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ディーゼルの婚姻式がディーター侯爵家の邸の庭で行われた。晴天の多いシャルマイノスでは庭で式と宴をする貴族家が多い。キャスリンは膨れた腹を撫でながら、ゾルダーク公爵家の小公爵夫人として、ハンクとカイランと共に参席した。カイランの腕を取りディーゼルの座る席に近づく。

「お兄様、ユアン様、おめでとうございます」

「キャス…ゾルダーク公爵様、カイラン様、参席ありがとうございます」

ハンクとカイランはいつもの頷きで終わらせる。

「素敵な宴ね」

「ああ、ありがとう。レオン様は元気か?」

「ええ、這うようになったのよ。乳母を困らせているわ」

王都に邸を構える貴族達は私の懐妊に年の近い子を作ろうと子作りに励んだ。孫ができてゾルダーク公爵が以前よりも付き合いやすくなったと噂が出回り、こうして二人目を孕んだ息子嫁を気にかけ、生家の婚姻式にまで付き添う姿がその噂を裏付けた。こういう席がなければ顔など合わせられない格上のゾルダーク公爵家の人気は高い。

「キャスリン様が羨ましいですわ、私も早く子が欲しいですわ」

お兄様と四年前に婚約をしたユアン様は学園を卒業したばかり。同じ家格のエリクタル侯爵家の長女、例に漏れず彼女の侯爵家もカイランに婚約の打診をしたと噂に上がった。ほとんどの高位貴族は年の近い娘の身上書をゾルダークへ送ったはず。しつこい家がなかったのはハンクに対して恐怖もあったから。

「子は可愛いですわ。カイラン、あそこにテレンスが」

私が見つめる先にはマルタン小公爵となったテレンスがいる。ハンクは無言で体の向きを変え一人木陰へと向かっていく。カイランはお兄様にまた倶楽部で、と告げ私をテレンスへと導く。

「じゃあ、お兄様、ユアン様、失礼しますわ」

カイランと歩みテレンスへ向かう。

「テレンス」

「ねえ様!ゾルダーク小公爵、お元気ですか」

カイランは頷く。

「ミカエラ様は一緒ではないの?」

珍しくテレンスが一人で参席していた。婚姻してからは学園に通いながらもマルタン公爵の元で学び、仲良く過ごしていると聞いている。

「へへっまだ確かではないんだよ。月の物が遅れててさ、念のため邸から出さないことにしたんだ」

テレンスは私の耳元に小声で伝える。少年から青年へと変貌していく顔はとても嬉しそうに笑み、幸せなのだと伝わるほど。

「大切にね、無理は禁物よ。我慢するのよ」

テレンスが毎夜離さないと想像できる。

「当たり前だよ!」

ミカエラ様は大変ね。月の物が遅れている時期ならまだ披露はしないわ。もし宿っていなかったら悲しむわね。

「嬉しいからって広めては駄目よ」

テレンスは嬉しそうに頷き、またねと言ってディーターの両親のもとへ向かった。

「マルタンにも子が生まれたら腹の子と近いね」

テレンスの声がカイランには届いたようだわ。

「ええ、秘密よ。まだ披露はされてないわ」

膨らんだ腹を撫でる。

「閣下の元へ行きましょう。疲れたわ」

あまりうろうろしていると顔を売りたい貴族達に捕まってしまう。ハンクの佇む木陰には椅子がある。私がそこへ座ると先を読み待ってる。カイランの腕を引き木陰へ向かう。転ばないよう足元には気をつけて歩く。
陽を避けた椅子に座り落ち着くと喉の乾きに気づく。

「カイラン、果実水を持ってきてくれる?」

カイランは頷き、給仕の元へ向かうが途中で顔見知りの男性に話しかけられているのが見える。

「マルタンは懐妊か?」

ハンクの発した言葉に見上げる。距離があったわ、聞こえるはずないのに…

「唇を読める」

「凄いわ…閣下は多才ね。まだ月の物が遅れてる程度ですって。一月後にはわかりますわ」

「疲れたろ?」

「少し」

陽射しが強いわ。木陰が熱くなった体を冷やして心地いい。目蓋を閉じるとそのまま眠りに入ってしまうわ。



空色を見下ろし、周囲に目を配る。ディーターには伝えてないが、この邸にガブリエルを忍ばせた。出先で人を守るためどのように動くか、不測の事態の対応、家人に気づかれないための動きを試験的にやらせガブリエルに預けた者にも教えるよう話すと阿呆は喜び、今は邸を探っている。外からの目にも気を配るよう言わねばならん。

「キャスリン、果実水だよ」

飲み物を手に戻った奴が空色に差し出す器に手を伸ばし一口飲む。念のために外では毒見をすると決めた。

「父上…」

異常がないことを確認して渡す。受け取った空色は微笑み奴に礼を言い残った果実水を飲み干していく。細い首が動き飲み込む様子を横目で見る。空色の手にある空の器を受け取った奴は機嫌がいい。久しぶりに空色に近づけて嬉しそうだ。
ライアンから中に出す許可を得たら秘薬を飲ませる。万が一女児でも構わん。ゾルダークの血を絶やさなければいいだけだ。

「戻るか」

顔も出して挨拶もした。もう義理は果たしただろう。これは腹を膨らませた妊婦だ。

「もういいかしら?」

「キャス!ちょっといいか?」

これの兄が近づいたのは気づいたが内密に話があるようだな。首を傾げ奴と共に空色から離れる。ちょうど兄の顔はこちらを向き、椅子に座る空色に合わせ膝を曲げる。
『ジュノは元気かお前は気づいていただろジュノは…そうか伝えてくれ…』
下らん話だったな。手を上げ頭をかいてガブリエルに終いだと合図を送る。近づく俺に気づいた空色は顔を上げて頷く。

「お兄様、少し疲れたわ。もう帰るわね」

「ああ、体を大事にな」

これの兄は頭を下げ宴の中心に戻っていく。空色は立ち上がり奴の腕を取って馬車へと歩き出す。御者に扮したガブリエルが馬の手綱を掴み待っていた。

「旦那様」

ガブリエルが声をかけるなら何かあったのか。頭を覆うマントの下の瞳を見ると馬車に目を向けた。誰かがいるか。

「待て」

奴と空色を止め自身で馬車の扉を開けると中には猿轡をされた金髪が外れかけた帽子から見えた。碧眼の瞳からは涙が溢れている。

「一人のわけないな?」

ドイルは金髪を揺らしながら頷き、馬車の外に向けて首を振っている。近衛はディーター邸の外で待っているか。平民の装いならば祝いのために来たわけではなく俺に会いに忍んだところを捕らえられたか。ガブリエルに気づいただろうな。俺はチェスターに帰すと言ったからな驚いているか。
後ろを振り向き奴に命じる。

「邸の外に王宮の馬車がいるはずだ、紋章のないものを探せ。ドイルはゾルダークの馬車に乗っていると伝えろ。貴様はその馬車に乗って邸に戻れ」

奴が口を開く前に空色を抱き上げ馬車に乗り込み扉を閉め天井を叩く。

「まあ!陛下。また遊びに?」

猿轡をされたドイルは何かを唸っている。

「静まれ」

俺の言葉に動きと呻きを止めたドイルの猿轡を外す。

「なっなっ何であいつここにいるんだよ!?本物?偽者?」

「何をしている」

「ちょっと暇になったからゾルダークの邸に行こうとしたらディーターで婚姻式だって聞いて忍んで来たんじゃないか!」

興奮しているな。空色に気づいてないのか?目を丸くして驚いているぞ。

「ハンクっ御者!ガブリエルか弟だぞ!説明しろ!」

「ガブリエルはゾルダークが気に入ったと言ってな、戻ってきた」

信じるかはわからんがガブリエルの阿呆を知るなら納得するだろ。

「あいつは王だろ。なんて自由なんだよ!俺も弟欲しいよ…」

受け入れたか。隣に座る空色の頭を撫でる。

「戻ったら眠れ」

欠伸を何度か噛み殺していた。眠いはずだ。空色は頷き微笑む。

「折角驚かせようと忍び込んだ途端、近衛にも知られずに俺を拐ったんだ…王じゃなくて暗殺者かよ」

いきなりマントを被った大男に捕らえられて怖かったろうな。金髪が乱れて鼻を啜っている姿は王に見えんぞ。

「息子に会わせてくれよ。夫人に会うのは久しぶりだね。元気かい?」

ドイルは空色に碧眼を向けて微笑み尋ねる。

「はい。お久しぶりですわ、陛下」

「また子が生まれるなら貴族らは励むぞ」

ゾルダークとの繋がりは欲しいだろうな。マルタンは懐妊していても年が近くても血が濃い。ハインスには子がいない。子を作ろうと躍起になるだろうな。平民の服を纏って悠然とし始めたが、空色は慌てたお前を見ていたがな。

「ガブリエル!ちゃんと俺に挨拶しろよ!」

ドイルは御者台に向かって大声で話す。

「ギデオンだ」

「偽名を使わせてるのか…弟の名前か?」

ああ、と答える。チェスターは王妃の蟄居を取り消し王の隣に戻した。王妃は政治力があるらしいからな。悪巧みを考える貴族は抑えられるだろう。


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