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お帰り 2

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 宿に戻り、少し落ち着いたミシェルはフレデリクから事の真相を聞いた。

 自分に今までリアンという青年が入っていた事、そのリアンの婚約者とレオンは同じ女に騙されていた事、レオンは不貞ではなかったことを説明されると、ミシェルは顔を青ざめさせ涙を落した。
「じゃあ、レオンは……浮気じゃなかった。その子もレオンの子じゃなかったんだ」
「ああ、そうだ」
「そっか……そっか」
 泣き笑いのような顔でノエルはつぶやいた。
「よかったな」
「……うん」

 フレデリクは、泣きながらもほっとするように笑顔を見せたミシェルに大きなため息をついた。
 ミシェルが戻ってきてくれたのは本当にうれしい。だが、真実がわかった今、ミシェルがレオンと別れる理由はなくなった。
 自分の願いは儚く消えてしまったのだ。これまで通りミシェルが幸せになるために自分は支えていくだけだと言い聞かせながら、一瞬でも夢を見てしまったぶん、これまで以上に切ない気持ちが募った。

「レオンも今頃ミシェルのことを思って落ち着かないだろうし、明日レオンのところへ行くか?」
 ミシェルはしばらく考えてから首を振った。
「……ううん。レオンが裏切ってなかったって聞いてもまだ……ちょっとなんか……」
 ミシェルは、ただ人助けをしていただけでレオンの妻子ではないことがわかってほっとし、確かにうれしいと思った。
 それでも何か心に引っかかり、その何かがわからず手放しで喜ぶことができなかった。
「急にいろんなことを聞いてちょっと混乱しちゃって……少しゆっくりと考えたい」
「ああ、無理もない。考えられないようなことが起こっていたんだから。ミシェルが納得いくまでゆっくり考えればいい」

 フレデリクはミシェルが一人で考えたり、気を遣わず感情を表出できるように一旦は自分の部屋へ戻った。
 だがその夜、眠るときフレデリクはミシェルの部屋を訪れた。
「ソファーでいいからここで寝てもいいか?」
「え? いいけど……どうして?」
「お前の中がリアン様だと思っていたから二部屋とっていたんだ。だがミシェルに戻ったなら一人にはさせられない」
「大丈夫だよ」
「駄目だ。前の時も一緒の部屋にいたのにお前の姿は消えてしまった。またいなくなるのではないかと不安なんだ。だからソファーを貸してくれたらうれしい」
「っつ! 前の時心配かけてごめんなさい」
「お前は悪くないよ」
「……あの時、僕お願いしたんだ。流れる星に願いをしたら叶うって教えてくれたでしょ。だから僕、消えたいって願ったんだ。もうこんな悲しみに耐えられないから僕なんて消してくださいって」
「そんな悲しいことを……」
 フレデリクはミシェルを抱きしめた。
「僕は、ミシェルが幸せになりますようにって願った。ミシェルの願いがかなえられたんなら僕の願いも叶う。だからお前は今から幸せになるんだ」
「兄様、ありがとう。ね、兄様昔みたいに一緒に寝よう。そうしたら僕を見張りながら兄様もちゃんと眠れるでしょ? ソファーじゃしんどいよ、兄様背が高いんだから」
「え……」
「昔はよく一緒に寝たよね」
「ああ、私が養子に来た時にミシェルはいつもベッドにもぐりこんできたな」
「仲良くなりたかったからね。ほら、そっちじゃ体が休まらないでしょ」
 再三のミシェルの誘いにフレデリクはベッドに入った。
 「ねえ、兄様。もしかしたらリアン様の願いも流れる星が叶えてくれたのかもしれないね」
 ミシェルはぼんやりと天井を見つめながらぽつりと言った。
「そうか、そういうことかもしれないな。ミシェルとリアン様の願いを一緒に叶えてくれたのかもな」
「うん。まあ、僕は消えずにこうして戻ってきてしまったけど……」

 フレデリクはそれを聞いて少しぞっとした。
 星が願いを叶えるなどそれこそ夢物語。だが今回のことはそうとしか考えられないことが起こった。
 もし自分がミシェルの幸せを願っていなかったら? 果たしてミシェルはこうして帰ってくることができただろうか?  
 願い通りミシェルは消え去り、リアンのリシャールに会いたいという願い通り入れ替わったままリシャールのもとへ行ったかもしれない。
「本当によく帰ってきてくれた。……お帰り」
 フレデリクは寝息を立て始めたミシェルの存在を確かめるように頬をなでた。
 

 フレデリクも寝ようと目を閉じたが、一人用の狭いベッドではお互いの体がふれあい、熱が伝わってくる。
 眠るどころか、ミシェルへの想いがどんどんあふれてどんどん目が冴えていった。
 フレデリクは朝までまんじりともせず朝を迎えたのだった。

 そしてその日、ミシェルはせっかくだから王都を楽しもうと色々店を回った。
 カフェに入ったり、両親へのお土産を買ったり、フレデリクと一緒に楽しそうにふるまった。しかしそれは心配をかけまいとするミシェルの空元気だと分かっていた。
 その日の夕暮れ時、地元の人に教えてもらった夕日の見える丘でフレデリクはミシェルと黙って空を見ていた。
「……兄様」
「うん?」
「このまま……レオンと婚約解消でいい。僕ずっと何か引っかかってたんだけどようやくわかったんだ」
「どうして? せっかく誤解が解けたのに」
「うん。誤解だったかもしれないけど、本当に何があったのかなんて誰にも分らないし」
「まあ、それはそうだが」
 フレデリクももちろんそれは気になっていた点だ。
 しかしレオンが潔白を主張し、ミシェルの事だけをこれから大切にするといい、ミシェルもそれに応じるというのならそれに乗ってやろうと思っていただけだ。

「それにね、騙されてたと言ってもそれは一介の騎士が個人ですること? 騎士団にでも、自分の上司にでもいくらでも相談できる立場だったのにそれをしなかった。何より、僕が王都へ行くのを一年遅らせたんだよ。それって彼女との暮らしが楽しかったんだよ。王都の生活に僕は邪魔になるけど、彼女のことは邪魔じゃなかった。レオンは僕よりも彼女を選んだんだよ」
 ひどく寂しそうに、ミシェルはうつむいて言った。
「そうだろうか? 本当にお前を迎え入れるのに時間が欲しかっただけかもしれないよ」
「もうどれだけレオンが謝ってくれても、言葉を尽くしてくれても、レオンのこと前みたいに信じられないよ。だからもういい」
 涙声のミシェルの頭をギュッとフレデリクは抱えた。
「……ミシェル。辛いと思う、すぐに忘れるなんてできないと思う。だけど僕がずっとそばにいるから、辛い時はいつでも頼ってくれ」
「うん、ありがとう。兄様」
「……ミシェル愛してる」
「え? 僕も兄様すきだよ」
 どさくさに紛れて自然に告白をしたフレデリクは、急にそんなことを言われて戸惑っているミシェルの手を取ると
「ありがとう。じゃ、暗くなる前に宿に戻ろうか」
 と言って、手を引いて丘を下った。
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