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レオン

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「おかえりなさいませ、レオン様」

「うん…ソーマ、変な顔してるぞ?」

いつもにこやかに出迎えるソーマの顔がおかしい。

「ルーカスが突然来たんだ。広場で何があった?」

ホールに現れたテオが機嫌の悪そうな顔で俺に向かって歩いてくる。

「ふーん…ベンジャミン様だな」

「ベンジャミンがどうした、余計なことを言ったか?」

「余計な…うーん…ルーカスと二人にしてね、と耳打ちはされたよ。俺は離れてさりげなく唇を読んだ。ルーカスがハインス公爵になった経緯をベンジャミン様は解いたな。ははっテレンス叔父上には言えないし、陛下に答えを聞けないし…堪らずルーカスに話したかな?加えてルーカスがどれほどゾルダークを理解しているか探ったのかな」

ハインス公爵家の継承は貴族家の者なら語り継ぐほど大きな謎だ。ベンジャミン様は行き着いた答えを知ってどう思ったか。
俺はテオとソーマを従え執務室へ向かい足を進める。

「何を話してた?」

クレアとルーカスの会話をテオに尋ねる。

「顔を見て少し話してルーカスは帰った」

「唇を読まなかったのか?」

「ボーマのせいでルーカスは俺に背を向けた。クレアは普段着がなんだと顔を赤くしていただけだ」

「そうか」

ルーカスには意図的に謎を匂わせているから、いろいろ考えてしまったかな。ゾルダークの闇に触れたかと思ったかもしれない。でもベンジャミン様と話してクレアに突然会いに…くく…ルーカスは予想以上にクレアを想うか。

「心配していたのかもな…」

「何言ってる」

「いや、なんでもない。テオ、騎士団の中から選抜したか?」

「レオ、話を変えるな」

執務室の扉の前にはハロルドが待っていた。

「おかえりなさいませ」

「うん」

ハロルドの開けた扉から部屋へ入る。

「ソーマさんがテオ様に泣きついたんです。先触れもなく来た、常識に外れている、レオン様に一言をと」

ハロルドの言葉を聞いて、振り向きソーマを見ると視線を逸らされた。

「ははっソーマ、過保護すぎるぞ。テオ、俺はルーカスに父上のことを仄めかしてる。ルーカスが想像したことは容易くわかる。義父と息子の嫁の間にできた子だぞ?否応なしにその状況になったと想像したら?そんなゾルダークで育ったのなら?そんなクレアを案じていたがベンジャミン様の話で結論を得たんだ…父上と母上に想いはあったと。安心したんだろ。悩みが解決した途端…会いたくなったってことだ…意味がわからないって顔をするなよ」

「わからん」

人ってのは感情のままに動くことがある。ルーカスは抑え続けた感情をやっと表に出せるんだ。少しくらい多めに見てやればいいのに。

「次に会った時に嫌みを言うよ。で?テオ」

「見習いと精鋭を混ぜた。年が偏ると不自然だろ?精鋭には怪我をしないよう相手の技量を見極めてから負けろと伝えた。見習いは全力だ」

テオの答えに頷く。

「精鋭は負けるとなると…ゾルダークは勝つか負けるか」

「勝つぞ」

俺の呟きにテオが返す。

「勝っちゃうか…負けてもいい。目的はハインス騎士団の手入れだ。ハロルド、報告は?」

ソファに座り、果実水をくれと机を指で叩く。ソーマが動き器に注いでいる。

「ハインス公爵家執事長の息子は溺れました」

「さすが高級娼館の女だな。さて…その執事長がどう動くか…息子を切り捨てるならルーカスにとっては朗報…金を受け取り要求に答えるなら…それでもいい。ゾルダークに寝返らせよう。潜らせている者が動きやすい」

「レオン様」

隣に立つハロルドが俺を呼ぶ。視線を向けると懐から手紙を出した。

「ん?陛下?なんだろ…」

封蝋を割り手紙を広げる。

「……陛下…困ったな」

「どうした?レオ。陛下の具合でも悪いか」

「違う…披露の日に着るドレスを贈るとある。ルーカスがすでにマダム・オブレに頼んでる…陛下も浮かれているな」

「国王からの贈り物だぞ。ルーカスのは着れんな」

ソーマとテオの満足げな顔を睨む。

「陛下には我慢してもらおう。ルーカスは早々に注文してる。流石に可哀想だ」

「甘いぞ、レオ」

甘い…て、なんだよ。クレアのことになると頭が悪くなる奴だ。ハロルドの視線を感じ、細い目を見つめると胸を指差した。

「今度は誰?」

「いつもの恋文です」

「またか…」

ディーゼル伯父上のジュノへの手紙は五日に一度は届く。はじめは読んでいたが恥ずかしくなるほど純粋で真面目な手紙に読むことを止めた。

「騎士団対決では笑顔の伯父上に会えるな、満足してるだろ。剣と鎧は?」

「運ばれた」

「騎士服は?」

「あつらえた」

「ガイルには本気を出せと言っておいて」

「俺は出れるか?」

立ったままのテオの顔を見ると真剣な表情だった。

「お前は公爵令息だ、相手が可哀想だろ」

不満そうな顔をするなよ。騎士の中には平民もいる。全力を出しづらいだろ。

「随分派手に宣伝したな」

テオの言葉に口角を上げる。俺はこの騎士団対決を地方に居を構える貴族だけでなく、平民の間にも噂を流した。

「きっと知るだろ」

好奇心が抑えられないと思うんだよな。

「好きそうだろ?」

「ああ、すでに外にいるかもな」

「ははっ」

テオの言いようが当たってそうで笑える。

「どうでしょうね。弟は回復していると言っても全快ではなさそうですし…流石に離れないのでは?」

「ハロルド、ギィだぞ?俺も入れろと騒ぎそうだろ」

ハロルドはギィをわかってないな。

「すまん、と言って離宮を離れているよ」

「チェスター王妃は王宮で立場がないとか」

ハロルドの言葉に頷く。多くの民の前で恥を晒した王妃の行動は、伝染病の終息と反比例して大きく噂になった。それは王妃の言葉に色を付けたものもあり、民からの信は落ちている。

「エゼキエルがやったんだろうな」

誇張させたのはエゼキエルだと思う。あの王妃は要らないと決めたんだろう。

「いつでも捨てれる」

が、愛するクレアはルーカスと婚約だ。まだ、知らないだろう。ハインス公爵家内にも知る者は執事だけに留めさせている。婚約披露と共に動き出す者が現れると俺はみてる。

「覚悟はしていてもエゼキエルは辛いだろうな」

「奴は放っておけ」

「放っておくさ。当分忙しいはず」

伝染病は国境まで迫り来ることはなく、港街と王宮辺りの被害で抑えられた。最後の罹患者の報告から一月後にレディント辺境砦は門を開き安息を得た。

「ニックには酷な数ヵ月だったな。何度も往復させた。長い休みと褒美は特別なものにしないとな」

「ああ」

テオには甘いと言われると思ったが…

「鍛練だと言わないのか?くく」

「レオ、ニックの褒美は俺からやる」

それは想像もつかないが、ニックは喜ぶのか?不安しかないぞ。

「テオ…人には好みというものがあるんだ。それがニックの褒美になるかちゃんと考えないと…迷惑になるかもしれない」

「この世に一つの物だ。泣いて礼を言う」

俺を見下ろす黒い瞳は至って真剣だ。本気で言ってる。

「ハロ、なんだと思う?」

小さな声でハロルドに問う。

「高級娼館の無制限使用…ですね」

「それは…ガイルが泣いて悔しが」

「ハロルド」

テオの低く重い声が俺の言葉を止めた。

「殴るぞ」

テオは凄く険しい眼差しでハロルドを睨んでいる。頬を歪ませ犬歯まで覗かせているから本気だな。

「テオ、ハロが死ぬ」

「申し訳ございません。冗談でございます」

ハロルドは深々と頭を下げた。座る俺には見える。笑うハロルドの顔が。

「私が当てます」

静かに立っていたソーマがにこやかに参戦した。

「へー当たったら金貨五枚、ハロが払うよ」

頭を下げたままのハロルドの笑顔が消え、細い目が見開き俺を睨んだ。俺は微笑んで頷く。

「クレア様の刺繍されたハンカチ」

自信ありげなソーマの答えにありだなと思う。

「テオ?」

珍しくテオの口角が上がった。

「ハロルド、ソーマに金貨五枚渡せよ」


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