Tantum Quintus

Meaningless Name

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2.ramification

34:21グラム

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その輝く銀髪は少女の腰の辺りまで伸びていた。
長い睫毛、スカイブルーの大きな瞳。
鼻は高く整った形。
唇は少女に似つかわしくない妖艶な色気を漂わせている。
端正な顔立ちとはこういうことを言うのだろうか。
誰が見ても明らかな美少女。
それ以上に彼女を上手く表現できる単語はあるのか。


どこかで会ったか?


そう思えたのは着ている青いゴシックドレスのせいかもしれない。
背中からは4枚の翼が生えており、
スレンダーな体型を一層神々しくさせている。
世が世ならば天使として崇められていた可能性が無きにしも非ず。


《ちょっと、いつまで見てんのよ!えっち!へんたい!すけべ!
 死んだ魚の目をしてる割に、性欲だけは一丁前なわけ?!》


訂正しよう。堕天使かサキュバス辺り。中身はとんだじゃじゃ馬だ。

「なんなの、お前」

急に出てきてピーチクパーチクとまあうるさい事。
俺もついに頭のネジが数本とれたみたいだ。
こんな妄想の産物まで可視化するとかそうとしか考えられない。


《なんなのって。あの子から話聞いてないの?》


あの子って誰だよ全く。知り合い装って詐欺行為に走るとかいつの時代だよ。


《そんなんじゃないわよ。って言うか本当に何も聞いてないのね》


そうそう、何も聞いてないから。
さっさとおかえりくd・・・・。




話は続いているが、俺は声帯を震わせた覚えはなかった。
それにもかかわらず会話は成り立っていた。


《当り前じゃない、あんたのここに居るんだから》


後頭部にまた痛覚を刺激する感触が走る。
と言っても軽くノックする程度だが。


《あたしはマリア。マリア・ソフォスって名前。聞き覚えない?》


マリアはともかく、”ソフォス”。
そんな珍しい苗字の知り合いが、短い間隔でそう何度も聞けるわけはない。

ペイディの母親。

《なんだ、聞いてるんじゃない。ペイディはやっぱり優秀だわ♪》

それじゃあお前がペイディの生みの親だと?

《お前じゃなくてマリアって名前がちゃ~んとあ・る・ん・で・す・け・ど》

両手を腰にやり、ふくれっ面の美少女。
言われてみればペイディの面影を見て取れる。

ペイディの顔が脳裏に浮かび、連鎖的にジェナスの顔も。
そして血まみれの笑顔を向ける、レオとフロス。

たいして仕事をしていない胃が、
胃液を逆流させようと働きかけてくる。



ふっ。
アホらしくなってきた。
死んだ人間が生き返るわけでもあるまいに。
浮かれてんじゃねえよ、俺。


《別に浮かれたっていいんじゃない?こ~んな美少女が目の前に居るんだし?》


それには答えず、思考を空にして布団に潜る。
色々と聞きたいこともあったが、聞いたところでどうにもならない。
過去を捻じ曲げることは出来ない。


何が 第5世代フィフスだ。
犠牲が出たけど悪の手から 第5世代フィフスは守れてよかったですね。
じゃないんだよ。
そもそもこれの存在自体が間違いなんじゃないのか?
無ければこんなことにもならなかったんじゃ。


《はぁ。それは違うわ。》


マリアは否定すると、枕の横に寝そべり俺の視界に姿を現した。
人の思考を勝手に読んで、否定し、いい加減うっとおしい。

《ん~何から話そうかしら。あ、あの時の記憶がそもそもの目的だったっけ。》

閉じている瞼にお構いなしでウィンドウが開かれる。



記憶領域ストレージ参照 新延暦506年 10月 某日】


思わず瞼を開いてしまった。
ウィンドウの先ではマリアがニヤケ面でスカートの裾を持ち上げている。


なんであの日の記憶が?


アクセスしたが返すのはエラー。


《プロテクト解いてもいいけど、あたしの話を聞きなさい》


そもそも俺の記憶なんだが。
まあ聞いてやるくらいならいいか。


マリアのウィンクが引き金となり、あの日の記憶を俺はたどり始めた。




本当の父親、父さんラトリーが爆発で吹き飛び泣き叫ぶ母さん。
セイジに抱っこされ母さんとの別れ際。
かあさんの声はただの空耳ではなく 個別通信チャネルだったようだ。
わかった事と言えばその程度。
セイジから聞いていた事以上の何かは得られなかった。


《気は晴れたかしら?》

自分の目で確かめられた。それだけで十分だ。

《んじゃ次はこっちね》

まだ何かあるのか?


秘蔵図書館シークレットライブライリ参照 新延暦520年 12月 7日】


ウィンドウの日付を見て、マリアを睨んだ。


《いいから見なさい》


人とは思えない凄みをマリアから感じた。
いや、そもそも彼女は何者なのか。


溜息を吐きながらアクセスした俺は度肝を抜かれた。





これは、フロスの記憶だ。





記憶はフロスがコンソールルームで何かをしているシーンからだった。
あの日、あの部屋で俺達に会う前に盗聴器を回収していたようだ。
回収が終わるタイミングで俺達と鉢合わせしたらしい。
ペイディに用事があると言ったのは部屋に居る理由の為で、
正体を知っていたからではなかったようだ。
記憶から伝わる焦りが見ている俺にも流れてくる。
同時に思う。

この時盗聴器の存在に気づいていれば。

俺に後悔をさせる暇も与える事なく、記憶の中のフロスは部屋から出ると、
校舎内の一室へ入る。
部屋の入り口では一人の生徒が立っていたが、
フロスが近づくと無言で道を開ける。

反AIの連中が生徒の中にも、かなり紛れ込んでいたのかもしれない。

部屋の中では一人、椅子に座って佇んでいた。
部屋に入るフロスに見向きもせず立ち上がると、無言で向き合った。
彼女と盗聴器やUMCをやり取りしているのはあの黒づくめの男だ。
当然のように 個別通信チャネルで会話しているのだろう。
二人共一言も発していない。
そもそも学園内に平然とそこに居る黒づくめ。
何者なのだろうか。可能性が高いとすれば関係者と言う線が一番濃厚だが。

記憶の中のフロスはそのまま 仮想バーチャルへ。
 出発地点デパーチャーに降り立ったフロスと男は 箱庭クラスと 出発地点デパーチャーを繋ぐ通路に身を隠した。
1分経たたずに 出発地点デパーチャーは次の来訪者を迎え入れる。
男子生徒が3人。

俺達だ。

焦り切った俺の顔、青ざめるジェナス、能天気なレオ。

口元に軽く痛みが走る。
フロスが唇を噛んだようだ。
口内に鉄の味が広がる。

次の瞬間、2人は 擬人装甲マプスに身を包み、男が通路に向かって 具現化ヴィデートしたロケットランチャーを5m程先へ放つ。
正直この行動の意味は分からなかった。

そして邂逅する5人。この後の展開は知っている。
また見せられるのは正直キツイ。


《だめよ。あたしが良いって言うまで観なさい》


観念して続きを見始める。
記憶は忠実に歴史をなぞっていく。

突き刺さるシャムシールは視点が変わっただけで、
辿り着く結果を変えてくれることはなかった。

一瞬俺に背を向けたフロスの瞳から熱いものが流れていくのを感じる。


だったら。

だったらなんで・・・。


フロスは答えてくれない。

俺のほうへ向き直った彼女は無言を貫いた。
脱力したレオをその目に、唇の痛みは増していた。

目の前で座り込んでいた俺が立ち上がるのを見て、構えを取るフロス。
だが涙はすぐに汗に代わり、唐突な吐き気はフロスを跪かせる。


俺の威迫殺か。


そのまま地面に這いずり、穴と言う穴から血を垂れ流す。
戦闘不能は見るからに明らかだ。
隣で黒づくめが何か言っているが、聞き取れない。
近づいた男に足で仰向けにひっくり返される。

とここで一旦暗転して、5感の情報は遮られる。
次に入ってきたのは聴覚情報のみ。
親父の声に反応して、最後の力で絞り出したフロスの謝罪の言葉。

どう反応しろってんだ。

憤りと悲しみは行き場を失い、俺の心を不快にさせていく。
今更フロスの本心を知ったところで、何も変わらない。


《最後にレオが言っていたわ》





《気にすんな。お前がやらなきゃなんねーことをやれよって》


そんなのどこで・・・。


《彼から直接よ。ま、正確には読み取ったって言ったほうが正しいけど》


どういうことだよ?


《魂の重さって知ってる?諸説あるけど》


3グラムとか21グラムとか言われてるあれか?


《じゃあチップの重さは?》


・・・・・知らない。


《21グラムよ》


チップが人の魂だと?


《違うわ。人が最後に残す遺言や想いを書き記すのがチップよ。
 その許容範囲が最大21グラム。
 あたしはレオの想いをチップから汲み取っただけ》


・・・・・。


《敵対することになってしまったけど、個人的にはあなたを好きだったわ。
 友達としてだけどね》


フロスか。

二人共常世の人間に鞭打つのがお上手で。

深く溜息を吐く俺を、奇麗な笑顔で見つめてくるマリア。

気持ちの整理がついたと言えば嘘になる。
そう簡単に自分の犯した過ちを許せるわけはない。
ただ死して尚、前を向かせようとしてくれる二人の気持ちを、
ないがしろにするのも違う気がした。


《やっと真面に見れる顔になったわね。
 キョーコの息子だからって甘やかしすぎなんじゃないかしら、あの二人は》


腕を組んだ美少女は口調に対してどこか嬉しそうだった。

親父も姉さんも確かに優しいが、
家業の事と言い世間一般と比較していいものだろうか。


《ま、いいわ。ユーキに生気が少しでも戻ったんなら、
 レオやフロスも浮かばれるでしょ》

じゃあそろそろマリアの事について、聞かせてもらえるか。
君がペイディの母親で俺の母さんと知り合いらしい。
それぐらいの情報しかないんだが。

《わーってるわよ。これだから童貞は》

童貞は関係ないだろ・・・。

《ん~あたしの事と言ってもねえ》

おい、童貞は・・・。

《あたしは・・・・そうねフェアリーよ》

・・・・・・は?


そう言って自称フェアリーは、ドヤ顔でダブルピースをして見せた。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

Meaningless Name
2021.08.20 Meaningless Name

ありがとうございます('A`)b

解除
花雨
2021.08.10 花雨

お気に入り登録しました(^^)

Meaningless Name
2021.08.10 Meaningless Name

ありがとうございます。
当分は毎日0時更新です。
忌憚のない感想をいただけると幸いです<(_ _)>

解除

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