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マチルダ出立

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シャルマイノス王国の広い空が白みだし、冷たい空気が頬を冷やす感覚に大きく息を吸い込み、細く長く吐き出しながら王国騎士団の衣装を着こんだ馬上のマチルダを見上げる。夜のうちに髪色を黒くした紺碧の瞳に小瓶を渡す。

「不味いが全て飲め。一月で戻れば死なない」

そんな便利な毒などない。滋養強壮の不味い薬をマチルダは腕を伸ばして受け取り、一気に飲み込んだ。薬の渋さに眉間に力が籠る様を見て、懐から飴玉を取り出す。

「ほら、口の中が辛いだろ?舐めておけ」

ひょいと小さな飴玉を上に投げると、難なく手のひらが掴んだ。小瓶を俺に向かって落とし、飴玉の包装紙を剥がし口に放り込んだ。何か言いたげな紺碧の瞳が上から俺を見つめるが、ギィに薬を渡すことが最優先だ。

「チェスターに向かえば途中で荷馬車を守る同じ衣装の騎士に会う。これを渡せばいい」

俺の指示書を読めば馬車は止まりマチルダに薬を渡す。
アダムを連れたゾルダークの騎士らは夜通し進みフォード辺境側にある倉庫に着き薬を確認したと鳥が半時前に教えた。

「まずはギィの向かう離宮に行き、腹違いの弟の容態の確認、罹患していなければ、誰でもいい、罹患者に薬を飲ませるんだ。半日で効果が現れなければ…アムレに騙されたということだ。荷物の中に鋼の砲がある。説明書きもあるから花火を打ち上げろ…もし偽物ならば貴女はチェスターから出ることはできなくなる。そうなったら解毒薬はニックに渡しておくからそちらの心配は無用だ」

訝しげな紺碧の瞳はその想像もしていたんだろう。死にに行けと言われたも同然だ。

「薬が偽物だったらエゼキエルと共にアムレを焦土にする。無念は晴らす」

俺は微笑みマチルダの乗せている馬を撫でる。

「強い子だよ。きっと貴女をギィの元へ連れていく」

焦げ色の滑らかな体を軽く叩いて離れる。

「頼んだよ」

紺碧の瞳を見つめて心を込めて伝える。

「承知した」

マチルダは馬の手綱を操り門へ向かって駆け出した。碧い団服が視界から消えるまでその場に立ち見送った。

「ああ言ったけど偽物だとしたらどうするかな…焼き払うのはさすがに民が可哀想だ。アムレの王族を根絶やしにしてやるか。金眼が二度と生まれないように…なぁザック」

「はい。傍系全てを根絶やしに」

「だな。ハロルドは寝てるか…俺に付き合って徹夜をするから…若くないのに」

「レオン様を心配なさっています」

振り返りザックを見つめる。

「ハロは側に置きすぎたな…早死にしては困る…まだ悲しみは薄れていないんだ」

ハロルドに甘えている自覚はある。

「ザック、若いお前が補佐をしろよ?」

「レオン様、そうは言ってもハロルドさんが離れないんですよ」

「ははっそうか…」

ハロルドがそうしたいならいいか。

「王宮に早馬は?」

「先ほど」

王宮では物資を送る王国騎士団が準備をしているだろう。

「商会は?」

「手紙を会長に送りました。男に怪しい動きはなく、近づく者は今のところいません」

「忙しくともパウロとは連絡を取り合っていただろう…動くよな…見張りの強化、動きを見せたら捕らえていい。当分アムレからは援軍が来ない」

命じた通りに山間を火薬で崩せば、時は稼げる。アムレに手加減はしなくていい。



ゾルダーク公爵家の漆黒の馬車が王宮の門を潜り入り口に横付けされる。馬車から降りたレオンはハロルドを伴い、内部へと進む。先触れを聞いていた使用人が走り近寄り、ドイルの執務室へ向かうよう伝えた。

「忙しそうだな」

廊下を歩きながら窓の外を眺めると碧い団服を着た騎士らが物資を荷馬車に詰め込む姿が目に入る。もう陽が真上の時、雲一つない青空と城下を見つめていると前方から慌ただしい足音が複数聞こえ視線を移す。白い近衛を率いたドイルが疲れた顔をして微笑みながら向かってきていた。

「陛下、ご機嫌麗しく」

「麗しく見えるのか?」

「はは…挨拶ですから。ちゃんと休まねば倒れてしまいますよ?」

ドイルはレオンに抱きつき耳元で囁く。

「ジェイドがさぁ…俺の執務室にいるんだよぉ出ていかないんだよぉ」

背中に腕を回し手のひらで軽く叩いて囁く。

「庭園に行きますか?」

「一緒に行くって言うんだよぉ」

俺の肩に顔を擦り付け泣き真似をする陛下に頬が緩む。ジェイドは何かを察して知りたい気持ちが溢れたのか。

「陛下、ゾルダークには密約がありますから殿下もおかしなことはしないでしょう。口を挟むなと伝えてください。深刻な話です」

陛下は俺の肩を掴み顔を上げた。

「いいのか?」

「邪魔をしなければ小言ぐらいは聞きます」

俺の微笑みに眉尻が下がり碧眼が垂れる。

「あいつには理解して欲しいんだよ…できなきゃ苦労する、あいつがな」

「心配が絶えませんね、陛下」

陛下と並んで歩き始める。執務室に近づくと侍る近衛が扉を開け待っている。陛下に続きハロルドを伴い部屋へ入るとジェイドがソファに座っていた。

「王太子殿下、ご機嫌麗しく」

俺は軽く頭を下げる。

「なぜ小公爵が来る?公爵はどうした?」

その質問には答えず陛下の勧めるままソファに腰を下ろす。背後にはハロルドが立つ。

「ジェイド、レオンは俺に用があってきたんだ。カイランは関係ない…ことはないけども!レオンが任されたことだからレオンが来たんだ!口を挟むならドウェインにお前を出してもらうぞ?」

俺はハロルドに合図をして、執務室にある茶器を運ばせ紅茶を入れてもらう。視界に映るジェイドは口を閉ざし腕を組んでソファの背凭れに体を預け動くことをやめた。

「悪いなハロルド。俺にも入れてくれ」

「かしこまりました」

ハロルドが陛下に答え、机に茶器を並べ注いでいく。この部屋で話すことは陛下の従者の耳には入れられないから外に出されていた。

「陛下、忙しい中ですが報告します」

マチルダの話を共に聞いて書状を頼んでから陛下に詳しく報告をしていなかった。シーヴァ様の動きも気になっていただろうと王宮まで足を運んだ。今回の事態は手紙では伝えきれない深刻さを持っている。

「チェスターの伝染病はアムレの貴族の仕業と判明。アダム王太子はその事実を知らずにいました。確認済みです。目的はシャルマイノスに伝染病が迫ったとき、薬を渡す代わりにクレアを差し出せと画策したようです…が薬は押さえました。長らく準備をしたこのおぞましい計画の要となる薬はシャルマイノス国内の倉庫に保管され出番を待っていましたが、今は王国騎士団に守られチェスターに向かい走っています。アダム王太子には責任として薬に同行、チェスター国王への謝罪を申し付けました…薬が偽物でなければ早々に終息します。陛下、協力ありがとうございました」

対面に座る碧眼が真剣な眼差しで俺を見つめる。

「大変だったろ?危なくなかったか?」

「傷の一つもありません」

そう答えると目尻が下がり微笑んだ。

「そうか」

「なに言ってる!?」

ソファから体を起こしたジェイドが碧眼を見開き、俺に向かって吠えた。

「ゾルダークはアムレの陰謀に気づき勝手に対処してチェスターの伝染病の薬!?王国騎士団!?クレア!?アダム!?は、は、早馬がレディント辺境から着いたのが三日前だ!物資を運ぶ騎士団さえ向かっていない状況だぞ!それを…王国騎士団が薬を…?」

激しく動揺しているジェイドには触れず、陛下に微笑む。

「陛下、王国騎士団の衣装を借りました。ありがとうございます」

「礼なんて必要ないだろ?ゾルダークは伝染病の脅威を防いだ…レオン、ご苦労だったな」

「待て待て待て…どこから突っこめばいい!?ア…アダム王太子は素直に認めないだろう!?…まさか傷でもつけたか?証拠は?アムレの仕業だという証拠があったんだろうな!」

「ジェイド殿下」

俺は陛下の隣で中腰のまま喚いている碧眼に視線を移す。

「女王の信者が吐きました。その者にゾルダークは傷一つつけていませんが、激昂されたアダム王太子には蹴られていました」

「へぇ…アダム王太子の側近が女王の信者だったか…あの男は金眼だけしか取り柄がないのかな?」

同じ考えに行き着いた陛下に頬が緩む。

「ははっそのようです。チェスター国王はレディント辺境に留まるでしょう。明日にはレディント辺境砦に着くかな…その場でアダム王太子が謝罪をします」

ジェイドが動き、陛下の肩を掴んで揺らす。

「父上!…父上…これは国家間の陰謀です。一歩間違えれば戦争だ」

「はい。薬が偽物の場合、そしてアダム王太子が暴れた場合は開戦です。チェスター国王には戦争をする理由がある。チェスターの民が犠牲になっている…何年も積み重ねた計画です。結果、戦争になったならゾルダークはチェスターと共にアムレを叩きます」


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