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カルヴァ・レグルス

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ニックの瞳を見つめ頷き、言えと促す。

「紅眼が現れました」

「シーヴァ様が…護衛は多いか?リード辺境伯は…会場にいるはずだ…」

ガイルがそう言っていた。

「辺境伯はいません…シーヴァ・レグルスではありません」

ニックの言葉に奥歯を強く噛み締める。

「もう一人の紅眼か?」

頷くニックにため息を吐く。

「用件を聞いたか?」

こちらに先に報せが来ていない、忍んできているということだ。何か用がある。

「レオン様と陛下に渡すものがあると」

その意味を理解した。

「通せ、護衛もいるだろう?本人以外二人だけ観覧席に上げていい。残りは会場で待つよう伝えろ」

頷いたニックは足早に消える。

「レオ」

「ああ…陛下に伝えよう」

だが、ベンジャミン様は関わっていない内容だ。謎解き心に餌を与えたくはない。受け取るだけ受け取るか。
階段を上るとギィが立ち、俺達を見下ろし待っていた。

『客か』

唇がそう動いた。ニックは軽くうつむいて報告していたのに何故わかったのか知りたいが、瞬きで答える。

『王太子』

それにも同じく瞬きで答える。四つの姫ではない。先に生まれた二十になる王太子だ。ギィは横にずれ、俺達を通した。

「レオ、テオ。用事は終わったの?」

クレアが足早に近づいて尋ねる。

「ああ、ハインス公爵ももう少ししたら天幕からこちらに来る。椅子に座って待っていて。オリヴィアと並んでいい」

仲の良いオリヴィアと近くに座れると聞いたクレアは微笑む。その頬に指を走らせ撫でる。面倒事は終わったと思ったが、渡される物は重要だ。

「陛下」

ベンジャミン様の隣で広場を眺めていた陛下を手招いて呼び、顔を寄せる。

「どうした?ルーカスと何かあったか?」

「いえ…レグルスの王太子が現れました」

碧眼が大きく開く。

「俺と陛下に渡す物があると」

「俺とレオンに…アムレか…」

無言で頷く。アダムがゾルダーク邸を離れてから三月弱、間者からの報告にはデクノン一族は仕立てられた罪で処刑と流罪、傍系は僻地に散らされたとあった。アダムが動いたのか女王の働きか…アダムの帰還以降、アムレの王宮は厳しく閉ざされ、華やかな雰囲気を失くし、突然の変化に貴族家門に動揺が広がったと聞いた。俺は女王が動いたと思っている。
俺は観覧席の端に動き、向かってくるマントを被った男達を見下ろす。先頭を歩くのは随分背が高いが、マントで覆ってもわかるほど細身だ。真白の髪と紅眼を思い出しながら見つめる。

「ザック、椅子の用意を」

観覧席の端に控えるザックに伝えると従者姿の騎士が数名動き、予備の椅子を並べる。

「なんで今日なんだよ」

俺もそう言いたい。せめて昨日であればひと目に触れることもなかった…リード辺境からは報せが来ていない…話を通していないのかもしれない…王太子自ら運ぶ必要はない。王女を渡すゾルダークを確かめに来たのか。ゾルダークの力を…だが俺はこの対決の勝敗を気にしていない。そこに文句を言うようならそれまでの奴ということだ。

「父上、ベンジャミン様」

二人を呼ぶとベンジャミン様はいつもの笑顔で、兄は首を傾げながら近くに来た。

「レグルスの王太子が来ました」

ベンジャミン様は微笑んだまま片眉を上げ、兄は停止した。

「俺にも陛下にも報せは来ていません。忍んで来たようです。多分…ゾルダークの見物かと」

兄には後で説明をすればいい。末の王女の嫁ぎ先が気になって来たとベンジャミン様が思ってくれたらいい。

「ふーん。ゾルダークの力を見に来たのかもね。レオンが地方に宣伝するからレグルスにまで届いたんだよ…勝った方がいいんじゃない?」

まるで勝敗は俺が決めているかのようにベンジャミン様は言う。その通りだから笑うしかない。

「ははっ全力で戦うよう騎士には話してあります」

嘘は言っていない。見習い騎士には似たようなことを伝えてある。

「この観覧席に段を作っておいてよかった。我らの後ろに椅子を並べます。レグルスからの客はそちらに。よろしいですか?」

「王族を後ろに…?まぁレオンがそう言うならいいよ。いきなり来た方が悪いもんね」

ベンジャミン様の言葉に頷き、陛下も加えて階段の方へ向かうと、上るマントの男達がこちらを見上げていた。紅眼が俺を捉えたが…薄い。上りきった男は俺の目の前に立った。シーヴァ様と随分背丈が違う。王太子は頭からマントを下げた。俺は驚きを隠し、微笑んだまま挨拶をする。

「カルヴァ・レグルス殿下。ようこそシャルマイノスへ」

「突然の訪問、申し訳ない」

紅眼だけがシーヴァ様の子だと証明するかのように似た要素が見つからない面差しだ。髪は鮮やかな青、見える紅眼も細目のせいで薄く、ハロルドに似ていて驚いた。ギィほど大きいが予想通り体に厚みは無さそうだ。

「はじめまして、カルヴァ殿下。シャルマイノス国王ドイル・フォン・シャルマイノスです。こちらはベンジャミン・マルタン公爵、そしてカイラン・ゾルダーク公爵です。もう一人ハインス公爵もこの会場にいます。これはレオン・ゾルダーク」

俺の肩に腕を回しながら陛下がカルヴァ・レグルスに声をかける。

「突然の訪問、申し訳ない」

弧を描く細い眼差しは陛下に移り俺に伝えた言葉を繰り返した。持ってきたものを今ここで渡されても困る。

「陛下、会場は盛り上がっています。始まりを今か今かと観客が待っています。カルヴァ殿下、席を用意しました。護衛の方もどうぞ座ってください」

用は全てが終わってからにする。それくらいわかっているだろう。

「そうする」

俺の言葉に頷き、ザックに導かれレグルス一行が動いた。それを皆の視線が追う。この王太子とシーヴァ様の顔面の対比に陛下の顔もおかしい。

「レオン…」

陛下の困惑した声が届いた。

「言いたいことはわかります」

カルヴァ・レグルスは椅子に座るとき、ギィに気づいた。紹介をしていないが風貌で正体は知れる。ギィは観覧席の端の手すりに腰掛け、黙してカルヴァ・レグルスを見ている。ギィが頷くとカルヴァ・レグルスも同じように頷いた。俺は腹の底が見えない男に少し不快な思いが湧く。

「レオン?」

声に振り返るとテレンス叔父上がルーカスと立っていた。二人ともレグルス一行を一瞥し、真剣な眼差しで俺を見つめる。

「テレンス叔父上、ハインス公爵。カルヴァ・レグルス王太子殿下が忍んでいらしたようです。レグルスまでこの対決の噂が流れたようで」

俺の言葉に頷いた二人は挨拶をするためカルヴァ・レグルスの元へ向かった。

「陛下、始めましょう。ベンジャミン様、お願いします」

「いいよ、さて…と」

始まりの言葉をベンジャミン様に頼む。

「お集まりの皆さん。ベンジャミン・マルタンです。ははっもうどこかに賭けましたかな?もちろん、我がマルタンでしょう?おや?ディーター侯爵、その顔はマルタンに賭けていないな?ははっ冗談ですよ。皆様、遠路はるばるお越しいただき感謝申し上げます。三公爵家騎士団対決…正々堂々の戦いを存分に楽しんでください。入場!」

ベンジャミン様の言葉の後に白い天幕から選ばれた騎士が武具を身に付け現れた。腰には剣を差し、腕には兜を持った黒と紫、茶を纏った騎士らが鉄を鳴らしながら足を進め、三公爵が集まる観覧席の前まで列をなし向かってくる。兄とルーカスは手すりの近くに立ち、家門の騎士に顔を見せる。

「マルタン騎士団!頑張ってね。勝ったら高級な酒を浴びるほど飲めるよ」

ベンジャミン様は自団の騎士に向けて声をかける。騎士らは拳を胸にあて頭を下げた。

「ゾルダーク騎士団!その黒を纏う意味を知っているはずだ。力の限り戦え」

兄は見上げる黒い騎士に告げる。マルタン騎士団と同じように拳を胸にあてた騎士は頭を下げた。ガイルだけは一瞬俺に視線を移し、拳を揺らした。

「ハインス騎士団!………実力を出し、勝つことを諦めるな」

ルーカスは天幕で何を言い、決断したのか…俺にはわからない。ただ、団長とその息子の姿は消えている。天幕から出ていない。これでハインス騎士団が力を増し、実力のある騎士が活躍するならいい。
ルーカスの後ろに座るカルヴァ・レグルスに視線を移す。糸目がゾルダークに向けられている。奴の渡すものがアダムからの手紙なら早く読んでみたいが、三公爵の言葉の後は婚約を観覧席にいる貴族に披露する。俺はルーカスを見つめ、振り向いた碧眼に頷く。

「この場を借りて…我がゾルダーク家の婚約を披露する」

兄の突然の言葉にどよめく貴族と、先に知っていた貴族が囁き始める。

「ゾルダーク公爵家嫡男レオン・ゾルダークはレグルス王国の王女と婚約をする」

会場に集う令嬢の悲鳴が所々から湧いた。俺は兄の隣に立ち、会場を見回し頭を下げる。

「加えて……」

声に詰まった兄の代わりに陛下が声を上げた。

「レグルス王国との婚約は大変貴重だ。この婚約によりレグルス王国はシャルマイノス国民の若者に医師学園への入学を約束した。令息に限らず令嬢も入学が許されている…シャルマイノスはより一層発展するだろう」

陛下の言葉にベンジャミン様が手を叩くと会場から、どっと大きな拍手が湧いた。陛下は頷き手を上げ、静まれと下げる。

「そして素晴らしい報告もある!おいで」

これは予定になかった。兄がやる予定だった。陛下はクレアに向かい手を伸ばす。クレアは微笑んで陛下の手のひらに伸ばした手を乗せる。

「ハインス公爵」

陛下に呼ばれたルーカスはクレアの隣に立った。その様子に会場からは困惑の視線が集まる。

「ハインス公爵家当主ルーカス・ハインスとゾルダーク公爵家令嬢クレア・ゾルダークの婚姻を披露する!」

「陛下!!」

兄の必死な叫びに陛下は間違いに気づいた。

「すまない!婚約を披露する!!」

俺はわざとだと思う。破談にさせるものかという陛下の執念を感じる。首を傾げて、ちらと背後を見ると椅子に座ったままのテオの顔が凶悪になっている。俺は陛下を助けない。


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