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王宮の執務室で鬘を被り使用人の服を着込み外出の準備をするドイルが、鏡に映る自身を見て頷く。

ルシルはあの家に住み慣れたかな?まだ二度しか会ってない…あんまり話ができない…自分から話しかけなければならないなんて…難しい!でも、ドイルさんと言われると嬉しい。へへ…

鏡の前で思考に浸るドイルの耳に扉が叩かれる音が聞こえた。

「待て!」

急いで鬘を隠し長いコートを羽織る。手櫛で髪を整え許可の声をかけると近衛の開けた扉から見えたのは四月近く会っていなかったルーカスだった。ルーカスは部屋に入り扉を閉めた。

「どうした?」

随分大人びた顔になったな。三月も自室から出さなかった。食事も運ばせただけ、教師だけが出入りして、ルーカス本人が湯を断り盥に入るだけの水を求めたと報告された。ハンクと俺の叱責が相当効いたようだ。あれで萎縮されても未来の公爵として困るんだけどな…

「お出掛けですか?」

ん?あっコートの足元から使用人の服が…

「ハンクの所に子が生まれただろ?見に来ていいって報せがきたからな。双生児は珍しい」

その帰りに久しぶりにルシルに会いに行くんだ、お土産持って…へへ。なんだ?俺の足元を凝視して…真剣な顔だな…

「父上、公爵に会いたいと伝えてくれますか」

「はあ?また放り投げられるぞ」

「甘んじて受けます」

なっなんだ…ルーカス…ハンクと勝負でもする気か?一発で死ぬぞ?

「謝るだけです」

「俺が謝っただろ?気にするな」

ルーカスは目元険しく俺を見つめる。

「僕が謝ります。必要ないと言われても謝ります。意味がなくても…ハインスの実権は渡せませんが、僕はシャルマイノスの王子です。次期ハインス公爵です。役にたつと伝えたい」

えぇ…んー断るだろうなぁ。

「聞くだけ聞いてやる。断られたら諦めろよ」

ルーカスは深々と頭を下げた。上げた顔には以前の甘い少年が消えている。そんなにハンクが怖かったか…殴っても蹴ってもない、ただ持ち上げられただけなのにな…あれは結構痛いのか…こわっ
ルーカスの去る後ろ姿を確認して鬘を懐に仕舞いゾルダークに向かうため近衛を呼ぶ。



「なんだ、その姿は」

「家に入るまでな。金髪は目立つしマントは怪しいだろ?」

「楽しいか」

「うん…ドイルさんって呼ぶんだよ」

ゾルダーク邸に鬘を被って使用人の服を着て訪ねた。ハンクの執務室のソファに座って紅茶を飲む。

「俺を呼ぶのが早いな。もう少し大きくなってからだと思ったよ。娘は可愛いか?」

答えない…えっ?子を見せるために呼んだんじゃないの?確かに報せには、会いたいとだけ書かれていたけど。ゾルダークで女児の誕生は聞いたことないから嬉しくて呼んだのかと思っていたのに…何?真剣な顔…怖い。

「あの…ルーカスがさ、ハンクに謝りたいって頑ななんだよ。断わっとくな」

「聞こう」

「え!?ルーカスの謝罪?」

「ああ」

えぇー…どうしたんだよーハンクが不気味だぞ。

「じゃ…じゃあ、日を報せて…」

頷いたハンクはベルを鳴らした。扉からはソーマとハロルドが赤子を抱いて部屋に入る。二人は近づいて俺の前に跪き赤子を見せる。

「うわー小さいな!首は?」

「すわりました」

「ソーマが抱くのがクレアか、ハロルドが抱くのがテオだな」

ハンクの子が女児と聞いて、可哀想にって胸を痛めたが、なんだ…あの子の要素が目元に入っているじゃないか。身長も似るといいな、さすがに髪は紺かぁ。

「ソーマ」

「はい。陛下、赤子を抱けますか?」

「抱けるよ!これでも息子が三人いるぞ」

失礼なソーマだな。しかし、なんでクレアが先に?テオの方が早く生まれたろうに…
ソーマは慎重に俺の腕にクレアを渡し、手を広げて補助をしようと離れない。信用されてない…

「ソーマ、心配性だな」

「陛下、慎重にお願いします。クレア様クレア様」

ソーマは赤子の名を呼ぶ。
…怖いよ…あっ起き…!!俺の体は動きを止めた。ハンクに目を向けると俺を見つめ頷く。

「初めて見るよ…存在するんだな。俺を呼んだ理由か?」

「ああ」

これは凄いな。大きな目に空色と黒い瞳が輝いて美しい。神秘的だ。見えてるのか?見えてるな、俺の振る頭を追えるんだからな。

「隠すのか?」

自分で聞いて無理だと結論を出す。どこにいても目立つ。ならば披露してゾルダークで守るのが一番安全だ。

「いいよ、俺も守る。できることがあれば言えよ」

ハンクには借りが貯まってる。ここで断わったらルシルを隠されちゃうよ。

「俺が生きている間は守れるが死した後はお前が守れ。死んでも守れ」

死んでも?俺が?国王だけど…この子のためにできることはやれってことかな。

「できることはやるよ。しかし、小さいな。軽い」

この瞳は魅入られるな。吸い寄せられるように赤子の額に口を落とす。

「シャルマイノス国王ドイル・フォン・シャルマイノスがクレア・ゾルダークを死ぬまで守ろう。いつでも呼べよ、お姫様」

小さな鼻に指で触れる。柔らかいな、女の子は可愛いな。頬擦りしたくなるな…

「陛下、近いですよ」

はっ!だって可愛いじゃないか…

「そっちも見せてくれよ」

手招きしてハロルドの抱くテオに目を向ける。布にくるまれていても小さい。双子は小さくなるんだな。おお、お前は黒い瞳か。顔も似るかな?小さいハンクが増えるな…

「ドイル」

「んー?」

「マイラが孕んだか」

「うん…」

は!言ってしまった。まだ確定されてないから披露はまだだけど驚かせるために言おうと思って…王宮では知る者が多いもんな。隠せないもんだ。

「ジェイドの子には嫁がせん」

「なんで?」

「王族は弱い」

わかってるよ。王族は国を捨てられない、攻め込まれたら相手の要求に頷くしかない。相手がこの子を望んだら…王妃でも渡すだろう。国のためだと引き渡す。この子にはその価値がある。貴族ならば他国に逃げればいい。自由っていいな。

「承知したよ」

ゾルダークに娘が出たことないからな。王族にその血が交わった過去がない。面白いと思ったけど。

「王妃はどうする」

ジュリアンね…ルシルは外で囲うから特に邪魔ではないんだよな。

「お前みたいに連れ込むようになったら飲ませるからくれよ」

ハンクの目がいつになるんだと言ってるように見える。だって!話すだけで胸が苦しいんだぞ?躓いたルシルを抱き止めたときのあの顔…若草色が現れて顔が赤くなってさ、可愛いんだもん。さすが孤児院育ちだ…初だ…ハンクとあの子のようになりたいけど急がない。今は共に過ごしたいだけだよ。

「気に入ったんだな」

「可愛い子だよ。過酷な生い立ちなのに性根は真っ直ぐだ」

腕の中のお姫様が瞳を潤ませ始めた、近くにいたソーマが赤子を俺から取り上げ、揺らされると泣き止んだ。

「俺の弱みを作りたかったのか?」

俺がルシルに執着すればお前は嬉しいもんな。俺を操れる。

「ああ」

正直者だなハンク。

「俺のようになればお前は言いなりだ」

ひど…

「お前ほどの想いはないぞ、ルシルより国を取るし、ハンクとルシルが人質だったらハンクを助ける」

「ははっ俺が捕まると思うのか」

笑っ…笑った…笑った!口開けて声出して…もう一回…あ、戻ってる。

「ドイル、俺はあれを守るために全てのことを実行する。付き合えよ」

ハンク…俺…国王だよ…全てに付き合えないよ。

「俺のできる範囲!」

「ああ、それでいい」

ハンクが国王だったらシャルマイノスは無敵か…いや謀反が起きて滅亡だな。玉座にハンク…似合うなぁ。

「なぁ今度王宮の玉座に座ってみてよ、きっと似合う。絵を描かせよう!偉そうに足組んで座るんだ。上から見下ろしてさ…宝物庫に仕舞うからいいだろ?」

俺のおねだり目線は効かないか…怖い顔してさ、冗談だろ…

「頷いたら言いなりになるのか」

「ふえ!?冗談だよ!」

まさか乗ってくるとは…玉座は見えてる、目蓋を閉じれば偉そうなハンクが座ってるよ。これで我慢するか。

「あの子は元気か?」

どうせ隣にいるんだろ。

「ああ、眠っている」

たて続けに出産したんだもんな、若いといっても肉体は酷使されてる。安静にした方がいい。

「ガブリエルは?」

「しらん」

えぇ…騎士団覗いたらいたりして…いや、今この部屋に忍んで…まさかね。


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