こそ、強く諌めてもらいたい」

 随分前の話だが汚点は消えていない。セドリックが騒げば盛り上げた王家の威信は下ってしまう。それは兄上も承知だ。だからセドリックに厳しい教師を宛がった。 

「セドリックはまだ子供だ…成長していけば悟るよ」 

できないなら公爵家に婿入りさせない。格下へ落ちればいい。僕はそう進言する。 

「過去の例を伝えるよ」

 黒い瞳に伝える。叶わぬ想いもある。王家だからと傲るなと兄上は諭している。それでも理解できないならスノー男爵に会わせてもいい。 

「お願いします。ルーカス様、王宮の夜会…チェスター国王が来ます」 

「手紙が…?」 

国の復興のため尽力していると聞いている。援助金の使い道や民の生活、貴族家との交渉など忙しく夜会は見送るかもしれないと耳にしたが。 

「はい。はは、前国王がまだゾルダークに滞在していまして…報告がてら夜会終わりに邸に寄るようです」

 邸に入る? 

「夜会終わりか…ハインス公爵家の馬車も連なるね」 

クレアは僕が送る。 

「エゼキエル様はゾルダーク公爵家の馬車に乗ります」 

チェスター王国の馬車ではなく…それほどの仲か。 

「大勢の騎士に守らせねば」 

馬に乗る騎士が馬車を囲むだろう。

「…まさか…ゾルダーク邸に滞在するのか?」

 それは許したくない。

「…いいえ。王宮に部屋の用意を頼んであります。夜会ではマイラ様と落ち着いて話せないでしょう。ギデオン様とは会ったこともないと」 

「そうらしいね」

 安堵する自分がいる。クレアが僕を好いてくれていることはわかっているが…自信がない。王族の血筋で公爵の三十を過ぎた僕が十六の少女相手に不安が多い。 

「チェスター王国の復興は進み…海辺に慰霊碑を建てたとか…民からの人気は強くエゼキエル様の力は増しているそうです」

 それは僕も聞いている。国境で醜態を晒した王妃を高位貴族出だろうと厳しく諌め許しはせず表に出ることを禁じ、生家の領地に蟄居させた。まだ離縁はしていないがするだろうと皆が言う。もし…まだ彼女を想い続けているなら… 

「ルーカス様」

 見つめていたクレアが従妹らから離れ向かってくる。僕の色を纏った彼女に近づくため足を進める。手を差し出すと細く美しい指先がのせられる。 

「お待たせしました」

 見上げ微笑む異色の瞳が愛おしい。

「話は終わったの?」

 まろい頬を手のひらで包む。クレアは首を傾げ僕の手のひらに頬を寄せる。その仕草が愛らしくて胸が高鳴る。

「はい。ふふ、ギデオン様と初めて会うんですもの…オリヴィアは興奮してます」

 まだ数ヶ月先だが。今から興奮していては当日どうなるのか。

「オリヴィア!」

 突然、小公爵が動きマルタン姉妹に近づく。 

「レオン兄様?」

 僕とクレアは小公爵の行動を見つめているとオリヴィア嬢に手を差し出した。 

「一曲踊ってくれますか?」 

「ふふふ、喜んで」

 二人は手を繋ぎ、会場から漏れ聞こえる音楽に合わせて踊り始めた。 

「ふふ、ルーカス…」

 小さく呼ばれた声に見下ろすと触れていた僕の手をクレアが動かし自身の腰にあてる。

「…クレア、暗いから…」

 薄暗い庭園でつまずいては足に怪我をしてしまう。僕は屈みクレアの腰に腕を回し足を浮かせる。この体勢は密着するがこの場にいるのはよく知る人らだけだ。 

「ふふふ」

 動きはぎこちなくても、体の動きを音楽に合わせクレアと回る。なんて軽い。 

「怖くない?」 

「はい。ルーカスの逞しい腕が好きです」

 君はどうしてそんなことを… 

「…鍛えていてよかった」 

「剣も?」 

「近衛と戦えるくらいは」

 僕を相手では手加減をしているかもしれないけど、忙しくても鍛練は日課のようになっている。 

「ルーカスのように逞しい男性は少なかったわ」 

今夜の会場に参席した貴族家の当主や令息らのことだろう。 

「鍛えろと言われたんだよ」 

「陛下に?」 

「…ゾルダーク公爵」 

揺れるドレスに散りばめた金糸が視界の中できらきらと輝く。僕の答えに微笑んでいた赤い口元は弧を強くした。 

「ふふ、父上は鍛えすぎよ」 

「ははっ知ってる」 

君の年くらいの僕を両手で掴んで持ち上げ投げれる。軽いと振られた首が痛かったんだ。

「クレア…本当に綺麗だ。離れないで」 

「離れないわ」

 即答してくれる君は笑んでる。 

「誰が君を望もうと渡さない」

 異色の瞳を見つめ告げる。銀髪銀眼には渡さない。彼が何をしようと…クレア、僕の気持ちは重いだろうか…君に負担を… 

「はい。約束」

 黒と空色の瞳は力強く輝く。薄暗くても少し潤んでいるように美しく、僕を捕らえる。

「必ず」

 僕はそう呟き紺色の頭に口を落とす。
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