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暗い王宮奥庭園

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シャルマイノス王宮の王族が使う奥庭園から見える城下町の灯りはドイルの眺めている間に一つ、また一つと消えていく。空を見上げると多くの星が広がり、月は星よりも存在を消していた。点々と灯る燭台が庭園に立つドイルを僅かに照らしている。

芝を歩く足音が小さく聞こえたドイルはぼんやり眺めていた城下から視線を移す。

「陛下」

「レオン、お疲れさん。疲れたろうに。食事をしてから来たのか?明日でもよかったぞ?」

「少し休みましたよ。気になりますし…読みましたか?」

「ああ、カルヴァ・レグルスの言う通り、謝状だった。貴国に手間を掛けさせた、王太子の尻拭いをさせた…チェスターへの補償のあと…シャルマイノスに金を送るって…結局き・ん!口止め料の金だろ…アムレは金が好きだな。俺は見飽きたから好きじゃないけどな。クレアのことには触れてなかった。一行もだ。ゾルダークと仲がいい俺が事態を把握してると理解しての口止めだな。自分の趣味のせいでここまで被害が大きくなったのにさ…信者の行動なんて知ってたんじゃないか?政治を上手くこなす女と聞いてる」

暗い奥庭園には俺と陛下の姿しかない。近衛は建物まで下がり警護についている。俺達の声は届かない。

「俺に渡されたのはレグルス印で封をされたものです。中にはシーヴァ様の手紙と…女王の手紙がありました。レグルスとアムレの国境で女王に会った…とシーヴァ様は書いています。その様子も」

シーヴァ様からの手紙にはアムレからの要請で自ら国境に向かったこと、アダムではなく女王が姿を現し、少し疲れた様子で信者の行きすぎた行動に愚痴を言っていたとあった。当の女王の手紙からは彼女の気質を感じた。下の者には黒を好まない、配色を聞いて興味が失せたと伝えた…とあった。短い言葉で綴られた手紙。ゾルダークに謝罪は無し。女王の言葉を聞いた信者はクレアを狙うことは無い。それだけ女王の言葉に意味がある。パウロ・デクノンの一族についても書かれていなかった。一族に何が起きたのか俺は知っていると女王はわかっている。わざわざ教えることもないだろう、と告げられた気がした。事実、デクノン一族はアムレの貴族の中で上に位置する家だった。その一族の顛末は国を動く商人らが詳しく運んだ。その話を信じろと言うことだろう。俺が間者に報告された内容と相違は少なかった。アムレの大貴族家の十年をかけた計画が成功しようと頓挫しようと女王には関係ない。陛下に謝状と口止め料の金を送る…ゾルダークと密接だと理解して国王に紙で頭を下げた。なかなか底が知れない女だ。アダム…名すら書かれていなかった。次の王宮夜会には無事な姿で現れるのかわからない。

「クレアに興味は無いと女王の手紙には書かれていました」

「は?……女王がそれを周知させたならアムレの信者はクレアを捧げても女王は喜ばない…ならクレアはいらないってことで…どれだけ心酔させてんだ?なんか変な薬でも飲ませてるんじゃないか?」

「女王にはそれほど力と魅力があるのでしょう」

俺は金輪際関わらないならアムレなど放っておく。だが、気を緩めることはしない。次はない。たとえ女王の知らぬ計画だとしても許しはしない。

「アダムが戻り、アムレの王宮はデクノン一族を葬るまで…厳しく閉ざしていたそうです」

アダムから毒の話を聞いて、他国の王族を脅し毒を盛ることに躊躇しない存在を警戒したんだろう。

「十分な金が送られるでしょう…陛下…その金…国境の強化に使いましょう」

その金の存在を知るのは陛下とゾルダークのみ…どれほどの誠意が贈られるか…

「もうアムレは手を出さないんだろ?」

アムレの貴族、女王の信者は出さないだろう。俺が懸念しているのはマチルダの言葉を聞いてから気になっていた傭兵。存在は知っているし、シャルマイノスにも似たような者がいる。間者に傭兵を調べさせたが…傭兵団がいくつかあった…

「他国には身分証を持たずに国を渡る者がいます。辺境の険しい山を登り、砦を通らず渡る者。金で雇われた破落戸」

「え…いまさら…そんなに警戒が必要か?」

「いえ…彼らが何をどこまで請け負うのか…俺にもわからない。でも俺が傭兵を纏めるなら…」

騎士にもなれず、身分証も持たない…後ろ楯のいない者達の集団。何も持たずに放り出されたら…金のためになんでもやるだろう。

「…用心してもいいかと」

マチルダは言っていた。レグルスやアムレには仕事があると。一月後、リード辺境で王女を受けとる…シーヴァ様に…国王に証拠を掴ませないために傭兵を使うなら…

「レオン」

陛下の声に思考が途切れる。

「レグルスの王女は狙われるか?」

「カルヴァ・レグルスは怪しいと」

奴も命を懸けているのか。シーヴァ様はカルヴァ・レグルスが命を落としてもエイヴァ・レグルスを戻すことはないと俺に言ったが、紅眼を出した一族が同じ意見だとは限らない。

「王国騎士団を貸すか?」

燭台の灯りが真剣な碧眼を俺に見せる。

「ゾルダークが総動員で動きます…邸の周りの警護を任せてもいいですか?」

精鋭だけでは不安がある。騎士を多く連れて行かなければ。

「任せろ!レオンの頼みなら全部聞くぞ?」

「ありがとうございます」

俺が王女を連れ帰るまで、不測の事態が起きないとも限らない。ルーカスの訪れも予定を変える。


ドウェイン・アルノ近衛隊長の後ろを歩き、奥庭園から馬車留まりへと向かう。漆黒の馬車が松明に照らされ、ぼんやり見える。
ゾルダークの馬車の前にはハロルドが立ち、俺を待っている。ドウェイン・アルノに軽く頭を下げ、開いた扉から馬車に乗り込む。続いてハロルドが乗り天井を叩いた。

「忍ばなかっただろうね?」

「馬車の中で待ってたぞ。な?ハロルド」

「はい。ギデオン…ガブリエル様は大人しく待っていました」

隣に座ったハロルドの言葉を聞いて対面に座るギィを見つめる。

「何を考えてる?」

ギィの言葉に目蓋を閉じる。陛下と話しながらいくつも浮かぶ可能性は不穏なものばかり。

「俺なら配下を使わず…傭兵を雇って襲う」

「紅眼の王女か?」

「うん。傭兵なら身元が不明だ。国王でも証拠もなく貴族家を糾弾できない」

「レオン、俺も行くぞ」

ギィの言葉に目蓋を上げる。

「体調は?万全じゃないだろ?王女を乗せて帰る馬車は先にリード辺境へ向かわせる。俺は馬で駆ける」

「レオン様」

ハロルドが声を低くして俺の名を呼ぶ。馬車が安全なのはわかっているけど仕方ない。

「長く離れたくはないし、騎士は八割をリード辺境へ連れていく」

かなりの戦力が邸から離れる。

「俺は行くぞ」

強い眼差しの銀眼はすでに決めている。

「ギィ…わかったよ。またベンジャミン様を泣かすことになるね」

「ベンはわかってくれる」

「不味い滋養強壮の薬を毎日飲んでよ?」

「味には慣れた。襲われるか?広場を出てから考えてるだろ」

「まぁ可能性だよ。カルヴァ・レグルスに会ってからマチルダの言う傭兵が頭にちらついてさ。俺が向こうの立場だったら…と考えてしまう。カルヴァ・レグルスの暗殺に失敗しても…王女はまだ幼い…何度も機会はある…とね。けどその王女をゾルダークに取られたら意味がない…させるものかって」

レオンは隣のハロルドに視線を移す。カルヴァ・レグルスはあんな体格だ。シーヴァ様のように戦闘に長けてはいないかもしれない。

「ギィ…カルヴァ・レグルスの印象は?」

「よくわからんな。体つきは鍛えていると思えんが俺の視線を浴びせても微動だにしない。鈍いのか流しているか。気味の悪い雰囲気を纏っている」

俺も似たような印象を持った。

「ハロルド、突然の訪問、申し訳ないって言ってみて。目だけ笑って」

ハロルドが眉間にしわを寄せ口を曲げるなんて珍しいな。まさか…

「ガブリエル様にも同じことを言わされましたが?」

「ははっギィ!俺のいるところで頼めよ!」

「馬車の中で暇だったんだ。ははっ同じ細目でも雰囲気が違うから似てなかったぞ」

ギィの言葉に吹き出してしまう。

「それでも見たかったんだよ。ハロ、お願い」

「お断りします」

「主の願いを叶えないとは…ははっギィ!何度もやらせたな?」

「暇だと言ったろ?」

くく…ハロルドの困った顔が想像できる。


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