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しおりを挟む下位貴族が高位貴族に知り合いでない限り話しかけてはならないが、一応知り合いに入るリリアン様。返事をしようか悩んでいると腕を掴まれダンスの中に入ってしまう。ハンクが私の腰に手を回し踊るようだ。リリアン様から逃がしてくれたのかしら?彼女の対処には馴れたのに。この場に立ったものの疑問があるのよね。
「踊れますの?」
失礼なことを聞いているが、私の知る限りハンクが踊っているところを見たことがない。周りの人達もハンクがいることに驚いている。ハンクは動かない。私の腰から手を離し腕を掴んで、そのまま踊る人達の中を通りすぎリリアン様とは反対に出てしまった。やっぱり踊れなかったんだわ。そのままテラスへ連れていかれソファに座らされる。ハンクは立ったまま会場を伺い、手招きをしている。
「美しいぞ。休んでろ」
上からの声を理解するのに時を使ってしまう。ハンクに褒められてる。今度こそ顔が赤くなっているだろう。喜んでくれてる。今見てしまうと抱きついてしまうから我慢する。
「キャスリン!平気か?」
ハンクはカイランを呼んでいた。手に持っている果実水を机に置き私の前に跪く。
「ええ、いきなり話しかけられて驚いたけど、閣下がここへ連れてきてくれたの。疲れていたから助かったわ」
果実水を手に取り、ありがとうと伝えて飲む。冷たくて美味しい。カイランはハンクに頭を下げ礼を言う。
「父上、ありがとうございます」
ハンクは頷き会場へ戻っていった。それを見送りカイランが私の手を握る。
「二度と近づかせないと約束させたんだが、すまない」
本当に困った顔をしている。入場前にアンダル様とそう話していたのかもしれない。
「心配しないで。彼女とは会話ができないと知っているの。それを知っていると会話をうまく繋げることができるのよ」
カイランは理解できていない顔をしている。あれは実践でやらないとわからないかもしれないわね。
「今度近くに来ても怒らないで。冷静に対応するのよ。こちらが聞きたいことを聞けば答えるわ。でもカイランからは近づいたら駄目よ」
それではリリアン様が勝手に誤解をしてしまい付け上がる。私が笑みながら対処法を教えているとカイランも嬉しそうに頷いている。
「カイランの飲み物は?もう飲んだの?」
「キャスリンの所へ戻ったら男爵夫人とディーゼル様がいて、夫人がこちらに向かってきたから避けようとしたら人にぶつかってね。僕のワインは夫人のドレスが吸い込んだよ」
笑いながら話すカイランに、今はもうリリアン様のことはなんとも想ってないのだと理解する。
「喉乾いたでしょう?飲んで」
私の果実水を渡す。カイランはやはり喉が乾いてたのか一気に飲み干す。
「父上が助けてくれるとは思わなかったな」
私は頷き答える。以前のハンクならば無視をしていただろう。
「今の私は歩く財産なのよ?心配するのは当然よ」
私は微笑み冗談を言う。カイランは、その通りだなと笑っている。二人で会場に戻り、ミカエラ様の元へ向かう。ちょうどテレンスも一緒にいる。
「こんばんはミカエラ様。お久しぶりです」
ミカエラ様とは令嬢の集まりや夜会などで顔を合わせる程度だがお互いを認識している。
「こんばんはゾルダーク小公爵夫人。お久しぶりです」
赤紫の波打つ髪に大きな紫色のたれ目と厚めの唇が妖艶に見せているが、大人しく静かな令嬢。リリアンとは違う魅力がある。
「お姉様、僕の婚約者のミカエラ様です」
自慢気に話すテレンスに笑ってしまう。そんなテレンスに照れた顔で微笑むミカエラ様は満更でもなさそうだ。
「嬉しそうね、テレンス。でも貴方はまだ学生よ?お勉強をしっかりしてミカエラ様を助けなくてはね。ミカエラ様、まだ頼りになりませんが弟をよろしくお願いします」
ミカエラ様は微笑み、こちらこそと答える。挨拶をして二人とはそこで別れた。目につく高位貴族に挨拶をしていくと前から王太子殿下とマイラ王女が近づいてくる。
「やあゾルダーク小公爵、夫人。楽しんでいるかな?」
軽薄そうなドイルに似ているジェイド王太子、アンダル様とルーカス様は王妃に似ている。
「御婚約おめでとうございます王太子殿下、マイラ王女。妻のキャスリンです」
王太子は私に笑いかけ、知ってるよと答える。ジェイド殿下とはあまり面識はない。
「陛下と踊る女性は少ない。まして笑わせるなど滅多にいない。夫人が何を言ったのか気になってね」
教えてくれるかい?と私に聞くがなんと言っていいのか。
「どうして笑ったのか私にも教えていただきたいですわ」
王太子は笑顔で聞いているが目が笑っていない。私を警戒している?それとも何かしたかしら。マイラ王女が王太子の腕を叩き合図をしている。
「紹介が遅れたね。婚約者のマイラ王女だ」
「こんばんは、マイラです。夫人は小さいのですね」
王太子もカイランも固まってしまった。初対面で発する言葉ではない。私は微笑み会話を続ける。
「こんばんはマイラ王女様。御婚約おめでとうございます。私は小さくて、王女様が羨ましいですわ。ドレスも着こなしが難しくて苦労しておりますの」
嫌味を言われたのか、ただ事実を言っただけなのかわからないので無難な答えを口にする。
「あら。可愛くていらっしゃるわ。こんなに可愛いと手放せませんわね」
王女はカイランへ言っているようだ。何を言いたいのかよくわからない。カイランも困っている様子だ。
「すまないな、彼女は小さくて可愛いのが好きなんだよ」
嫌味ではなくただ純粋に愛玩として見られていたようだ。ならば気負う必要はないだろう。
「ありがとうございます。そう言ってくださるのは家族だけでしたので嬉しいですわ」
嫌な思いはしていませんと素直に返しておく。
「婚姻してなければ殿下の側妃にして私と王宮で過ごせるのに」
嬉しいですわ、なんて言えない。拒否も失礼にあたるかもしれないから、これには答えられない。カイランも私も何が正解か固まる。
「そうだな。小公爵に取られてなければ可能性はあったがな、時すでに遅しだよ」
動き出すのが遅すぎたな、と王太子は笑っている。このお二人はやっていけるのだろうか。心配になる。
王太子は私に手を差し伸べダンスに誘う。それを見たカイランも王女に手を差し伸べる。未来の国王夫妻と踊れることは誉れ、喜んで踊らせていただく。私は王太子の手に手を乗せ会場の中へと進む。ダンスが始まると王太子が話し出す。
「ミカエラ嬢とテレンス君か、意外な組み合わせで驚いたよ。彼はまだ若いだろう?」
「まだ婚姻には時間がかかりますがとても大事にしておりますわ」
私は笑顔で答える。王家としては面白くない婚約だものね。
「彼女にはつらい想いをさせた。幸せになって欲しい」
王家が強くアンダル様を叱責していれば、早くに解消していれば拗れることはなかったのに、王家の考えはわからないわね。
「弟は一途ですわ。心配なさらないでくださいな」
「人の気持ちは変わるもんだよ。彼は若い。いつか変わりそうだ」
余程面白くないのね。テレンスに言い聞かせないと。
「殿下は優しいのですね。弟が間違いを起こしそうになったら私が殴ってでも怒りに行きますわ」
笑みながら伝え、心配は無用とほのめかす。私の言葉に黙ってしまい話さなくなってしまった。カイランを横目で見るとちゃんとリードしている。王女は背が高いからお似合いだわ。
曲が終わり体が離れると王太子は私を見ずに王女の方へ向かっていく。自分が国王になったとき、高位貴族同士の絆が深いと面倒かしらね。仕方のないことよ。カイランが王女と王太子を供にして私に近づく。王女は笑顔で私に話しかける。
「ゾルダークが嫌になったらいつでもいらして」
「ありがとうございます」
とりあえず礼を言っておく。無礼なことはされてないし、していない。意味のわからない主役の二人は人々の中へと入っていった。カイランと顔を合わせて首を傾げる。
「私より年下のはずよ?」
二つ下のはず。私より大人びて見えた、羨ましい。
挨拶の必要な当主達には会い、すでに足も疲れてしまった。ゾルダークは馬車を数台走らせてきたから先に帰っても問題はない。
「カイラン、私は先に邸へ帰ってもいいかしら?疲れたわ」
カイランは腕を掴んでいる私の手に触れ、僕も帰るよと答える。私は頷き、カイランが王宮の使用人に命じ、ゾルダークから連れてきたメイドや騎士を呼んでもらう。皆が集まっている会場から離れ、家人を待つことにする。
「立ってるのはつらいだろ?寄りかかっていいよ」
カイランの言葉に甘え体重をかけさせてもらう。ありがとう、と呟いて寄りかかるとだいぶ楽になる。
「カイラン」
馴染みの声に私達は振り向く。そこにはドレスにワインの染みをつけたリリアン様が立っていた。私はカイランに落ち着くよう腕を掴み撫でる。カイランは私を見下ろし見つめてくるので腕を叩いて、許可を出す。
「何か?」
リリアン様はカイランの態度に傷ついた顔をし、瞳に涙を溜め話し出す。
「お手紙書いたのよ?届かなかった?」
「届きましたよ」
「ならどうして?門の人が邸に入れてくれなかったのよ」
「私が男爵夫妻を通すなと命じたからです」
カイランはリリアン様と会話が成立している。彼女はだいぶ落ち着いたのかしら。
「どうしてそんな意地悪するの?奥さまのせい?」
「妻は男爵夫妻が来ることも知りませんでしたよ」
とうとう大きな瞳から涙が溢れ落ち頬を流れる。それでもカイランの表情が変わらないことに何かを感じたのか、感情を抑えきれなくなったようだ。
「どうして?あんなに仲良くしてたじゃない!カイランは私が好きなんでしょ!?」
誰が聞いてるかわからない場所で大声を出して誤解を招くような発言をしたが彼女は一人、私達は寄り添っている。誰が見ても言いがかりを言っているのはリリアン様だろう。
「何を誤解しているのか知りませんが、私はスノー男爵と友人であり夫人とは関係などない。これ以上我が家に意味不明なことを言うのであれば騎士隊に陳情を出しますよ」
「カイラン!どうしちゃったの?その女に何を言われたのよ!」
矛先を私に変えたリリアン様に対しカイランは私を背に庇い前に出る。
「妻に対してその言い方はなんだ?」
「リリ!やめろ!」
リリアン様の後ろからアンダル様が走り寄ってくる。馬車を探しに行っていたのだろう。御者らしき者も連れている。リリアン様の腕を掴み自身の方へ引き寄せる。
「なぜ言うことを聞かない!カイランと夫人に近づくなと言ったろう!」
リリアン様は怒られたことに逆上している。
「アンダルが悪いんでしょ!リリは王都にいたかったのに!あの人みたいな流行りのドレスを着たかったのに!大きな邸に住みたかったのに!アンダルは王子様なのに!幸せにすると約束したのに!嘘つき!」
これが平民に流行った恋物語の結末?悲しいわね。アンダル様が不憫だわ。
「リリは幸せではないのか?」
リリアン様はひどい言葉を投げたことに気付き口を押さえ震えている。思っていても言ってはいけないことがあるのに。アンダル様は表情を失くしリリアン様に背を向け馬車へ向かい歩いていく。リリアン様はアンダル様とカイランを見て、アンダル様の方へ走っていった。こちらに来てもらっても困るから悩んでほしくなかったけれど。二人が離れるとカイランが私に振り返り抱き締める。
「すまない。嫌な思いをさせてしまった。僕はいつも君に謝ってばかりだ」
私はカイランの背中を軽く叩いて気にしていないと伝える。
「嫌な思いはしてないわ。ただアンダル様が気の毒よ。それにあの方達とは二度と会わないわ」
あの様子では二人がどうなるのか。アンダル様は愚かだが少し同情するわ。
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