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日の出と共に邸を出立し、レグルス王を泊まらせた宿まで木目の馬車を走らせる。クレアは夜着のまま布に包まれソーマに抱かれて馬車に乗り込んでいたが、二つの並んだ紺色は服を着込みそれぞれの馬車に入った。

「寝台は狭かったでしょう?」

「テオとクレアとくっついて寝たから平気。上階から庭を見たよ。すごく綺麗だった…また見たい」

「ええ、お父様から聞いた?レオンにあげるのよ。何度も見られるわ」

空色の隣に座った子は嬉しそうに話しているが、昨夜は眠るのが遅く、今朝は早く起きたせいで欠伸をしている。

「レオン、眠る?」

「うん…」

子は座面に横になり空色の膝に頭を乗せて目蓋を閉じた。空色は紺色を撫でている。

「可愛いわ…貴方に似ている」

五つの子と似ていると言われても頷けん。

「レグルス王は女装をして奴と同じ部屋に泊まった。少し経てば噂は流れる」

「まあ、女装…華奢な方なのね」

手を伸ばして頬に触れると小さな手が重なり頬を擦り付けた。

「貴族らが入れない庭園を借りる、動くなよ」

「ええ、茶会の庭園ね」

お前がいると知ったらマイラは来るだろう。ジェイドとルーカスは締結の場に参加させる。

「俺が迎えに行くまで誘われても動くな」

「わかったわ」

重なる手を引き寄せ甲に口を落とす。馬車は速度を落とし始めた。そろそろ宿に着き黒の馬車と合流する。それを先頭に使用人を乗せた馬車も合わせて大きな行列になる。

昼前には王都に入り、休憩を挟まず持ち込んだ軽食を馬車の中で食べて過ごした。午後遅くには王宮の城内に入り、城の入り口へと向かう。漆黒のゾルダークの馬車と上等な木目の馬車、大勢の護衛騎士の訪れに働く者も貴族らも皆が注目している。

「ハロルド、レグルス王は護衛騎士の間に入れて隠せ」

馬車の中で女装からソーマの服に着替えているはずだ。

「髪は鬘で隠せよ」

ハロルドが馬車から下りたのを見て、子に視線を向ける。

「お前はこれから離れるな。双子には手を繋ぎ離すなと言え」

「はい」

「レオン、目を瞑れ」

腕を伸ばし空色の頭を掴んで口を合わせる。

「待っていろ」

「ええ」

微笑む空色の頬を撫でる。額に口を落とし馬車から下りる。双子の馬車の扉を開けると夜着から外出用の服に着替えたクレアとテオが手を繋ぎ座っていた。

「ソーマ、双子と共に動け。ノア、お前は王宮に入れん。馬車で待て」

「かしこまりました」

ソーマに頷き、黒の馬車に向かう。すでにレグルス王は護衛騎士に囲まれ、姿は見えない。

「真白、貴様の仲間は王宮に入れんぞ。馬車の近くで待たせろ」

「わかりましたよ」

騎士の合間から返事が聞こえた。

「カイラン、子とあれを連れて王宮の奥庭園へ向かえ。護衛騎士も連れていけ。近衛は近寄らせるな。死んでも守れ」

奴の返事は聞かずレグルス王を囲むゾルダークの騎士を引き連れて王宮の中へと入る。進むと奥から近衛を連れたドイルが俺に向かってくる。

「ゾルダーク公爵」

ドイルに近づき耳元に囁く。

「ドイル、客だ。応接室に待たせる。用意させろ」

「王ってガブリエル?」

横目で碧眼を見つめ、騎士に囲まれた男に声をかける。

「真白、部屋で待て」

俺の言葉にドイルは碧眼を見開く。早馬には隣国の王としか伝えていない。ガブリエルと想像していたか。だが、真白と聞けばドイルならレグルス王だと気づく。ドイルは従者に命じて部屋の用意に走らせた。

「アルノ、見張れ。目を離すな」

ドイルの後ろに立つ近衛の隊長に向けて命じる。

「ベンジャミンは来たか」

「まだ…ハンク、何があった?」

「ジェイドとルーカスも同席させる。奥庭園へ息子夫婦と子らが向かう。騎士も入れる」

俺はドイルに口答えはするなと目で伝える。

「いいけど、騎士も?あんなに?」

「ああ」

ドイルは頷き、使用人を庭園へ向かわせた。

「事態を話す。集めろ」




ハンクからの早馬にガブリエルを連れて王宮に遊びに来るのかと思って待っていたのに、現れたのは、常より険しい顔のハンクが黒い騎士の団体を連れて俺に向かってくるから何か怒られるようなことをしたかと震えたのに…真白の王…シーヴァ・レグルス王じゃないか。なんでレグルス王が出てくるんだよ!ゾルダーク領で休暇を切り上げて直行してあの子を連れてまで来るなんて…嫌な予感しかしないよぉ。面倒事は嫌だ…やっとルシルと会いたいときに会えるようになったのにぃ…レグルス王なんて随分前に数回しか会ったことないよ。っていうかどこにいるんだよ。騎士に囲まれて見えない。
レグルス王を応接室に待たせて、貴族院で使う広間にジェイドとルーカスを呼んだ。今はベンジャミン待ちだ。

「公爵、一体何事だ。ここは王宮だぞ。勝手が過ぎるだろ」

ジェイドの言葉に机に腰かけたハンクは無視をしている。ルーカスはただ黙って待っている。叩かれた音が鳴り近衛の開けた扉からベンジャミンが現れた。

「あれ?待たせましたか。申し訳ない」

近づくベンジャミンはいつものにやけ顔だ。

「何事ですか」

ベンジャミンの言葉に漸くハンクが話し出した。

「レグルスが戦を始める。マルタンの鉄が大量に必要だ。俺は売る」

「公爵!何を言う!勝手に売るな!」

ハンクの言葉に反応したのはジェイドだった。ルーカスは碧眼を見開いて驚いている。俺は息が止まった。い、い、戦…って、せ、戦争…

「ジェイド、声をあげるな。最後まで聞け」

ハンクの睨みにジェイドは口を閉ざした。

「レグルスは火砲でバルダンに勝つ」

「ふーん、レグルスは火薬を手に入れたんだね。そうかぁ砲弾をゾルダーク領で作らせるのか。ハンクは不可侵条約を結ぶ話はしたんだよね?レグルス王は頷いた?」

ベンジャミンの言葉にハンクは頷く。

「火薬の買い付けもできる。バルダンに知られる前に叩きたいそうだ」

それは…仕事が増えるよ…貴族院を開いて決議をしなくちゃならない。戦争に荷担するんだ…この場で決められなくないか。

「ドイル、締結させろ。貴族院を開いている暇はないぞ。知る者が増えればバルダンに知られる。俺なら鉄鉱山を襲って好機を潰す」

ハンクの言う通りだけど…

「でも、戦争だぞ?」

「ドイル、安定した火薬だ。均衡が崩れる」

ああ、そうだな。レグルス王国は強国になる。

「丁度ここには三公爵がいるね、ハインスは代理だけどさ、後日、六侯爵まで集めて話そうよ。誰も反対しないよ。反対する者はバルダンの間者だよ」

ベンジャミンの言う通りだ。反対する者はいないだろうな。もしここで締結せずにこの話が流れてもレグルスは遅くなるが他から鉄を用意する。断る理由がない。火薬は可能性の塊だ、火砲以外にも用途はある。

「レグルスの要求は鋼だけ?」

「ああ、ゾルダーク領で稼働している工場の全て」

俺の所に来ないでハンクに直接会いに行くなら、それだけ急いでいるんだ。はっ!もしかして…

「ハンク…動き始めてる?」

きっとここでの話し合いも無駄なくらい進めてない?すでにレグルスに頷いてるだろ!答えない!これが答えだ!

「父上、公爵がいくら不遜で尊大でもそんなことしませんよ。国王じゃないのですから」

ジェイド、お前はまだハンクを知らないのか。ジェイドがハンクを見て俺に告げるが頷けない。

「殿下、ハンクは頷いて、すでにレグルスに早馬を走らせてますよ。ふふ、善は急げ。採掘場の警備を強化させるかな」

ジェイドはベンジャミンの言葉に目尻を吊り上げてハンクを睨むが負けてる。ハンクの睨みの方が怖かった。

「ジェイド、動かずどうする?俺は休暇中だったんだぞ。幼子に無理をさせて馬車に乗せたんだ。クレアは怖いと泣いた。それでも走らせた。貴様は事の重大さがわからんのか」

怒…怒ってる。休暇は楽しかったんだ!それなのにレグルス王が来たから急いで王宮に来たんだ!クレアが泣いた?あの可愛いクレアが…小さい紺色が泣いて…

「ジェイド!クレアを泣かせてまでハンクが戻った意味を考えろ!」

「そういえば立派な馬車が数台留まっていたね。えっ…異色の子は王宮に来てるの?ハンクが会わせてくれないからまだ見てないんだよぉ。奥庭園にいるの?ちょっと行ってきていい?」

「ベンジャミン…」

「冗談だよ、怖い顔してさ。後にするから。さて、殿下、ハンクを責める理由を教えてください」

ベンジャミンの言葉にジェイドは黙ってしまう。ハンクの行動は正しい、ハンクだからできた事だけど。

「ゾルダーク公爵」

今まで黙っていたルーカスがハンクを呼ぶ。

「何故一人で戻らず、全員で戻られたのですか?」

…そうだよ!そうだよ!ハンクがレグルス王と王都に戻ってくればクレアは泣かずに済んだじゃないか!…あの子と離れるのが嫌だったんだな…クレア達は巻き込まれたんだな。

「ふっルーカス…その通りだよねぇ…」

ベンジャミン…面白がってよ。ハンクは怖い顔のままルーカスを見つめる。なんて答えるんだよ。ジェイドまでルーカスと同じ疑問を持って頷いてるぞ。

「クレアを拐って売ろうと企む者が近づいた、騎士の数は減らせん」

ハンクの言葉に背筋が凍る。

「クレアを狙ったのか!?もちろん阻止したんだろ?」

「ああ…レディントの次兄だった。金貨五百で買うと囁かれたと吐いた。ジェイド…一族は全て強制労働が正しかったな」

ああ…レディントの沙汰を俺に進言したのはジェイドだもんな。当主のハリソンと長男が動いていた話だったから、何も知らない次兄は平民に落として辺境に送ったんだ。はーそうか、一族郎党同じ罰にしなくちゃな。馬鹿は恨むか、だよな。


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