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レディント辺境

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レディント辺境は突然の封鎖に混乱が起きていた。辺境砦に近づくと人が溢れ、エゼキエルは馬車から下り護衛騎士と共に馬に乗り砦に向かった。シャルマイノス王宮からの早馬はエゼキエルより一日早く着き、王宮からの指示を確認した辺境騎士団は砦門の強化に慌ただしく動き始める。

「チェスター国王陛下、着いて早々お疲れでしょうがこちらへ…」

エゼキエルはレディント辺境伯に迎えられ砦の上へと登る。高い尖塔から辺境伯と共にチェスター王国を見つめる。

「下をご覧ください…王族の旗を掲げる団体があちらに。我が国の陛下からはチェスター王族は療養所に籠るだろうと知らされましたが…」

エゼキエルが見下ろすと、確かにチェスター王族の旗が大きく振られ、伝えたいことがあると合図を送っている。

「彼らと話しましたか?」

「はい…チェスター王妃様が陛下と共にこちら側で指揮を取るから入れろと言われましたが、我らは門を開きません。チェスター側に行く者は我らの使う扉から出しています。数日前にチェスター王国騎士団のマントを被った男を通しました。我が陛下と貴殿の書状も確認しました」

「その男は無事に向かったか…礼を言う」

レディント辺境伯は緑の髪の頭を下げて返事をする。

「この尖塔からでは声が届かないな」

「下りますか?そこならば相手の顔も確認できる位置です」

エゼキエルは頷き、辺境伯と共に狭い階段を下りる。

「こちらです」

そこは小さな空洞のように開けられ、大の大人の体は通ることができない。エゼキエルは顔を出し見下ろすと馴染みの侍従が見えた。

「陛下!ご無事で!」

「無事に決まってる。ゴード、手紙は受け取った。今の状況は?ラファエルとギデオンは発症したか?」

「殿下方はお元気です。療養所に入り封鎖しました。ですが数日前から王宮の使用人に罹患者が出たと合図が打ち上げられました」

侍従から離れた場所に停められた王族の馬車の扉が開き、ロザリンドがドレスを持ち上げエゼキエルのいる砦へ走り寄る。

「陛下!エゼキエル様ぁ!!」

髪を振り乱し走るロザリンドを護衛騎士が止めようと手を伸ばすが、それを振り切り侍従を押し退けエゼキエルを見上げる。

「王妃、療養所を出たのか?もう戻れると思うな」

「エゼキエル様!私は発症しておりません!貴方の側で働かせてください!」

エゼキエルは侍従を見つめ命じる。

「王妃を療養所に入れるな、王命だ。どこかに天幕でも張ってやれ」

「エゼキエル様!!」

「ロザリンド!黙れ!!ラファエルから離れるなど何を考えてる!?そこの騎士!暴れるようなら縛っていい!邪魔なだけだ、連れていけ!」

「エゼキエル様!!離して!触らないで!!私を誰だと!」

騎士に腕を掴まれ暴れるロザリンドは引き摺られながら馬車に向かい、それでもなにかを喚いている。

「ゴード、なんだあれは?ロザリンドは気が触れたのか?」

「シャルマイノスから戻った矢先、伝染病の報せを受けて…王妃様は戸惑ってしまわれたようで」

「見張れ。ゴード、父上の離宮はどうだ?」

ゴードは首を横に振った。

「発症されました」

エゼキエルは冷たい石壁に蟀谷を突け、銀眼を閉じる。ギデオンの快活な笑顔が目蓋の裏に見え胸が苦しくなる。

「そうか…そうか…父上…ゴード、死者は?」

「港は酷い有り様で…五百に近いと…体の弱い者から倒れ…お…幼い子も犠牲に…」

エゼキエルの心中は数多の感情が入り乱れ、堪らず握った拳を石壁に何度も叩きつけ咆哮を抑えることしかできない。

「…ゴード、近衛をここへ集めろ」

「近衛を?」

「王族のいない王宮を守るのは少数でいい。王宮は門を閉じ封鎖。食料庫に保存された食材を民に配れ。石鹸も同じくだ。均等に民の手に渡るよう王国騎士団を動かせ。近衛が集まったら教えてくれ。頼んだぞ」

「御意!」

深々と頭を下げ走り出す侍従を見つめ、暮れかけた空に視線を移す。怒りがエゼキエルの体内をぐるぐると巡り、苦しむ民と悲しむ民とにやけた顔のアダムが脳裏を埋め尽くす。

「陛下…血が…」

後ろに控えていた辺境伯の声に思考から覚め、石壁を叩いた拳を見ると血が滲み、床へと垂れる。

「失礼…」

レディント辺境伯は懐からハンカチを出し、エゼキエルの握られた拳をゆっくり開き、器用に巻いていく。

「ありがとう」

「いいえ…心中お察しします。見張りの騎士が立ちます。報せが来ましたらお呼びします、お休みください」

エゼキエルは頷き、使用人に案内された部屋の寝台で横になる。薬の存在をゴードや他の者にはまだ話せないことが悔やまれた。あっちでレオン・ゾルダークが動いても、薬の存在が不確かでは何も言えない。それでも望みを託し、来る薬を無事に運べるよう近衛を集める。数日ぶりに体を伸ばし横たわると目蓋が落ちていく。沈む意識の途中、扉の動く様子に銀眼を開けると部屋の端に碧を纏った騎士とマントを被った男が立っていた。黒髪の騎士を見て懐かしい記憶が甦る。騎士の紺碧の瞳は母の物だった。

「姉上…ふ…ギデオンと同じ色だ」

「エゼキエル、荷馬車に積んだ薬が向かっている。私はこのまま離宮へ向かう。薬の効果を確認次第、合図を打ち上げる。一発なら偽物、三発なら本物。罹患者に薬を与えて半日でわかるそうだ。合図を待て」

マチルダの言葉を聞いて起き上がり、床に足をつける。

「二の父上が罹患しました。姉上…頼みます」

「ああ、必ず届ける」

「お待ちを…これを持っていってください」

エゼキエルは立ち上がり、懐から一枚のハンカチを取り出しマチルダに近づく。

「腕に巻きます」

それはチェスター王族だけが持つことを許される紋章の入ったハンカチだった。

「止められるようなことがあれば見せてください。理解できない者は昏倒させていい」

巻き終わり顔を上げたエゼキエルは紺碧の瞳と見つめ合う。これほど近くでマチルダを見るのは初めてだった。面差しが自分に似ていた。
染色された眉が下がり微笑んだ姉は静かに扉を開けて出ていった。部屋にはマントを被った男が残る。

「ニックかな?」

「はい」

「レディント辺境は久しい?」

「はい」

「私を覚えているかな?」

「エゼキエル様、アダムが薬と共にこちらに向かっています」

ニックの言葉に頭に血が上る。

「なぜ…」

「レオン様の命です。貴方に謝れと。詳しいことは解りかねます。鳥が伝える文は短い」

エゼキエルは痛みを感じ拳を見る。強く握ったせいで巻かれたハンカチの血がさらに広がっていた。

「殺していいのかな…?」

「アダムが手紙を持っています。それを読んでから決めてください」

「私は今日、辺境に着いた…予定より遅れたが…レオン・ゾルダークは随分怒っているんだな」

「はい」

エゼキエルの予想よりも遥かに早い動きをしたレオンに、なにがあったのか詳しく知りたい気持ちと向かっている薬とアダムに感情が混ざり手のひらで顔を覆う。

「許せるものか」

エゼキエルの呟きを聞こえただろうニックはもう用はないと部屋から出ていこうと動く。

「待ってくれ、荷馬車はいつ?」

「荷を運んでいます…急いでいますが…三日から四日、お待ちください」

「わかった。ありがとう」

長い三日になるとエゼキエルは覚悟した。


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