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ドイルの執務室

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その言葉にドイルの肩を掴んでいたジェイドはまだ少年の域を出ないレオンを見つめる。黒い瞳の色は深く暗く、口許は微笑んでいても本気なのだと理解した。

「国が戦争をする意味を理解していないな小公爵」

「シャルマイノスが関わらなくていいのです。チェスター王国を旗頭に陰ながらゾルダークが手を貸しますから。アムレの王宮を壊滅させることはできるでしょう。二度と異色の瞳が欲しいなど言えなくなる」

「レオンができるって言ってるんだからできるんだろ。シャルマイノスは関係ないってさ。クレアにちょっかい出すから怒ってるんだよな、レオン」

ドイルがいつもの調子でレオンに微笑む。

「はい。父上はアムレを焼き払うと」

「な!?そんなことをカイランが言うか!嘘つけ!」

ジェイドは思わず素でレオンに話しかけてしまった。

「ははっ父上をよくご存じだ。言ったのはテオです」

前公爵に似た色と面差しを持つレオンの笑いに拍子抜けしてしまったジェイドは金髪の頭を掻いた。

「…ちっ…なんなんだ…一体」

「ジェイド、口を挟むならドウェインって言ったろ?すぐに口を挟んだな。いい年してまだ阿呆なのか。ゾルダークが片をつけたんなら俺達は楽したーってレオンを褒めろよ。ちっとも頭を揉んでない。もうお前の同席は許さないからな」

ジェイドはソファに座り直し腕を組んで動きを止めた。口も結び瞳も閉じた。それを見たレオンはドイルに視線を移し話す。

「陛下、チェスター国王はアムレに遺憾の書状を送るでしょう。出方によっては陛下も同調してくれますか?」

「ああ。ゾルダークが動かなきゃシャルマイノスにまで病が来てたんだろ?それくらいするよ、いつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

レオンは微笑み紺色の頭を下げた。

「クレアは?気にしているだろ?」

「…はい。恐れていた敵がついに動きだし、無関係の人らを巻き込んだ…あの子の心はそれを忘れないでしょう」

「そうだよな、俺が慰めなくちゃならないな。落ち着いたら忍んで行くよ」

レオンは温くなった紅茶を含み喉を潤す。ジェイドは薄目でそれを見て喉の乾きを感じ、ハロルドの入れた紅茶に手を伸ばし口に含んだ。

「ハインス公爵も共に忍んでください。クレアが話したいと」

「ぶふぉっ!」

レオンの言葉にジェイドが盛大に紅茶を吹き出した。

「汚いなぁジェイドぉ…悪いなハロルド、布取って」

ドイルは指を差して布の位置を教え、拭いてくれと頼む。

「なになに?…クレアはルーカスに決めたのか?やったぞ、ハンク。俺はお義父様になれるぞ、んふふ…はははっ」

嬉しそうに高笑いするドイルの隣に座るジェイドはまだ咳き込み手のひらで口を覆い、懐から出したハンカチで顔を拭う。

「陛下、話すだけですよ。会話が成り立たなければ婚姻なんてできないでしょう?特に二人には年齢差がある…ですが、引きこもりの妹の会話は限られていますから、ルーカス様ならば優しい聞き役になってくれるでしょう」

話を進める二人に我慢ができず、ジェイドは手を上げる。

「クレアは金髪碧眼が好きなのかもな。俺のことが好きだもんな。俺のおかげだぞ、ルーカスめ。あんな可愛い紺色が嫁いでくるなんて…あー!生まれるのが金髪碧眼なのが悔しい!…待てよ…クレアに似た金髪碧眼の女児もいいな…し、し、死ねない!長生きしなくちゃ!なあ!レオン!」

「ははっそうですね。陛下にはクレアの子を抱いて欲しい」

レオンは心からそう願う。その光景を想像し、胸が熱くなる。

「楽しみだなぁ…」

ドイルは空を見つめ、未来を想像しているのか呟いた後は動かなくなった。

「レオン様」

机を拭き終えたハロルドがレオンの耳元で囁きジェイドを指差す。手を上げて発言を待っていることは知っていたがまだ諦めず手を上げている。

「陛下、殿下が発言の許しを待っています」

「ん…?今幸せな未来をな…左側にルシル、右側にクレア、膝の上には金髪の女児を乗せてさ…羨ましいって空から殴りに来るかなぁ…んふ」

「陛下」

「ん…?ああ、なんだジェイド?待てができるようになったのか偉いぞ。話していい」

ドイルが手を振るとジェイドは手を下ろし口を開いた。

「ルーカスが婚姻しないのは男色だからではない?夜会で踊ったのは話題作りではない?アムレへの牽制でもなく…ルーカスはクレア嬢の成長を待っていたのか?」

「強い意志だよな。三十過ぎまで独身でどんな噂か知ってるか?男色から不能、女嫌いに潔癖症。クレアと踊ったから幼女趣味まで加わった。あいつはそれを把握してもなに食わぬ顔をして貴族院や倶楽部に通ってる。クレアだけを見て望んでる…断られても困った顔をしないぞ。微笑んで頷く。俺の息子の中ではあいつが一番上手く育った。ハンクのおかげだな…あっ」

ドイルは咄嗟に口を押さえた。余計な言葉を口にしたとジェイドに視線を向けると、同じ碧眼が鋭く睨み見ていた。そしてまた手を上げた。

「聞こえた?あ…そ…どうぞ」

発言の許可にジェイドは問う。

「公爵のおかげとはなんです?」

「えージェイド知らない?昔、ルーカスを謹慎させたろ?ハンクに無茶苦茶怒られたんだよ。あっルーカスが悪かったんだぞ。ハンクは悪くない。俺が謝ったんだからな。まぁその時、ハンクの恐ろしさを間近で体感してからあいつは成長したんだよ…末っ子の甘えた王子は消えて随分学んでた」

「あれは…そんなことが…何かをやらかしたとは思っていたが聞いても話してはくれなかった…」

「ハンクは本気で怒ったわけじゃないだろうな。本気なら死んでたさ。ちょっと痛めつけたら謙虚になってさ…三人ともゾルダークに預ければよかったよなぁ。ジョセフとセドリックをテオに預けるか?」

「ははっテオを怒らせますか?祖父のように頭を掴まず腹を殴るでしょう」

「泣くぞ?はははっ」

二人の会話を聞いたジェイドはドイルの様子を観察する。気兼ねなく話す年老いた父親と孫の年齢の少年の様子は友のように見えた。

「なんだ?ジェイド、また手を上げてよ。黙っていられないのかよ」

「仲がよろしい」

「俺とレオン?ははっだろ?」

「カイランとは違います」

ドイルは眉尻を下げて金髪を掻いた。カイランとレオンでは思い入れが違う。ドイルはカイランを厭ってはいないが多少の罪悪感を持つ。レオンの存在は過去のドイルの行動の結果。ハンクにセシリスを押し付けるとき、丸投げにせず自分が上手く動き、セシリスの意識を改めさせていれば二人の間に生まれたカイランに悪影響はなかったのではないかと、後妻を取らずに未だに空色を纏う姿を見て心苦しい思いが少し湧いていた。

「はははっ殿下、父上は陛下相手に萎縮しますから。その点俺は赤子の頃から可愛がってもらっています。よく忍んだ陛下と手を繋いで花園を歩きました」

懐かしい思い出を話すレオンにドイルは心が浮上する。

「おーたたって言うんだよ。小さい紺色がさ、三つ並んで、おーたま、おーたたってよ。カイランがおーたまって言うか?はぁ…次はじぃじだ…おじーたた…おじーたま…いい…俺は泣くぞ!」

「ジョセフもおじーたまと言っていた。忘れましたか?」

「ジョセフの前では威厳を保っているからな、国王なんだ、仕方ないだろ?この騒ぎが落ち着いたら譲位するか?ジェイド」

いきなりな言葉にジェイドの体は揺れて穏やかな眼差しのドイルを見つめる。

「父上…」

「荷が重いか?」

「重いというか…私には柔軟性が無いと理解している…ゾルダークの行動に疑問を持たない父上にも、知らないうちに事態が始まり終わっていることも…なんだか嵌まらない」

「お前の考えに嵌めなくていいさ。信じる相手を見極め相手にも信じさせろ。俺はハンクを…今はレオンを信じてる。この件で一番苦労したのはゾルダークだぞ?王家でも国でもない。ゾルダークがなにもせず病が迫りクレアを渡せと言われたら、ジェイド、お前ならどうする?」

ジェイドは答えられない。悩むが何千何万の民の命と一令嬢の身柄は比べられない。苦しむ民らを救う手段を選ぶのが国王の務めだと思っている。

「悩むよな。ゾルダークは悩まない。民なんて知らんって言って持ちかけたアムレの奴を拷問してでも薬を探す。その間に民が死んでも仕方ないってなレオン?」

「仕方ないですね。ゾルダークはクレアを渡すつもりは毛頭無い。王家に命じられたら不敬罪を覚悟で断りますしシャルマイノスを捨てます。ゾルダークはどこへでも行ける」

黙してドイルとの会話を聞いていたレオンの放った言葉を聞いたジェイドは真剣な眼差しの黒い瞳が深く沈み深淵になる様を見た。それは生前のハンク・ゾルダークに告げられた言葉と同じで少年の背後に同じ濃い紺色の髪を持つ巨体の男が立っているようで呼吸が止まる。


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