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仕事が忙しく、テレンスがキャスリンに会いに来た日は顔を出せなかった。あの四阿で話し、商人を呼んで買い物をしていたとトニーから報告があった。キャスリンは街へ買い物に行くと思ったが、珍しい。夕食後の時間に何を買ったのか聞いてみたら、刺繍用のハンカチと刺繍枠、置物を買い、テレンスも好きなものを選び喜んでいたと話してくれた。特に誰かとやり取りをしているようではない。嫌な方向へ思考が流れるのを止める。ディーゼルが言っていた、心は自由、けれど僕らは夫婦なんだ。キャスリンが拒絶しようと、いつかは頷く日が来る。子を作らなければならない、彼女は断れないんだ。


夕食後の紅茶を飲みながら、珍しくハロルドが食堂にいることに気がつく。ソーマも侍っているのに何故だ、何をしている。いつもは食堂の中にはいないキャスリンの護衛騎士までいる。嫌な感じがするな、ソーマが僕に近づき飲みかけの器を下げてしまった。向かいに座るキャスリンがそれを見て紅茶を一口飲み、話し出す。

「カイラン、嬉しい報告があるの。ゾルダークの後継が宿ったのよ」

何を言い出す。どこに何が宿ったって?僕は呆けた顔をしていたんだろう、キャスリンは微笑み、手を下腹に当て撫でている。それを見てキャスリンの腹に子がいると知る。

「何を言ってる?誰の子だ!そこの騎士か!」

キャスリンは笑みを崩さず、ゾルダークの後継よともう一度告げる。
ゾルダークの後継だと?それまで言葉を発しない父上を見ると僕を睨んでいる。キャスリンの言動に何故父上は何も言わない?

「閣下の子なの」

下腹に触れながら嬉しそうに話すキャスリンに僕は咄嗟に立ち上がりかけたが、いつの間にか後ろに控えていたトニーが肩を押さえ止める。僕は父上に向かい問い質す。

「事実ですか?」

「ああ」

体の震えが止まらない。トニーが押さえていなければ、父上に向かって行きそうだった。

「僕が閨をできなかったからですか?それでキャスリンを…僕の代わりに孕ませたんですか?」

父上は表情を変えることなく、そうだと言う。

「キャスリン、何故だ?嫌だと断ればよかっただろう。僕のことは拒絶したのに!」

キャスリンは笑みを消し僕に語る。

「私が閣下に子種をくださいとお願いしたの。閣下はそれを聞いてくださったのよ」

僕の中に怒りが満ちる。キャスリンから誘った?なんだって?何故そんなことを!

「僕がいるじゃないか!君は僕の妻だろう!」

「貴方が私を拒絶したのよ、忘れた?愛する人がいる、君と閨は共しない、跡継ぎは親類から、と私は言われたのよ。どうしたらよかったの?」

僕が初夜を逃げるために言った言葉がこんな事態を引き起こしたのか。それでも!

「それは…待ってくれたらよかった!何故そんなことを言ったのか説明しただろ!」

キャスリンは僕から目を離さない。感情など感じさせない瞳で見ている。

「あの日に貴方が私に話してくれたら変わっていたわね。四阿で真実を聞いたとき、私は貴方に信頼されてなかったと気づいたわ。私は貴方を軽蔑なんてしなかった、二人でどうするか悩めた」

頼むからそんなことを言わないでくれ。
トニーは僕の肩を痛いくらいに強く掴む。ゾルダークの後継として今どうするのか決めろと言うのか。

「父上、キャスリンは僕の妻です。何故止めなかった!?」

「これはゾルダークに嫁いだんだ、お前にじゃない」

何を言ってる!僕に嫁いだ!僕の妻だ!

「そんなに僕が許せないのか?リリアンを愛して君を蔑ろにして、初夜に逃げた僕を!」

キャスリンは首を横に振る。

「貴方がリリアン様を愛していたのは学園の頃からよ。私に悟らせる貴方の愚かさには傷ついたわ。それで私が貴方を諌めたらやめられたの?貴方が誰を想おうと好きにしたらいいわ。心は縛れない、それでも貴方は私の婚約者だったの。私はディーターとして覚悟の上でゾルダークへ嫁いだ。ゾルダークの子を産むために。貴方はその覚悟を理解してなかった、甘く見ていた、それだけは許せない」

「僕に言えよ!何も父上を巻き込まなくてもいいだろう!」

「初夜の日から数週間待ったわ。でも貴方は何も言わなかったから、リリアン様のことをそこまで愛していて一生操を捧げるのだと信じたのよ。それではディーターとゾルダークの子はできないでしょう?閣下しかいなかったの。だからお願いしたのよ」

悪いことなど何もしていないと、空色の瞳が言っている。

「駄目だ!許さない!僕の妻だろ!今なら君と閨ができる」

試したことはないができなくては困る。お腹の子は僕の子として育てる、もう仕方がない。僕のせいなんだから、それは許す。だがもう二度と父上の子は孕ませない!

「こっちにこい」

父上は徐にキャスリンへ手を伸ばし命じた。父上の低い声に導かれるようにキャスリンは動く。ハロルドは椅子を持ち、父上の隣に置くとそこにキャスリンが座った。父上はキャスリンを見つめ、薄い茶の頭を撫で、髪を指に巻き付けている。

「これは俺がもらった」

父上は何を言ってる!

「僕の妻だろう!何がもらっただ。僕のだ!」

「貴様が俺を選ばせたんだ。黙っていろ」

キャスリンは何も言わずただ父上の好きなようにさせてる。頭に血が上り思い切り机を叩きつける。

「父上の妻ではない!僕の妻だ!」

「知ってる」

「頼むから返してくれ」

「俺が死んだら好きにしろ」

その言葉にキャスリンは傷ついた顔をする。それでも父上は髪を弄び頬へ触れる。

「俺は先に死ぬ。覚悟をしておけ」

それは僕にじゃなくキャスリンに向けた言葉だった。僕を見ながら彼女の瞳が潤み涙を流す。父上は自然と横からその涙を指先で拭い、泣くな、落ち着けと囁いている。僕は何を見せられてる、これは誰だ。本当に父上なのか、二人は義務じゃなく想い合って閨を共にしているのか。初めから?まさか、信じられない。そんな雰囲気などなかった、まともに話しさえしていなかったじゃないか!

「父上はキャスリンのことを愛しているのですか?」

父上は僕を睨む。怒るような質問か?

「愛などくだらん」

「閣下、私に衝撃を与えるなと言われてますでしょう!悲しみも衝撃です」

「だが事実だろ」

「それでも口に出さないでください。閣下は死にません!」

愛などくだらんではなく、そこに怒っていたのか。僕だけ興奮していて馬鹿らしくなる。僕は大きく息を吐き出し、頭を抱え知りたいことを尋ねる。

「キャスリンは父上を愛しているのか?」

キャスリンは僕を見つめ、考えているようだった。

「貴方を見て、愛を理解できなくなったわ。ただ、閣下といると満たされるの。幸せを感じるのよ」

それが愛だと知らないのか?

「これは俺のものだ。それは変わらん。好きな女ができたら囲っていい。見つからなければあの女に似たのを与えてやる。だが世間にはこれと夫婦でいろ。これからもこれは孕ませる」

僕にはリリアン似の女を側に置けだと?子が生まれてもキャスリンと閨を共にすると言ってるのか!ふざけるな!

「リリアンに似ている女を好きなわけじゃない!」

「ならばアンダルからあの女を譲ってもらう、もういらんだろう」

何を言ってるんだよ!もうリリアンなんてどうでもいい!

「リリアンなんていらない!」

キャスリンは父上の腕を叩き話しかける。

「閣下、カイランはもうリリアン様を想ってはいないのです」

父上はキャスリンに、そうなのか?と聞いている。
リリアンを与えれば僕が満足すると思っていたのか。

「腹の子は僕の子として産んでいい。でも次は僕の子を産むんだ。僕が孕ませる」

キャスリンが僕を見つめている。夫婦なんだ拒絶なんてもう許すものか!
僕の言葉に反応したのは父上だった。鼻に皺を寄せ、見たこともない顔で睨んでいる。キャスリンに触れていない手を握りしめ震わせている。

「俺の話が聞こえなかったか?これは俺のものだ!貴様には触れさせん!」

父上が怒声を上げるのは初めて見る。僕は怯むがキャスリンはなんの反応もしていない。触れられている手を掴み握っている。

「閣下、私とカイランは夫婦なんです。カイランが閨を共にすると寝室にきても、口では嫌だと言えますが従うしかないの」

想像しているのか瞳を潤ませ父上を見ている。

「俺は狂うぞ。何をするかわからん」

父上がキャスリンに溺れているのか。愛してるなんてもんじゃない。すでに狂っているではないか。

「それでも側にいてくださるでしょう?離れないと約束しました」

僕が悩んでいた間、この二人はどれだけ閨を共にしたんだ。どうしてこんなに想い合ってる!どこがいいんだよ。父親ほど年が離れているのに。女性には興味もなかったのに。

「お前の望みは叶える、だが奴に触れさせるのは耐えられん。消したら駄目か?」

戦慄する。そこまでなのか、この短い間にここまで想い合えるのか?僕を殺すのか、実の息子だぞ。キャスリンは目を見開き驚いている。それが普通なんだ。

「消したら次が孕めません。閣下、落ち着いて」

本当に僕の知っているキャスリンなのか、何を言ってるんだ。キャスリンは僕へ振り向き問う。

「カイラン、私と閨ができるの?不安だったと言っていたわ。今ならできるの?きっと私は泣くわ、閣下でないと嫌と口走ってしまうかもしれない。それでも耐えられる?」

キャスリンが泣いたら?わからない、その時になってみないと。僕が答えられずにいると父上が話し出す。

「貴様はこれでないと駄目なのか、愛してはいないのだろう?」

僕はキャスリンを愛していない?リリアンを愛した時のような気持ちではないが大切なんだ。触れたいと思ったのは事実なんだ。僕は答えられない、父上の言葉に惑わされる。父上は黙り込んだ僕に命じる。

「子が生まれるまで待て、それまでこれに触れるな」

子が生まれたら触れていいのか?そう聞こえる。僕は頷くしかない。父上なら僕を飼い殺しにできた。なのにそれをしないのはキャスリンがいるからだ。腹の子だけじゃなくその後も孕ませるために。父上の言葉が頭から離れない。僕はキャスリンを愛しているのか?

「終いだ。これを休ませる」

父上はそう言うとキャスリンを抱き上げ食堂を出ていく。歩けるとキャスリンが抗議しているが無視をしているようだ。僕は座ったまま動けない。


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