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蝕む病

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 ブラド・ヴァルフレン。
 カインの祖父ガーラ・ビッグゲートと小さい頃から一緒に育ち、共に英雄として称された男だ。

「すいません! お店をグチャグチャにしてしまって」

 カインは謝罪のために頭を下げた。

「いいよ、さっき言ったがこの三馬鹿共が止めなかったのが悪いんだ」

 ブラドはそう言った後、未だ床の上で座っている老人達を睨み付けた。
 途端老人達が勢いよく立ち上がる。

「でもよぅブラド、お前だって儂達の気持ちは分かっとるんじゃろ」
「まあな。でもそれが言い訳になると思うなよ、ヨウム」

 小柄で髭を蓄えた老人の意見をブラドは一蹴する。
 すると老人達はカインに向き直り、

「いや悪かったの。君の雰囲気がどうにも昔の知り合いに似ておって……。何とも懐かしくてどうなるか見てたかったんじゃ」
「知り合いに似てるも何もそいつは正真正銘ガーラの孫だ、バッチェ」

 しんみりとした雰囲気で、丸々と太った老人がカインに話しかけるとそれに対してブラドが口を開く。

「おお、おお、やはりか。いや、何とも嬉しい事じゃ。あいつの孫もこんなに大きくなったか」

 背の高い枯れ枝の様に痩せた老人がそう言うと、老人達は破顔した。

「カイン、こいつ等は若い頃俺とガーラと一緒に活動してた事があるんだ。馬鹿な奴らだが、まあ許してやってくれ」
「はあ……」

 あまりよく分かっていないカインが適当に返事をしていると、

「おおそうじゃ、そう言えば若造共がお前さんの事を犯罪者だなんだ言っとったが何かあったのか?」

 ヨウムと呼ばれた小柄な老人に尋ねられたのでカインは正直に話すことにした。
 初めて大都市に来たこと。
 10年ほど他人と接したことが無く、あまりに大勢の人を見て挙動不審になってしまったこと。
 お陰で門番に疑われパニックになって逃げ出してしまったこと。
 そして迷子になっていたところをライラに助けられたこと。
 全て馬鹿正直にカインは話した。
 しばしの沈黙の後、ふいにライラが口を開いた。

「やっぱりあんた馬鹿でしょ?」

 ブラドと老人達が同意するかのように首を縦に振った。
 唯一小さな少女だけが何をするでも無くライラの横に立っている。
 カインは何も言えずに頭を垂れた。

「カイン、まあそう気にするな。別にそれ以外に問題を起こしちゃいねえんだろ? 誰か怪我させたとかなんやら」
「あ、はい。それは大丈夫だと思います」
「そうか、それなら……」

 ブラドが老人達の方を見た。

『おう、まかせとけ! カイン君大船に乗ったつもりでいなさい、ふはは』

 老人達は自信満々に言い放つが、失礼かもしれないが今までの流れから余り信頼出来ないなぁというカインの思いに気づいたのかブラドが話す。

「お前が不安がるのはよく分かるが、こいつ等は一応この都市の重鎮だ。ちょっとした行き違いで起きたいざこざくらいなら任せとけば何とかなる」
「えっ!?」
『えっ? とはなんだ。えっ? とは』

 驚いた声を上げてしまったカインを見ながら文句を言う老人達。
 それを横目で見ながらため息をつきつつ、ブラドは老人達に、

「悪いがちょっとカインと話したいことがあるから、そっちのことは頼んだぞ」
『分かった分かった、帰ればいいんじゃろ。それではカイン君、任せておきなさい』

 それだけ告げて見た目はてんでバラバラだが、話し方がよく似た老人達は酒場から出ていった。

「それじゃあ積もる話もあるし少し話そうか。ライラ、悪いが俺の部屋にお茶とコップを持ってきてくれ」
「はーい」
「それでは二階に行こうか。後背負ってるものは店の隅にでも置いておけ。階段が壊れたら困るからな」

※※※※※※

 ブラドに連れられ、階段を上がってすぐの所にある部屋に入る。
 机と椅子位しかめぼしいものが無いシンプルな部屋だ。
 お昼を過ぎてそこそこ経ってはいるが、天気が良いからか窓から入る日差しで部屋は十分に明るかった。
 机の上にはお茶の入ったコップが二つ、両者とも机を挟んで椅子に腰掛ける。

「さて、ライラに聞いたが昔の記憶が無いんだって?」
「はい、すいません……」
「別に謝ることはねえよ、正直言うと俺はお前がこうして生きてることを不思議に思ってるくらいだ。記憶が無いくらい別に些細な問題だ。まあライラは詳しいこと知らないから忘れられてたってショックを受けてたがな」

 忘れられていた事に腹を立てるライラを思い出しブラドは笑った。

「しかし言い方は悪いが、よくお前今まで生きてたな」
「どうにかこうにか死なずに済んでます。まあその代わりこの10年間は殆ど寝たきりでしたが」

 カインが力なく笑うとブラドは真剣な顔になった。

「俺はガーラと小さい頃から一緒だったから分かるが、お前の症状は絶対に死んでなきゃおかしい。魔力放出量0なんて普通生きてる方がおかしいんだぞ。正直今こうしているだけでも辛いんじゃ無いのか?」
「はははっ、多少は慣れました。まあ確かに慢性的な痛みはありますけど……」

 しばしの沈黙の後ブラドが口を開く。

「魔力放出障害だったな。まったく面倒な病だ、力を得る代わりにそれ以上に代償を払わないといけないなんて酷い話だ」

 魔力放出障害。
 ビッグゲート家の人間が希に罹る病で発症例は非常に少ない。
 通常身体から放出されるべき魔力がどういう訳か放出されにくくなり、外に出なかった分の魔力が体内に残ってしまう。
 本来排出されるべき魔力が体内に残る事で徐々に魔力は劣化し穢れ、それが原因で全身に慢性的な痛みが生じるようになる。
 代わりに魔力を意識的に生み出せば体内に溜まった魔力が反応し、異常な迄に肉体が強化されるがその際生じる痛みは筆舌に尽くしがたいと言われている。

「で、そんな身体で無理してここまでやって来たのはそれについてだろう」

 何となく察していたのかブラドはそうカインに尋ねた。

「はい。同じ病に苦しんでいた祖父と長い事活動していたブラドさんなら、治せないにしても何かしら和らげる方法を知っていると思いまして」
「残念だが何も知らん」
「えっ?」

 カインが絶句する。
 ブラドはなんと言ったか? そう何も知らないと言った。
 自身の病について唯一何かしら知っているだろうと希望を抱いていたブラドの一言に、カインの心は打ちのめされていた。

「う、嘘ですよね……?」

 ブラドは先ほどまでの表情から一転、とても辛そうにしていた。

「……すまない。出来ることなら力になりたいが俺にはどうすることも出来ん」
「でも! でも祖父は同じ病に罹っていて50歳以上生きたんでしょう? 何か方法は無いんですか?」
「同じ病とはいえガーラとお前とじゃあ病の酷さが違う。言っただろう、生きてるのが不思議だって。ガーラの奴も酷くはあったがそれでも魔力は少量ではあるものの排出されていた。お前の場合は完全に排出されていない、本当に生きてるのが不思議な状態なんだよ」
「そんな…………」

 力なく頭を垂れるカイン。それをブラドは悲しそうに見つめていた。
 

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