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カイラン

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ゾルダーク邸、上階にあるカイランの寝室には黒を纏うキャスリンがいる。カイランは空色の瞳を見つめて、この重い心をどうしたらいいのかと悩む。

「トニー、レオンはジュノに話したのか?」

「呼ばれていましたから、そうでしょう」

ディーゼルの嘆きが頭から離れない。ハロルドは顔を見ていないからあんなに冷静でいられたんだ。あんな、あんな顔のディーゼルを初めて見た。付き合いは長いし貴族院や夜会では必ず顔を合わせる。この邸でも会っていたのに…いつものディーゼルは消えていた。泣くまいと歪ませる顔には胸が痛んだ。話してしまおうか…テレンスから知らされていない真実を。それを話してディーゼルの辛さが減るか?減らないだろ。

「カイラン様が落ち込んでも仕方がないでしょう。ディーゼル様がご自身で解決する話ですよ」

どうしてトニーはこうも楽観できる。

「カイラン様のせいではないと言っているのです」

「そんなことないだろ」

僕はどうにかできる場所にいた…何よりも原因は僕だ。早々に父上を殺してしまえば…剣で…胸を貫く前に僕が死んでる。

「キャスリン様は幸せそうに笑っていましたよ」

そうだが、頷けない。キャスリンは幸せだった。知ってる、わかってる…見ていたんだ。離れた場所からでも見ていた。ディーゼルもあれを見たら…何も言えなくなる。

「ジュノの答えは?」

「まだ答えていないようですよ」

考える時を与えたのか。

「ジュノには相手がいるとは聞いたことがないですね…ダントルと仲はいいですが適度な距離を持っていますし…まさか…」

「まさかってなんだ…トニー」

ジュノはディーゼルに心があるとでも言いたいのか!?彼女はキャスリンが連れてきたんだ!クレアがルーカスと婚約したってだけで寂しくなったのに、キャスリンのメイドまでいなくなるなんて…キャスリンの思い出が、このゾルダークから消えてしまう。少しずつ薄れてしまう!

「ジュノはディーターには行かない」

クレアの側にいるはずだ。クレアだって寂しがる…だがジュノが選んでしまえばレオンは送り出す。

「…父様?」

隣の執務室からクレアの声がした。僕は駆け出し寝室の扉を開ける。驚いたクレアが瞳を見開き僕を見ている。

「扉を叩いても返事がないから…」

思わず駆け出し小さな妹を抱きしめる。

「…部屋にいると聞いていたから開けたのよ。食事も取らずに…父様、拗ねてるの?」

腕の中から聞こえる声は優しく僕を案じている。

「クレア、今日決めなくてもよかっただろう?」

「ふふ、やっぱり拗ねていたのね。公爵には人が集まると言ったのは父様でしょう?ルーカス様を取られては大変よ」

そういう意味で言っていない!

「…階級に拘りがある訳じゃないの…私を貰う人は大変よ?ルーカス様は根性?がありそうでしょう?」

根性なんて言葉をどこで覚えるんだ…僕にもわかってる。ルーカスが適任だなんてわかってはいても早いだろう。

「ふふ、婚約は破談にもできるのよ?」

クレアの細い肩を掴んで体を放し、微笑む顔を見つめる。

「機嫌は直った?」

首を傾げると紺色の髪が流れる様子はいつまでも愛らしい。破談なんて醜聞を生むのに…ゾルダークなら関係ないか。

「ディーゼル伯父様に意地悪を言われたの?」

「いや…ディーターには辛い思いをさせた」

「ディーゼル伯父様は私を見る度に小さいと意地悪を言うのよ。バックに越されるって…もう越されているかも…」

クレアは僕の背に腕を回して抱きついた。

「辛いのは父様もでしょう?私達だって癒えていないのよ。明日は一緒に花園を歩く?」

「ああ」

僕を慰める愛しい妹の紺色の頭に口を落とす。



カイラン様の部屋の前でクレア様を待つ。握りが回りクレア様が出てきた。視線が合い、頷いて共に歩き始める。

「機嫌は直りましたでしょう?」

「ふふ、そうね。ソーマの言う通りにしたら直ったわ」

カイラン様の気持ちは十分理解できる。ディーゼル様から責められ、クレア様の婚約を聞かされては食欲も出ないだろう。テオ様の付いていないクレア様を見れば喜ぶと思ったが予想通りだったようだ。

「破談…テオもそう言いそうよ」

私を見上げる黒と空色の瞳が垂れて微笑んでいる。

「ソーマったら、今日婚約したのにもう破談なんて言って…父様が本気にしたわ」

「あちらに何か起きた場合、その可能性は出ますよ」

「まあ!何かが起これと願うの?酷いソーマね、ふふふ」

願ってはいないが何かがあれば…とレオン様も思っているはず。

「ふふふ…私、本当に緊張していたのよ…婚姻はいつでも、なんて言ってしまってルーカス様は困っていたの」

思わず歩みが止まってしまう。

「ル…ルーカス様はなんと?」

「明日にでもって」

なんと!ハインス公爵!少し調子にのっている…クレア様…婚姻をいつでもなど…キャスリン様の潔さを受け継いでしまっている。

「ソーマ、眉間にしわがたくさんあるわ、ふふ。ルーカス様はレオンと話すと言ったの…先走って恥ずかしかったわ」

レオン様は一年と仰った…短い…きっと冗談だろう。私の反応を楽しんでいらした…二年…三年は待ってもらいたい。

「レオは…ルーカス様に真実を話すかしら…」

微笑みを消したクレア様が私の腕に手を添える。ゆっくりと足を進め廊下を歩く。

「悟らせるかと」

「悟らせるなら知ってもいいってことよね?レオの指示を待つわ。レオの婚約はいつ披露するのかしら?まだ箝口令は解かれていないのでしょう?」

「はい、機を待ち披露するそうです」

壁紙もソファも寝台も箪笥も選び終えている。クレア様の服も仕舞っていたものを出し、綻びがないか探すよう命じてある。どんな幼子だろうか。

「楽しみなの。仲良くしたいわ」

「はい」

小さなクレア様を初めて抱いた日を鮮明に覚えている。旦那様の女児と言う言葉に湧き立った歓喜、聞こえた小さな泣き声。お二人とも小さく生まれたが、クレア様は特に小さかった。目を離さず交代で見守った日々が懐かしい。

「私ね、鳥を扱えるようになりたいの。ハインス邸に行っても連絡がしやすいでしょう?」

「いい考えです」

「ふふふ…レオの許可が下りたら街へ行こうって、テオが言ったの。行けるといいわ」

「行けますよ」

アムレの結果でクレア様は多少自由になる。ゾルダークの騎士は強く、複数名で守りを固めれば買い物くらい許される。閉じ込めていた大切なクレア様が外の世界を知ったらどうなるか。

「ソーマも一緒よ?」

「承知しました」

旦那様の贈り物がキャスリン様ならば、私の天からの贈り物はクレア様だと断言できる。敬うゾルダークに生まれた紺色の姫。叶うはずもないと思っていた存在が私を慕ってくれる。これほどの幸せはない。


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