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ガブリエルとエゼキエル
しおりを挟むレオンの用意した馬に乗り、時折半時の休憩を挟みながら駆け、王都のゾルダーク邸から発った次の日の日暮れにエゼキエルのいるチェスター一行に追い付いたガブリエルは天幕を張る様子を見ながら機会を待った。夜に入り松明が照らす一行は食事をしながらレディントからの報せについて話し合い、大柄な銀髪が一番大きな白い天幕に入るのを確認したガブリエルはニックに警戒を任せ、人の気配が漂う天幕へ近づく。従者が下がったことを視認したガブリエルは天幕に入り込む。
「待っていましたが、予想より早い」
天幕の中には簡易椅子に座ったエゼキエルが膝に肘をついてガブリエルを見つめていた。
「急いだぞ」
「でしょうね。私が聞いたのは二日前。父上が同じ報せを聞いて駆けたなら王都からここに来ることはできないが…いる…私と同日に事態を知りましたか?早馬ではないですね。ゾルダークの者がレディントにいるのか」
「いや、マチルダが報せたんだ。驚いたろ?ははっ」
エゼキエルの銀眼は見開かれ、久しく聞いていない姉の名に驚く。
「生きて?」
「ああ、俺も同じことを思った」
「レディント辺境でお前のことを待ったらしい」
「なぜ…?」
「チェスターに戻るな。お前はレディント辺境砦で指示を出すんだ」
エゼキエルは長く息を吐きながら手のひらで顔を覆いうつむく。
「その予定でした。レディントは門を閉ざしたと聞いた…深刻ですね」
「ああ、変種の斑熱だ」
ガブリエルの言葉に顔を上げて同じ銀眼を見つめる。
「何を知ってる?」
「あっちはレオンが動いてる。お前はこっちに集中しろ」
「!?あっち?レオン・ゾルダーク…あっちこっちと父上!!説明が下手くそかっ」
ガブリエルは敷き布に腰を下ろし胡座をかく。
「聞いたろ?上の港だ。ギィがいる」
「…はい。離宮は封鎖しているでしょうが…変種の…だから死者が。父上、会いに行くのですか?」
「ああ、俺は越えて様子を見てくる。ニックとマチルダがレオンとの連絡役でレディントにどちらかが留まる。ニックは深い緑の髪と緑の瞳だ…覚えているか?お前を連れて小さな邸に行ったろ。そうだ!お前がクレアに初めて会いに行った時に俺達を見張っていた奴を捕まえたろ?それがニックだ。懐かしいな…昔は名が違っていたか…?忘れたな」
「なぜその者がゾルダークに仕えているのか詳しくは聞きませんが…父上、覚悟をしなければ」
ガブリエルはエゼキエルを見上げる。真剣な銀眼が顔を向けている。
「ああ、レオンには謝った。ゼキ、王族が入れろと願ってもドイルは開けない。暴れるようなら攻撃を許していた。お前が説き伏せねばな」
「ええ…シャルマイノス国王の判断は正しい。中央の者は事態を知り療養所に王族を移したでしょう。徹底的に封鎖をしていればいいが…変種とは…」
ガブリエルはアムレの話を伝えるか迷う。伝えてもエゼキエルには何もできない。ただレオンが受け取る薬を待ち、アダムに会ったレオンがどうなるかでチェスターの死者の数が変わる。
「変種…変種の斑熱…色が違う?」
エゼキエルの呟きに、つい頷いてしまったガブリエルは動きを止める。視線を下げて組んだ指を見つめる。
「何を知ってる?」
ガブリエルは黙して頭を振る。
「はぁ…変種の存在は何かの文献で読みました…新種でないなら薬がある」
ガブリエルは停止し呟く。
「ニックは辺境に置くからな、俺は暗闇でも駆けてギィの…」
ガブリエルは立ち上がろうと顔を上げると、いつの間にかエゼキエルが椅子から離れ、眼前にいた。
「話してもらおう」
肩に手を置かれ抑えられたガブリエルの眼は泳ぐ。
「あっちはレオン・ゾルダークが…まさか…アムレが?クレアを?そのためにチェスターに病人を連れてきたのか?レオン・ゾルダークはアダムに接触しているのか?だからアダムはアムレに戻らず留まっていたか!!」
エゼキエルの大きな声に護衛騎士が声をかける。
「なんでもない。大きな虫を殺しただけだ」
ガブリエルは初めて見るエゼキエルの憤怒の顔に驚く。あまり感情が表情に出ない息子の怒りが伝わる。
「落ち着け、ゼキ」
肩を強く掴むエゼキエルの腕を叩く。
「…彼女は無事か?」
「当たり前だろ?俺が邸の守りを強くしたんだぞ。マチルダも忍べんと褒めていた。あいつは十五を前に王家から離れたが、面白いよな、クレアを取り引き材料にしようとした。民のために犠牲になるかとマチルダが問うたとき、ゾルダークにほらな、と言われた気がした」
肩を掴む指がさらに力が入り、ガブリエルは喋りすぎる口を押さえた。
「取り引き材料?彼女を?姉上はよく殺されずにいる…」
「殺されそうだったぞ。クレアの寝室に忍んだんで…はは…ん…」
狼に首を咥えられた姿のマチルダを思い出し、笑いそうになるガブリエルは再度口を押さえる。
「寝室に?夜中に…忍んだのか?」
「心配いらんぞ。ちゃんとレオンとテオが守った。俺の騎士らも気配の消し方が上手いもんだ」
「父上…レオン・ゾルダークはなんと?」
真剣な顔のエゼキエルが見つめている。
「まあ、アムレの仕業らしいとな…今頃どうしてるかな…自ら出向くと怒っていたからな。あいつは俺が好きだからな…俺を助けようと動いているんだ。従来の熱冷ましが効かんらしい。レオンから強い物をもらった。ギィが罹患していたら飲ませる…アムレの薬が間に合えばいいがな」
エゼキエルは何もできない自分に怒りが湧く。なかなか自国に戻らないアダムが嫌がらせのようにディーター夫人に手を出していることは知っていた。もちろん、ゾルダークも承知しているとわかっていた。同盟国でもないのに自分よりも長く居座る気味の悪さは気になっていたがエゼキエルは発たなくてはならなかった。
「アダム…そんな豪胆な騒ぎを起こす度胸があったか」
「いや、女王の信者らしいぞ。アダムの部下にいるんだろ。チェスターから病人を入れるとはな…まぁ海があるから入れやすいが…シャルマイノスに直接入れるよりは疑いを持たれんと思ったんだろ。やり方は非道だが、手間がかかったろうな。なのにマチルダが噂を聞いたからな…レオンが怒れば早く終わるかもしれんな。そんなに異色の瞳が欲しいんだな。見慣れればただの瞳だがな…ただのクレアだ」
ガブリエルの言葉は最後の方は呟きとなっていたがエゼキエルは聞いていた。
「姉上はどこで聞いたんですか?」
「ん?傭兵仲間に聞いたと言っていただけだ。俺が発つときは監禁されていたからな。それから顔も見ていない…どこだろうな…ははっあいつ、ヘドグランに入ったと言っていたぞ。信じられん。俺は長く戻れんから挑戦しなかったが、あいつはあの山脈を越えたんだな。暇な奴だ。俺より自由じゃないか…あいつは俺の娘だからな…」
ガブリエルは少女の頃のマチルダを思い出す。マイラよりも体が頑丈に育ち背も高くなりドレスの似合わない少女に育ったマチルダ。マチルダ自身も剣技を好み、染色した髪を布で隠して近衛騎士団の練習に紛れ込み体を鍛えていた娘。マイラとエゼキエル、ギデオンは腹違いの弟の種だがマチルダはガブリエルの種だった。話しても信じないからあまり人には話さないがガブリエルはそう感じた。
「父上、私は部下とレディント辺境砦に留まるが、休まず進むのですか?」
「ああ、休まず駆ける」
チェスターへ渡ろうとレディント辺境まで来ている人でシャルマイノス側も多少混乱しているはずだとエゼキエルは予想する。
「馬が無理なら足で進む」
「気を付けて、二の父上に顔を見せて怒られてください」
「ははっ怒られるぞ。結局王族に縛りつけたからな。俺の元気な姿を見たら刺すか?ははっ」
よく見ると二人の違いはわかるとエゼキエルは快活に笑うガブリエルを見て思う。
ガブリエルはチェスターの王宮ではあまり話さなかったから誤魔化せた。今は雰囲気がまるで違う。これなら王妃だった母親も見破っていた。国王をしていた頃よりも自由で幸せそうなガブリエルを羨ましく思うがよかったとも思う。
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