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ルーカス

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この窓から奥庭園が見えることを知っている。使用人の行き交う廊下で望遠鏡を片手に覗くわけにもいかない。それでも、愛しい紺色は確認できる。何を話しているのか。時折、隣に座る幼子に体を傾けるクレア。僕が見ているなど…知らないだろう。ゾルダーク公爵家から次の逢瀬の日程は決まらないと短い手紙をもらった。レグルスの王女のためだと理解していても一月以上クレアに会えていない。

「ルーカス様」

かけられた声に振り返り、再び視線を奥庭園に戻す。

「あの場にいなくていいのか?ドウェイン」

「その窓から見えませんが、近衛に加えゾルダークの騎士が複数囲っています。警備は十分です」

近衛隊長として王族を守るドウェインが一歩、僕に近づく気配がしたが視線はクレアから離せない。エイヴァ・レグルスとマイラ様と共に椅子から腰を上げ、花垣を見に行くようだ。

「レグルスの王女様を見に?」

「いや、違う」

ここでそうだと答えたら僕の性癖が幼女趣味だと決まるな。

「ドウェイン、僕の性癖が何か探っているのか?何に賭けた?」

僕の性癖が貴族らの賭け事になっていることは知っている。クレアとの婚約披露から始まった賭け。幼女趣味か完全なる政略か婚姻の先延ばしのためかとふざけた奴らが遊んでいる。

「そんなことはしておりませんよ」

「嘘を吐くな」

ドウェインは大きな体を屈め僕の耳に小さく伝える。

「……純愛です。私の独り勝ち」

「……片想いの純愛だ。今日の謁見のことを僕に教えたと知られれば父上に怒られるぞ。感謝する」

「…陛下が私に仄めかしたのですよ。ルーカス様は知らないだろうなぁ、知りたいだろうなぁ…と」

ドウェインの言い方に頬が緩む。奥庭園ではクレアの後ろにテオ君とゾルダーク公爵、兄上家族が続き歩いている。小公爵は父上に辺境の報告でもしているのか。

「辺境の急襲…広まっているか?」

「はい。レグルス王国との貿易は盛んです。仕方ないかと」

そうだろう。王女を受け取るために一時封鎖をしていたリード辺境の近くには商人も滞在していただろう。

「奪われた砦をルルド・リードがゾルダークと共闘し奪還したと…多くの犠牲を払い…多くの敵を始末したと聞きました」

僕にも同じような内容のことが報告されたが、事実と異なる部分があるかもしれないと疑っている…が、真実を知っても何も変わらない。多くの物資を王国騎士団が運び、残党を探すため境の警備にあたると聞いた。

「ゾルダーク側はルーカス様がいることを…?」

「知らない」

レグルスの王女がテオ君に抱かれている様子が見える。

「ゾルダーク公爵家の謁見は終わりのようだ」

父上と挨拶を交わしている小公爵はレグルスの王女を受け取り抱いたまま奥庭園から去ろうとしている。先頭を歩くゾルダーク公爵の後ろに続く抱かれた王女に話しかけるクレアを見つめる。仲良くなったようだ。王女の頭を撫でたり頬に触れたり…あまり仲良くなってしまうと…ハインスに嫁ぐ時期を遅らせ…なんだ…?小公爵は僕を見ているのか?黒い瞳の視線は僕にある。

『……しゃ…まて』

小公爵の唇が僕を見つめたまま動いたが、離れていて正確には読めなかった、が馬車で待てだとしたら…

「ドウェイン、また」

未だ後ろに立っていたドウェインに声をかけ、僕は上階から足早に馬車留まりへ向かう。ゾルダーク公爵家の面々も向かっているだろう近くに置かれたハインス公爵家の馬車へ胸を弾ませ向かう。急ぎ現れた僕に御者と護衛のバトーは驚いた顔をしたが、合図をするまで動くなと命じ馬車に乗り込む。座面に腰を下ろし弾む呼吸を落ち着かせるため、深く息を吸い込み懐からハンカチを出して額と首の汗を拭う。手紙でもくれるのだろうか?それともクレアと話せるだろうか?わからない。もしかしたら小公爵が僕に用があるのかもしれない。もしかしたら…もしかしたら…

「閣下」

馬車の外からバトーの声が聞こえる。誰かがこの馬車に向かっているんだろう。姿勢を正し答える。

「ゾルダークなら開けろ」




「あら、エイヴァは眠ったみたい」

レオに抱かれたエイヴァは緊張から解放されて眠りに落ちた。

「王宮に来るのが早かったか?」

レオの言葉に黒い瞳を見上げて微笑む。

「勢いも必要よ。今のエイヴァは全てが目新しくて怖いもの知らずのように動けるわ」

落ち着いて周りをよく観察できるようになってしまったら、見知らぬ王族の前で泣いてしまっていたかもしれない。

「ふふ、エイヴァはボーマを怖がらなかったわ」

「ボーマが腹を見せて寝転がっていたからだろ」

レオの言葉に頬が緩む。テオが教えている仕草がボーマへの恐怖を減らした。

「あれは可愛いわ、ふふ」

「クレア、ハインス公爵が馬車で待ってる。送ってもらえ」

ゾルダークの黒い騎士が私達を守るように囲んで歩く広い廊下で伝えられた言葉に呼吸が止まる。

「どう…して」

仕事で王宮に来ていたのか、それとも今日の謁見を知り来てくれたのか。

「いいの?」

見上げる黒い瞳は垂れて笑んでいる。

「ゾルダークの馬車に続けば危険はない。エイヴァが邸に着いても寝ているならハインス公爵と花園を歩いて話していい」

まだルーカス様のことをエイヴァに教えたくないということだわ。近い将来、私がゾルダーク邸から離れることは、私に懐いて甘える幼いエイヴァが知るには早い。

「聞いてみるわ」

ルーカス様は忙しくてすぐにハインス邸に戻ると言うかもしれない。一月以上、ゾルダーク邸を閉ざしてから今までルーカス様に会えていない……

「レオ、手紙のやり取りをしていたの?」

ルーカス様が王宮に来ていることを知っていたなら教えてくれてもよかったのに。

「当分逢瀬の予定はないと手紙は送った。窓から見てるハインス公爵に気づいたんだ」

全然気づかなかったわ。レオは目がいいのね。

「テオも知ってただろうけど…黙ってたな」

小さく伝えられた言葉に笑ってしまう。

「その瞳が羨ましいわ」

「空色を隠して黒だけで見てみろ」

ふざけたことを言うレオの腕をつねる。そんなことで見えるわけないのに。微笑む黒い瞳が優しい。ゾルダークの騎士の合間から漆黒の馬車が待っている様子が見える。

「イライアス、クレアを先導してやれ」

イライアスは振り向かず、茶緑の頭を軽く下げて返事をした。馬車近くになるとゾルダークの騎士は左右に分かれて整列する。視線を動かし、ハインス公爵家の馬車を探すと少し離れた場所に停まっていた。

「喜ぶ」

レオの言葉に微笑み、歩き出したイライアスの後をついていくと私の後ろをテオがついてくる。

「すぐそこよ?……一緒に乗る気?」

無言のテオにまさかと思う。

「イライアス、テオを止めてね」

念のためイライアスに頼んでおく。イライアスの揺れる肩に笑いを堪えていると知る。ハインス公爵家の騎士が馬車の扉を開けているのが見える。イライアスは立ち止まり、一歩横へ動き私に進めと頷いた。後ろのテオはイライアスに任せてハインスの騎士に軽く頭を下げると馬車内から手が伸び、捕まれというように私を待っている。大きな手のひらに手を乗せ、踏み台に足をかけて馬車に乗り込むと珍しく真剣な表情のルーカス様がいた。静かに扉が閉められる。

「会いたかった」

繋いだ手を引かれルーカス様の膝に座る形で腰を下ろすと抱き締められる。

「クレア…会えると…思ってなかった」

仕事で来たのかただ見るだけに来たのか、尋ねるのは後にして腕を動かしルーカス様の逞しい体に巻き付けると私の首筋に息が触れるほど体を屈め近くなる。

「私も…驚きました…嬉しい」

「嬉しい?」

「はい」

手のひらでルーカス様の体を撫でる。存在を確かめるように何度も撫でる。馬車が揺れ、動き始める。

「レグルスの王女と仲良くなった?」

ルーカス様の唇が首筋に触れてくすぐったい。

「はい。とても可愛い子です。いろいろなことに興味を持って、ボーマを怖がりませんでした」

ルーカス様は頷きながら私の首筋に口を落としている。くすぐったい。

「…まだルーカス様をエイヴァに紹介できなくて…ゾルダーク邸に着いてエイヴァがそのまま午睡に入るなら…花園を」

「うん」

ルーカス様の金髪が私の耳をくすぐる。香水とは違う、ルーカス様の匂いを吸い込むと胸が温かくなる。

「ふふふ」

「どうしたの?」

「手紙…嬉しかったんです。空を見上げて君を想うって」

「うん」

エイヴァのように甘えるルーカス様に頬が緩む。

「ルーカス様の手紙は大切に仕舞ってあります」

「僕も…君からの手紙は鍵付きの抽斗に仕舞った」

ルーカス様も同じことをしていたと知り、私は嬉しくなる。

「ルーカス…って呼んでくれ」

本人から望まれたのだからいいのよね?

「二人だけのとき?」

「うん」

「ルーカス」

巻き付く腕に力が入り隙間が消える。

「クレア…早く…君をハインスへ…」

「ルーカス」

私の声にルーカスが屈めた体を起こし眼前に碧眼が現れる。少し頼りなげで不安そうな瞳は垂れて私を見つめている。

「口づけをください」

碧眼が僅かに開き、傾けた顔が近づいて私の口を覆う。開いた唇から舌が私に差し込まれ懸命に絡めて吸い付く。ルーカスの大きな手のひらが私の背や腰を撫でる感触に胸が高鳴り体が痺れ熱くなる。

「クレア…クレア」

合わさる唇の合間から切なげに私の名を呼ぶルーカスをもっと抱き締めたくなる。私もルーカスの口に舌を入れて互いの唾液が混ざり、水音が馬車内に響く。

「恋しかった…会いたかった」

ルーカスの言葉に喜びが胸に満ちる。

「私も…」

揺れる馬車の中、私の尻に感じる硬さにルーカスの欲情を知り恥ずかしいけれど、益々熱くなる自身に自然と言葉が出る。

「もっと…ルーカス」

もっと口づけが欲しい。私の願いを叶えるように抱きしめる腕に力が入り隙間をなくした。流れる唾液さえ嬉しい。














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