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ハンクは空を見上げる。雲ひとつない空色が広がり暖かな陽射しを黒が吸い込んでいく。
俺の空色は黒い装いで奴の腕をとり後ろをついてくる。使用人が年寄を入れた棺を持ち墓地まで運ぶ。この邸の敷地は広い、墓地までかなり歩くが抱き上げては駄目だろうな。

「ソーマ、少しここに滞在できるか」

斜め後ろに侍るソーマに問う。

「旦那様、ここの使用人はお二人のことを知りません」

だろうな、地元の者が多い。暇な奴らは噂を好むからな、あれが過ごしにくくなっては面倒だな。

「そうですな、事情を知る者は私だけですな」

ソーマの隣を歩くオットーが話す。

「使用人を入れ換えるか」

「ぼっちゃま、私の仕事が増えます。止めてください」

オットーはまだ生きるつもりか。

「だが俺はあれを離さんぞ」

「わかっております。王都の子飼いを呼んでありますから、そちらを使ってください」

主の葬儀式に参加させるか。優しいことだな。

「信用できんな、付き合いの長い年寄に傾倒してるだろ」

「大旦那様は亡くなったのです、次に仕えるはぼっちゃまですよ」

「死ねと言ったら死ぬのか」

「もちろんでございます」

年寄の子飼いは代々ゾルダークに仕えている。ゾルダークに身を売った者の血筋もいる。幼い頃から当主の命を守り、陰ながら支える者達。その者達が窮地に陥ったときは、当主は金も力も惜しまず助ける。その積み重ねが絶対的な存在となり崇拝される。

「こっちの子飼いは知らんのか」

「教えておりません」

「信用できる者には教えていい。あれを守れと命じろ。万が一あの娘が先に逝く事態が起きたら俺は死ぬからな」

「ぼっちゃま、それではカイラン様が当主になってしまいますよ」

「いつかはなるだろ、支えたらいい」

狂愛ですなとオットーが呟く。

「奴は帰っていい」

ここにいても暇なだけだろ。話をしている間に墓地に着いた。すでに穴は掘られ棺を入れるだけになっていた。棺に縄を巻いて滑車に繋げ穴の底へと落としていく。縄を回収し、ソーマから渡された花を棺へと投げる。後は土を被せ墓標を置いて終わりになる。

俺は振り返り空色に手を伸ばして見つめる。黒いレースで顔を隠しているから見えんが、周りを気にしてるんだろう。

「こい」

俺の声に奴の腕から手を離し黒い手袋を嵌めた手を俺に伸ばす。その手を捕まえ抱き上げる。今朝もあまり食べなかった。疲れたはずだ。
片腕に空色を乗せて、森の奥へ進む。これの騎士だけが離れてついてくる。




「全く、ソーマ。あれが四十のすることかね」

オットーがぼやき始めた。王都の邸ではないのに父上は変わらないな。キャスリンのことしか頭にないみたいだ。

「カイラン様、諦めなさい。若奥様は後を追いますよ」

今はな、まだ時はあるんだ。僕は諦めない。

「ソーマ、父上はキャスリンと残るだろ?」

「はい」

「僕は明日にでも王都へ戻る」

ソーマは微かに目を見開く。僕もキャスリンと共に、と言うと思ったろうな。ここにいてもすることはない。僕はここに用はないんだ。

「かしこまりました」

幸いなことに僕には時がある。お祖父様の言うとおり強い意思を持つゾルダークにならなければならない。
深く地中に入った棺を見下ろし、邸に向かい歩き始める。




空色は俺の首にしがみつき周りを観察している。王都にはこんな森はないからな。

「帽子を取れ。落とさん」

空色が安定するよう上半身を支える。留め具を外しピンを抜き取った帽子を赤毛の騎士へと渡す。

「今朝も残した」

「こちらのは量が多いのよ、閣下と比べては駄目よ」

料理番がこれの食べる量を理解してないか。

「変わりないか」

「ええ」

機嫌よく微笑み俺の頭に口を落とす。そろそろ森の奥にある川が見えるだろう。

「綺麗な所ね、レオンが喜びそうだわ」

はじめて離れたからな、寂しい思いをしているか。

「凄いわ、ここに種を蒔いたのね」

川の近くに色取り取りの花が咲いていた。ここの庭師に命じて作らせ、そこからは手は加えていない。花畑の中心にたどり着き空色を下ろし、着ていたコートを花の上に広げてそこに胡座をかいて座り、細い手を掴んで膝に乗せる。小さな体を腕の中に閉じ込め薄い茶に口を落とす。

「ありがとうハンク」

「ああ」

お前はこんなもので喜ぶ。

「少し残る」

空色の瞳が俺を見上げる。

「もちろんお前もな、周りには事情を知る者しかおかん」

「この森はまだ広いの?」

「ああ」

「歩いてくれる?」

「ああ」

空色は微笑み俺と口を合わせる。


翌日の朝にカイランはレオンと待ってる、とキャスリンに告げて馬車に乗り込み、王都へ戻っていった。



速度を落としながら進んだ道も御者が気を遣いながら走らせた場所も父上が整備させたおかげで馬車の進みもよくなった。出立から二日目の日暮れ前には王都の邸の近くに僕はいた。

邸の門に近づき馬車の速度が落ちたとき、護衛騎士の声が僕に届いた。

「なんだ?」

「カイラン様、窓から離れてください」

トニーが窓から顔を出し様子を窺っている。

「カイラン様…髪の色は違いますがリリアン様に見えます」

トニーは目線を騒ぎのある方へ留め僕に伝える。

「騎士に何か訴えているようですね」

「アンダルもいるか?」

「いいえ、お一人です」

直ぐにでも邸に入ってレオンの顔を見たかったが、僕の面倒がやって来てしまったか。王太子は男爵領を出た時点で消すと言っていなかったか。髪の色まで変えて逃げ出したのか。こんなところで話したくはないな、馬車に入れるのも嫌だ。
トニーに騎士を呼ぶよう伝える。

「目立ちたくない、猿轡を噛まして門番のところへ連れていけ」

貴族家の邸の近くで騒いだら、噂の種になる。僕は馬車を動かすよう命じて邸へ向かう。
正面扉が開き留守を任されたハロルドが出迎えた。

「お早いですね。外が騒がしいようですが」

「リリアンがきた。門番の所に留めてる。アンダルから何かきてないか?」

ハロルドは頷き、手紙を差し出す。その場で蝋を割り読む。

『カイラン、急ぎで出す。リリが消えた。来たら捕まえてくれ。向かう。アンダル』

相当急いで出したのか文字も震えて動揺が伝わる。
トニーに手紙を回すと一読してハロルドに渡した。

「王太子は男爵領から出たら消すとまで言ったんだ。王家に渡した方がいいだろう」

手紙を読むハロルドに伝える。

「それが良策かと」

わざわざこちらが手を出す必要はない。だけどリリアンはしつこいな。まだ僕が好意を持っていると勘違いしているのか。

「レオンは元気か?」

「はい。特に問題はありませんでした」

「トニー、門番の所へ行くぞ」

「カイラン様、リリアン様に会うのですか?」

僕に甘えられても困ると伝えなくてはならない。ハロルドの問いに答える。

「ああ、心配するな」

僕が門番の詰所に着くと、リリアンを捕まえた騎士がそのまま見張っていた。
赤みがかった金毛は黒く色を変えて、服まで貴族の夫人が着るような物ではなく平民の物を纏った昔に恋をした少女を見て、ただ嫌悪感しか湧かない。
猿轡を噛まされて話すことはできないが、僕を見つけて緑の瞳に輝きを戻し涙を流して近くに寄ろうと体を動かしても騎士に押さえられ動けない絶望に頭を振り何かを叫んでいる。
近づき見下ろす僕に床に座らされたリリアンはまだ助けてくれると信じているのだろうか。面倒な存在になった時に行動していたらな。父上だったらリリアンなんて消しているだろうな。

「酷い格好だな」

僕の言葉に涙と鼻水を流しながら暴れるリリアンは別人のようだ。体にも縄を巻くよう騎士に命じる。立てなくしてから猿轡を外す様、合図する。

「カイラン!私よ!リリ!助けて…」

「助ける?」

「王都に向かおうとしたらアンダルに怒られたの。王様の騎士に殺されるって脅すのよ!」

「脅しじゃなかったろ?だから姿を変えてる」

「だって!王都はお祭りが続いてるって、私王都が好きなの!」

「君の頭の中はどうなってる?人の話しは聞かないのか?」

「カイラン!酷いこと言わないで!仲良くしてよ!」

なんだこれは、こちらが恥ずかしくなる。

「君は頭がおかしいんだな。たかが男爵夫人が公爵家の僕の名を呼ぶのか」

大きな緑の瞳を見開き、僕へと非難の声を上げる。

「カイランが呼んでいいって言ったじゃない!何言ってるのよ!」

気分が悪くなるな。自分に都合の良いことだけは覚えているのか。確かに学園の頃に許可はしたけど、もう子供じゃないんだ。

「許した覚えはない」

「嘘つき!卑怯者!」

手を振り騎士に合図を送る。騎士はまた猿轡を噛ませ、馬用の鞭を手に取りリリアンの背に向け振るう。僕に届いた音は軽かった。騎士は力は入れなかったようだがリリアンは鞭で打たれたことなど無かったのか震えて倒れこみ、床に涙のしみを作る。

「不敬だな。そんなに死にたいのか。アンダルは探しているかもしれないが、君の処分は王家に任せるよ」

床に倒れたまま頭を振り何かを叫ぶリリアンを見下ろす。父上なら緑の瞳に見上げられても甘えられても突き放しただろうな。足の爪先を顔に近づけると、恐怖に目を見開き声を上げなくなった。

「お前に出会った過去を悔やまない日はないよ」

出会っても惹かれていなければよかったが、僕は馬鹿だった。上下関係など無視をして懐くリリアンが可愛かった。アンダルの側で感情を剥き出しにしている姿に見惚れた。僕は阿呆だな。この女のせいで、自分の愚かさのせいで大きな代償を払った。

「本当に消えてくれ」

この女を責めるのは違うことなどわかっている。全ては僕の弱さが原因だった。初めからキャスリンだけ見て、僕の話を聞いてもらっていたら…
胸の中に熱いものが渦巻く。胸を押さえ目の前の女を蹴りつけたくなる衝動に耐える。
アンダルには悪いが、この女を自由にさせていたお前も悪いよ。脚の腱を切っていればよかったのにな。


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