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二人の時

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クレアの見舞いから半月も経たずにサラ・ハインスが鼓動を止めた。結局寝台から起き上がることができず、人との接触を全て断り精神的にも落ち込む日が続き食事の量も減って最期は痩せ衰えて眠るように逝った。ルーカスはサラ・ハインスの逝去を触れ回ることはせず、遺体を荷馬車に乗せてハインス領へ向かった。生きている二人の娘に葬儀式の報せを送らず、夫である男爵家当主にも動くことはないと伝え僅かな使用人と共に王都を発った。その前日にルーカスはクレアに会いに行った。 


「ハインス領は遠くてね。当分会えない」

「葬儀式だもの仕方ないわ。気をつけて」

 膝に乗るクレアは僕の頬を手のひらで包む。温かい体温が伝わり幸せが溢れる。

「うん。君もゾルダーク領へ?」

「ええ。ルーカスがハインス領から戻る頃に王都を発つの」

 それは長く会えないということだ。

「そうか」 

なるべく気落ちを知られないように明るく振る舞う。

「久しぶりなんです。母と父に花を手向けてきます」

「うん」

 そんな君を側で支えたい。涙を流すなら僕が拭いたい、吸い取ってしまいたい。

「戻ったらハインス邸に会いに行っても?」

「もちろんだよ…待ってる」

 赤く濡れた唇に誘われるように顔を落とし口を合わせる。柔らかい感触と温もりが愛おしい。触れる唇に湿った舌が触れる。クレアが舌を絡めたいと求めている。ここの四阿は格子になっていて外からは見えづらい。いつもの従者も執事もいない。ただボーマがクレアの足元で丸くなり寝ているだけだ。欲しがる舌を咥えて僕の中に入れ触れ合わせる。小さな頭を髪が乱れないよう優しく捕まえ、彼女の小さな唇を覆う。荒い呼吸が淫らな声を含み僕らの周りに音を作る。

「はぁ…クレア」

「ん…」 

また唇を赤くしてしまう。それでも止めることはできない。どれだけ会えない?毎日でも会いたいのに君は離れてしまう。どうしようもない欲情が座る彼女を持ち上げていた。僕の足を跨ぐように椅子に膝を立てた彼女の異色の瞳は潤み僕を見下ろす。

「流してくれる?」

 僕の願いに彼女は瞳を見開いたがすぐに微笑み赤い唇を開きながら顔を落とす。伸ばした僕の舌を咥えて唇で挟みしごいた。細い体を両の手のひらで掴み、彼女の好きなようにさせる。細い腰と薄い体は僕を受け入れてくれるだろうか。怖いと言われるかもしれない。

「流れた?」 

頬を染めて見つめる黒い瞳の空色の筋が僕を魅了する。君の異色の瞳が好きだ。小さい体も視界に広がる紺色の髪も。

「もっと」

 願い、口を開けると彼女の唇が覆う。差し込まれた舌から流れる唾液を嚥下する。もっとと求めるように入り込んだ舌を甘噛みして伝える。

「んふ…ん」 

彼女の乱れた呼吸を覚えておこう。流し込まれた味も手に伝わる感触も。手を動かし細い体に這わせる。生地に隠れた肩から背中、腰を通り触れたことのない尻に触れる。

「んあ…ん…ルーカス」

「うん…ごめん」 

「ふふ…くすぐったいわ」 

合わさる唇から彼女の声が漏れる。両腕で抱き締め互いを密着させ彼女の膨らみを得る。顔を埋めてみたいが…止めておこう。

「始まりの夜会…まだ先だけどドレスを贈るよ。揃いにしよう」

「はい」 

王宮の夜会のドレスは父上が君に贈ると話がついた。宝石で重くならないように注意はしたが… 

「今から楽しみだよ」

「私も」

 細い首筋に顔を埋める。いくつも痕を残したいが君は困ってしまうから我慢だ。僕は婚姻したら君を放せるだろうか。ああ…ハインス領に行きたくない。ブルーノに任せ…られないよな。遠いハインス領に行くなら領地の視察もしなければならない。空色のダイヤモンドを君に贈ろう。僕が着ける宝飾品も作ろう。

「ルーカス!」 

「ん…?」

「…吸ってる」

 ああ…君の首筋が少し赤い…けどこの前よりは薄い。

「ごめん」 

我慢すると思った矢先にこれか…忍耐力が弱まっている。少し色づいた肌を舌で舐める。

「ん!ぁ…ルー…くすぐっ…た…んぅ」

 彼女の体がびくびくと腕の中で反応する。

「クレア…くすぐったい?」 

「ん…背中が痺れるの…腰がくすぐったいわ」


 それは…くすぐったい…というか… 

「僕を見て」

 顔を反らしてクレアを見つめる。頬も耳も赤くなっている。異色の瞳は色気を乗せて潤んでいる。

「綺麗だ…こんな顔をするんだな」

 首を傾げる様も可愛い。

「ルーカス」

 クレアの両の手のひらが僕の頬を包んだ。口を落としてくれるのだろうか。と期待したら手に力が籠り僕の顔を動かした。赤い瞳が目の前にある。動いた音はしなかったが起きたのか。僕を止めてくれるのか。ボーマが僕の顔を舐めた。

「ふふっボーマ」 

クレアの匂いが消されてしまうじゃないか。

「聞いたか?お前もハインス邸に来るんだ」

 僕が側にいない間、クレアを全てから守ってくれ。白い狼は了解したように鼻先を僕の顎にあてて押す。

「ふふ、可愛いわ」

 可愛いかな?いざというとき人を殺せるだろうか?クレアを傷つける者は殺していいと心の中で伝える。赤い瞳は僕を見つめている。



 燭台の炎が広い部屋の一角を照らす。外は夜も更けたころ、ベンジャミンの自室には銀髪の大きな男がソファに身を沈めて酒を飲みくつろいでいる。

「いつ行くのさ」

「五日後に発つ」

 ベンジャミンは揺れる琥珀を見つめている。

「呆気なかったなぁ」

「なんの話だ」

「サラ・ハインス。そんなに具合が悪かったなんてね。田舎を出るから…馬鹿だねぇ」

 ガブリエルは器に入った酒を一気に呷る。

「娘らが殺したんだ」

「ウィルマとジャニス?いい年して老いた母親になんてことをするんだろうねぇ…刺したのかな?首を絞めた?毒?女は怖いや」

「娘らが余計なことを吹き込んだからな。詳細を知らずに生きていたのにな…アーロン・ハインスは妻に話さなかった…その意味を考えられないか…」

「ガブ、アーロンをよく知っていたっけ?」

「よく知る…わけじゃないが…学園の頃に近づいてきた」

「ははは、そうそうアーロンは人と付き合うことが好きだった。虚栄心も強かった…王族との繋がりは欲しかったさ」

「ベン…この酒…強くないか?弱いと言ったろ?」 

ベンジャミンはガブリエルから視線を逸らす。

「美味しいだろ?」

「カヌオーレには負ける」

「ふはっ幻の?ガブ、カヌオーレは十年も前から一切手に入らないんだ。フッと消えたみたいにさ。どっかの誰かが買い占めたんだろうね。あぁそんなことするのは悪い奴なんだろうなぁ」

 ガブリエルは頬を掻く。その仕草からベンジャミンはなにかを察する。

「ふーん…チェスター王家が買い占めたの?悪い王族だねぇ…ひと財産注ぎ込んだろう?」 

「知らんぞ。俺は知らん」

 ベンジャミンは堪らず笑い出す。

「ガブ!僕に嘘を!?ははっ」

「あれは!残り少ない…大切に飲んでいるんだ」 

ガブリエルの言葉にベンジャミンの笑いが止まる。

「なんてこった…ゾルダークか…ハンクめ…意地悪め…買い占めたな…」 

「俺はゾルダークなんて言ってないぞ」

「ふん!ガブは飲んでいるんだと言ったろう?今も飲んでいるならチェスターじゃない。騎士団対決からずっとゾルダークにいるじゃないか」

 ガブリエルは銀髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「強い酒はいらんと言ったろ?ベン!意地悪はベンだ!」

 阿呆なガブリエルにベンジャミンの頬が緩む。いつまでも純真な友はどうしても憎めない。

「くくく、ごめんって。ガブから得た話は墓まで持っていくから」

「約束だぞ」

「うん。今度一口…ね?」

 ガブリエルは口を曲げてベンジャミンを睨む。

「レオンの許しを得たらな」

「ははっ王が少年に仕えているのかい?」

「レオンを怒らせるとカヌオーレが減る!それに俺のおお…おお…お」

「おお…なんだい?」

「…サラ・ハインスの死の報せは広まったのか?」

「ガブ…無理があるよ…おお…から始まっていないし絶対誤魔化しているだろ?まあいいよ。サラの死?そうだね。ルーカスが知人にだけ手紙を送った…サラが埋められた頃に届くようにね」

 その扱いで前公爵夫人の死について騒ぎ立てるなという意図をベンジャミンは汲み取った。

「サラと仲がよかったロバート爺も静かだしね…下位達はそれに倣っているよ」

「邪魔者は死んでよかった」

 ガブリエルは自ら酒を注ぎ足し口に含む。

「ははっなんてこと言うのさ!邪魔って言ったってルーカスが当主なんだよ?サラなんて相手にしなきゃいいんだよ」

「クレアが初めてハインス邸に向かった日に若い令嬢を並べた。嫌なことをする」 

「くく…まるで自分の娘のように大切にしているねぇ。ゾルダークに懐きすぎだねぇ」

 ベンジャミンは葉巻を取り出し、燭台の炎で先端を燃やす。

「俺もそう思う。あいつらの側は…居心地がいい」

「実の子供じゃないからガブに責任はないしね。会いたいときに会う、甘やかしたいときに甘やかす。あの子らもガブを慕っている…カヌオーレを飲ませるくらいだ…レオンはガブを父のように思っているさ」

「レオンはカヌオーレの価値がいまいちわからんだろ。いろんなところに…」

 ガブリエルは口を閉ざす。

「へぇ…いろんなところに配って何してるんだろうねぇ」

「始まりの夜会に小さいギデオンは来るのか?」 

「くくくっ来ないよ。王宮の夜会でオリヴィアをエスコートする。孫がデビューか…年を取ったねぇ」 

「そうだな」

「はははっ思い出した。ハンクがさ、怖い顔して僕を睨んでさ…この髪を見ていたんだ」

 ベンジャミンは自身の髪を摘まんで軽く引く。

「それでね、ハンクに老けたねって…あいつは晩年髪が半分白くなってたろう?正直な感想が出ちゃってさ、ふ…すごく睨んで見下ろして帰れってさ…懐かしいなぁ…ガブはあのときいなかったもんね、いい音色だったんだよ」 

「そうか」 

ガブリエルは厳めしい顔の男を思い浮かべる。若い自分の頬を容赦なく殴り昏倒させ放って消えた濃い紺色の髪を持つ男。老いた自分がその息子の側にいるとはあの頃、想像もしなかったと酒を揺らして思う。

「花を…手向けてくる」

「たくさん手向けちゃえ。ふはっ」

 剽軽なベンだなとガブリエルは垂れ目を見つめる。いつか自身も死ぬことは決まっている。ベンジャミンの死を見ることになるのか自身の死を見せることになるのか、どちらも嫌だなとガブリエルは思い酒を一気に呷る。

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